≪泣く子も呆れる5年前!! 前回記事はこちら……≫
いや~もう、ひどいもんであります……
りょうさん版の『黒蜥蜴』って、もう5年前のドラマになるんですか。この記事のタイトルで全面的に応援しますって言っておきながら、5年も感想を塩漬けにしてたって、一体どんな了見なのでありましょうか。マダムお許しください!!
いやほんと、ドラマ本編自体はずっとパソコンに保存していたので、いつでも本腰を入れて感想記事を出す準備はできていたのですが、思い起こせば2019年の年末以降ずっと忙しい忙しい言うてまして、気がつけばこんな時間が過ぎてしまいました。
そうこうしておる内に、世の中ではいろんなことがありまして、本作に関するニュースと言いますと、何と言いましても期待の明智小五郎俳優界のホープだったはずの第83代・永山絢斗さんが2023年6月に薬物関連の不祥事で逮捕されてしまいました。少なくとも2019年に放送された本作の中では、特になんの変哲もないさわやかなヤング明智だったんですけどね……
ちょっと、主演ど真ん中の明智役の方がお縄になってしまった以上、本作もおそらく再放送とか映像ソフト商品化の可能性は無くなってしまっているのかも知れませんが、それがこのりょうさん版の中身のクオリティを下げていることはまるでない、ということは断言させていただきます。ただ、世の中に今後、このりょうさん版の良さを知る人が増える可能性がかなり低くなってしまうという事実は、不幸としか言いようがありませんね。永山さんよ~う!!
余談ですがその一方、この永山さんの一件に関して珍しく「良く」働いているものとして私は、今年の NHK大河ドラマ『光る君へ』における藤原隆家役の、永山さんから竜星涼さんへの交代を大いに挙げたいです。これ、ほんとに代わって大正解だったと思う! 正直、5年前に明智を演じた永山さんしかちゃんとは知らないのでその後大きな成長があったのかも知れないのですが、あの平安時代随一のトラブルメイカー隆家を演じるには、永山さんはちといい子ちゃん過ぎるような気がしていたのです。竜星さんの斜めに崩れた姿勢とひねくれた眉毛の演技、サイコー!
そしてそして、本作が放送されて年が明けた2020年以降、やろうやろうと思っていながらずっとほったらかしになっていたこの感想記事だったのですが、ここにきて、ほんとのほんとに「えー加減にせい!」というかのような天からの雷の如きニュースが、つい先日に落ちてきてしまいました。
≪江戸川乱歩原作『黒蜥蜴』が令和に蘇る 明智小五郎役は船越英一郎&緑川夫人役は黒木瞳≫
YAHOO!JAPAN ニュース 7月30日付配信記事より
BS-TBS では、9月29日(日)に2時間ドラマ『江戸川乱歩原作 名探偵・明智小五郎「黒蜥蜴」』(夜7:00~8:54、BS-TBS、BS-TBS 4K で同時放送予定)を放送する。明智小五郎を船越英一郎、緑川夫人を黒木瞳が演じ、昭和40年頃の雰囲気と現代を織り交ぜた架空の時代を背景に、新たなスペシャルドラマが令和に誕生する。
2024年10月に生誕130年を迎える推理小説家・江戸川乱歩。1934年に月刊誌『日の出』に連載された本作は、名探偵・明智小五郎と、美しいものをコレクションする緑川夫人(黒蜥蜴)が心理戦を繰り広げるサスペンスで、テレビドラマに映画、舞台と、時代を超えさまざまな形で制作されてきた。
日本が誇る名探偵・明智小五郎は、罪を重ねる黒蜥蜴という人物を断罪しつつも、その心理を暴きたいという強い情念にかられ、いつしか引かれていく。
そんな明智を演じるのは、2時間ドラマの帝王・船越。意外にも明智を演じるのは初めてだという。対する緑川夫人(黒蜥蜴)を演じるのは、船越と双璧をなす黒木。世界中の美品を盗み出し、コレクションに加える稀代の盗賊。変装の名人でもあり、VFX を用いた変装シーンは見どころの1つとなる。
また、秀でた美貌ゆえ緑川夫人の標的にされる岩瀬早苗役は、映画への出演が続く女優の白本彩奈が務める。明智小五郎の部下で、一生懸命働くもどんくさい一面がある小林芳雄役は、人気急上昇中の俳優でモデルの樋口幸平、同じく明智の部下で、的確な推理力と洞察力を持ち、武術にも長けた木内文代役は、ミュージカル『レ・ミゼラブル』など主にミュージカル界で活躍している唯月ふうかが演じる。
容姿端麗で緑川夫人の寵愛を受ける手下・雨宮潤一役は、俳優のほかフォトグラファーとしても活動する古屋呂敏。その他、緑川夫人の手下で元番頭の松吉役を諏訪太朗、宝石商・岩瀬庄兵衛役を大河内浩、警視庁捜査一課刑事・浪越警部役を池田鉄洋が演じる。
オーイもう次のバージョンが放送されちゃうよ! このニュースを知って「もうやんの!?」と思ったのですが、りょうさん版も5年前のことになっちゃうので、人気作の『黒蜥蜴』なんですから、そろそろ出てもおかしくはない頃合いだったんですね。
もちろんこれも要チェックだし、たぶん我が『長岡京エイリアン』でも視聴した感想記事を出すことになるかとは思うのですが、前情報を聞いた限りの印象としては、正直言って明智役と黒蜥蜴役に特段の期待はしておりません。船越さんが初明智なのが意外って、一体全体だれが言ってるんだ!? そんなもん初めてに決まってんだろ! タイプが全然ちげーんだよ!!
ただ、個人的にこの作品を絶対に見逃せないと思うのは、なんてったって今現在芸能活動を続けていらっしゃる若手女優さんの中では私がいちばん大好きな白本彩奈さん(今月公開の映画『箱男』が超楽しみ!)が実質的なヒロインの岩瀬早苗を演じることと、りょうさん版であの堀内正美さんが演じた松公の役を諏訪太朗さんが演じるという、この2点においてですね。これは絶対チェックや!! 実相寺昭雄の遠行からもう18年になろうかとしておりますが、今もなお、正美と太朗の因縁の関係は続いているのだ!! 『ファントミラージュ』のあの回の感想記事も、まだ未完成なんだった……嗚呼、私に嫌なことを思ひ出させなひでちやうだい!!
……とまぁ、そんなこんな状況なので、もはやこれまでということで今回、覚悟を決めてりょうさん版『黒蜥蜴』の感想記事をここに納めさせていただくこととしました。いや、つったって単なるドラマの感想なんで、5年も眠らせておくほどのこともないんですけどね。やることは、ちゃちゃっと早くやるにしくはないやねぇ。
そんでま、この愛しのりょうさん主演で送られた『黒蜥蜴』2019エディションの感想なのでありますが、ざっくりまとめますと、
決して本道ではないアレンジの強い作品だが、『黒蜥蜴』の歴史に残るべき快作!
ということになりますでしょうか。クセは強いが、さすがは林海象監督作品! 面白かったです。
この作品を語る上で決して無視できないポイントは2つありまして、ひとつは何と言いましても「主演・りょう」というキャスティングの大成功。そしてもうひとつは「架空の近未来」という時代設定のアレンジ。この2つによって2019年版『黒蜥蜴』の99% が構成されていると申しても過言ではないでしょう。
〇「主演・りょう」の、期待以上のぎっしり感&満足感
いや~、一にりょうさん、二にりょうさん、三、四がなくて五にプリティ梅雀!!
この作品、ほんとにりょうさんの八面六臂の大活躍が堪能できる奇跡のような一作です。おなかいっぱいです!
まず、トカゲの異名を持つ悪人の役をりょうさんが演じるという時点で、作品の成功はほぼほぼ確約されているわけなのですが、りょうさんもりょうさんでムッともしないでノリノリで演じておられるのが画面の随所からにじみ出てくるのが素晴らしいです。
世に「爬虫類顔の美女」と評される方はたくさんおられるかと思うのですが、ネット上のまとめ記事を見ても「お前ヘビとかトカゲ見たことあんのか」と小一時間ほど問い詰めたくなるランキングになっている結果が多く、ちょっと目が鋭いとか顔や鼻筋のラインがシュッとしてる程度で爬虫類顔に当てはめてしまう意見ばっかりのような気がします。
いやいや、爬虫類顔という世界に関しては、天上天下唯りょうさん独尊でしょう! 菅野美穂さんとか、確かに演技のふり幅によって爬虫類っぽい雰囲気にもなれる女優さんはいらっしゃるかと思われますが、りょうさんが出てきちゃったら「私も爬虫類顔ヨ」とおめおめ出てくる勇気のある人はそうそういないでしょう。りょうさんこそは、「爬虫類顔の美女」という言葉の複数形化を永久に封じてしまう絶対的存在なのであります。
だから、私に言わせれば世間のおしゃれファッション雑誌とかにおける「モテる動物顔は?」みたいな特集でのカテゴライズ項目は、「ネコ顔」、「イヌ顔」、「タヌキ顔」、「ウサギ顔」、「りょう」、「カエル顔」……と表記されるべきなのです。
いや、ほんと大好きなんですよね、りょうさん。私、あんまりテレビに出てこられるような芸能人の方に直接会った経験はないのですが、それでも何人かをお見かけした記憶を思い出すだに、特に女優さんって、もはや「異貌」と申してもよいような異次元のお顔立ちをされている種類の方が多いというか、それが当たり前の世界なのではないかと思ってしまいます。なんか、「モテそう」とか「うらやましい」とかじゃなくて、まず最初に「人生大変そうだな……」と感じてしまうレベルの美人さんですよね、実際にご本人を見てしまうと。こりゃ普通に生きるのは難しそうだな、みたいな。
そんな中でも、りょうさんの異貌性というか、「異形と紙一重の美しさ」というのは、さらに一段も二段も先を行くものだと思います。他の人に見間違えようがないし、極論を言ってしまえば、りょうさんがどんな役を演じても、それは別のパラレルワールドのりょうさんでしかないのです。若い芸能人でよくある「何やってもおんなじ」とは、全く話が違うんですよね。りょうさんのそれは、高倉健さんとか田中邦衛さんの世界の高みに達しているものです。
なので、そんなりょうさんがあの女賊・黒蜥蜴を演じるってんですから、失敗するわけがないのです。だって、黒蜥蜴もそういった異形の存在だし、犯罪界の女王になるしか道の無い悲劇的な人物だったのですから。
一言も発せず、何もしなくても、りょうさんの立ち方、座り方に黒蜥蜴である存在の説得力がみなぎっているのです。これ以上なにが必要だというのでしょうか。
とにもかくにも、今回の2019年版『黒蜥蜴』は、「やっと時代が追いついたか」と言いますか、りょうさんがデビューしてからなんと30年もかかって実現した「理想のキャスティング」だったのではないかと思います。失礼ながら、りょうさんだってもう若いだけではありません。でも、ピチピチキャピキャピだけでは絶対にできない緑川夫人=黒蜥蜴を、美貌、演技、そしてハイキックぶんぶんのアクションで演じきることのできる「最高のタイミング」を見逃さずにひとつの作品に結実させた林海象監督の采配は見事としか言いようがありません。
いや~、ほんと、そんなに頑張っていいんですか?っていうくらいに、りょうさん出ずっぱりです! 場合によっては大御所の女優さんが演じることも多いし、設定上も犯罪集団の首領なので出番をセーブしようと思えばできなくもない黒蜥蜴なのですが、2019年版の黒蜥蜴は、雨宮とか松公そっちのけで働くよ~!!
本作のりょうさんは「七変化」どころか、ざっと見てみただけでも定番の和装、女怪盗風ライダースーツ、インバネスの男装紳士、短髪ノースリーブ、ぴっちり中わけにオフショルダーのプリンセスラインドレス、イブニンググローブにエンパイアドレス、おかっぱ頭に上下オレンジの囚人服、ヴェールにオフショルダーのスレンダードレス、無造作オールバックロングヘアにロングマントと、ほんとに場面が変わるたんびに着替えてるようなひとりファッションショーの様相を呈してくれます。サービス満点! これは『黒蜥蜴』の皮をかぶったりょうさん芸能30周年記念のファン感謝ムービーか!?
だって、峰不二子とかキャットウーマン風のライダースーツ衣装なんか、明智の追撃からロケットに乗って逃げる時に一瞬見えるだけなんだもんね。和装から着替える意味なんにもないんですよ!? それなのにちゃんとフォームチェンジしてくれるんだもんなぁ。もっと長く拝見したかった!!
こういうわけなので、この2019年版『黒蜥蜴』は、「江戸川乱歩原作小説の忠実な映像化作品」ということを期待するのならば、それにはちと沿いかねる作品だと思います。ただ、主演のりょうさんの全キャリアの、現時点での総決算を楽しむ作品とするのならば、120点以上の価値のある一大ページェントとなっております。要するに、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969年)ならぬ『実録りょう全集 黒蜥蜴 BLACK LIZARD』となっているのが本作なのです。たった一本の作品で「全集」を名乗るなんて、石井輝男監督と土方巽にしか許されないパワープレイかと思っていたのですが、なにかとうるさい令和の御世に、林海象監督とりょうさんがそれを再現してしまったというわけ! とんでもない話よコレ……そういえば、後半の黒蜥蜴 VS 明智の対決シーンで唐突に現れた、真っ青なホリゾントを背景に舞踏をする人のくだり、ちょっと石井輝男監督っぽかったですね。ほんと、ちょっとだけだけど。
いや~、なんで江戸川乱歩の作品のはずなのに、りょうさんがこんなにもはっちゃけちゃう「オールりょうさん感謝祭」みたいな作品になっちゃったのかしら。
でもよくよく考えてみたら、りょうさんのすさまじい独自性がここまで自由にのびのび活躍できる世界観を持っているのは、やっぱ日本では乱歩ワールドくらいなのかもしれませんね。泉鏡花の世界もけっこう異形の女性がやりたい放題できるところではあるのですが、りょうさんの無国籍な容貌とはちょっぴり合わないかも知れないし。
りょうさんといえば、確か昔に稲垣吾郎版金田一耕助の『八つ墓村』(2004年 フジテレビ)で田治見春代の役を演じていたかと思うのですが、りょうさんの特殊すぎる容姿って、犯人当てに主眼を置いた本格ミステリードラマの世界では意外と活躍しにくいと思うんですよ。あれももちろん重要な役ではあったのですが、りょうさんの本領発揮の場ではなかったかと思います。横溝ワールドでは意外と居場所のないりょうさん。『仮面舞踏会』の鳳千代子くらいの個性がないといけないような気がするのですが、そんなに異性との恋愛に浮き名を流す印象もないんですよね、りょうさんの美貌は性別さえをも超越しちゃってるから!
それになんてったって、りょうさんにとって乱歩ワールドは、あの乱歩の皮をかぶった雰囲気系スットコトンチキ映画『双生児』(1999年 監督・塚本晋也)という因縁のある地だったので、今回こういう形で四半世紀ぶりにリベンジを果たせたのは、非常に感慨深いものがあるのではないでしょうか。マダム、本当に良かったですね!!
●架空の近未来への SF的アレンジは果たして必要だったのか?
本作は開幕1秒でパッとわかる通り、1930年代の日本を舞台とする原作小説とはまるで違う時代設定で、物語の時点で50歳代後半と思われる天馬博士の経歴情報に「2004年 桐生院大学生物学部卒業」~「2017年 シンバイオテックス入社」などとあることから、だいたい2030年代後半を舞台とした近未来SF 作品になっています。
なにせ江戸川乱歩の原作小説の時代は1920~60年代なものですから、映像化された作品は時代設定が現代(撮影時)に変更されることが非常に多く、その最たる例はやはり天下御免の天知小五郎の「美女シリーズ」ということになります。そして、これ自体は乱歩の原作ではないのですが、乱歩の『怪人二十面相』に着想を得た北村想の小説を原作とした佐藤嗣麻子監督の映画『K-20 怪人二十面相・伝』(2008年)のように、現代のみならず架空の未来やパラレルワールドを舞台とする大胆なアレンジも多いのが、乱歩系映像作品の特色でもあります。要するに登場人物と物語が普遍的にヘンなので、どの時代にアレンジしても作品がブレない頑丈さがあるんですよね、乱歩ワールドって。
だもんで SFアレンジ自体はそんなに珍しくもないことなのですが、今回の2019年版『黒蜥蜴』に関しましては、こと『黒蜥蜴』であるという性質上、かなり大幅な変更が加えられていると言っていい事態になっております。
それはすなはち、黒蜥蜴=緑川夫人のパーソナリティを形成する上で、明智小五郎の他に「岩瀬庄兵衛」と「天馬英九郎博士」という2人の男性の存在が非常に大きなウェイトを占めるという変更が生まれているからなのです。
乱歩の原作小説を元とする三島由紀夫の戯曲を観てもわかるように、『黒蜥蜴』はかなり高い純度の「黒蜥蜴と明智と雨宮潤一」による三角関係の物語として描かれることが多いです。ところが今回の2019年版に関しては、SF 的なアレンジを根拠として、本来ならば物語中の単なる被害者でしかない岩瀬父娘がそうとう重要な役割を持つキャラクターとなり、さらには天馬博士という、いったい何塚治虫の世界から出向して来たのだというオリジナルキャラまでもが参戦して、黒蜥蜴の人物設定に大きな悲劇性を加える一大包囲網ができあがってしまっているのです。1人の女に対して男がわらわら集まっているという構造。『うる星やつら』かな?
余談ですがこの天馬博士、演じている風間トオルさんはいたって真面目にこの天才科学者を演じてはいるのですが、容姿とか発言が完全に天馬博士どころか、某水中酸素破壊剤を発明した世界的に有名な博士そのまんまなので、もう笑ってよいのやら怒ってよいのやらといった闇鍋みたいなキャラになってしまっています。あんたは乱歩ワールドの住民じゃないでしょ! 黙って東宝空想ユニバースに戻ってゴジラ殺しとけや!!
なので、本作はちょっと CG合成モリモリな作風が初見さんお断りである上に、原作小説や戯曲の雰囲気や、過去の美輪サマ(当時は丸山サマ)あたりの映像作品が好きな『黒蜥蜴』ファンにとっても、「こんなの『黒蜥蜴』じゃない!」と拒否反応を示される異端作になっちゃうのかも知れません。特に、演じていた俳優さんは特に悪いということもないのですが、雨宮というかなり屈折したおいしいキャラの役割が、岩瀬父娘や天馬博士といったわけのわかんない奴らのために、あたかも『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air』のエヴァンゲリオン2号機のごとく無惨についばまれまくってしまい、その結果、明智にムキー!と嫉妬するだけの空気読めない系あんちゃんに縮小されてしまったのは残念としか言いようのないアレンジでしたね。雨宮こそ、乱歩の代弁者のような気がするんだけどなぁ。
また、本作における明智小五郎は、普通だったらけっこう簡単めにあしらえる力関係にあることの多いライバル(笑)怪人二十面相に、冒頭のカーチェイスで完全に出し抜かれてしまうという失態を犯しており、全体的に「若さ」が目立つキャラクターとなっています。その点では、どっちかというと黒蜥蜴から一方的に好かれてしまいながらも、あくまでも「犯罪者は犯罪者」という見方を変えずに彼女を冷徹に追い詰める原作小説の明智とはだいぶ違った人物になっていますね。ただし、一般的に有力な「明智小五郎1900年生まれ説」を採るのならば、原作『黒蜥蜴』の時点での明智もせいぜい33~34歳なので、本作で演じた永山さんとそう変わらない年齢なのですが。
その他に、緑川夫人と対峙する時の正装が「黒縁メガネに赤い蝶ネクタイ」というバーローとっつぁん坊やな感じなのも若さを通り越してガキっぽいくらいですし、小林助手(♀)やアンドロイド・マリアにしょっちゅう心配されている不完全さも、「決して神ではない人間・明智」という側面を強調しています。
まぁ、それはそれで、ある意味で完璧すぎる復讐者・黒蜥蜴とは正反対の人間として明智を設定するためのアレンジと解釈することもできなくはないのですが、その一方で、本作の明智は10年も前に天馬博士の失踪事件に深く関わっていたという経歴も加わっているために、「けっこう前から探偵をやってる」という情報がまじっちゃって、結局明智が有能なのか無能なのかがわからない座りの悪さがあるんですよね。
そして、今回の SF要素が本作に「悪く機能している」最大のミソなのがここなのでありまして、明智小五郎のすごさが、明智個人じゃなくて彼をかなり分厚くサポートしているマリアちゃんに代表される「近未来の科学技術」にしかないんじゃないかと疑ってしまう余地が大いに出てきてしまうんですよね。明智のカリスマ性に「SF なので何でもアリ」という小さな穴が開いてしまい、そこからプシューと空気が抜けてしまっている状態なのです。
その最たるものが、本作でもかなり印象的だった、アパホテ……じゃなくてヴェルドゥーラホテルでの緑川夫人と明智とのポーカー対決で、あれがふつうに1930年代~今現在までの時代設定だったら、互いに「ストレートフラッシュ」とか「フォーカード」とかいうアホみたいな高得点の役しか出さない異次元な対決に、2人の神がかった豪運、もしくはプロのマジシャンもはだしで逃げ出すいんちき(失礼!)テクニックがあらわとなる歴代屈指の名シーンとなるはずです。
ところがギッチョン、本作はなんてったって、目の前にいる人間の姿さえもが光学迷彩 CG技術によっていくらでもだまくらかせてしまう SF作品なので、そんなもん、どうせあのトランプカードだって、白紙のカードにお互いが好きな役を投影させてるだけなんでしょ、という面白くもなんともないごっこ遊びに堕してしまうのです。
いや~、だから、乱歩ワールドと SFって相性がいいように見えて、実はかなり慎重にすり合わせていかないと一歩間違えばキャラや作品全体の説得力・魅力が雲散霧消してしまうという、喰い合わせの悪さも潜んでいると思うんです。
そりゃそうですよ、名探偵の神の如き推理力の源泉が「よくわかんない未来の技術でした~」なんて言っちゃったらなんでもアリになっちゃうじゃないですか!
明智の変装は、人知れず血のにじむような特訓を積み重ね、専門のメイクアップ業者と入念&漏洩絶対厳禁の相談、打ち合わせを繰り返して、自分の髪型どころか顔の大きさや背の高ささえも変えてしまう変装技術を会得し、胸元の部分をぐいっと引っ張っただけで一瞬でパリッパリのフォーマルスーツ姿に変身できる衣装を発注しておくという、明智探偵事務所の収入の大半をつぎ込んでるんじゃなかろうかという努力の荒野に咲いた一輪の精華なのです。あ、これは原作小説というよりはアマチ小五郎の話か……でも、原作の怪人二十面相だってシコシコ夜なべして自分の身体のサイズにジャストフィットした郵便ポストとかクソでかカブトムシの着ぐるみとか作ってるんですから(手下や外部業者に任せるなんて絶対しないでしょう)、乱歩ワールドの住民に「時間と労力をいとわない変態的情熱」が必須条件であることはまず間違いありません。
そんな常軌を逸した世界を、なんで「SF なんでアリです。」などという空辣きわまりない屁理屈で整理整頓してしまうのでしょうか……確かに本作の場合、これによってりょうさん演じる黒蜥蜴のキャラクターに、非常に分かりやすく感情移入しやすい「哀しき背景」が付与されたことは良かったかとは思うのですが、その反面、明智のキャラ造形がかなり没個性でぼんやりした「半人前ヒーロー」になってしまったことは否めないでしょう。そんな人に夕陽を背景にラストシーンで絶叫されても、ねぇ。
余談ですが、原作小説で黒蜥蜴こと緑川夫人の下の名前は語られていないのですが(緑川だって偽名でしょうし)、この2019年版では新聞記事の中で「緑川芙美代」という記述が一瞬だけ見えます。
芙美代、ふみよ! 乱歩ワールドにおける「ふみよ」といえば、これはもう綴りこそ違いますが、明智小五郎夫人の「明智文代」しかありえません。天知小五郎シリーズにおいては、実質小林芳雄のポジションの大部分を乗っ取っていた探偵事務所の女性助手の名前が文代だったと記憶している方も多いでしょう。
つまり、今回の永山小五郎やかつての天知小五郎のように、明智が既婚者という設定を隠している場合、ふみよという名前を持つ女性キャラがかなり特別な意味を持っていることは間違いないのです。まぁ今回は一瞬だけの情報なのでお遊びの要素も大きいのでしょうが、そこらへんに黒蜥蜴が夢見た「あったかもしれない結末」を幻視することもできるのではないでしょうか。
余談ですが、原作小説『黒蜥蜴』での明智小五郎は、時系列的にすでに文代と結婚して小林芳雄も探偵事務所に勤務している可能性が高いのですが、小説本編には文代も小林少年も全く登場しません。明智先生、さも独身ですみたいな顔しちゃって、も~う!!
まぁまぁ、こんな感じでいろいろとくっちゃべってまいりましたが、今回の2019年版『黒蜥蜴』は、舞台作品も含めれば演じた女優さんがなんと20人もいるという悠久の「黒蜥蜴史」の中では、決して王道をゆくものではない異端の作品であることは確かです。なんてったって、黒蜥蜴の半生とかが原作小説に全く無いオリジナル要素であるというところが、乱歩ファンとしては痛いんだなぁ。
しかし、ただひとつ「主演・りょう」という決定的な成功するしかないポイントに特化した点において、本作は絶対に世の多くの人々の記憶に残るべき大傑作となっているのです。黒蜥蜴というキャラクターを演じる女優さんの魅力をレーダーチャート的にさまざまな観点から評価する場合、たとえば「知性」とか「セクシー」とか「カリスマ性」とかいろんな項目が挙げられるかと思うのですが、今回のりょうさんに関しては、「爬虫類っぽさ」と「アクション」部門においてはごぼう抜きのダントツ、なんだったら永久1位あげてもいいくらいのドンピシャ人選だと思います。ほんと、このキャスティングが実現して良かった!
あと、最後にこれも。りょうさんも演技の妖しさにギアがかかって素晴らしかったのですが、それに輪をかけて笑っちゃうくらいの怪しい演技を見せてくれるのが、手下の房子を演じた月船さららさんなんですよね。あの、常に片頬の口角を上げてほくそえんでるみたいな余裕しゃくしゃくな表情がたまらない! あの人も乱歩ワールドをゆうゆうと泳ぎきってくれていましたね~。
なんか、SF 描写も NHK Eテレの子ども向けドラマみたいな甘い味付けですし、全体的にグリーンバックの前で撮影してたのかな……みたいな安っぽさも目立つ作品ではあるのですが、そこで毛嫌いして見ないというのも損だと思いますよ。ほんと、一人でも多くの方に観ていただきたい作品です! それを……永山さんったらよぉ~!!
ほんと、今どきの芸能界におけるキャスティングって、ほんとに大変なのねぇ……さすがに今度の2024年版『黒蜥蜴』は大丈夫ですよね、船越さん!? ンやわたっ!!
いや~もう、ひどいもんであります……
りょうさん版の『黒蜥蜴』って、もう5年前のドラマになるんですか。この記事のタイトルで全面的に応援しますって言っておきながら、5年も感想を塩漬けにしてたって、一体どんな了見なのでありましょうか。マダムお許しください!!
いやほんと、ドラマ本編自体はずっとパソコンに保存していたので、いつでも本腰を入れて感想記事を出す準備はできていたのですが、思い起こせば2019年の年末以降ずっと忙しい忙しい言うてまして、気がつけばこんな時間が過ぎてしまいました。
そうこうしておる内に、世の中ではいろんなことがありまして、本作に関するニュースと言いますと、何と言いましても期待の明智小五郎俳優界のホープだったはずの第83代・永山絢斗さんが2023年6月に薬物関連の不祥事で逮捕されてしまいました。少なくとも2019年に放送された本作の中では、特になんの変哲もないさわやかなヤング明智だったんですけどね……
ちょっと、主演ど真ん中の明智役の方がお縄になってしまった以上、本作もおそらく再放送とか映像ソフト商品化の可能性は無くなってしまっているのかも知れませんが、それがこのりょうさん版の中身のクオリティを下げていることはまるでない、ということは断言させていただきます。ただ、世の中に今後、このりょうさん版の良さを知る人が増える可能性がかなり低くなってしまうという事実は、不幸としか言いようがありませんね。永山さんよ~う!!
余談ですがその一方、この永山さんの一件に関して珍しく「良く」働いているものとして私は、今年の NHK大河ドラマ『光る君へ』における藤原隆家役の、永山さんから竜星涼さんへの交代を大いに挙げたいです。これ、ほんとに代わって大正解だったと思う! 正直、5年前に明智を演じた永山さんしかちゃんとは知らないのでその後大きな成長があったのかも知れないのですが、あの平安時代随一のトラブルメイカー隆家を演じるには、永山さんはちといい子ちゃん過ぎるような気がしていたのです。竜星さんの斜めに崩れた姿勢とひねくれた眉毛の演技、サイコー!
そしてそして、本作が放送されて年が明けた2020年以降、やろうやろうと思っていながらずっとほったらかしになっていたこの感想記事だったのですが、ここにきて、ほんとのほんとに「えー加減にせい!」というかのような天からの雷の如きニュースが、つい先日に落ちてきてしまいました。
≪江戸川乱歩原作『黒蜥蜴』が令和に蘇る 明智小五郎役は船越英一郎&緑川夫人役は黒木瞳≫
YAHOO!JAPAN ニュース 7月30日付配信記事より
BS-TBS では、9月29日(日)に2時間ドラマ『江戸川乱歩原作 名探偵・明智小五郎「黒蜥蜴」』(夜7:00~8:54、BS-TBS、BS-TBS 4K で同時放送予定)を放送する。明智小五郎を船越英一郎、緑川夫人を黒木瞳が演じ、昭和40年頃の雰囲気と現代を織り交ぜた架空の時代を背景に、新たなスペシャルドラマが令和に誕生する。
2024年10月に生誕130年を迎える推理小説家・江戸川乱歩。1934年に月刊誌『日の出』に連載された本作は、名探偵・明智小五郎と、美しいものをコレクションする緑川夫人(黒蜥蜴)が心理戦を繰り広げるサスペンスで、テレビドラマに映画、舞台と、時代を超えさまざまな形で制作されてきた。
日本が誇る名探偵・明智小五郎は、罪を重ねる黒蜥蜴という人物を断罪しつつも、その心理を暴きたいという強い情念にかられ、いつしか引かれていく。
そんな明智を演じるのは、2時間ドラマの帝王・船越。意外にも明智を演じるのは初めてだという。対する緑川夫人(黒蜥蜴)を演じるのは、船越と双璧をなす黒木。世界中の美品を盗み出し、コレクションに加える稀代の盗賊。変装の名人でもあり、VFX を用いた変装シーンは見どころの1つとなる。
また、秀でた美貌ゆえ緑川夫人の標的にされる岩瀬早苗役は、映画への出演が続く女優の白本彩奈が務める。明智小五郎の部下で、一生懸命働くもどんくさい一面がある小林芳雄役は、人気急上昇中の俳優でモデルの樋口幸平、同じく明智の部下で、的確な推理力と洞察力を持ち、武術にも長けた木内文代役は、ミュージカル『レ・ミゼラブル』など主にミュージカル界で活躍している唯月ふうかが演じる。
容姿端麗で緑川夫人の寵愛を受ける手下・雨宮潤一役は、俳優のほかフォトグラファーとしても活動する古屋呂敏。その他、緑川夫人の手下で元番頭の松吉役を諏訪太朗、宝石商・岩瀬庄兵衛役を大河内浩、警視庁捜査一課刑事・浪越警部役を池田鉄洋が演じる。
オーイもう次のバージョンが放送されちゃうよ! このニュースを知って「もうやんの!?」と思ったのですが、りょうさん版も5年前のことになっちゃうので、人気作の『黒蜥蜴』なんですから、そろそろ出てもおかしくはない頃合いだったんですね。
もちろんこれも要チェックだし、たぶん我が『長岡京エイリアン』でも視聴した感想記事を出すことになるかとは思うのですが、前情報を聞いた限りの印象としては、正直言って明智役と黒蜥蜴役に特段の期待はしておりません。船越さんが初明智なのが意外って、一体全体だれが言ってるんだ!? そんなもん初めてに決まってんだろ! タイプが全然ちげーんだよ!!
ただ、個人的にこの作品を絶対に見逃せないと思うのは、なんてったって今現在芸能活動を続けていらっしゃる若手女優さんの中では私がいちばん大好きな白本彩奈さん(今月公開の映画『箱男』が超楽しみ!)が実質的なヒロインの岩瀬早苗を演じることと、りょうさん版であの堀内正美さんが演じた松公の役を諏訪太朗さんが演じるという、この2点においてですね。これは絶対チェックや!! 実相寺昭雄の遠行からもう18年になろうかとしておりますが、今もなお、正美と太朗の因縁の関係は続いているのだ!! 『ファントミラージュ』のあの回の感想記事も、まだ未完成なんだった……嗚呼、私に嫌なことを思ひ出させなひでちやうだい!!
……とまぁ、そんなこんな状況なので、もはやこれまでということで今回、覚悟を決めてりょうさん版『黒蜥蜴』の感想記事をここに納めさせていただくこととしました。いや、つったって単なるドラマの感想なんで、5年も眠らせておくほどのこともないんですけどね。やることは、ちゃちゃっと早くやるにしくはないやねぇ。
そんでま、この愛しのりょうさん主演で送られた『黒蜥蜴』2019エディションの感想なのでありますが、ざっくりまとめますと、
決して本道ではないアレンジの強い作品だが、『黒蜥蜴』の歴史に残るべき快作!
ということになりますでしょうか。クセは強いが、さすがは林海象監督作品! 面白かったです。
この作品を語る上で決して無視できないポイントは2つありまして、ひとつは何と言いましても「主演・りょう」というキャスティングの大成功。そしてもうひとつは「架空の近未来」という時代設定のアレンジ。この2つによって2019年版『黒蜥蜴』の99% が構成されていると申しても過言ではないでしょう。
〇「主演・りょう」の、期待以上のぎっしり感&満足感
いや~、一にりょうさん、二にりょうさん、三、四がなくて五にプリティ梅雀!!
この作品、ほんとにりょうさんの八面六臂の大活躍が堪能できる奇跡のような一作です。おなかいっぱいです!
まず、トカゲの異名を持つ悪人の役をりょうさんが演じるという時点で、作品の成功はほぼほぼ確約されているわけなのですが、りょうさんもりょうさんでムッともしないでノリノリで演じておられるのが画面の随所からにじみ出てくるのが素晴らしいです。
世に「爬虫類顔の美女」と評される方はたくさんおられるかと思うのですが、ネット上のまとめ記事を見ても「お前ヘビとかトカゲ見たことあんのか」と小一時間ほど問い詰めたくなるランキングになっている結果が多く、ちょっと目が鋭いとか顔や鼻筋のラインがシュッとしてる程度で爬虫類顔に当てはめてしまう意見ばっかりのような気がします。
いやいや、爬虫類顔という世界に関しては、天上天下唯りょうさん独尊でしょう! 菅野美穂さんとか、確かに演技のふり幅によって爬虫類っぽい雰囲気にもなれる女優さんはいらっしゃるかと思われますが、りょうさんが出てきちゃったら「私も爬虫類顔ヨ」とおめおめ出てくる勇気のある人はそうそういないでしょう。りょうさんこそは、「爬虫類顔の美女」という言葉の複数形化を永久に封じてしまう絶対的存在なのであります。
だから、私に言わせれば世間のおしゃれファッション雑誌とかにおける「モテる動物顔は?」みたいな特集でのカテゴライズ項目は、「ネコ顔」、「イヌ顔」、「タヌキ顔」、「ウサギ顔」、「りょう」、「カエル顔」……と表記されるべきなのです。
いや、ほんと大好きなんですよね、りょうさん。私、あんまりテレビに出てこられるような芸能人の方に直接会った経験はないのですが、それでも何人かをお見かけした記憶を思い出すだに、特に女優さんって、もはや「異貌」と申してもよいような異次元のお顔立ちをされている種類の方が多いというか、それが当たり前の世界なのではないかと思ってしまいます。なんか、「モテそう」とか「うらやましい」とかじゃなくて、まず最初に「人生大変そうだな……」と感じてしまうレベルの美人さんですよね、実際にご本人を見てしまうと。こりゃ普通に生きるのは難しそうだな、みたいな。
そんな中でも、りょうさんの異貌性というか、「異形と紙一重の美しさ」というのは、さらに一段も二段も先を行くものだと思います。他の人に見間違えようがないし、極論を言ってしまえば、りょうさんがどんな役を演じても、それは別のパラレルワールドのりょうさんでしかないのです。若い芸能人でよくある「何やってもおんなじ」とは、全く話が違うんですよね。りょうさんのそれは、高倉健さんとか田中邦衛さんの世界の高みに達しているものです。
なので、そんなりょうさんがあの女賊・黒蜥蜴を演じるってんですから、失敗するわけがないのです。だって、黒蜥蜴もそういった異形の存在だし、犯罪界の女王になるしか道の無い悲劇的な人物だったのですから。
一言も発せず、何もしなくても、りょうさんの立ち方、座り方に黒蜥蜴である存在の説得力がみなぎっているのです。これ以上なにが必要だというのでしょうか。
とにもかくにも、今回の2019年版『黒蜥蜴』は、「やっと時代が追いついたか」と言いますか、りょうさんがデビューしてからなんと30年もかかって実現した「理想のキャスティング」だったのではないかと思います。失礼ながら、りょうさんだってもう若いだけではありません。でも、ピチピチキャピキャピだけでは絶対にできない緑川夫人=黒蜥蜴を、美貌、演技、そしてハイキックぶんぶんのアクションで演じきることのできる「最高のタイミング」を見逃さずにひとつの作品に結実させた林海象監督の采配は見事としか言いようがありません。
いや~、ほんと、そんなに頑張っていいんですか?っていうくらいに、りょうさん出ずっぱりです! 場合によっては大御所の女優さんが演じることも多いし、設定上も犯罪集団の首領なので出番をセーブしようと思えばできなくもない黒蜥蜴なのですが、2019年版の黒蜥蜴は、雨宮とか松公そっちのけで働くよ~!!
本作のりょうさんは「七変化」どころか、ざっと見てみただけでも定番の和装、女怪盗風ライダースーツ、インバネスの男装紳士、短髪ノースリーブ、ぴっちり中わけにオフショルダーのプリンセスラインドレス、イブニンググローブにエンパイアドレス、おかっぱ頭に上下オレンジの囚人服、ヴェールにオフショルダーのスレンダードレス、無造作オールバックロングヘアにロングマントと、ほんとに場面が変わるたんびに着替えてるようなひとりファッションショーの様相を呈してくれます。サービス満点! これは『黒蜥蜴』の皮をかぶったりょうさん芸能30周年記念のファン感謝ムービーか!?
だって、峰不二子とかキャットウーマン風のライダースーツ衣装なんか、明智の追撃からロケットに乗って逃げる時に一瞬見えるだけなんだもんね。和装から着替える意味なんにもないんですよ!? それなのにちゃんとフォームチェンジしてくれるんだもんなぁ。もっと長く拝見したかった!!
こういうわけなので、この2019年版『黒蜥蜴』は、「江戸川乱歩原作小説の忠実な映像化作品」ということを期待するのならば、それにはちと沿いかねる作品だと思います。ただ、主演のりょうさんの全キャリアの、現時点での総決算を楽しむ作品とするのならば、120点以上の価値のある一大ページェントとなっております。要するに、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969年)ならぬ『実録りょう全集 黒蜥蜴 BLACK LIZARD』となっているのが本作なのです。たった一本の作品で「全集」を名乗るなんて、石井輝男監督と土方巽にしか許されないパワープレイかと思っていたのですが、なにかとうるさい令和の御世に、林海象監督とりょうさんがそれを再現してしまったというわけ! とんでもない話よコレ……そういえば、後半の黒蜥蜴 VS 明智の対決シーンで唐突に現れた、真っ青なホリゾントを背景に舞踏をする人のくだり、ちょっと石井輝男監督っぽかったですね。ほんと、ちょっとだけだけど。
いや~、なんで江戸川乱歩の作品のはずなのに、りょうさんがこんなにもはっちゃけちゃう「オールりょうさん感謝祭」みたいな作品になっちゃったのかしら。
でもよくよく考えてみたら、りょうさんのすさまじい独自性がここまで自由にのびのび活躍できる世界観を持っているのは、やっぱ日本では乱歩ワールドくらいなのかもしれませんね。泉鏡花の世界もけっこう異形の女性がやりたい放題できるところではあるのですが、りょうさんの無国籍な容貌とはちょっぴり合わないかも知れないし。
りょうさんといえば、確か昔に稲垣吾郎版金田一耕助の『八つ墓村』(2004年 フジテレビ)で田治見春代の役を演じていたかと思うのですが、りょうさんの特殊すぎる容姿って、犯人当てに主眼を置いた本格ミステリードラマの世界では意外と活躍しにくいと思うんですよ。あれももちろん重要な役ではあったのですが、りょうさんの本領発揮の場ではなかったかと思います。横溝ワールドでは意外と居場所のないりょうさん。『仮面舞踏会』の鳳千代子くらいの個性がないといけないような気がするのですが、そんなに異性との恋愛に浮き名を流す印象もないんですよね、りょうさんの美貌は性別さえをも超越しちゃってるから!
それになんてったって、りょうさんにとって乱歩ワールドは、あの乱歩の皮をかぶった雰囲気系スットコトンチキ映画『双生児』(1999年 監督・塚本晋也)という因縁のある地だったので、今回こういう形で四半世紀ぶりにリベンジを果たせたのは、非常に感慨深いものがあるのではないでしょうか。マダム、本当に良かったですね!!
●架空の近未来への SF的アレンジは果たして必要だったのか?
本作は開幕1秒でパッとわかる通り、1930年代の日本を舞台とする原作小説とはまるで違う時代設定で、物語の時点で50歳代後半と思われる天馬博士の経歴情報に「2004年 桐生院大学生物学部卒業」~「2017年 シンバイオテックス入社」などとあることから、だいたい2030年代後半を舞台とした近未来SF 作品になっています。
なにせ江戸川乱歩の原作小説の時代は1920~60年代なものですから、映像化された作品は時代設定が現代(撮影時)に変更されることが非常に多く、その最たる例はやはり天下御免の天知小五郎の「美女シリーズ」ということになります。そして、これ自体は乱歩の原作ではないのですが、乱歩の『怪人二十面相』に着想を得た北村想の小説を原作とした佐藤嗣麻子監督の映画『K-20 怪人二十面相・伝』(2008年)のように、現代のみならず架空の未来やパラレルワールドを舞台とする大胆なアレンジも多いのが、乱歩系映像作品の特色でもあります。要するに登場人物と物語が普遍的にヘンなので、どの時代にアレンジしても作品がブレない頑丈さがあるんですよね、乱歩ワールドって。
だもんで SFアレンジ自体はそんなに珍しくもないことなのですが、今回の2019年版『黒蜥蜴』に関しましては、こと『黒蜥蜴』であるという性質上、かなり大幅な変更が加えられていると言っていい事態になっております。
それはすなはち、黒蜥蜴=緑川夫人のパーソナリティを形成する上で、明智小五郎の他に「岩瀬庄兵衛」と「天馬英九郎博士」という2人の男性の存在が非常に大きなウェイトを占めるという変更が生まれているからなのです。
乱歩の原作小説を元とする三島由紀夫の戯曲を観てもわかるように、『黒蜥蜴』はかなり高い純度の「黒蜥蜴と明智と雨宮潤一」による三角関係の物語として描かれることが多いです。ところが今回の2019年版に関しては、SF 的なアレンジを根拠として、本来ならば物語中の単なる被害者でしかない岩瀬父娘がそうとう重要な役割を持つキャラクターとなり、さらには天馬博士という、いったい何塚治虫の世界から出向して来たのだというオリジナルキャラまでもが参戦して、黒蜥蜴の人物設定に大きな悲劇性を加える一大包囲網ができあがってしまっているのです。1人の女に対して男がわらわら集まっているという構造。『うる星やつら』かな?
余談ですがこの天馬博士、演じている風間トオルさんはいたって真面目にこの天才科学者を演じてはいるのですが、容姿とか発言が完全に天馬博士どころか、某水中酸素破壊剤を発明した世界的に有名な博士そのまんまなので、もう笑ってよいのやら怒ってよいのやらといった闇鍋みたいなキャラになってしまっています。あんたは乱歩ワールドの住民じゃないでしょ! 黙って東宝空想ユニバースに戻ってゴジラ殺しとけや!!
なので、本作はちょっと CG合成モリモリな作風が初見さんお断りである上に、原作小説や戯曲の雰囲気や、過去の美輪サマ(当時は丸山サマ)あたりの映像作品が好きな『黒蜥蜴』ファンにとっても、「こんなの『黒蜥蜴』じゃない!」と拒否反応を示される異端作になっちゃうのかも知れません。特に、演じていた俳優さんは特に悪いということもないのですが、雨宮というかなり屈折したおいしいキャラの役割が、岩瀬父娘や天馬博士といったわけのわかんない奴らのために、あたかも『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air』のエヴァンゲリオン2号機のごとく無惨についばまれまくってしまい、その結果、明智にムキー!と嫉妬するだけの空気読めない系あんちゃんに縮小されてしまったのは残念としか言いようのないアレンジでしたね。雨宮こそ、乱歩の代弁者のような気がするんだけどなぁ。
また、本作における明智小五郎は、普通だったらけっこう簡単めにあしらえる力関係にあることの多いライバル(笑)怪人二十面相に、冒頭のカーチェイスで完全に出し抜かれてしまうという失態を犯しており、全体的に「若さ」が目立つキャラクターとなっています。その点では、どっちかというと黒蜥蜴から一方的に好かれてしまいながらも、あくまでも「犯罪者は犯罪者」という見方を変えずに彼女を冷徹に追い詰める原作小説の明智とはだいぶ違った人物になっていますね。ただし、一般的に有力な「明智小五郎1900年生まれ説」を採るのならば、原作『黒蜥蜴』の時点での明智もせいぜい33~34歳なので、本作で演じた永山さんとそう変わらない年齢なのですが。
その他に、緑川夫人と対峙する時の正装が「黒縁メガネに赤い蝶ネクタイ」というバーローとっつぁん坊やな感じなのも若さを通り越してガキっぽいくらいですし、小林助手(♀)やアンドロイド・マリアにしょっちゅう心配されている不完全さも、「決して神ではない人間・明智」という側面を強調しています。
まぁ、それはそれで、ある意味で完璧すぎる復讐者・黒蜥蜴とは正反対の人間として明智を設定するためのアレンジと解釈することもできなくはないのですが、その一方で、本作の明智は10年も前に天馬博士の失踪事件に深く関わっていたという経歴も加わっているために、「けっこう前から探偵をやってる」という情報がまじっちゃって、結局明智が有能なのか無能なのかがわからない座りの悪さがあるんですよね。
そして、今回の SF要素が本作に「悪く機能している」最大のミソなのがここなのでありまして、明智小五郎のすごさが、明智個人じゃなくて彼をかなり分厚くサポートしているマリアちゃんに代表される「近未来の科学技術」にしかないんじゃないかと疑ってしまう余地が大いに出てきてしまうんですよね。明智のカリスマ性に「SF なので何でもアリ」という小さな穴が開いてしまい、そこからプシューと空気が抜けてしまっている状態なのです。
その最たるものが、本作でもかなり印象的だった、アパホテ……じゃなくてヴェルドゥーラホテルでの緑川夫人と明智とのポーカー対決で、あれがふつうに1930年代~今現在までの時代設定だったら、互いに「ストレートフラッシュ」とか「フォーカード」とかいうアホみたいな高得点の役しか出さない異次元な対決に、2人の神がかった豪運、もしくはプロのマジシャンもはだしで逃げ出すいんちき(失礼!)テクニックがあらわとなる歴代屈指の名シーンとなるはずです。
ところがギッチョン、本作はなんてったって、目の前にいる人間の姿さえもが光学迷彩 CG技術によっていくらでもだまくらかせてしまう SF作品なので、そんなもん、どうせあのトランプカードだって、白紙のカードにお互いが好きな役を投影させてるだけなんでしょ、という面白くもなんともないごっこ遊びに堕してしまうのです。
いや~、だから、乱歩ワールドと SFって相性がいいように見えて、実はかなり慎重にすり合わせていかないと一歩間違えばキャラや作品全体の説得力・魅力が雲散霧消してしまうという、喰い合わせの悪さも潜んでいると思うんです。
そりゃそうですよ、名探偵の神の如き推理力の源泉が「よくわかんない未来の技術でした~」なんて言っちゃったらなんでもアリになっちゃうじゃないですか!
明智の変装は、人知れず血のにじむような特訓を積み重ね、専門のメイクアップ業者と入念&漏洩絶対厳禁の相談、打ち合わせを繰り返して、自分の髪型どころか顔の大きさや背の高ささえも変えてしまう変装技術を会得し、胸元の部分をぐいっと引っ張っただけで一瞬でパリッパリのフォーマルスーツ姿に変身できる衣装を発注しておくという、明智探偵事務所の収入の大半をつぎ込んでるんじゃなかろうかという努力の荒野に咲いた一輪の精華なのです。あ、これは原作小説というよりはアマチ小五郎の話か……でも、原作の怪人二十面相だってシコシコ夜なべして自分の身体のサイズにジャストフィットした郵便ポストとかクソでかカブトムシの着ぐるみとか作ってるんですから(手下や外部業者に任せるなんて絶対しないでしょう)、乱歩ワールドの住民に「時間と労力をいとわない変態的情熱」が必須条件であることはまず間違いありません。
そんな常軌を逸した世界を、なんで「SF なんでアリです。」などという空辣きわまりない屁理屈で整理整頓してしまうのでしょうか……確かに本作の場合、これによってりょうさん演じる黒蜥蜴のキャラクターに、非常に分かりやすく感情移入しやすい「哀しき背景」が付与されたことは良かったかとは思うのですが、その反面、明智のキャラ造形がかなり没個性でぼんやりした「半人前ヒーロー」になってしまったことは否めないでしょう。そんな人に夕陽を背景にラストシーンで絶叫されても、ねぇ。
余談ですが、原作小説で黒蜥蜴こと緑川夫人の下の名前は語られていないのですが(緑川だって偽名でしょうし)、この2019年版では新聞記事の中で「緑川芙美代」という記述が一瞬だけ見えます。
芙美代、ふみよ! 乱歩ワールドにおける「ふみよ」といえば、これはもう綴りこそ違いますが、明智小五郎夫人の「明智文代」しかありえません。天知小五郎シリーズにおいては、実質小林芳雄のポジションの大部分を乗っ取っていた探偵事務所の女性助手の名前が文代だったと記憶している方も多いでしょう。
つまり、今回の永山小五郎やかつての天知小五郎のように、明智が既婚者という設定を隠している場合、ふみよという名前を持つ女性キャラがかなり特別な意味を持っていることは間違いないのです。まぁ今回は一瞬だけの情報なのでお遊びの要素も大きいのでしょうが、そこらへんに黒蜥蜴が夢見た「あったかもしれない結末」を幻視することもできるのではないでしょうか。
余談ですが、原作小説『黒蜥蜴』での明智小五郎は、時系列的にすでに文代と結婚して小林芳雄も探偵事務所に勤務している可能性が高いのですが、小説本編には文代も小林少年も全く登場しません。明智先生、さも独身ですみたいな顔しちゃって、も~う!!
まぁまぁ、こんな感じでいろいろとくっちゃべってまいりましたが、今回の2019年版『黒蜥蜴』は、舞台作品も含めれば演じた女優さんがなんと20人もいるという悠久の「黒蜥蜴史」の中では、決して王道をゆくものではない異端の作品であることは確かです。なんてったって、黒蜥蜴の半生とかが原作小説に全く無いオリジナル要素であるというところが、乱歩ファンとしては痛いんだなぁ。
しかし、ただひとつ「主演・りょう」という決定的な成功するしかないポイントに特化した点において、本作は絶対に世の多くの人々の記憶に残るべき大傑作となっているのです。黒蜥蜴というキャラクターを演じる女優さんの魅力をレーダーチャート的にさまざまな観点から評価する場合、たとえば「知性」とか「セクシー」とか「カリスマ性」とかいろんな項目が挙げられるかと思うのですが、今回のりょうさんに関しては、「爬虫類っぽさ」と「アクション」部門においてはごぼう抜きのダントツ、なんだったら永久1位あげてもいいくらいのドンピシャ人選だと思います。ほんと、このキャスティングが実現して良かった!
あと、最後にこれも。りょうさんも演技の妖しさにギアがかかって素晴らしかったのですが、それに輪をかけて笑っちゃうくらいの怪しい演技を見せてくれるのが、手下の房子を演じた月船さららさんなんですよね。あの、常に片頬の口角を上げてほくそえんでるみたいな余裕しゃくしゃくな表情がたまらない! あの人も乱歩ワールドをゆうゆうと泳ぎきってくれていましたね~。
なんか、SF 描写も NHK Eテレの子ども向けドラマみたいな甘い味付けですし、全体的にグリーンバックの前で撮影してたのかな……みたいな安っぽさも目立つ作品ではあるのですが、そこで毛嫌いして見ないというのも損だと思いますよ。ほんと、一人でも多くの方に観ていただきたい作品です! それを……永山さんったらよぉ~!!
ほんと、今どきの芸能界におけるキャスティングって、ほんとに大変なのねぇ……さすがに今度の2024年版『黒蜥蜴』は大丈夫ですよね、船越さん!? ンやわたっ!!
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