指輪を失くしたM子さん、帰りのバスでは、もう泣かんばかり。
家に戻ると、すぐにバス会社にも電話を入れた。
やはり、無かった。
「私があの指輪を拾ったら、きっと届けない。だからもう、私の手には戻らない。縁がなかったのかしら、私はこんなに愛しているのに」
まるで、恋人に捨てられた乙女のようだ。
殆ど諦めるしかないという境地に達してはいたけれど、ショックが大きくて、電話を置くと、へなへなと座り込んで、しばらくうずくまっていた。
そして、
「ああ、手を洗わなくっちゃ・・・」と洗面所へ。
すると、洗面所の鏡の前に何か光るものが。
何と、失くした指輪が、どこからか湧き出たように、棚にのっているのだ。
ああ、あったー!と喜びが一挙に湧き上がり、涙がにじむほど感動したそうだ。
「でも、なぜ?わけがわからない」
と彼女は言う。
「一人で歩いて帰ってきたかと思ったけど、そんな事あるわけないしね」
わかっている。自分が始めからしていかなかったのだ。
出かける前に、トイレに行ったから、そのときはずしてそこに置いたのに違いない。
それでも、
「私、バスの中で、こうやって指輪を眺めている自分の姿が目に浮かぶのよね。触ったり、ちょっと回してみたりした感触が、指に残ってる。それなのに、どういうことなの?」
どうしても、納得いかないのだそうだ。
といっても、彼女が指輪をつけずに出かけたことは、誰が見ても明らかだ。
「私、呆けたのかも・・・」
と、不安げに言う。
「そんなことないよ~、そういうこと、時にはあるって~」
と言って慰めながら、私なんかしょっちゅうよ~とため息をついた。
ああしたつもり、こうしたつもりが、ほんとうにつもりだけなのだ。
しっかり者のM子さんにしてそうなら、私なんかどうなるの?
「 やっぱり年よね~」
結局話はそこへ行ってしまう。
二人でひとしきりため息をついたあとで、
「でも、あってほんとうに良かったね~」
「ほんとうよ~、なかったらスゴイショックだったわ~」
「結果的に、いい刺激になったんじゃない?」
「そうね、細胞が活性化したかも」
「それって、私達を支えているのは物欲ってことかしらね~」
「そうかもね」
そして、
「ハッハッハッハ」
と、声をそろえて笑ったのだった。