娘の入居二日目、エアコン取り付けの業者がやって来た。
「名古屋から来ました」というイケメンのお兄さん、二人組みだ。
一人は話好きで気のいいタイプ、もう一人は無口で、まだ見習いと言う感じ。
取り付け作業は「そんなに時間はかかりませんよ」と言っていたけれど、実際はそうはいかなかった。
気のいいお兄さんが、エアコンをネジで取り付ける作業をしながら、あれ、とか、うう、とか言いながら、 留めたはずのネジを引き抜いては違う場所をさぐる。
それを何度か繰り返して、「この壁、ダメですね~」と申し訳なさそうに言った。
建物が古ければ、壁だって古い。
居住者が変わるたびエアコンを取り付け取り外す。それを何度も繰り返したために、壁の中がズクズクになっていて、ネジが止まらないのだそうだ。
そこで、何と言うのか知らないけれど、壁と天井の境目にある木の部分から金属の板をぶら下げてそこにエアコンを取り付けることになった。
車にその一式をとりに行くのは助手の無口なお兄さんの役目だったが、そんなものを載せているところを見ると、こういうことは、そう珍しくもないのだろうな。
そして、作業再開、気のいいお兄さんが、金属板を留めながら、「この壁、震度5くらい来たら持たないですね~、崩れるんじゃないかな~」と気楽に言う。
「え!」折も折、硬直する私達。
「あ、あの、それって、大きい地震がきたらこの建物が危ないってこと?」と、家族を代表して、恐る恐る聞いてみた。
「いや、ここの壁が崩れるっていう意味ですよ。中はぼろぼろですからね~。地震のときはこの辺から離れていたほうが良いかも知れないです」と、エアコンの辺りを指す。
そして「建物は・・・大丈夫なんじゃなかな~」と続いたので、「ああ、そうなの、それなら、まあ、そこにさえいなければ大丈夫よね」と、少し、ほっ。
すると、そこで追い討ち。
「建物はね~持ちこたえるんじゃないかな。でも古いからね~、まあ、建物まで行っちゃっても、ここは3階だから大丈夫ですよ。このまま下に落っこちるだけだから。1~2階は危ないけど」と、あくまで気楽に言う。
「ははは・・・」 引きつる私達。
1~2階の人には聞かせられない話だ。
話好きの彼、私達を恐怖におののかせたとは夢にも知らず、「もう、名古屋の観光はしたんですか?」と、無邪気に聞いてくる。
何か期待は感じたけれど、「あ、いえ、京都まで行っちゃったもので、京都を少し」と、つい正直に言ってしまった。
すると、彼が、「じゃあ、明日?」と聞く。
「とりあえず京都って言うのは、仕方が無いか」と、顔に書いてある。
「あ、いえ、私達今夜の飛行機で札幌に帰っちゃうんですよ」と、また正直に答えてしまった。
彼は、「あ、そうなんだ、まあ、観光と言っても名古屋は何もないですからね~」と笑顔で言ったけれど、心なしか、声に無念さがにじんでいる。
「息子が名古屋に住んでるから、前に来たとき、あちこち行ったんだよね」と、夫が慌ててフォロー。
「ああ、そうなんだ」と、彼の笑顔がぱっと明るくなった。
何ともわかりやすい。
それから、たわいない会話を交わしながら、無事作業完了。
イケメン二人組みは、来たとき同様明るく帰っていった。
帰り際、私達二人に「今度は名古屋でも、ゆっくりしてってくださいね」と、言うのを忘れない。
うう~む、郷土愛に溢れている。
今度来るときは、名古屋の「世界一のプラネタリウム」に行ってみよう。
さて、私達も、その夜の便で帰ってきたけれど、お兄さんの言葉が気にかかる。
冗談半分だろうけれど、多分。
空港まで送ってくれた娘に、「もし地震が来たら、とにかくあの壁から離れるように」と、しつこいくらい言ってはきたけれど、そのような事態が起きないように祈るばかりだ。