長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

やっつけ仕事と侮るなかれ! ヒッチコックみ濃厚なスペクタクル時代劇 ~映画『巌窟の野獣』~

2024年07月28日 21時27分44秒 | ふつうじゃない映画
 え~どうもみなさんこんばんは! そうだいでございまする。
 いよいよ夏本番と申しますか、だらだらと続いていた山形の梅雨も、もうすぐ明けるようでございます。単に慣れただけだからなのかも知れないけど、なんか今年の暑さはそんなでもないような気がする……と、毎日汗まみれの情けない姿で働いている奴が申しております。確かに暑いことは暑いんだけど、熱中症とか命の危険を感じるほどでもないような気がするんですよね。でも、私も年々少しずつ老いていることは明らかなので、自分の肉体に過度な自信を持っちゃあいけませんやね。水分補給は忘れずこまめに!

 さてさて、今回は「ヒッチコック監督作品おさらい企画」の更新でございます。また今回も、後半に羅列した視聴メモがやたらと長くなってしまったので、大雑把な感想はちゃちゃっといきたいと思います。

 いやぁ、この作品、個人的にはとっても面白かったですよ! もともと期待値がかなり低かったから、その反動で上がり幅が大きかっただけなのかもしれませんが、パッケージだけを見て「ヒッチコックの歴史ものぉ?」と食わず嫌いをするのは大損なような気がします。


映画『巌窟の野獣』(1939年5月公開 94分 イギリス)
 『巌窟の野獣(がんくつのやじゅう 原題: Jamaica Inn)』は、アルフレッド=ヒッチコック監督によるイギリスの冒険スリラー映画である。原作はイギリスの小説家ダフニ=デュ・モーリエ(1907~89年)の小説『原野の館』(1936年発表)。本作はヒッチコックが映画化したデュ・モーリエの3作品のうちの1作目である(他は『レベッカ』と『鳥』)。アイルランド出身の国際女優モーリン=オハラにとっては初の映画出演作であった。
 本作は、ヒッチコックがアメリカ合衆国に移住する前に作った最後のイギリス映画となった。

おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(39歳)
脚本 …… シドニー=ギリアット(31歳)、ジョーン・ハリソン(31歳)、アルマ=レヴィル(39歳)、ジョン・ボイントン=プリーストリー(44歳)
製作 …… エーリッヒ=ポマー(49歳)、チャールズ=ロートン(39歳)
音楽 …… エリック=フェンビー(33歳)
撮影 …… バーナード=ノウルズ(39歳)、ハリー=ストラドリング(37歳)
制作・配給 …… メイフラワー・プロダクションズ

おもなキャスティング
ハンフリー=ペンガラン侯爵 …… チャールズ=ロートン(39歳)
メアリー=イエレン     …… モーリン=オハラ(18歳)
ジェイム=トレハン     …… ロバート=ニュートン(33歳)
ジョシュ=マーリン     …… レスリー=バンクス(48歳)
ペイシェンス=マーリン   …… マリー=ネイ(43歳)
行商のハリー        …… エムリン=ウィリアムズ(33歳)
執事のチャドウィック    …… ホレイス=ホッジス(75歳)
側近のデイヴィス      …… フレデリック=パイパー(36歳)
馬丁のサム         …… ヘイ=ペトリー(43歳)
マーレイ船長        …… ジョージ=カーゾン(40歳)
ジョージ卿         …… ベイジル=ラドフォード(41歳)


 上の解説記事をお読みいただいてもわかる通り、本作はキャリア10年強、監督作品20本を超えていた1930年代時点でのヒッチコック監督史上最高傑作と評してもよいあの『バルカン超特急』の直後に制作され、そしてヒッチコック監督のキャリア全盛期の舞台となるアメリカ・ハリウッドへの進出第1作となる『レベッカ』の1コ前の作品ということで、彼の映画人生における第1章「イギリス立志編」の最後を飾る作品であるはずなのに、なにかと話題にされることの少ない不遇の作品であるような気がします。
 おそらくこれは、主演の名優チャールズ=ロートン自身のプロデュースということで、監督の意見よりもまず主演がいかに輝くかという「座長公演」のような作品になっていることが大きいと思うのですが、実際にこの作品は、自分の利益のために貧しいコーンウォールのならず者たちを影で支配し、そのためならば何の罪もない商船の乗組員を全員皆殺しにすることもいとわないという冷酷非道な地方領主が主人公となっているので、どうしてもスカッとした爽快感……からは程遠い印象の歴史ドラマとなっているのです。悪役が主役なんでねぇ、最後に死んじゃうのは仕方ないとしても、それでバンザーイ!って感じにはならないんですよね。

 それでも、この作品は少なくとも2つのポイントで非常に見ごたえのある傑作になっていることは間違いありません! いやホント、大スクリーンで観たらかなり大迫力のスペクタクルが楽しめたはずですよ。

 とはいえ、この『長岡京エイリアン』の他の記事をつまんでいただいてもおわかりの通り、なにを隠そうわたくしめが歴史好きであるということで、だいぶ加点要素が多くなっているというひが目もあるかも知れないのですが、19世紀前半のイギリスの史劇っていうのも、あんまり見た記憶がないので、そういう意味でも面白かったんですけどね。日本でいったら幕末直前、江戸時代がまさに太平の眠りとも言うべき完熟期を迎えていた頃なわけですが、その時期の先込めフリントロック式拳銃を主武器にすえた冒険映画なんて、けっこう珍しいじゃないですか。いや、本作で実際に発砲されたのはたったの1発だけなわけですが、それもそのはず、当時の銃はかなり扱いづらく、操作が面倒すぎ! ほんと、ヒーロー役のトレハンはあんなの1丁でよく悪党の巣窟に突入できたな……

 ともかく、そんな歴史加点を抜きにしましても、本作は以下の2点がすごいんでございます。


1、海洋(正確には海岸だけど)アクションとしての特撮をまじえた映像演出が大迫力!

 ほんとすごい、ほんとに甘く見てました、ヒッチコック監督の「海アクション愛」!!
 今までは特に列車特撮が監督作品のクライマックスに投入されることが多かったかと思うのですが、そうそう、ヒッチコック監督は「海」や「船」も作中の舞台に選ぶことがあったんですよね! 『ダウンヒル』(1927年)とか『リッチ・アンド・ストレンジ』(1931年)とか。あと、船のミニチュア特撮で言うと『第十七番』(1932年)での力の入れようが尋常じゃなかったし、海岸描写の美しさという点では、冒頭の一瞬ではあるものの『第3逃亡者』(1937年)でのカモメかなんかの羽ばたくスローモーション撮影が印象的でした。
 本作『巌窟の野獣』は、そういったヒッチコック監督の「海好き趣味」の集大成ともいえる全力投球ぶりで、大波の打ち寄せる嵐の岸壁や、積み荷の上げ下ろしでにぎわう夜の港町、そして大型帆船を丸ごと1個とか半分まるごとセットで組んで大迫力のスペクタクル劇を画面に収めています。実際にプールのような場所でザバザバ高い波が襲いかかってくる中を下着姿で泳いだり、雨風がビュービュー吹きすさぶ中で悪党ともみくちゃになりながら灯台の灯りを復活させようとするモーリン=オハラさんの女優根性はすごいぞ! 本来ならば、そういうことをさせるヒッチコック監督のサディスティックな演出志向の方が前に出てヤな感じになるところなはずなのですが、なにせ当時若干18歳のオハラさんが持ち前のダブリン魂を炸裂させて「できらぁあ!!」とバリバリやってのけるので、かわいそう感が全然ないのが最高ですよね。オハラさんの役だけ、なぜか高橋留美子ワールドのかほりを感じる……

 実寸大のスタジオセット撮影の迫力の他にも、ヒッチコック監督はその絶妙な映像センスとバランス感覚で、並みのオーバーラップ合成映像や実景を使ったスクリーンプロセス、そして遠景の帆船にはミニチュア撮影と、当時考えうる特撮技術をフル投入して海岸シーンを作っているので、本当に「ウソをホントに見せる」映画という魔術の教科書みたいな出来になっております。あとは怪獣が出てくれば最高だったのにぃ!!

 後半の、嵐の中で商船の転覆を待ち受ける海岸の強奪団のシーンなんか、なんか観客も強奪団の一味になっちゃったような没入感があって、ついつい「早く難破しやがれ! げっへっへっへ」みたいな気分になっちゃうんですよね。難破船襲撃、ダメ!ゼッタイ!!


2、主演ロートンの看板演技がすごい

 こちらはまぁ、いかにも悪辣な近世貴族ですといった、かなりオーバーな演技でもあるので、鼻について嫌だなという拒否反応が出る人も少なくはないかと思うのですが、それでも、本作のロートンは悪者一辺倒ではない、けっこう複雑な人物としてのペンガラン侯爵というキャラクターを創出しています。
 画質の良くないモノクロ映画時代の慣例でもあるかと思うのですが、ロートン演じる侯爵はまるで歌舞伎かコントのような派手な衣装に類型的なカツラ、作り眉といったいでたちで、メイクのためか表情もほとんど変化せず、身のこなしも基本的に鷹揚としているため一見、『水戸黄門』の悪代官とさして変わりないような典型的な悪役のような外見をしています。

 ところが、本作を観ていくにつれて、観客はどうやらこの侯爵が精神的にかなり破綻ギリギリのところまで追い詰められていて、それを執拗に隠そうとするがために、意図してあんなに泰然自若とした物腰で、なんにもない虚空を見つめながら話しているのではないかと気になってくるのです。つまり、侯爵に深刻な影の面があることが、それに直接ふれるシーンこそないものの、ロートンのハリボテのような演技によってありありと浮かび上がってくるのです。観たらわかります、これは単に私の妄想ではなくて、絶対にロートンの計算内の名演ですって!
 だって、侯爵はアップになると視線を周囲をちらちらせわしなく動かして、目の動きが落ち着かないそぶりを見せることが多いんですよ。これは、自分の犯罪がバレないと思って安心しきっている人間の挙動ではないでしょう。地方の権力者の傲慢さを演じながら、同時に心の弱い孤独な人間の怯えも表現する、ロートンの流石の名演。見ごたえは充分です! ちょっとサイコサスペンスみすらあるくらいですよ。

 また見逃せないのは、侯爵の奇行や犯罪には全く口出しこそできないものの、常に病人を気遣うような憐みのまなざしで彼を見守る執事のチャドウィックの存在感ですよね。彼あってこその侯爵、彼あってこその、稀代の悪人の破滅を描くピカレスクロマンとしての『巌窟の野獣』であるような気がします。

 侯爵の最後の断末魔である、「皆の者、騎士道の時代は死んだ! 余も、これから騎士道に殉じる!!」という言葉も、聞いた側からしてみれば「いや、それとこれとは話が別でしょ……あんたが悪いことして勝手に自滅してるだけっしょ。」と言いたくもなるのですが、近代という新しい時代の足音が聞こえてくることに怯えることしかできなかった人物の憐れさを象徴しているようで味わい深いものがあります。


 ……こんな感じで、ヒッチコック監督、イギリス時代のいったんの終わりを飾るこの最終作『巌窟の野獣』は、歴史ものという敷居の高さはあるものの、監督の映像センスの鋭さ、スピーディさをいささかも鈍らせていない、ピリオドに相応しい傑作になっていると思います。いかにもヒッチコック印という王道サスペンスものではありませんが、かつてのサイレント時代における非サスペンスもの諸作とはまるで次元の違う面白さが保証されていることは間違いありません。おヒマなら、ぜひぜひ観てみてください!

 さぁ、そしていよいよ次作からは、新天地ハリウッドでのヒッチコックの黄金時代へとつらなる第2章が始まりますよ~! この企画でカラー作品を扱うことになるのは、いったいいつのことになるのカナ!?

 大西洋を越えて新たなる地平を切り開くヒッチコックの大冒険。しかしそこには、ワンマンプロデューサーや第二次世界大戦というものすんごい障壁がわんさか待ち受けていて~!?


≪毎度おなじみ、視聴メモメモ!≫
・冒頭、イギリスのイングランド地方の南西端に位置するコーンウォールに伝わる俗謡が字幕で紹介されるのだが、ありていに言えば「海岸の住民が難破船の積み荷を臨時収入として得ていた」というか、なんだったら「救助せずに強奪までしていた」ことまで匂わせる不穏な習俗が語られている。まぁ、日本でも昔はそれに似た風習はあったかも知れない。戦国時代には農民だって、農閑期の出稼ぎ(相手領国のもろもろの収奪)という認識で合戦に参加していたそうですからね……京極夏彦の「巷説百物語」シリーズの1エピソードを連想させる。
・単に字幕にコーンウォール沖の荒波の映像をオーバーラップさせているのではなく、字幕に荒波が襲いかかるような合成処理にしているところが芸コマで実にヒッチコックらしい。そうそう、監督、海も大好きですもんね!
・さすがヒッチコックと言うべきか、リアルに作られた帆船のミニチュア撮影と、実物大の甲板でのセット撮影との切り換えが本当に巧みで、難破する商船のスペクタクルが素晴らしい。ほんと、ヒッチコックの特撮センスはバカにできない! この作品、絶対にやっつけでは作ってないぞ!
・波涛にもまれる船にとっての頼みの綱である、岬の灯台の灯りを隠す非情なコーンウォールの民……というか、それ、灯台なの!? どう見ても「かがり火」としか言いようのないレベルの小さな灯りなのが驚きである。それでも、当時は絶対不可欠な文明の利器だったんだろうなぁ。
・実物大の甲板どころか、商船の前部を丸ごと作り、それが座礁する岬の岩場さえもセットで作る気合の入りよう! そして、そこに惜しげもなく投入する、一体プール何杯分使ってるんだという水、水、水!! しかも、白波の立ち方が細かいために、モノクロで見ても絶対にそれ真水じゃないよね、という海水特有の濃度の濃さを感じさせる質感になっているのがものすごい迫力である。セット撮影の嘘くささを全力で消そうとしてる!
・命からがら難破船から逃げる船員たちに対して、あたたかい毛布どころか、文字通りの「ヒャッハー!!」なとびっきりの笑顔で殺到し、皆殺しにしようと襲いかかるコーンウォールの民……時代劇とはいえ、これ大丈夫? コーンウォール漁協のみなさんとかに訴えられない!?
・難破船の積み荷はひとつ残らず収奪し、現場には船員はおろか、怪我をした同胞であろうと誰一人として生かしては残さないという徹底した悪の営み。それを、ごくごくふつうの稲刈りのように行っている海岸の男たちの手慣れた動きが恐ろしい!
・乗合馬車に乗っているメアリーが「ジャマイカ亭に行きたいんですけど……」と言ったとたんに、同乗客も御者も一様に嫌な顔をするというリアクションが、かの怪奇小説『ドラキュラ』の展開と全くいっしょで面白い。これ、イギリス伝奇文学のひとつのパターンなのかな?
・コーンウォール海岸のむくつけき男どもとは対照的に、異様に豪奢な邸宅で貴族たちとの饗宴をたのしむペンガラン侯爵。ちなみに、この席で侯爵が「新国王ジョージ4世に乾杯。」と語っていることから、本作の時代設定がハノーヴァー朝イギリス王国第4代国王ジョージ4世の即位した「1820年」であることがわかる。日本でいうと江戸時代後期、将軍は徳川家斉。異国船打払令あたり! もう船、世界中でふんだりけったり!
・ペンガラン侯爵は、登場時から執事のチャドウィックを手足のようにこき使い、ジョージ4世の信任も篤いという経歴をかさに着て、客人の貴族たちさえもバカにしたような傲岸不遜な態度をとる人物として描かれている。この侯爵を演じているのが、本作の主役でありプロデューサーでもある名優チャールズ=ロートンなのだが、若干アラフォーとは思えない貫禄の風貌が圧巻である。さすが、アラサーにして史上初の名探偵エルキュール=ポアロ俳優となっただけのことはある! 映像作品でもポアロを演じてほしかったですね。
・ロートンの演じる侯爵は、メイクも衣装も大げさだし身のこなしも演劇的というか、歌舞伎みたいな仰々しさがあるので一見するとサイレント映画を観ているような古臭さがあるのだが、いつでも胸を張って笑顔を浮かべ、何もない中空を見つめながら話しているようなしぐさが、侯爵の虚栄に満ちた人生のうつろさやむなしさを漂わせていて意味深である。同い年のヒッチコックと同様に、ロートンも片手間では演じてませんね、この作品。
・侯爵に最も忠実なはずの執事のチャドウィックが、しじゅう苦虫を噛み潰したような表情で侯爵に寄り添っているのも、この後の展開を予兆させるようで興味深い。彼も、かなり前から侯爵の末路を予期してたんだろう……
・邸宅に来訪したメアリーが美人であると見た瞬間に態度を軟化させ、饗宴の客そっちのけでジャマイカ亭にエスコートしようとする好色な侯爵。特殊メイクはしていないはずなのに、どこからどう見ても「美女と野獣」なカップリングである。でも、心も野獣なんだよなぁ。
・メアリーの叔母ペイシェンスが経営する宿「ジャマイカ亭」は、難破船襲撃団の巣窟でもあった! しかも、襲撃団のリーダーはなんとペイシェンスの夫、つまりはメアリーの叔父にあたる漁師ジョシュなのだ……冷酷無比で粗野だが侯爵に頭が上がらず、妻を愛する一面もあるジョシュを演じるのは、ヒッチコックのサスペンスジャンルにおける出世作ともいえる『暗殺者の家』(1934年)で主演を務めた経験のある名優レスリー=バンクスなのだが、正直なところ悪役のピーター=ローレと妻役のエドナ=ベストのキャラに負けて個性がいま一つ出せなかった前作のリベンジを果たすかのように、本作では一番と言っていいインパクトのある複雑な人物を演じている。憎ったらしいだけじゃなくて、ちゃんと心の弱みや、育った環境の悲劇性もにじみ出てるんですよね。田中邦衛みたいないい味!
・貧しい身なりの漁師や宿無しで構成されるジョシュの強奪団だが、その中でもぴっちりシャツで耳にはピアス、うす汚れたトップハットの斜めかぶりスタイルを崩さないおしゃれキャラ・行商のハリーの存在感が見逃せない。プリンスのご先祖様みたいな伊達男だ。
・けっこう早い段階で、ジョシュら強奪団の略奪した積み荷の利益の大部分を、本来ならば犯罪者を取り締まるべき立場のはずの侯爵が裏で差配してふところに納めているというゲスな構図が明らかとなるのだが、よそから来たメアリーをホイホイとジャマイカ亭に連れていく侯爵の打算的な行動が、メアリーの美貌にあてられてヘタをうったというよりも、「バレたらバレたでいいや、もみ消すし。」という超余裕な姿勢のあらわれであるところが恐ろしい。田舎の権力者、こわすぎ!!
・……にしても、侯爵、メアリーを送ったら早く屋敷に帰れや! たぶん、「共通の親友がいなくなって会話が途切れる気まずい初対面同士」みたいになってるぞ、チャドウィックとお客さん達が!! それとも、ああ見えてチャドウィックには場を何時間でももたせられる宴会芸の特技でもあるのか? 「やむをえん、秘技『コーンウォール名物はらをどり』発動ォオ!!」
・妻やメアリー、手下に対してはあんなに乱暴者なジョシュが、侯爵を前にすると借りてきたネコのように姿勢を正して従順になる変貌ぶりがおもしろい。でも、地方領主とはいえ、最高爵位の侯爵だもんなぁ。むしろジョシュのような庶民と面と向かって密談するような侯爵の方が異様なのかも知れない。
・積み荷の利益の大半がどこか(侯爵)に消えている可能性を告発したがために、逆にその疑惑をジョシュにおっかぶせられてひどい目に遭う、強奪団の新入りトレハン。ダスティン=ホフマン8割に爆笑問題の田中さん2割といった感じのやや頼りない風貌が、ヒロインにしては顔つきも態度もしっかりしたメアリー役のオハラさんと対照的でいいバランスである。知性のトレハンと度胸のメアリー!
・首吊りの刑にされる寸前のトレハンを、2階から直接縄を切ることで助けるメアリー。うーん頼もしい。どっちがヒロインなんだかわからん!
・夜の邸宅で、食費の請求書を読み上げるチャドウィックにいきなりキレる侯爵。一見、話の本筋と関係の無いエピソードのようなのだが、地方貴族としての日常の生活に倦み飽きるあまりに、侯爵が確実に精神のバランスを崩していることと、それを侯爵自身も自覚して怯えている状況を象徴する大事なシーンである。結末への伏線が丁寧だ。
・2階にいるメアリーが1階のトレハンの首吊り処刑を盗み見る構図や、海岸の洞窟のメアリーとトレハンが頭上の穴から見下ろすハリーたち追っ手を見上げる構図など、ぶっちゃけ典型的な展開の連続で退屈する部分を、ちょっと斬新な見せ方の工夫でもたせようとするテクニックが実にヒッチコックらしい。「あぁ、今ヒッチコックを見てるなぁ。」と実感する瞬間である。
・海岸をただようボートをすぐさま発見してトレハンたちの隠れ場所を抜け目なく押さえるハリー。そこはなかなか有能なのだが、相手がいる下の洞窟にロープを下ろして、一人ずつえっちらおっちら降りていくという最悪の手段を取るのがよくわからない。そんなん、各個撃破されるに決まってんでしょ! しかも、最初のトーマスとかいう手下はロープを揺すられて2~3メートル上から落ちただけで気絶するし……都会の小学生か!
・馬には乗れるし、冬場の荒波の中でも上着をかなぐり捨ててスリップ姿で泳ぎまくるし、メアリーの行動スキルがハンパない! 『暗殺者の家』での名スナイパーヒロイン・ジルに勝るとも劣らない高スペックヒロインである。若干18歳の彼女が、こんなにもたくましく育たなければならないアイルランドって、一体どんな人外魔境なんだ!?
・お話の流れ的には、困窮する領民から年貢を搾り取って贅沢好きな生活に明け暮れる悪逆非道な侯爵というキャラ設定が妥当なのだろうが、借金が払えないとか家の雨漏りがひどいとかいう領民の声を直接面会して聞いてちゃんと対応してくれる侯爵の姿は、ちょっと暴君とはいいがたい度を越したおもねり方である。人目を気にした表向きの顔だけにしても、大した殿様であることは間違いない。人権とか言い出す若造に厳しいのは、19世紀前半の貴族としては当然の感情だろうし……生活は破綻してるけど、根はいい人なのかな?
・侯爵が難破船強奪団の黒幕であることを露ほども疑わず、命からがら侯爵の邸宅に逃げ込むメアリーとトレハン。その時に邸宅にいる客人のうち、昨夜の饗宴からいるジョージ卿を演じているのが前作『バルカン超特急』のベイジル=ラドフォードで、海軍のマーレイ船長を演じているのが『第3逃亡者』の真犯人役のジョージ=カーゾンである。なつかしい顔!
・自分達から邸宅にやって来たメアリーとトレハンに、飛んで火にいる夏の虫とほくそ笑む侯爵だったが、トレハンが難破船強奪団の摘発のためにジャマイカ亭に潜入捜査していたイギリス中央政府の特命刑事(海軍中尉)であることが判明し、一転して危機に陥る。とりあえずは動揺を隠して、馬小屋から書斎へと部屋を変えさせるのだったが、対応が豹変しすぎ!
・身体を張った潜入捜査によって、ジョシュが難破船強奪団のリーダーで、さらにその上にジョシュしか知らない黒幕がいることまで突きとめていた有能なトレハンだったのだが、地元領主の侯爵を全く疑わずに手の内をべらべら話してしまったのが大失敗だった……「まだ政府には報告していない。」という一言を聞いて、態度には全く表さないながらも「よっしゃー!!」とにんまり微笑し、むやみに銃をいじくり出して挙動が若干ハイテンションになる侯爵。トレハンと一緒にワインを飲むときに震える手とか、このやり取りの中での細かな演技の移り変わりが非常に上手である。役者やロートン!
・トレハンの提案したジョシュたちの現行犯逮捕作戦に乗ったふりをしてトレハンを油断させる侯爵だが、この時にポーズだけ書きつけた軍隊の応援を要請する書状の送り先が、ウィルトシャー州の州都トロー(ブリッジ)となっている。ウィルトシャーはコーンウォールと同じイングランド地方の南西地域に属しているのだが、コーンウォールからトローブリッジまでの距離はおおよそ250~300km となっているので、本作のように午前中に書状を送った場合、夜中の摘発時に軍隊が到着したら御の字といった感じだろうか。いや、間に合うか!? ムリじゃね!?
・表向き、意気投合してジョシュたちの摘発の準備を進める侯爵とトレハンだが、それを盗み聞きしてしまったメアリーは、叔母夫婦を縛り首から救うために邸宅を抜け出してジャマイカ亭に作戦をリークしてしまう。ここらへんの、それぞれの思惑を胸に秘めての行動のすれ違いがみごとにドラマチックで、一気に物語のテンションを高めてくれる。デュ・モーリエの原作小説を読んでいないので、ここらへんが原作通りなのかどうかはわからないのだが、なんかシェイクスピアっぽい展開でいいですね!
・メアリーがジャマイカ亭に行ったことを知り、トレハンと侯爵は急遽作戦を変更してジャマイカ亭の家宅捜索に向かうのだったが、いくら急を要するとはいえ、ここで侯爵とのたった2人きりで乗り込むあたり、やはりトレハンはお人よしで短慮すぎる。なぜそこまで侯爵を疑わない!?
・言わんこっちゃない、実質ひとりでジャマイカ亭に乗り込んだ形のトレハンは、ジャマイカ亭に戻って来たハリー達に苦も無く捕まってしまう。いや、いくら銃を持っていると言っても、一発撃ち損じたら次の装填に手間がかかりまくるフリントロック式単発拳銃だけの装備て!
・トレハンやハリー達がガン見してる中なのに、捕まったていの侯爵から「メアリーだけは殺すな。」と言われて思わず「わかりましたっ。」と会釈を返してしまうジョシュの、うそのつけない正直者っぷりが最高である。芝居のできねーヤローだぜ!
・侯爵の発言から推察するに、トレハンは夜9時を過ぎたあたりから「軍隊の救援が遅い!」と焦り出しているのだが、それはしょうがねんじゃね? 手紙で他州に応援を要請してるんだもんねぇ……実際、19世紀前半のイギリス国内の交通事情って、どうだったんだろ? やっぱ馬車メインか?
・ちなみに同じく侯爵の言によると、当時のイギリス貴族の夕食の時間は夜10時頃らしいのだが、ほんと? 健康に悪すぎない? 夜食の間違いじゃないの?
・ジョシュたちがマーレイ船長の黄金を積んだ帆船の襲撃に向かった後、トレハンとペイシェンスとの3人だけになったタイミングを見計らって、侯爵はついに満を持して難破船強奪団の影の首領としての正体を明らかにする! この時の、悠々と単発拳銃の装填をしながら真相を語るロートンの演技が、ほれぼれするほど悪の色気に満ちている。フリントロック式の拳銃は火薬と弾が別々だから、手間がかかるところを何の苦も無くやってのけているのもポイントが高い。その後の、「ボイル大尉などという隊長はいない。したがって守備隊も来ない。」という去り際の捨てゼリフもカッコイイ~!!
・マーレイ船長の帆船を待ち受けている時にハリーがメアリーにかける、「きれいな指輪を持って来てやるぜ! ちゃんと指は捨てておくからさ!」という冗談が非常に悪趣味ですばらしい。ブリティッシュジョーク!
・いよいよクライマックスとなる、嵐の夜の海岸シーンとなるのだが、実景と大規模なスタジオセットを組み合わせたスクリーンプロセスによる特撮が、モノクロで画質もよろしくないことが幸いしてかえって迫力たっぷりである。くっきりはっきり見えるだけが映画の良さじゃないですね!
・轟々たる荒波と、とてつもない風雨にさらされるジョシュたちが固唾をのんで見守る中、波しぶきでけぶる沖合に、木の葉のように揺れる帆船の影が! ここの大迫力ときたら!! いや~ほんと、ヒッチコック監督が怪獣映画を撮っていたら、どんな歴史的名作が生まれていたことか!!
・帆船の行方に気を取られるジョシュたちの目を盗み、メアリーは一人抜け出して灯台の灯りを復活させるという賭けに出る! ここで、マントを翻しながら崖を登り、ジョシュの手下をぶっ倒すメアリーの勇姿がステキすぎる……さすがに燃える布を素手で運ぶカットはスタント撮影かと思うのだが、いやマジ、トレハンかたなしすぎ!!
・このメアリーの命を賭けた行動によって、ジョシュたちの目論見は水泡に帰す。しかしメアリーはハリー達に捕まって、リンチされようがなにされようが仕方のない状況に陥ってしまうのだが、それでも一歩も引かずに「私はどうなってもいいけど、罪もない人たちを殺しまくったおめーらもただでは済まねぇからな!!」と見事な啖呵を切ってみせる。すごいな、この娘さん!!
・いっぽう、ジョシュたちの失敗を知らない侯爵は予定通りに深夜に邸宅を発ち、フランスへと高跳びするべく港へ急ぐ。この時のチャドウィックたち屋敷の人々との全くかみ合わない会話が、侯爵の狂気と末路を予見しているようで印象深い。チャドウィックふびんすぎ……
・ここからは、本性を現わした侯爵がメアリーを拉致し、それをトレハンが追い詰めるという定番の流れとなるのだが、ちょっとだけの時間ではあるものの、薄いドレスを着たメアリーに猿ぐつわをはめる侯爵の手つきが妙にエロい。ここにきてヒッチコック印きたー!!
・侯爵の最期は、言ってみればヒッチコックの過去作『殺人!』の変奏なのだが、ちゃんとロートンの決めゼリフを用意しているあたりや、ラストショットに映る人物がトレハンでもメアリーでもなくこの人であることも、本作の主人公があくまでもロートン演じる侯爵であることを証明している。すっきりしないラストではあるんだけど、ピカレスクロマンなんだから、しょうがないんだなぁ。

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