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海上自衛隊東京音楽隊 第57回定期演奏会「シンフォニックコンサート」

2018-02-21 | 音楽

 

去る2月18日、東京オペラシティコンサートホールで
海上自衛隊東京音楽隊の第57回目になる定期演奏会が行われ、
タイトルでも「シンフォニックコンサート」と銘打たれた通り、
特に交響的な色彩を感じさせる楽曲を心ゆくまで楽しんできました。

 

会場は例年通り新宿東京オペラシティのタケミツメモリアルホールです。
数ある都内のコンサートホールの中でもわたしがダントツで好きなホールで、
ここで東京音楽隊が定演をしてくれるのをいつも楽しみにしています。

備え付けのパイプオルガンはスイスのオルゲルバウ・クーン社製。
ホール竣工20周年をライティングによるデコレーションでアピールしています。

 

この日割り当てられた席は二階の正面席。
開演の合図から程なく、後ろから物々しく一団がやってきたと思ったら、
その中心は何と我らが小野寺防衛大臣でした。

大臣をエスコートしていたのは村川豊海幕長夫妻で、周りをSPが固め、
真後ろの席は空け、周囲に自衛隊現役幹部を配すという気の配りよう。

こんなに大臣の近くに座らせてもらったということは、
一応身元が確かと思われてるってことだよね、と
妙なところで安心するわたしたちでした。

 


この日、開演に先立ち、君が代斉唱が行われました。
音楽まつり以外で君が代を斉唱するコンサートはなかったように思うのですが、
これはやはり日本国防衛大臣が臨席しているからということでしょうか。
それともわたしが忘れてるだけ?

この君が代斉唱で気づいたことがありました。

例年武道館で行われる自衛隊音楽まつりでは、演奏前に君が代斉唱が行われます。
舞台にいる音楽隊の演奏と一緒に歌うのですが、いつも事前に

「前奏はございませんので演奏に合わせてお歌いください」

と断ったうえでいきなり演奏が始まるというのが通例になっていました。
もちろん最初の音を始まりと同時に出せる人など会場にはほとんどおらず、

「・・・・・・みーがーよーはーー」

とほとんどの人が最初の音をミスしてしまうわけです。

わたしも何だかなあといつも思っていたのですが、これに対して
心を痛めていた人はわたしだけではなく、第11代東京音楽隊隊長であった

谷村政次郎氏が、水交会の会報で連載しておられるエッセイで

「前奏なしで皆で頭から歌えるわけがない。
出だしを歌わない国歌斉唱なんて国歌に対する敬意が全く感じられない。
斉唱の時には前奏をつけるべきである」

ということを音楽まつりの後主張されました。
それを読んだわたしはよく言ってくださったと内心喜んでいたのですが、
今回はちゃんと前奏として2小節が演奏されたのです。

東京音楽隊が元音楽隊長の苦言を受け入れて前奏を加えたのか、
全く偶然、樋口隊長がそのようにすることにしたのかはわかりませんが、
何れにしてもこの「小さいことだけれど大事な問題」が解決したことに違いありません。

会場にもし谷村氏がおられたとすれば、きっと我が意を得たりと
会心の笑みを浮かべておられたことと思われました。

 

さて、無事に?国歌斉唱が終わり、前半のプログラムが始まりました。

■ 舞踊詩「ラ・ペリ」のファンファーレ ポール・デュカス

La Péri Fanfare- Paul Dukas

 

「魔法使いの弟子」という曲が有名な(魔法使いの弟子ミッキーが箒と戦うあの曲)
ポール・デュカスのファンファーレでコンサートは始まりました。

 バレエ音楽「ラ・ペリ」に後から書き加えられたファンファーレで、
金管楽器奏者にとっては大変やりがいのあるレパートリーではないでしょうか。

デュカスという人は、後期フランスの、ドイツロマン派風の構成に加え、
フランス風の鮮やかな色彩を感じさせるオーケストレーションを特徴とし、
この次の演目となった

■ 牧神の午後への前奏曲 

のドビュッシーとともにフランス印象派の代表的な作曲家です。
その点この最初の二曲の選曲は好カップリングというべき組み合わせでした。

 

この曲の「主役」は何か?というと、それはフルートです。
フルート奏者にとっては主役になれる協奏曲のような曲かもしれません。


皆さんは「パンの笛」という言葉を聞いたことがありますか?

パンというのは半獣半人の「牧神」のことで、出だしのフルートは
もともと「パンフルート」という楽器で演奏することになっています。

「牧神の午後」はドビュッシーがマラルメの官能的な詩にインスピレーションを受けて
書いたもので、半音階を使った怪しげなフルートのメロディから始まり、
この半獣半人が昼寝しながらニンフたちに懸想するという、それだけのお話。

ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」カルラ・フラッチ&ローマ歌劇場バレエ団
Carla Fracci, Debussy, L'après midi d'un faune

せっかくなのでバレエの舞台の動画をあげておきます。
牧神の「牛柄」タイツは初代ダンサーのニジンスキーと同じものとなっています。

10:40(最後)で腕立て伏せを始めるかと思ってドキドキしてしまった(笑)

そして、そのエロチックな内容にくわえ、ニジンスキーが当時の倫理コードを
ぶっちぎって「行きすぎた表現」をしたため、警察が出動するという
大騒ぎになってニジンスキーも流石に自重したという曰く付きの音楽でもあります。

どの部分ででその’行き過ぎ’があったのかちょっと気になるのはわたしだけ?

 

パンフルートの代理ということもあり、この曲はフルートが主役と言いながら、
楽器の構造上響きにくい
C# から半音階の下降から始まります。
あえて響きの地味な中音域で奏でることで霞のかかったような気だるい雰囲気を表し、

半獣半人の好色なおっさんがデレデレと睡を貪りながらけしからん妄想をしている、
という内容にふさわしい隠微な音色を作り出しています。

ただ、フルートを中心に聴かせたい場合、例えばゴールウェイなどは、
音程を上げた録音を残しているようです。
これだと全体の雰囲気は作曲者の意図と違うものになってしまいそうですが。

もともと管弦楽の曲ですが、本日の吹奏楽による演奏においても、
この中間色のようなまったりした色彩は損なわれていなかったと思います。

 

♪NHK大河ドラマ「真田丸」のテーマ

 

フランスの印象派の、エスプリ溢れる色鮮やかな楽曲が続いたと思ったら、
いきなり大河ドラマのテーマになるのが自衛隊らしいですね。

曲が始まる前に司会の俳優村上新悟さんと、いつもは司会役のハープの荒木美香三曹が
楽しいトークを繰り広げて、雰囲気もすっかり変わりました。

村上新悟さんは大河ドラマ「真田丸」で直江兼続役が大変好評だったということで、
敬意を表して?この曲が選ばれたようです。

どうして村上さんが司会をすることになったかという経緯も説明がありましたが、
なんと隊長の樋口二佐と行きつけの飲み屋?で隣同士になり、

そこで(多分)意気投合し、隊長にスカウトされたのがきっかけだったとか。

荒木三曹が、

「上司が無茶振りしまして(汗)」

と謝っていましたが、本当にそんなことが、というか、
音楽隊の隊長ってそんなこともできるのか、と驚きました。

 

村上さんはその後荒木三曹におだてられ?て、時代劇喋りで

「皆の者、用意はできたでござるか。
しかし・・・軍師殿(隊長のこと)がおらぬではないか?どこじゃ?」

などと低音の美声で演じ、

「この後も兼続さまに司会をお願いしてよろしいですか」

という荒木さんのお願いに

「それは・・このままだとこの後の進行に何かと不都合が出てきてしまうのでな」

と返すなど、会場はすっかり笑いと暖かい雰囲気に包まれました。

ちなみに、この日村上氏は所属していた無名塾主催の仲代達矢氏が、
若き日にカンヌ映画祭で着たタキシードを着ていました。
仲代氏にそれをもらったという人から借りてきたそうです。

 

「真田丸」のテーマは本来ヴァイオリンのソロで始まりますが、
吹奏楽編曲ではその部分はクラリネットに置き換えられていました。


♪ 悲しくなった時は 中田喜直 

海自の音楽隊らしく海をテーマにした日本の歌曲を三宅由佳莉三曹が歌いました。

いくつか動画を探してみたのですが、気に入った演奏がなかったので、
寺山修司の書いた歌詞だけあげておきます。


悲しくなったときは 海をみにゆく
古本屋の帰りも 海をみにゆく
貴方が病気なら 海をみにゆく
心貧しい朝も 海をみにゆく

あぁ海よ 
大きな肩と広い胸よ
おまえはもっと悲しい
おまえの悲しみに
私のこころは洗われる

どんなつらい朝も
どんなむごい夜も いつかは終わる
人生はいつか終わるが
海だけは終わらないのだ

悲しくなったときは 海をみにゆく
ひとりぼっちの夜も 海をみにゆく


三宅三曹の歌はこういう曲の時にピュアな声質が歌詞の淡々とした調子と
とてもうまくマッチする気がします。

 

ところで、オペラからアニメソングまで、なんでも歌わなくてはならないという
「宿命」から逃れることはできないのが自衛隊の歌手というポジションです。
ある意味、どんなプロの歌手より過酷で難しい現場であると言えるかもしれません。

だからこそ、東京音楽隊でも横須賀音楽隊でも、歌手を大事にしてあげてほしい。
歌手の特質と音域を踏まえて、選曲だけは慎重にして欲しいと思います。

 専属歌手が常駐している音楽団というのは世界広しといえども
自衛隊音楽隊をおいてないと思うのですが、歌も楽器の一パートとして
「適宜使いこなす」ことがこれからの自衛隊音楽の鍵になるでしょう。

くれぐれも「何にでも挑戦させようとしないであげてほしい」と、
老婆心ながら聴衆の一人としてここでこっそりと呟いておきます。


♪ 海峡の護り 片岡寛晶 A Strait Defense for Wind Orchestra

東京音楽隊の演奏が見つかりました。
樋口二佐が横須賀音楽隊の隊長だった頃、委嘱作品として作曲されました。

海の「SEA」を音名にした「Es-ミ♭E-ミA-ラ」という音が、音群として表れるという
海上自衛隊の委嘱作品ならではの「仕掛け」のある曲で、最近ではコンクールなどでも
各団体に取り上げられているようです。


海峡の護りとはそれこそ海自や海保のためにある言葉ですね。

会場では司会の村上氏が

「今この瞬間も遠い海域で多くの自衛官が昼夜を問わず活動していることに
想いを寄せていただければ大変嬉しく存じます」

というようなことを言っておられました。

自衛隊音楽隊のもっとも大事な活動は「広報」でもあるのです。

広報といえば、プログラムにも活動記録が紹介されています。
これを見て大相撲の千秋楽にも音楽隊が出演していたと知りました。

そうそう、村上氏の司会起用には、東音がニコニコ超会議に出演した時、
村上氏が別に出演していたという奇縁もあったと聴きました。


♪ キャンディード序曲  Candide Overture

後半はバーンスタインをトリビュートしたプログラムで、まずは
オペラ「キャンディード」の序曲です。

♪ スリー・ダンス・エピソード オペラ「オン・ザ・タウン」より

このブログでもご紹介したことがありますが、3人の水兵
(シナトラとジーンケリー含む)ニューヨークで24時間の休暇の間に
巻き起こす出来事を描いた映画「踊る大紐育」の原題は実は

「オン・ザ・タウン」

つまりこのミュージカルが映画化されたものです。
途中で「ニューヨーク・ニューヨーク」のフレーズも現れます。

今回検索していてこんな映像を見つけました。

ON THE TOWN performs ON LOCATION in New York, New York!

昔の録音にパフォーマンスを現代のニューヨークで行なっているものですが、
まず、水兵が出てくるのが博物艦「イントレピッド」。
アップルやハリーポッターが出てくるのが「今」です(笑)

♪シンフォニックダンス ミュージカル「ウェストサイド物語」より

 

東京音楽隊の48回定期演奏会の映像が見つかりました。
見覚えのあるメンバーの今より7年前の演奏が見られます。
その後呉に籍を移した団員さんもいますね。

この組曲の2番目「サムウェア」というアダージョの曲は、独立して
歌詞もついてバラードとして歌われる大変美しい曲です。
原曲のメロディはチェロで始まり吹奏楽ではそれをホルンが受け継ぐのは同じ。

ところでホルンというのは跳躍の難しい楽器と言われていて、
木管楽器のようにオクターブキイもないので、素人ながらこの最初の
「B-A」の跳躍、「C#-C#」の1オクターブ跳躍、そして
ハイDへの跳躍は緊張するものではないかと思います。

東音のこのyoutubeでもDでミスってますが、バーンスタインの
NYフィルの演奏でさえ
最初の「B-A」でちょっと危ねー、な感じです。
やっぱり難しいんでしょうね。

個人的には、バーンスタインのオーケストラ版原曲にはない、
「チャチャ」の時の「マンボ!」という掛け声をかけるかどうかが気になりましたが、
東京音楽隊では(口の空いている人が)することになっているようです。

そういえば、時期をずらして行われる横須賀音楽隊の次回定期演奏会では、
やはりこの「シンフォニック・ダンス」を行う予定だと聴いています。

両者の同じ曲を聴き比べられるのが楽しみです。


♪ トゥナイト

アンコールに、「ウェストサイド物語」の「トゥナイト」を
三宅三曹とトランペットの藤沼直樹三等海曹がピアノ伴奏で歌いました。

クリスマスコンサートで「美女と野獣」を歌い、満場を感動の渦に引き込んだ
ゴールデンコンビによる現代版「ロミオとジュリエット」のアリア。

吹奏楽のアレンジがなかったのかピアノ伴奏だけというのが少々残念でしたが、
初々しい雰囲気がとても見ていて微笑ましい「トゥナイト」でした。

藤沼三曹は最後のハイトーンも原曲通り歌い切り、歌手ぶりを魅せてくれました。

パンフレット掲載のすみだトリフォニーホールで撮られたらしい全員の写真。
今回のパンフレットにはメンバー表がありませんでしたが、
演奏している人の名前を見たい人も多いと思うので、ぜひご配慮をお願いします。

演奏会が終わってロビーを通り過ぎる時、パンフレットがあったので
一部取ったところ、中にCDが挟まれていました。
そのうちCD付きであることをを知った人たちが群がって?きて、
一人で何枚も持っていこうとする人(主に中年女性)が現れ出したため、
自衛官が「一人一枚でお願いします!」と叫ぶ事態になっていました。

このミリタリータトゥーの写真はそのパンフに掲載されていたものです。
CDは昨年度行われたすみだトリフォニーでの定例演奏会と、
オペラシティでの第56回定期演奏会のプログラムからのセレクトで、

「ファッシネーション」「アメイジング・グレイス」「アヴェマリア」

「天国の島」「斐伊川に流れる櫛名田比売の涙」「交響的レクイエム」(バーンズ)

そして三宅三曹の歌う「アヴェ・マリア」などが収録されていました。

帰りの車で聴きながらこの日のステージの余韻を楽しんだのですが、
この、ファンに対する素敵なプレゼント含め、去年の定期演奏会と比べても、
幅広く一般の人が心から楽しめる内容となっていることを確認しました。

常に真摯に技術を研鑽するのみならず、毎回新しいものを取り入れて
わたしたちを心から音楽で感動させてくれる東京音楽隊。

今回、音楽には素人であるTOの感動ぶりを見て、
改めてその万人に訴える魅力を確認した次第です(笑)


最後になりましたが、コンサートの参加にあたりまして
ご配慮いただきました皆様に
心からお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。