《月刊救援から》
☆ 沖縄ヘイトを明記した沖縄県ヘイト条例成立
前田朗(東京造形大学)
☆ 沖縄ヘイトを明記
三月三〇日、沖縄県議会は、特定の人種や民族などへの差別を煽るヘイト・スピーチの解消を目指す条例を賛成多数で可決した。
条例には対策を講じる対象として「沖縄県民であることを理由とした差別的な言動」も盛り込まれた。ヘイト・スピーチ解消を目的とした条例は県内で初めてである。
沖縄県条例の特徴は、対策を講じる対象として、インターネット上の誹諦・中傷や外国出身者などに対する不当な差別的な言動に加え、沖縄県民であることを理由とした差別的な言動も盛り込まれている点だ。「沖縄ヘイト」を明記した初の条例である。
二〇一六年のヘイト・スピーチ解消法第二条は、次の定義を掲げた。
「この法律において『本邦外出身者に村する不当な差別的言動』とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において『本邦外出身者』という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう」。
法務省はヘイト・スピーチの三類型を提示している。
(一)特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの(「○○人は出て行け」、「祖国へ帰れ」など)
(二)特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの(「○○人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」など)
(三)特定の国や地域の出身である人を、著しく見下すような内容のもの(特定の国の出身者を、差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)
ヘイト・スピーチ解消法には罰則の定めがなく、「ヘイト・スピーチは許されない」としながら事実上許している。
二〇一九年の川崎市ヘイト・スピーチ条例は、「不当な差別」を「人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別をいう」としつつ、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」についてはヘイト・スピーチ解消法第二条の定義を引用した。
☆ ヘイト擁護の壁
沖縄県条例が対象に「沖縄県民であること」を掲げたのは、「主にインターネット上で沖縄県民に対する批判や誹諦中傷が確認されていることを踏まえ、条文に盛り込んだ」ためだという。
沖縄差別は、米軍基地政策をはじめとする国による差別が中核を成すが、社会的にも沖縄差別言説が飛び交い、インターネット上でも隆盛状況である。
県条例の適用範囲は県内にとどまるため、実効性がどれだけあるかは不確定だが、沖縄差別への抗議の意思を条例という形で実現したことの意味は小さくない。
ところが条例は罰則を採用していない。
へイト・スピーチを行った者の氏名公表という、大阪市条例方式を採用したにとどまる。結果として、ほとんど自由放任と言うしかない。
罰則を採用しなかった理由は「過度な規制になりかねない」ためだとされている。
川崎市条例第二三条は罰則を定める。
ヘイトを行った者に市長が勧告を出し、これに従わなければ命令を出す。この命令に違反すると、刑事手続きへの移行が可能となる。三度目のヘイトを許さない趣旨である。
川崎市条例方式が「過度な規制」につながる可能性があるとはおよそ考えられない。「ヘイトは二度まで許される」という、国際常識に反するメッセージを発したのが川崎市だ。日本ではヘイト擁護の壁が分厚く異様に高い。
反ヘイト活動を続けてきた市民団体「沖縄カウンターズ」は「やっとルールができてここからがスタートだと思う。県には今後も、条例の内容を充実させる努力を続けてほしい」と話す(沖縄タイムス三月三一日)。
ヘイト・スピーチ処罰は日本国憲法の下で当然である。
ところが憲法学は「日本人の表現の自由」を絶対化し、マイノリティの自由と人権を顧みようとしない。
ヘイト・スピーチ処罰は国際常識である。
第一に、一九六五年の人種差別撤廃条約と一九六六年の国際自由権規約がヘイト規制を要請している。
第二に、二〇一三年の人種差別撤廃委員会の一般的勧告第三五号と国連人権高等弁務官事務所肝いりのラバト行動計画が、へイト処罰の法と政策を詳細に明らかにしている。
第三に、二〇二〇年の国連ヘイト・スピーチ戦略がヘイト・スピーチの徹底分析を試みている。
第四に、二〇二三年の国連人権高等弁務官事務所の包括的差別禁止法実務ガイドは、ヘイト・スピーチ処罰を反差別政策の中核に位置付けている。
第五に、世界の一五〇を超える諸国が実際にヘイト・スピーチ刑法を制定・運用している。言うまでもないが悪質なヘイトは一回目で犯罪である。二度までは許されるなどという暴論が採用される余地はない。
国際常識を頑なに拒否し、必死でヘイトを擁護する日本の風土を、沖縄県議会が超えることができなかったのは「本土」による報復を恐れてのことだろうか。
『月刊救援 第649号』(2023年5月10日)
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