3/20に、京都府与謝郡与謝野町にある加悦SL広場で展示中の旧加悦鉄道の木造ボギー客車ハ10を撮りました。
1枚目は、構内で展示中のハ10です。
与謝野町文化財指定車両、日本産業考古学会産業遺産認定車両に指定されています。
2枚目は、ハ10の反対側の側面です。
こちら側は、窓下に青帯と二等の文字、赤帯と三等の文字が再現されています。
3枚目は、台枠に掲示された「大正十五年製作 梅鉢鐵工所」の製造銘盤です。
右書きの表示が時代を感じさせます。
4枚目は三等室側の車内です。
三等車ということで背ずりは木製のため、乗り心地は悪かったと思われます。
5枚目は、三等客室と二等客室の仕切り部分で、三等室内のシート生地は緑色、二等室内は青色で区別されています。
ハ10は二、三等合造車として新製されていますが、加悦鉄道では二等車の設定は無かったとのことです。
写真の仕切りも、戦後に撤去されていたそうです。
6枚目は二等室側の車内です。
定員6名の小さな区画のために撮り方が下手で分かりにくいですが、二等車らしく背ずりも布張りで三等車との差別化が図られています。
ハ10は当初は伊賀鉄道(後の近鉄伊賀線、2007年に分社化されて2代目の伊賀鉄道)が発注したものの同社には納入されず、1926(大正15)年の加悦鉄道の開業時から新車として使用されていたそうです。
1968(昭和43)年まで現役で活躍し、加悦SL広場での保存、展示後に、1995年に新造時の状態に復元されています。
梅鉢鐵工所は戦前から大阪府堺市で鉄道車両の製造を手掛けていた鉄道車両メーカーで、1941(昭和16)年に帝國車輛に改称されています。
1968(昭和43)年には東急車輛製造と合併して同社の大阪製作所となりました。
鉄道車両製造部門は後に横浜製作所(現在の総合車両製作所 横浜事業所)に移管され、鉄道車両の製造から撤退しています。
1枚目は、構内で展示中のハ10です。
与謝野町文化財指定車両、日本産業考古学会産業遺産認定車両に指定されています。
2枚目は、ハ10の反対側の側面です。
こちら側は、窓下に青帯と二等の文字、赤帯と三等の文字が再現されています。
3枚目は、台枠に掲示された「大正十五年製作 梅鉢鐵工所」の製造銘盤です。
右書きの表示が時代を感じさせます。
4枚目は三等室側の車内です。
三等車ということで背ずりは木製のため、乗り心地は悪かったと思われます。
5枚目は、三等客室と二等客室の仕切り部分で、三等室内のシート生地は緑色、二等室内は青色で区別されています。
ハ10は二、三等合造車として新製されていますが、加悦鉄道では二等車の設定は無かったとのことです。
写真の仕切りも、戦後に撤去されていたそうです。
6枚目は二等室側の車内です。
定員6名の小さな区画のために撮り方が下手で分かりにくいですが、二等車らしく背ずりも布張りで三等車との差別化が図られています。
ハ10は当初は伊賀鉄道(後の近鉄伊賀線、2007年に分社化されて2代目の伊賀鉄道)が発注したものの同社には納入されず、1926(大正15)年の加悦鉄道の開業時から新車として使用されていたそうです。
1968(昭和43)年まで現役で活躍し、加悦SL広場での保存、展示後に、1995年に新造時の状態に復元されています。
梅鉢鐵工所は戦前から大阪府堺市で鉄道車両の製造を手掛けていた鉄道車両メーカーで、1941(昭和16)年に帝國車輛に改称されています。
1968(昭和43)年には東急車輛製造と合併して同社の大阪製作所となりました。
鉄道車両製造部門は後に横浜製作所(現在の総合車両製作所 横浜事業所)に移管され、鉄道車両の製造から撤退しています。