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 *** ある被爆者の記憶 *** ( 5年目の夏 )

2009-08-02 11:58:24 | ある被爆者の 記憶
恩師(上原輝男先生)が私達、弟子に残してくださったものの一つに、ご著書 「 忘れ水 物語 」 があります。

>>> ワタシがこの化石ブログを始めたは、恩師の被爆体験にもとづいた、このご著書を世間の人達に伝えたいという想いがあったからだ。

当時のワタシはまだまだ病いの中にあったので、それこそ”うわごと”のレベルで始めたことのようにも思える。書きたい、というより、むしろ書かされていた、というような気もする。

ワタシはこのところ、少しこの世人(このよびと)らしくなってきたと自負しているのだけれど、当時のワタシは相当”いかれた人”であったと思う。

長年にわたる恨みにもにた感情が引き起こした精神のやまいは一朝一夕に治るものではない。
一生薬は手放せないし、一生この病気と付き合っていくしかない。と言われた、あの日の絶望的な思いは他の誰にもわからない。同じような病気を抱えたものにしか理解できないと思う。

同じように、被爆者や戦争体験者たちがその体験をいくら、こうだったのです。ああだったのです。と言葉を使って説明したところで、ワタクシ達の理解は一体どれほどのものなのだろうか。>>>
 昭和二十年 
四月・・・広島高等師範学校 文科入学
八月・・・広島駅頭にて被爆。(17歳)
この物語は、恩師が被爆後、友人たちが担ぐ戸板の上に乗せられて”ふるさと”
に帰る場面から始まります。
「 お国いり」
http://blog.goo.ne.jp/planet403/m/200608
「 黒の水引とんぼ 」
http://blog.goo.ne.jp/planet403/d/20070806
なぜか、序。目次。そして「 丹波霧 」
http://blog.goo.ne.jp/planet403/d/20080806

今年は「 お百度詣り 」 を八月中 できるところまで、UPさせていただきます。
本来でしたら、広島、原爆記念の日( 八月六日 )にUPしたいところではありますが、今年は、出雲にでかけることになりました。
ですので、早ければ、長崎、原爆記念の日にお会いすることとなるでしょう。

本日もみなさま、アクセスありがとう!皆様の幸せを心よりお祈りいたします。
>写真は、昨年度、神迎えの儀式の写真。( 地元新聞のもの、喫茶店「 木馬 」のそのさんが、くださった新聞の写真を写しました。 )










コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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ありがとうございました。 (その)
2009-08-03 12:51:34
>宿命 と 運命 と 運勢
とても良く理解できました。

私はこの年まで本当にぼんやり、うっかり、いい加減に生きてきましたので、たとえば自分がこうなったもの自分がちゃんとしてなかったから仕方がないと、諦めていました。

しかし、ものは考えようですよね。
思うようにいかなかったら、反省し、物事がうまくいったら自分の平生の行いがいいからだとそう思う。それだけで明日が明るく生きられる。

もう自分の運命を切り開くような元気も活力もありませんので、私はこのまま息絶えるのでしょうね。

ところで出雲行き 暑い折、十分気をつけてくださいね。
返信する
Unknown (管理人 より)
2009-08-04 09:50:05
>そのねぇ へ

ちょっと、いろいろと考えています。

ろくでもない アイディアかも知れないので、よくよく考えて、夏休み中には お便りしたいです。(にこっ)

>出雲 いきま~~す!

「 あ~~っ 木馬のコーヒーのみた~~い!」

「 鮎のせごし 食べた~~い。」
「 アユの塩焼き 食べた~~い。」
返信する

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