東欧の映画『金の糸』〜戦争で壊れた過去も「金継ぎ」によって甦る
笠原眞弓
(C)3003 film production, 2019
岩波ホール(東京・神保町)は夏には閉館が決まっている。そこで今上映されているのは、『金の糸』。ジョージアの映画だ。ジョージア? 私がこの映画を観た頃は、今のようなロシアとウクライナの危機は表面化していなかった。ちょうど今のウクライナとロシアのような関係を経て、2008年にロシアから独立した小さな忘れられそうな国である。映画『金の糸』は、その小さな国の対照的な2人の女性の生き方に寄り添ったもの。
作家で音楽家でもあったエレナは、娘家族と暮らす。そこに娘の姑ミランダがアルツハイマーになって、本人はもちろん、エレナにも相談なしに、同居するとやって来る。ミランダは社会主義時代、政府の高官で、今も人々に尊敬されているが、彼女の心の中は複雑だ。せっかく手に入れた公的機関からの褒賞品を福祉施設に寄付するのはなぜ? ミランダの胸の中には、自分の名誉のために「壊して」きたたくさんの思い出したくない過去でもあるのかもしれない。あるいは…… 。
ミランダと対照的に、エレナの母親は政治犯として拘束されていたこともある。母親が収容所で作った人形をエレナは大事にし、ひ孫にも母親の人となりを話す。この辺りは、監督自身の物語と重なるとか。
エレナは新作の1ページ目にタイプライターで「我々は常に失われた時を求めていた」と打ち込むと、その言葉に満足して立ち上がり、家族のだれもが忘れている自分の誕生日を祝う準備を始める。イヤなことがあっても、楽しいことをすると気持ちが明るくなるとひ孫に伝えながら服を着替え、日本の壊れた陶磁器を繕う「金継ぎ」の壺の写真を飾る。
家の前の通りでは、若い2人がタンゴを踊っているのがエレナにだけ見える。そこに電話が。声の主は、なんとそのダンスの相手の男性。妻を見送り、車いすとなった今は、話し相手はエレナしかいないと「誕生日おめでとう」と伝えてきたのだ。
エレナは「老いは人から愛を遠ざけ、愛は老いから守ってくれる」とタイプライターで打つ。
老いを守ってくれるはずの愛を、若き日に捨てていたミランダは、その昔、エレナの作品を発禁にしたのが自分だとうっかり漏らし、その失言におののき、脳の回路が狂ったまま家を出てさまよう。廃墟となった栄光の職場にたどり着き……。
壊れたものをつなぎ、さらに価値を生み出すのが日本の「金継ぎ」。今、ヨーロッパでは「金継ぎ」がブームだとか。戦争は、どちらが勝利しても、必ず禍根を残す。「国民の怨み」として滓のように沈み、その傷は何年たっても新たな戦争を引き起こす。
「金継ぎ」はそのひび割れた関係を金の糸で繕うことで、新たな価値を生み出す。それは過去への愛を紡ぎ出す。今度のロシアとウクライナの紛争も、金の糸でつなぎたい。きっとその傷はさらに大きな喜びに代わっていくだろう。
ラナ・ゴゴベリゼ監督の91歳の時の作品。27年ぶりの監督作品である。
*2019年製作/91分/ジョージア・フランス合作/岩波ホールほか全国順次公開
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