☆ 障がい者ヘルパー久保田順哉さんのたたかい
~残業代未払い 最高裁で勝訴 (週刊新社会)
介護福祉士・ライター白崎朝子
「被告の上告を棄却する」ー今年4月8日、原告・久保田順哉さん(56歳)は最高裁の決定を弁護士を通じらされた。勤務先の社会福祉法・幹福祉会(以下、法人)を相手取った3年3カ月に及ぶ裁判にやっと決着がついた。
☆ 久保田さんのプロフィール
久保田さんは大学生の時、障がい者解放運動の中でも名高い、故・金井康治さん(※1)と出会い、彼の運動に深く共感。金井さんの介助をきっかけに障害者ヘルパーになった。
そして大学卒業後もずっと非常勤の障がい者ヘルパーとして生きてきた。
しかし、25年も所属する法人の労務管理に疑問を持ち、2019年に東京の三多摩合同労働組合に加入。幹福祉会分会として団体交渉を続けた。
☆ 法人を提訴で裁判は完全勝利
労働基準監督署にも申告し、一部是正勧告された。だが、法人は支払いに応じながらも「行政判断にすぎない」として認めず、判断がつかないとされた経験給である業務手当、変形労働時間制(※2)についてやむを得ず、残業代の未払いを提訴した。
一審、二審ともに久保田さんの完全勝訴。裁判官からも「付加金(※3)による制裁が満額認められる悪質性の高い不払い」として認定された。しかし、法人は和解に応じず、最高裁に上告した。
法人側の裁判は法人経費(税金)で賄われるが、久保田さんは利用者が亡くなっても、すぐに次の仕事がある訳ではない不安定な非正規雇用で、身銭を切っての裁判。だが、最高裁でも久保田さんの完全勝訴だった。
しかし、勝訴後も、法人は理事長の体調不良という理由で4カ月も団体交渉を拒否。違法とされた変形労働時間制も裁判中に就業規則を少しずつ変更し、残業代を抑制するために適応されたままだ。
また、法人は団体交渉では解決しようとせず、裁判や東京都労働委員会で争う態度は変えない。そのため労働委員会でのたたかいは現在も続いている。
☆ 非常勤ヘルパーの組合加入と分会女性達のアピール
組合員ではない同じ非常勤ヘルパーの女性たちが裁判のことを知り、昨年末から団体交渉に出てくれて、一緒に労働環境の改善を求めてくれた。
そして、今年4月、その女性達2人と男性1人の非常勤ヘルパーが組合員になった。
5月17日、立川で行われた反基地駅伝で、久保田さんの仲間である幹福祉会分会の女性たちが思いを語り、注目を集めた。彼女たちは
「ギリシャ時代の言葉で『奴隷を統治するには分断せよ』という言葉があるそうです。搾取する側にとって横の繋がりを断つのが支配の基本。事業所に個人が問題を訴えても、きちんと向き合ってもらえず、交渉権がある労組を作りました」
とアピール。
労組ができてから夜勤の時給が格段に上がったが、いままでが労基法違反だったため、適正な金額になったに過ぎない。
良いケアをするために労基法を守り、安心して働ける環境を作って欲しいと願う彼女たちは、障がい者運動の有名なスローガン「Nothing about us without us」(「私たち抜きに私たちのことを決めるな」)というバナーを作り、「ヘルパーの声も聞いてほしい。利用者もヘルパーも、ともに生きよう」と訴えた。
「ともに生きる」というのも、障がい者運動の有名なスーローガンだ。
☆ 法人には資産があるが、ケアを受けられない人が多数
幹福祉会は著名な法人(私の知人も理事会役員)だが、障がい当事者の私すら、法人の搾取を看過できず、久保田さんを支援してきた。一般企業の内部留保金にあたる資産が約10億6千万円もあるからだ。重度訪問介護の財源は主に税金。
現在、ヘルパー不足で派遣してもらえない重度障がい者が多数いる。自立生活どころか、特に重度の知的障がい者が入所できる施設やグループホームが全ぐ足りていない。
そのため親の高齢化に伴い充分なケアを受けられない人々が2万2千人もいる(2023年7月23日・NHK)。
☆ ヘルパーの待遇改善は喫緊の課題
また、ある重度訪問介護事業所の調査では、約6割の要望を断っている(2023年11月18日・朝日新聞)。久保田さんの勤務先も募集しても人がなかなか集らない。
ヘルパーの待遇改善は喫緊の課題であり、和解に応じずに労使紛争を長引かせている場合ではない。声を上げることのできない重度障がい者のためにも幹福祉会分会のたたかいは重要だ。
「裁判結果を受け、原告以外にも未払い賃金が支払われることになり、非常勤の待遇改善がなされた。だが、労組が裁判で勝ち取った成果であることが伝わらないままだ。最高裁判決を活かし、非正規の待遇を良くするため判決内容を拡げたい」と久保田さんは訴えている。
☆
(※1)脳性マヒ者であった金井康治さんは、東京足立区で1977年~82年の6年にわたる闘いによって、養護学校在籍から地元の中学への進学を勝ち取った。障がい児の普通学校就学運動の先駆的な闘いであった。
(※2)変形労働時間制は週40時間以内であれば、1日12時間労働させたとしても残業代を支払わなくてよいとする制度。残業代の抑制のため悪用する企業も多いが有効となる条件は厳しい。幹福祉会も条件を満たしていなかった。久保田さんは法人の変形労働時間制は無効であるとして、1日8時間を超える労働に対する残業代も求めた。
(※3)付加金は4種類の未払い賃金に対し、請求した金額と同一額まで請求できる。裁判官が総合考慮の上で、特に悪質な未払いをした会社に対して制裁措置として命じる。
『週刊新社会』(2024年8月14日)
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