◇ 派遣先との団交応諾を認めた画期的な
都労委「阪急交通社事件」命令
労組法7条2号は「使用者が雇用する労働者」による労組との団交拒否を、不当労働行為として禁じている。
そして、この条項でいう「使用者」なり「雇用」は、その時点における「雇用契約関係」に留まらず、「労働契約関係またはそれに隣接ないし近似する関係を基盤として成立する団体的労使関係上の一方当事者かどうか」(菅野和夫『労働法』第9版)で判断される。
これが「使用者概念の拡大」なのだが、派遣労働者にとって「派遣先」を「使用者」として団交を実現できるかは、大きな争いとなってきた。
判例法理である「朝日放送事件」最高裁判決は、「労働条件等について、現実的かつ具体的に支配・決定することができる地位にある者」も「使用者」とした。
この判例条文から見れば「派遣先企業」は、「使用者」にあたると、常識的には思える。
しかし、裁判所や一部の労働法学者は、派遣法という異様な法律下にある派遣労働者の労働基本権を否定し、派遣先との団交権を大きく制約させてきた。
例えば、この間でも「ショーワ事件」埼玉県労委命令(2010・6・23)や「サン・パートナー・サニクリーン九州事件」福岡県労委命令(2010・5・13)などで、派遣労働者の派遣(受入)先企業への団交請求は退けられている。
しかし、労働者の雇用や労働条件など、実質的に派遣先企業が実権を持っているケースがほとんどであり、その「ブラックボックス」の中を具体的に疎明・立証できずに敗訴したケースともいえる。
今年の労働裁判の最大の成果は「新国立劇場事件」「INAXメンテナンス事件」最高裁判決における「労組法上の労働者性」定義だったが、
「使用者性」に関しては未だ混迷しており、
「実質的に支配している者が労働契約上の使用者以外にいる場合に、実質的な権限をもっていない労働契約上の使用者とだけ団体交渉をしても労働条件対等決定という法の趣旨は実現されない。」(水町勇一郎『労働法』第3版糀P)、
「重要なことは、労働関係に対して実質的に影響力を行使する者が、法形式のゆえに不当労働行為法上の責任を免れるのをいかに防止するかであるから、労組法7条でいう『使用者』とは、『労働関係に対して、不当労働行為法の適用を必要とするほどの実質的な支配力ないし影響力を及ぼしうる地位にある者』と解すべきである。」(西谷敏『労働法』第2版励P)
との正論は、まだまだ制限されている。
◆ 「派遣先」が労働時間管理を
この悩みを解決しうる救済命令が本年10月21日に、東京都労働委員会から交付された。事件名は「阪急交通社事件」(平成20年不第37号)であり、申立人は全国一般全国協東京東部労組及び同HTS(阪急トラベルサービス)支部、被申立人は㈱阪急交通社(以下、会社と略)である。
さすがの東京都労委も、申立から命令公布まで3年半を要した「難事件」であった。
事件の概要は、「派遣添乗員の労働時間管理等に関して団体交渉を申し入れたが、会社は、これに応じなかった」というものだが、都労委は、「労働時間管理に関する団体交渉に誠実に応じなければならない」と命じた。
以下、都労委の「会社の団体交渉応諾義務への判断要旨」を簡略して記載する。
①派遣添乗員の労働条件に関し、「実際の始業・終業・休憩時間については派遣先の定めによる」等と定められ、労働時間を実質的に決定するのは、派遣先会社であり、催行するツアー商品の旅程である。
そして派遣添乗員は、行程表等に従って旅程を管理するが、その具体的な方法については、会社の作成した、添乗員マニュアル、添乗員指示書により、細かく定められている。
また、会社の主催する海外旅行の場合は、ツアー中に派遣添乗員と会社が連絡を取るため、海外でも通話可能な携帯電話が派遣添乗員に渡され、電源をツアー中24時間入れておくこととされている。
これらの事実からすれば、派遣先である会社は、派遣添乗員の労働時間等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる場合に当たり、労働組合法第7条第2号の使用者として、団体交渉に応ずる義務がある。
②会社は、労働者派遣法においては、制度として、団体交渉応諾義務を負うことはないと主張する。
しかし本件においては、派遣添乗員の労働時間は、会社の催行するツアー商品によって決まり、現実的かつ具体的にそれを支配、決定できるのは、派遣先である会社以外にない。この限りにおいて、雇用関係を伴わない労働者派遣法に基づく労働者派遣においても、使用者として団体交渉に応ずる義務がある。〈以下・略〉
◆ 派遣添乗員の組合加入で
上記の通り、HTSに雇用されているといっても、労働時間を実質的に決定しているのは派遣先会社であると判断し、会社は、その議題での団交には応じなければならない、とされた。
ただ、賃金決定などは団交事項とはならず、ブラックボックスの困難性が、ここにも表れた。
また、組合が主張した別組合員HTS添乗員労組(サービス連合加盟)との組合差別に関しては「疑念を抱くのも無理からぬ」としつつも、退けられた。
会社は圧倒的多数派であるこの添乗員労組とは頻繁に会議、ミーティングを行っているが、命令では「議題の内容が、その大部分において業務の改善を目的としたものであって、直接に労働時間等に関する労働条件の維持・改善を目的としたものとはいい難いことから、直ちに組合差別であると認めることまではできない」とされた。
さらには「付言するに」として、組合のその他の主張も退けられるなど、不満と思われる判断も多いが、「労働時間管理」に関する団交権を認めた事実は大きな前進であり、積極的に評価したい。
本来、派遣先との団交権に関しては「派遣法改正」の重要なポイントであった。
しかし、11月15日、労働界が大きな衝撃を受けた「製造業派遣禁止見送りなど自公民三党による派遣法案大幅修正」との、報道にあったように、完全な骨抜きになりつつある。
その過程で、派遣労働者の立場も、労働条件も、さらなる悪化をたどっている。
この都労委命令が、有効に活用されることを切に望みたい。なお、東京東部労組のHPには、この命令に力づけられたとの声が多数寄せられている。
特にHTS支部の組合員は「1人ではできなかったこと、不平不満でしかなかったことが、*組合結成によって『改善』という形になっていった。私達のスローガン〈添乗員に人権を!〉への第1歩として、小さな業務のことから大きな待遇改善まで、今はまだその途中ですが、労働組合に加入して初めて、派遣やアルバイトでも雇用保険に入れる、深夜残業もつくことを知りました」と、率直に喜びを語っている。
過酷で、何の保障もなく、低賃金の派遣添乗員の悲痛な叫びも寄せられている。立場の弱い派遣添乗員が大きく団結し、さらなる成果をあげられることを期待したい。
『労働情報』(2011/12/1 828号)
都労委「阪急交通社事件」命令
水谷研次(東京都労働委員会労働者委員)
労組法7条2号は「使用者が雇用する労働者」による労組との団交拒否を、不当労働行為として禁じている。
そして、この条項でいう「使用者」なり「雇用」は、その時点における「雇用契約関係」に留まらず、「労働契約関係またはそれに隣接ないし近似する関係を基盤として成立する団体的労使関係上の一方当事者かどうか」(菅野和夫『労働法』第9版)で判断される。
これが「使用者概念の拡大」なのだが、派遣労働者にとって「派遣先」を「使用者」として団交を実現できるかは、大きな争いとなってきた。
判例法理である「朝日放送事件」最高裁判決は、「労働条件等について、現実的かつ具体的に支配・決定することができる地位にある者」も「使用者」とした。
この判例条文から見れば「派遣先企業」は、「使用者」にあたると、常識的には思える。
しかし、裁判所や一部の労働法学者は、派遣法という異様な法律下にある派遣労働者の労働基本権を否定し、派遣先との団交権を大きく制約させてきた。
例えば、この間でも「ショーワ事件」埼玉県労委命令(2010・6・23)や「サン・パートナー・サニクリーン九州事件」福岡県労委命令(2010・5・13)などで、派遣労働者の派遣(受入)先企業への団交請求は退けられている。
しかし、労働者の雇用や労働条件など、実質的に派遣先企業が実権を持っているケースがほとんどであり、その「ブラックボックス」の中を具体的に疎明・立証できずに敗訴したケースともいえる。
今年の労働裁判の最大の成果は「新国立劇場事件」「INAXメンテナンス事件」最高裁判決における「労組法上の労働者性」定義だったが、
「使用者性」に関しては未だ混迷しており、
「実質的に支配している者が労働契約上の使用者以外にいる場合に、実質的な権限をもっていない労働契約上の使用者とだけ団体交渉をしても労働条件対等決定という法の趣旨は実現されない。」(水町勇一郎『労働法』第3版糀P)、
「重要なことは、労働関係に対して実質的に影響力を行使する者が、法形式のゆえに不当労働行為法上の責任を免れるのをいかに防止するかであるから、労組法7条でいう『使用者』とは、『労働関係に対して、不当労働行為法の適用を必要とするほどの実質的な支配力ないし影響力を及ぼしうる地位にある者』と解すべきである。」(西谷敏『労働法』第2版励P)
との正論は、まだまだ制限されている。
◆ 「派遣先」が労働時間管理を
この悩みを解決しうる救済命令が本年10月21日に、東京都労働委員会から交付された。事件名は「阪急交通社事件」(平成20年不第37号)であり、申立人は全国一般全国協東京東部労組及び同HTS(阪急トラベルサービス)支部、被申立人は㈱阪急交通社(以下、会社と略)である。
さすがの東京都労委も、申立から命令公布まで3年半を要した「難事件」であった。
事件の概要は、「派遣添乗員の労働時間管理等に関して団体交渉を申し入れたが、会社は、これに応じなかった」というものだが、都労委は、「労働時間管理に関する団体交渉に誠実に応じなければならない」と命じた。
以下、都労委の「会社の団体交渉応諾義務への判断要旨」を簡略して記載する。
①派遣添乗員の労働条件に関し、「実際の始業・終業・休憩時間については派遣先の定めによる」等と定められ、労働時間を実質的に決定するのは、派遣先会社であり、催行するツアー商品の旅程である。
そして派遣添乗員は、行程表等に従って旅程を管理するが、その具体的な方法については、会社の作成した、添乗員マニュアル、添乗員指示書により、細かく定められている。
また、会社の主催する海外旅行の場合は、ツアー中に派遣添乗員と会社が連絡を取るため、海外でも通話可能な携帯電話が派遣添乗員に渡され、電源をツアー中24時間入れておくこととされている。
これらの事実からすれば、派遣先である会社は、派遣添乗員の労働時間等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる場合に当たり、労働組合法第7条第2号の使用者として、団体交渉に応ずる義務がある。
②会社は、労働者派遣法においては、制度として、団体交渉応諾義務を負うことはないと主張する。
しかし本件においては、派遣添乗員の労働時間は、会社の催行するツアー商品によって決まり、現実的かつ具体的にそれを支配、決定できるのは、派遣先である会社以外にない。この限りにおいて、雇用関係を伴わない労働者派遣法に基づく労働者派遣においても、使用者として団体交渉に応ずる義務がある。〈以下・略〉
◆ 派遣添乗員の組合加入で
上記の通り、HTSに雇用されているといっても、労働時間を実質的に決定しているのは派遣先会社であると判断し、会社は、その議題での団交には応じなければならない、とされた。
ただ、賃金決定などは団交事項とはならず、ブラックボックスの困難性が、ここにも表れた。
また、組合が主張した別組合員HTS添乗員労組(サービス連合加盟)との組合差別に関しては「疑念を抱くのも無理からぬ」としつつも、退けられた。
会社は圧倒的多数派であるこの添乗員労組とは頻繁に会議、ミーティングを行っているが、命令では「議題の内容が、その大部分において業務の改善を目的としたものであって、直接に労働時間等に関する労働条件の維持・改善を目的としたものとはいい難いことから、直ちに組合差別であると認めることまではできない」とされた。
さらには「付言するに」として、組合のその他の主張も退けられるなど、不満と思われる判断も多いが、「労働時間管理」に関する団交権を認めた事実は大きな前進であり、積極的に評価したい。
本来、派遣先との団交権に関しては「派遣法改正」の重要なポイントであった。
しかし、11月15日、労働界が大きな衝撃を受けた「製造業派遣禁止見送りなど自公民三党による派遣法案大幅修正」との、報道にあったように、完全な骨抜きになりつつある。
その過程で、派遣労働者の立場も、労働条件も、さらなる悪化をたどっている。
この都労委命令が、有効に活用されることを切に望みたい。なお、東京東部労組のHPには、この命令に力づけられたとの声が多数寄せられている。
特にHTS支部の組合員は「1人ではできなかったこと、不平不満でしかなかったことが、*組合結成によって『改善』という形になっていった。私達のスローガン〈添乗員に人権を!〉への第1歩として、小さな業務のことから大きな待遇改善まで、今はまだその途中ですが、労働組合に加入して初めて、派遣やアルバイトでも雇用保険に入れる、深夜残業もつくことを知りました」と、率直に喜びを語っている。
過酷で、何の保障もなく、低賃金の派遣添乗員の悲痛な叫びも寄せられている。立場の弱い派遣添乗員が大きく団結し、さらなる成果をあげられることを期待したい。
『労働情報』(2011/12/1 828号)
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