長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

いつやるか!? いや、よくわかんねっす……  第13使徒バルディエル 夕陽に死す!!  その1ヶ月前

2013年12月18日 23時52分34秒 | エヴァンゲリオン使徒大行進
 走れ走れ、とにかく師走は走っとけ~!! みなさんどうもこんばんは、そうだいでございまする~。クリスマス進行と年末準備で忙しい本日も一日、お疲れさまでございました! ギャ~、年賀状書きの足音が聞こえてきた~。

 私の家には今なお TVがないので、ふつうのご家庭に比べればだいぶ世間の風潮にうといところがあるのですが、それでもやっぱり、生活圏の中や仕事場だけだったのだとしても、クリスマスの空気というものはいやおうなしにビンビン伝わってくるもんなんですよねぇ。かといって、たいしたイベントをやる時間も予算も連れあいもいないわたくしめにとりましては、はなはだ耳の痛い、ひたすら寒~いだけの冬なのでございます……もう、ちゃっちゃと過ぎ去ってほしいだけです、ハイ!

 それでも、せめて気分だけは明るくいきたいということで、自分から自分へのプレゼント(も~、その字ヅラだけで泣けてくるわ!!)として何か普段は買わないような買い物をしようかと思っとりまして、今年はまぁ、2万円以内でミリタリーブーツでも……と考えております。しみったれてるねぇ~! でも、気がつけば家にある履物も、重ったくてゴツいやつしかなくなってたんでね。軽くてシックなデザインのやつを買うつもりであります。あっ、あと、電池式のペンライトも買っておくか、ドンキで。来年、何回武道館に行けるかはわかんないですけど、準備は大事ですからね。何色も出せるやつもいいけど、最初は浮気しないで1色ものにしておこうっと。色はやっぱ……オレンジだろうな! どぅー!!


 さて、ついに年の瀬が近づいてきました。いえ、近づいてきて「しまいました」。
 今年もあっという間に終わってしまう……もうおしまいなのか。

 かつて私は、我が『長岡京エイリアン』における「ある企画」について、こう言及したことがありました。


―なんてったって、確か去年のクリスマスにやってたのが「第10使徒サハクィエル」だったんですからね。それで今回あつかうのが「第12使徒」なんですから、2012年は「半年に1使徒」という冨樫義博先生もビックリな発表ペースになっていたわけなのであります。(2012年12月26日の記事より)


 「2012年のそうだい」よ、聞いて驚くな……2013年は「1年に1使徒」だ!!

 去年の第12使徒レリエルでは、私の愛と文章構成力のなさのために余裕しゃくしゃくで年をまたいで数回にわたってしまいましたが、今回は今年中に終わってくれるのかナ~? どうなんだ? どうなんですか!? 本人が皆目見当もつきゃしねぇんだから、どうしようもねぇ。

 そうこうしてるうちに、新しいほうの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの完結は近づいてくるし、「モノホンの2015年」も気がつけばもう目の前だし……『長岡京エイリアン』の「エヴァンゲリオン使徒大行進」シリーズがこんなに進行の遅い企画になろうとは!! マンガ版の貞本義行先生、いろいろと「いつになったら終わるんだ」とか生意気な口をぶったたいて、ほんとうにすみませんっしたァアア。


 時に、西暦2015年。

 もはや何っ回ふれたのかもわかんない前置きなんですが、TV シリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』の本編全26エピソードの中で、具体的に発生した出来事が「2015年の何月何日に起きたのか?」という情報は、ほとんど語られません。まず第1話がいつのことなのか、そこからしてまったく説明がないし、次々と展開していくエピソードとエピソードと時間的間隔「これはあの事件の何日後のことなのか?」という部分もほぼガン無視で物語が進んでいくのです。
 さらに、物語の舞台となる日本、そして主要な登場人物のみなさんが生活している「使徒迎撃専用要塞都市」第3新東京市(現在の神奈川県箱根町仙石原地域)の気候は、2000年に南極で発生した大規模災害「セカンドインパクト」によって地球の地軸がズレたおかげで、年がら年中365日が、真夏!!
 つまり、『新世紀エヴァンゲリオン』は、かなりあけすけに「時間の進行がぼんやりしている」演出が本編に組み込まれた作品世界になっているのです。いわば、『サザエさん』や『ドラえもん』のような「なにかが止まった世界」に、無理矢理リアルな理由をとっつけたって感じ?
 でも、ネルフみたいな「ヘンな地球防衛組織」がしょっちゅう登場する、ウルトラシリーズみたいな実写特撮作品って、タイトルごとの関係性も時間軸も、少なくとも『新世紀エヴァンゲリオン』が放送される以前ではかなりいい加減だったし(その後は『ウルトラマンメビウス』のアーカイブドキュメントみたいなゆるやかな試みはありますが)、さらにはエピソードによって、その作品が「かなり未来のこと」なのか「放送リアルタイムのこと」なのかがまちまちになるというムチャクチャさもあったわけなのでした。それはまぁ、各エピソードを担当した脚本家さんそれぞれの筆の勢いだったり、演出家さんの好みが原因だったりして。実相寺昭雄サマ、あなたのことであります。

 要するに、実写特撮伝統の文法を巨大ロボットアニメ(ロボットじゃないけど)に持ち込むために、あえて『新世紀エヴァンゲリオン』の「時間に関する過剰な説明不足」は導入されたのではないのでしょうか。だからこそ、『新世紀エヴァンゲリオン』の世界はあれほど「人類が危ない! 使徒は恐ろしい!!」と声高に叫びながらも、どこか他人事な「誰かの見た夢」のような、なんとな~くピンとこないぬるい空気がまとわりついているのです。

 その点で、時間軸や主人公サイドのタイムリミットをはっきり強調して、すなわち感情移入する視聴者に危機感を伝えてはじめて作品のおもしろさが生まれていた『宇宙戦艦ヤマト』やら『機動戦士ガンダム』やらといったお歴々とは、そもそも流れている血の色がまったく違っていた、ということになるのではないのでしょうか。そりゃもう、エヴァンゲリオンとガンダム、ヤマトとヴンダーほどの違いですよね。やっぱり、エヴァンゲリオンはがちゃがちゃヘンな装甲を着込んではいますが、結局はウルトラマンのご親戚なのです。


 まま、それはともかく! だからといって、「この使徒が、前のあの使徒が殉職してからどのくらい後に出現したのか、皆目見当がつきませんでした~。」では、華々しく散っていった使徒のみなさんのみたまがうかばれません!!
 やはり、各エピソードにちりばめられたヒントと、それが足りなければ、このわたくしのどどめ色の脳細胞をフル回転させて、それほど明瞭に語られることのなかった『新世紀エヴァンゲリオン』の時間推移を補完する! これなくして、我が『長岡京エイリアン』の「使徒検証シリーズ」の存在意義はないと思われるのです。

 ってな意気込みを持ちまして、かれこれ第3使徒サキエルのご登場からず~っと当方独自の「第3新東京市年譜」を、カイコなみのみみっちさでつむいではきたのですが……これから以下に語られる時間関係は完全なる個人的独断に基づく妄想ですので、みなさまのお考えと多少の違いがあったとしても、そんなに怒んないでくださいね!!
 まぁ、18年前のアニメにそんなに目くじら立てるほど世間さまはヒマじゃないでしょうけどね……わしゃ一体、2013年の御世になにやっとるんじゃろうかのう……


 今回、われらが待望の第13使徒さまが御登場するにあたっては、まずその登場エピソードの前話に位置する第17話『四人目の適格者』から観ていかなくてはなりません。それはつまり、使徒ご本人の登場自体はないものの、この第17話と、本格的な迎撃エピソードとなる第18話とがかなり密接に「前編と後編」という関係になっているからです。
 ただ、ファンのみなさんの間では、この2話にさらに次の第19話を足して「フォースチルドレン3部作」と呼ぶむきもあるようなのですが……このくくり、正直言って私はぜんぜんその意味がわかんないです。だって、第19話にフォースチルドレンは出てこないし、第19話とそのまた次の第20話とが、また別の前後編になってるし!
 まぁ、そう呼びたい方々が言わんとしているっぽい「空気感」はよくわかるんですけどね。どうせだったら、「すいか3部作」のほうがいいんじゃないですか? 第19話にもすいかは出てくるし、すいかの果肉は真っ赤だし。

 そんなこんななので、ひとまず第13使徒さんにはダグアウトで肩をあたためてもらうことにしていただきまして、話はその前、第17話から始めていきたいと思います。急いだってしょうがない! どうせ時代に乗り遅れまくってるんですから、ここは腰をすえてじっくりいくことにいたしましょう。


 前回、すなわち私のいちばん大好きな第12使徒レリエルが、あろうことか第3新東京市の中心市街地の上空に、日本各地の厳重な航空監視体制をまるっと無視するかたちで突如として出現したのは、南極からえっちらおっちら泳いできた第3使徒サキエルが日本に初めて上陸し、力押しで第3新東京市にまで侵攻してきた末に、暴走したエヴァンゲリオン初号機にコテンパンにのされて爆死した「最初の戦い」から、およそ「半年後」のことでした。いちいち説明するとキリがないからはしょっちゃうけど、私のメモの中ではそういうことになってます、はい。

 んで、前にも触れたかと思うのですが、サキエル以来、レリエルまできっちり10体の使徒のみなさんが物語の中で綺羅星のごとく活躍し、そして散っていった、それぞれの登場の時間間隔をおっていきますと、まぁサキエルの「15年ぶり」という例外は置いときまして、最短で「1週間」、最長で「1ヶ月」というインターバルをおいて次の使徒が出現している、という結果が出ました。そりゃあ1ヶ月も待たされたらさぁ、いかなネルフといえども、どっかで緊張の糸はゆるんじゃいますよねぇ。


 さて、そしていよいよお話はくだんの第17話のことになるのですが、具体的に第17話が、暁の空のもと、第12使徒レリエルが「ぱかっ」とブラッディすいか割りの刑に処されてしまった、あの第16話から見てどのくらいの日数が経過した時点の物語になっているのかといいますと、これまた私見で述べさせていただくのならば、やはり「1ヵ月後」ということになるんですね。

 ただし、この第17話は、序盤の「レリエルの人類(初号機専用パイロットの中学生男子)への精神的コンタクトの可能性」を重大視した、国連「人類補完委員会」のネルフ日本本部の作戦指揮官への査問会と、それ以降のネルフ・アメリカ第2支部の「消滅」事件に端を発する一連のごたごたとで、つながりがかなり希薄なものになっており、私の想像としましては、第16話の1週間後くらいに序盤の査問会があって、それからまた数週間後に第17話の本編が始まる、というくらいなのではなかろうかととらえています。
 いくらなんでも、死ぬかもしれなかった異世界拉致事件の直後にパイロットを呼び出して直接尋問するわけにもいかず(「呼び出す」といっても、実際の査問会はネルフ本部内のホログラム通信ルームで行われるわけですが)、それに加えて、パイロットに心身ともにレリエルからの汚染がおよんでいないということを確認するための厳重な検査が重ねられたはずですから(第11使徒イロウルの侵入事件もありましたし)、人類補完委員会も1週間くらいはネルフ側の準備を待ったはずです。
 しかし、それでもパイロット本人を査問会に出席させなかったネルフ側の強気と、そこらへんに対する委員会のイライラを、しれっと他人事のように受け流す怪しいネルフ総司令の余裕が垣間見える、印象的な冒頭シーンでしたね。

 余談ですが、この第17話における冒頭の査問会に参加した5名の人物は、今までのエピソードに顔出しで「人類補完委員会」のメンバーとして登場していた5名と声が一致しているのですが、今回に限って意味ありげに、顔の映像が投影されない「声だけの出演」にとどまっており、のちに人類補完委員会の正体である世界的秘密結社「ゼーレ」として、画像(アバター)が12~15枚くらいの黒い板っきれになる変化に向けての伏線のような演出がなされています。
 なので、この査問会を、5名さまがゼーレとして主催したのか、はたまたその出先機関である人類補完委員会として主催したのかはきわめてあいまいなのですが、「顔を出していた人たちが途中から覆面をかぶる(人格を消す)」という、グダグダこの上ない本作の移行期を如実にあらわすシーンだと理解しました。

 だから、『新劇場版』シリーズは顔出しの「人類補完委員会」っていう設定がすっぽりなくなっちゃってんのね……文字通り、「どんな顔して演じたらいいのか」困っちゃったに違いない TVシリーズ当時の5名の声優さんがたには、かける言葉も見当たりません。キール議長ぉお~!!


 お話はまた本線にもどりまして、第17話の本編となる、ネルフ・アメリカ第2支部の消滅事件から怒涛のように始まる一連の流れの中には、レリエル殲滅から「少なくとも1ヶ月くらいは経過したんじゃないか」と感じられる雰囲気やセリフが散見されます。

 まずはなんと言っても、先の VS レリエル戦であれだけ散々な目に遭った初号機専用パイロットが、表向きは完全に復帰してふつうに第3新東京市立第一中学校での学校生活を再開していること。
 まぁ、序盤で作戦指揮官が語った「査問会に出席できないほど情緒が不安定になっている」という主張が、ただ出したくなかっただけの方便である可能性は高いとしても、心身ともに死を覚悟する体験をした少年が日常生活に復帰するためには、けっこうな日数と入念な精密検査が必要だったはずです。


 そして、こと時間の経過に関してそれ以上に重要な発言をしているのが、ふだんはまるで目立たない枯れた雰囲気のネルフ副司令その人でして、本編中盤で彼は第3新東京市について、

「遅れに遅れていた『第7次建設』も終わる。いよいよ……完成だな。」

 と語っているのです。


 え、完成……? ついこの前のレリエル襲来事件でも、たしか市街地ど真ん中の「直径680m 」の一円部分が、高層ビルも道路もなにもかもまるまる消滅しちゃったばっかりでしたよね? それもう、修復されちゃったんですか?
 実際に、このセリフを語る枯れた副司令は、怪しい総司令と同乗している、地下のジオフロント行きのネルフ専用リニアトレインの車窓から夕刻の第3新東京市を眺めているのですが、このとき描写される市街地の遠景は、まるでどこにも欠損のない完成された街並みになっていました。
 ということは、まずレリエルによって消滅した地表部分を復興させて、それと並行する形で「第7次建設」を終了させるだけの大工事を遂行する時間が必要となるわけで、そこらへんを含めて、私は「最低1ヶ月」という数字を類推したのでした。それでもずいぶんと急ピッチだったでしょうけどね!

 ここでいう「第7次建設」が、具体的にどういう工程の計画だったのかは知るよしもないのですが、枯れた副司令の「遅れに遅れた」という強調からも、それが第3使徒サキエルの侵攻以来、幾度となく使徒のみなさんに蹂躙されて中断されてきた「半年以上」にわたる血と汗と涙のにじんだ苦難の日々を指すのであろうことは、想像に難くありません。現場のエンジニアのみなさん、作業員のみなさん、アルバイトのみなさん、ほんとうにお疲れさまでございました!! 高倉健さんの主演で映画化してくれや~、たぶん、2015年も健さんは生きてるだろうから!

 実際に使徒が市街地に侵入したのは、第3、第4、第5(これがいちばんひどかった!)、第7(ちょっとだけ)、第9、第12使徒の「都合6度」あったわけなのですが、今回やっとたどり着いた完成はよっぽど喜ぶべき快挙であったらしく、これにはエヴァンゲリオン2号機専用パイロットの保護者役であるスパイのおじさんも、

「せっかくここの迎撃システムが完成するのに、祝賀パーティのひとつも予定されていないとは……ネルフって、お堅い組織だねェ。」

 と愚痴をこぼしていました。やっぱり、すごいことだったんですね!


 さて、そういったことで、満を持して完成を見た「人類の最後の希望」、使徒迎撃専用要塞都市こと第3新東京市だったわけ。
 さぁ、果たしてその成果は、今後の対使徒戦でいかんなく発揮されることになるのでありましょ~うかっ!?

……

 な、なんだね、君たち……どうしてそんなにリアクションがうすいのかね? どうしていくぶん顔をうつむけがちなのかね!?


 むむむ、第3新東京市をつくり上げた無数の、無名の人々の努力に、幸あれい!!

 そんなこんなで、また次回!! ていうか、また来年?
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そ~と~久しぶりにカラオケ行きました

2013年12月14日 23時19分31秒 | 日記
 どもども、こんばんは! そうだいです~。みなさま、今日も一日お疲れさまでした!

 いや~、忙しい忙しい。まさしく年の瀬を実感している毎日が続いているんですが、先日、仕事が夕方に早く終わった日に新宿に行って、東京に日帰りでやって来ていた弟と、少しの間だけ遊びました。

 そんでま、買い物とか食事をしたあとで、弟の乗るバスの時間までまだあったので、2人で1時間半くらいカラオケに行ったのよねぇ。

 久しぶりだったなぁ~、カラオケ! 今年は5月くらいから今の生活リズムになったんですが、そうなってからはまるで行けてなかったもんね、カラオケ。春になる前に行ったのが最後だったかなぁ。

 楽しいね~、やっぱりカラオケは。そして、2人で1時間半は短いわ、やっぱ!!
 とにかく唄いたい曲の中でもとりわけ! というあたりを厳選してもぜんぶ唄えなかったもんね。帰りに千葉行きの電車に乗ってから「あっ! 『スッペシャル ジェネレ~ション』!!」とか、やっと思いついたりして。そこは鉄板だろう!

 カラオケにかぎらず、全体的にいっしょにいてしみじみ感じたんですが、弟も大きくなり、当然ながらも私とはまったく色彩のちがう一人の魅力的な大人になったわけで。そうとはいっても、昔から変わっていないところもあるしねぇ。そりゃね、私も歳をとりますわいなぁ。


 それにしても、さすが我が弟! と思わずうなってしまったのは、カラオケの最後の1曲に迷わずアレを選曲したところでした。その発想はなかったわ……30代男性と20代男性によるデュエットとは! 誰得!? 我が家得!!

 弟よ、ありがとう。これでまた、明日からがんばれるぞ。そっちも楽しく生きとくれや!


 ……久しぶりに唄ったけど、家入レオさんの『 Shine 』は、やっぱいいわぁ~。
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えーかげんにせんかい!! 先月のモーニング娘。&Berryz工房 日本武道館2デイズまとめ  その1

2013年12月11日 23時16分02秒 | すきなひとたち
 コーヒーがおいしい季節にな……うげっ、やっぱにが~い!! どうもこんばんは、そうだいでございます。みなさま、今日も一日お疲れさまでした!

 みなさん、お仕事がんばってますか。私はいちおう、全身全霊をこめてがんばっております。修行中だけどね。アルバイト待遇だけどね……
 そのつもりなのに、毎日のようにミスをしでかしてしまうことがあって、毎晩毎晩肩を落として家路につくことばっかりなんですが、先日も、私のとんでもない自分への過信から、たいへんな大失態をおかしてしまいました。
 ところが、ご迷惑をかけてしまった相手の方が、これがもう本当に菩薩様のように聖なる清い心を持ったお人だったために、それで多少負ってしまった私のケガを気づかって必死に弁護してくださり……なんだかその方の身に降りかかった災難を、私が身を挺してはらいのけた、みたいな雰囲気になって落着してしまったんですね。
 いや、その災難の原因こそが他ならぬ私なんで、その方に感謝される資格はまるで存在しないんですが……本当に申し訳ないことです。なにが情けないって、そのお方の厚意に対して「いや、違うの! オレが100% わりいの!!」と叫べずに、そういう空気におさまった事実をありがたがって「いや、まぁ……当然ですから。」みたいな、ジンベエザメみたいなフガフガした歯切れの答えしかできなくなっている、弱小立場の我が身なのよね。

 そりゃ確かに私もケガをしたけど、その方だってケガをしてるんですよ!? 自分のケガだって痛いはずなのに、それをさておいて私のケガを気にかけて泣いてまでくれるとは……

「友達のために泣くんだ。それができるような人が、このなかに何人いると思う?」(辻村深月『ロードムービー』より)

 ほんとうに、ほんとうにありがたいことです。私と彼女が負っているケガはそのうち治るわけですが、今回のこの思わぬ顛末を招いてくれた彼女の美しい心と私のバカさ加減は絶対に忘れず、穴のあいてしまった作業着は絶対に捨てないことにしようと思います。ほんと、忘れんなよ!?

 実際問題、私の今いる職場は毎日が戦場で、一秒後になにが起こるか、本当にわかったもんじゃありません。それこそ、明日から出勤できなくなるような致命的なミスの引きがねもそこらじゅうにゴロゴロしているわけで……現場が危険ということではありません。そういう危険を誘発する「自分の心」と出会いやすい、ということです。

 まぁ、いろいろ言いたいことをまとめれば……大した能力もないのに毎日出勤できてる、私のパワーの源になっているハロー!プロジェクト、万々歳!! ってことなんですよ、マジで! この趣味に出会ってなかったら、とっくにやめとるわァア!!


 と、いうことでありまして、先月28・29日の日本武道館2デイズの感想をボソボソと。

 あぁ~、そういえば最近、「モーニング娘。の名前がどーたらこーたら」とかいうニュースがありましたねぇ。
 いやいや、そんなもん公式発表だったとしても、我が『長岡京エイリアン』では余裕でガン無視して、「モーニング娘。」オンリーで応援していきますよ! 「いつのどのチーム編成での曲だったかをおぼえやすくするため」? お気遣い無用。っていうか、そこを手助けなしで記憶するのがファンの楽しみなわけじゃないっすかぁ!!
 要するにあれだ、『ドリフ大爆笑‘83』みたいなもんなんだろ? そんなもん、「変わった」って言わねーって! いちいちそんなせせっこましい発表しないで、堂々と続けていけばいいんですよ。王道なんですからねぇ。
 『志村X天国』だって『志村流』だって、「夜中にやってる志村けんのやつ」っていう内容に変わりはないわけでしょ!? なにごとも続けたもん勝ち。リタイアしないもん勝ち。かの朝倉宗滴教景も言ってたじゃないっすか、

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候。」

 って! 名前とかレッテルなんて、ど~でもいいのよね~だ。


 さてさて、前置きはこのくらいにしておきまして、そろそろ本題をば。
 ほんとは2日間それぞれでちゃんと別の記事にしてもいいくらいの充実度だったわけですが、なかなか比較しても非常におもしろい両者になっていたので、全体的に駆け足ではありますが、ごくごく個人的な視点からの総まとめみたいなものをちゃっちゃとやってしまいたいと思います。

 まずは、初日!


2013年11月28日『モーニング娘。コンサートツアー2013秋 CHANCE! 日本武道館ファイナル』

1、奇跡ふたたび! 真裏ながらもメンバーの一部が至近距離に!!

 いや~、これはもう、言わんかたなく嬉しかったですね!

 我が『長岡京エイリアン』では、こうして毎回毎回ことあるごとに「ハロプロ! ハロプロぉお!!」と連呼しておるわけなのですが、今のところ私自身は、ハロー!プロジェクトのオフィシャルファンクラブに入会する予定は考えておらず、単なる「いちミーハー客」として、日本武道館で開場直前に販売される当日券を購入するパターンを繰り返しています。
 
 その理由はまぁいろいろあるんですが、やっぱり感覚として、グループだけでなくファンの方々の「オイ! オイ!」とかいった会場の盛り上がりの全体をひっくるめて、遠くから眺める楽しみとか、「今日ちゃんと当日券出るんだろうか? むっちゃくちゃ遠い座席になったらヤだなぁ。」といったハラハラ感とかに完全にハマってしまったことが大きいです。
 もちろん、開場直前までチケットを入手していないという状態は、心身に過酷なストレスを課すものだし、実際のところ当日券で「まともな座席」に座ることはまずあきらめなければならない部分があるので、しんどくなってそのうちファンクラブに入会するかもしれないのですが、今のところは午前中に武道館に到着してドキドキしながら当日券についての発表を待つという楽しみに味を占めてるわけ。

 そうなんですが、実はここのところは、想定内だとはいえステージからかなり遠い座席になることが多くなってきており、今年9月の℃-ute日本武道館初コンサートにいたって、ついに「2階席X列」というまごうことなき最後尾をゲットするはこびとなってしまっていました。いや、萩原さん(だったかな?)は「いちばん後ろまで顔が見えるよー!」とかっておっしゃってたけど、さぁ……

 そんなもんなので、「また2階席かな……」と多少げっそりしつつ当日券販売を待ったのですが、同時に、今回のモーニング娘。コンサートは、特に誰かメンバーが卒業するというビッグイベントこそないものの、「オリコンチャート3作連続首位」という近年まれに見る話題性をひっさげての武道館になっていたので、実際チケットの残り状況がどうなっているのか、まったく予想がつかないまま私は当日をむかえることとなりました。まま、まさか、マジックペン書きの貼り紙で「当日券の販売はございません。物見遊山はとっととお帰りください。」って出てたりして……

 実際、今回、そして翌29日の武道館コンサートは、2011年9月の第6代リーダー・高橋愛さんの卒業コンサートから武道館に参集するようになった私の記憶する限りでは初めて「当日券販売が開場1時間前(16時30分)から」というスケジュールになっており、確かに当日券の残り枚数は今まで以上に少ないんだろうな、と感じさせるものがありました。開場1時間前なんて、ふつうの舞台公演とかの世界では当たり前なのかもしれませんが、私がこれまで参加した過去のコンサートでは販売は15時とか15時30分とか、もっと早くから始まってましたからね。
 だったもんで、14時台から当日券待ちの列に並んだ私は、まだ列ができかけのタイミングで入ることができたので、幸運なことに最初から4~5番目という早さでチケットをゲットすることとなったのでした。やった!

 そして、そうやって入手した座席こそが!! 「1階北西スタンド最前列」ッシャァァアアアア!! おぴょ~。

 今を去ること1年前! 私は2012年5月の第7代リーダー・新垣理沙さんと第7期メンバー・光井愛佳さんのダブル卒業コンサートで当日券ながらもこの座席をゲットし、まともにステージ上のパフォーマンスを楽しめる角度ではなかったものの、メンバーとの至近距離最短2メートル弱、プロのアイドルの背中ごしにサイリュウムひしめく1万5千の軍勢を目の当たりにするという最高の体験を味わっていたのでした。そして、コンサートの DVDにチラッチラ見きれちった。

 まぁそら、前にいるお客さんのためにつくられたステージを楽しむことができないというマイナスはありますし、特に今回の2日間は舞台が単なる横長の長方形ではなく、そこから前に出る花道があってまた小さな舞台があるという「張り出し形式」になっていたため、曲が盛り上がってメンバーが総出で前に出て行くたびにこっちはちょっぴり置いてかれるというアンビレパンツ(内田春菊)はあったわけです。

 でも、でもだ!! 私はとにっかく、このポジションが大好き。
 舞台の裏手であるがゆえに、開演する前は音響ブースのスタッフのおじさんの仕事が見えるなぁ、程度だったのですが、いざ始まるとオープニングアクトのJuice=Juiceのみなさんを皮切りに、メンバーが至近距離を出入りする、出入りする!! 正確にはモーニング娘。全メンバーのうちの、「下手(しもて)側」から登壇する5名くらい、ということになるのですが、さすがプロフェッショナルというべきか、もう私がいるようなすみっこの座席から見える視界に入った時点から、メンバーのみなさんのパフォーマンスは始まってるわけなのよね! ステージセットの書き割りの真裏、真っ暗な狭い空間にスタンバっている段階から、声こそ出さないものの、満面の笑みでこっちに手を振ったり、ガッツポーズをとったりしてるワケなのよ!
 そりゃあ緊張してるでしょう。自分の世界に入って集中力を高める時間がほしいでしょう。スポットライトに当たる直前まで、曲の順番とかダンスのこまごまとしたところまで確認したい気持ちだってあるでしょう。でも、そこらへんを気楽に捨てて、1人でも多くのお客さんに、しっぽの先まで楽しみきって帰ってほしいと笑顔で手を振る、そのサービス精神、度胸、心意気。

 先日、他ならぬこのモーニング娘。日本武道館コンサートに関して、どっかの安新聞の木っ端記者が「笑顔が貼り付いている感」があってなんちゃらかんちゃらとかほざいていたそうなのですが、そりゃあもう、「そんな見方しかできなくて残念さまでござぁーした。」と言ってさしあげるしかないですよね。
 申し訳ないですが、私は舞台裏とか後ろ向きではあったけど、メンバーのモノホンの笑顔を堪能しちゃったからね。そして、私みたいなヘンな座席じゃなくても、あのコンサートを心から楽しんだファンのみなさんだったら、もれなくメンバー全員の「本物の笑顔」を確かに見て、満足して帰ったはずですよ。笑顔が貼り付いているように見えるのは、あなたが「そう見ようとしたから」見えたか、そう見えちゃう体調だったんですよ、きっと。あわれね~。
 だいたい、「伝統校の野球部」の努力のどこがいけないんですかね? 女性ファンにウケてなにがいけないんですかね? 結局、あの文章からは「ボキの知ってるモーニング娘。じゃなくなっちゃった~。イヤだ~い。」っていうしみったれたおっさんのグチしか読み取れないのよね。なにが「 RONZA 」ですかね~。他に論ずることはあるんじゃないっすか? 大の大人がお給金もらって。バッカじゃないの?

 生田さんでしょ、工藤さんでしょ、道重リーダーでしょ……まぁ~いろんなみなさんと目があった「気がした」わけなのですが、舞台上でいつもながらの楽しいソロMC を展開していた道重リーダーそっちのけで、裏でノリノリで客席にアピールを続けていた工藤さんには完全にまいってしまいました。いや、リーダーの話に集中できないんですが……ありがとうございます!
 工藤さんといえば、中盤のJuice=Juiceとスマイレージの歌唱が入ってからの『ザ☆ピ~ス! updated 』のためのスタンバイのときにも、出番直前にもかかわらず曲にあわせてぐわんぐわん踊りまくっていましたね。いいね~、そういう「余裕のない局面で余裕をぶっこくキップのよさ」! 江戸っ娘っぽいんだよなぁ、工藤さんは。

 他にもいろんな方々と視線を交わした「気になった」至福の座席でしたが、『ザ☆ピ~ス! updated 』でいっぱい「う~っ」とためたあとで「ピース、ピース!」とコールする部分で、たまたま佐藤さんがこっちにマイクを向けるポジションになっていて、私(と、後ろのファンの皆さん)が思いっきり「ピース、ピース!」と絶叫したら、佐藤さんが深々と一礼してダンスに戻っていかれたのがものすんごく印象的でした。まーちゃん! まーちゃん!! なにその、人身掌握術!? グッとつかんでブチッともぎとって、その手で私のハツがまだドクドクと脈打っております。


2、フレッシュなゲスト陣! Juice=Juice とスマイレージがけっこう出演

 オープニングアクトは言うまでもなく、中盤では自分たちの新曲を披露したり、いろんなモーニング娘。の楽曲でハロプロ研修生に加勢してバックダンサーも務める大サービスもあったJuice=Juiceとスマイレージのみなさんだったのですが、Juice=Juiceは武道館でメンバー全員が元気に踊りまくるのが初めてだったということで、多分に緊張しつつも、「やっとこのときが来た!」というチャンスを逃がしたくない攻めの精神に満ちた充実のステージになっていたと感じました。その一方で、スマイレージも「いつか単独! 必ず単独!!」という野心を秘めた……いや、秘めようもないパワーでいい仕事をしていたのが、グループそれぞれの思いが交錯する日本武道館、といった感じでとっても興味深かったです。

 個人的にはね、やっぱ高木紗友希さんよ。
 今回、全ての段取りでJuice=Juiceが私の座席の側から入退場するという幸運があったため、2メートルくらいの至近距離で高木さんに声をかけるチャンスがあったので、逃がさずにロックオンして叫んだところ、しっかりこちらを見て手を振ってくれた、ということで……まことにもったいないことでございます。
 高木さんはね、いいよ。真横からしか見えなかったけど、ダンスうまかったよ、表情よかったよ……『イジワルしないで 抱きしめてよ』が、とにかくいい曲なんですよね! 28日の段階ではボンヤリとだったのですが、翌日にまた聴いて、自分なりにその良さの本質がわかったような気はしました。


3、すでに『 Updated 2』は始まっていた! プラチナ期の名曲の数々に大胆に切り込む選曲リスト

 いや、これは素晴らしかったですね。
 先日にやっと終わらせられた、ニューアルバム『 The Best! Updated モーニング娘。』のレビューで、私は「早く次のセルフカバーが聴きた~い!」と勝手なことをぬかしていたのですが、まぁ~わかってらっしゃること、わかってらっしゃること。今回のコンサートのセットリストはところどころで「そう! それが聴きたかった!」と狂喜乱舞してしまう名曲の数々が挙がっていたんですね。

 『しょうがない 夢追い人』はもちろんのこと、『 SONGS 』や『 Moonlight night 月夜の晩だよ』、しまいにゃ『 Take off is now!』まで……
 アルバムではついに本格的に勃発することがなかった、あの「プラチナ期」と「さゆルビー期」との全面対決が、こんなにも早く楽しめるとは! 堪能させていただきました。勝敗の行方は、まだこのコンサートだけで決まるもんじゃありません。まだだ! まだ終わらんよ!!


4、グイグイ前に出る小田、安定の「絵になる感」の鞘師! メンバー全員の驚くべき成長率の高さ

 当然、ただ単にセットリストに挙がった曲を順番に唄っていけばいいというわけではなく、ダンススキルを要求する『恋愛ハンター』以降の諸作もあれば、唄い手各人のムッチャクチャ高い歌唱力と「華」を必要とするプラチナ期の曲もあるということで、尋常でないレベルの難曲のつるべ打ちとなっていたのですが、やっぱり肝心ところで頼りになる小田さんと、なんだかんだ言っても真ん中にその赤があると安心するという鞘師さん、このお2人の存在感が、私が見た限りでは輝いていましたね。
 あと、今のメンバー構成だと、我が『長岡京エイリアン』における「生き神」であらせられる聖・亀井絵里さまのパートを担当するのは佐藤優樹さんなのよね! 確かに、高音パートはと考えればまーちゃんになるのが自然なのですが、ここまで堂々とやられるとは思わなかったので、意外と早い継承表明が新鮮でおもしろかったです。
 そういえば、こういう歌唱方面の話ではまったくなかったのですが、昔の記事で私も「2代目ぽけぽけぷうはまーちゃんじゃなかろうか。」なんてつぶやいてましたね。まさか、こういうド正当な形で実現化しようとは……時は流れ、人は成長するものだ。

 その他のメンバーについて言いますと、やっぱりアルバムでアップデートに大いに貢献した鈴木さんと工藤さんがもっと前面に出て唄いあげてもいいような気がしたのですが……日本武道館ファイナルのセットリストはどうしても、時間が足りなく感じるくらいの総力戦であっという間に終わっちゃいますからねぇ。ソロ曲なんかあったらよかったんですけどねぇ。


5、ロング MC、ダンス、そしてソロ歌唱! 史上最高の「道重パラダイス」、ここに現出

 まぁソロと言うのならば、道重リーダーのソロは曲も MCも、「え、これ、卒コン!?」と不謹慎な勘違いをしてしまいかねないほどに充実してましたよねぇ。
 あの、武道館いちめんのピンクの大海原……圧巻でございました。

 不謹慎ついでに言いますと、私はこのコンサートにおもむく前に、「もしかしたら、このコンサートで道重さんから何か『発表』があるやもしれん……」という根拠のない危惧をいだいていまして、無論のこと、それはまったくの杞憂に終わりました。道重リーダーは今回も現役バリバリで最前線に立ち、メンバーを鼓舞してファンを大いに楽しませてくれたわけです。

 そして、会場にはあふれんばかりの、道重リーダーへの絶大なる信頼と感謝の気持ち。まさしく「アイドルであり続けてくれて、ありがとう!!」という想いですね。

 ここが今回のコンサート、おそらくはツアー全体を通しての特色かと感じたのですが、この時期、もちろん表立ってはメンバーの誰かがグループを卒業するといった、さしあたって耳目を引くようなビッグニュースはありませんでした。それは当然ながら、いまだにもんのすごい速度で成長を続ける現「さゆルビー期」体制にとってはまったく幸せなことです。知らせがないのが良い知らせ!

 でも、道重リーダーも24歳になりました……世間一般の世界では、別にどうと言うこともない「素肌ピチピチ」(グループが違いますが)の24歳ではあるのですが、彼女が身を置いているのは、まごうことなき日本の女性アイドル界のトップシーン、やっかみとスキャンダル報道という銃弾飛び交う最前線!
 トップアイドルとして24歳。芸歴も10年をゆうに超えました。今年の10月で、モーニング娘。在籍期間も歴代メンバー最長の「約10年9ヶ月」となりました。そして、メンバー現役時代では歴代最年長となる初代リーダー中澤裕子の「27歳(2001年時点)」でさえもが、そう遠くない未来になりつつあるわけです。第6代リーダーの高橋愛さんの「25歳」なんか、もうすぐそこですよ。
 グループのリーダーとしての在任期間は「およそ1年半」ということで、歴代5位ですからまだまだ始まったばかりとも言えるのかもしれませんが、他の現役メンバーは全員未成年。

 つまり、正式な動きはまだないとしても、道重リーダーのことが好きになればなるほど、彼女の「その日」が確実に近づきつつあることを意識しないわけにはいかないという、非常に繊細な時期の中でのコンサートツアーだったわけなのです。

 この日のラスト近くの MCでは、リーダーからのねぎらいと感謝の言葉に後輩メンバーが涙するという感動的な場面がありましたが、こういうタイミングで、自分でなく他人への気遣いを言葉にして、メンバーだけでなく会場全体の魂をみごとにかっさらっていく「人間・道重さゆみ」の感嘆すべき度量と生きざま!!

 道重リーダー。まだまだ、モーニング娘。には必要なお方です。それがどれだけ過酷なことかは承知の上で言わせていただきますが、まだ辞めないでくださ~い!! まずは2014年いっぱい、がんばっていただきたいと! 頼みます、おがみます!!


 あっちょわ~!! 今回の記事だけでモーニング娘。とBerryz工房の日本武道館2日間の感想をまとめてつづるはずだったのに、ここまででとんでもねぇ字数になっちったよ!?
 まぁ、いいや! 2日目のBerryz工房さん関連はまた次回ってことにしちゃって、モーニング娘。さんに関する残りのトピックだけ、ちょい駆け足でいっちまおう!


6、恐怖! スマイレージ竹ちゃんの「殺人ふともも」
 前からすごいすごいとは思っていたが、まさか生で見るとこんなに危険なものだったとは! もはや兵器!!

 いや~、これはえがった。ステージの真後ろの座席でほんとによかった!

 要するに、スマイレージとハロプロ研修生オール出撃バックダンサーをひっさげての、後半戦の最初をいろどった『ザ☆ピ~ス! updated 』の迫力がとてつもなかったわけなのですが、このやけにカッチョええダンスを、私の目の前で披露していたお方がスマイレージの竹内朱莉さんだったんです。
 竹ちゃ~ん! そのふともものむっちむち感で、キレッキレのダンスをやりますか!? んも~最高じゃないの!!

 ダンスが上達すれば、自然に脚はしまって細くなるか、ゴツくなります。逆に、むちむちの魅力を持ったままの脚は、往々にしてダンスの技術が未熟になりがち。

 それなのに! 竹ちゃんという稀有な才能は、これらの奇跡的両立をものの見事に会得してしまっている!! むちむちなのにダンスがキレる!

 これは勝手な私の推測ですが、おそらくこの竹ちゃんのむちむち感は、大人になっていくにつれて失われていくことでしょう。いつかは洗練されて落ちていく「ありあまる若さ」こそが、このむちむちの正体じゃないかと思えるからです。
 そして、それが無くなったあとの竹ちゃんに残るものこそが、スマイレージとハロー!プロジェクトの未来をうらなう真のカギになるはずなのですが、今はとにかく、神がもたらしたこの「竹ちゃんのむちむち」の豊穣のひとときを享受することにいたしましょう。竹っちゃ~ん!!


7、真横から見るダンスフォーメーションは、ものすごくおもしろい!
 特に『ワクテカ Take a chance 』の生田さんに大感動! 列のはじっこはむっちゃくちゃ移動距離が長いんだなぁ!!

 まぁ、これは言うまでもないことなんですけど、あのダンスのためにメンバー全員がどんだけ苦労しているのか、ってことが、真横とか真後ろから見るからこそはっきりわかるというか。

 歌割りパートが少ないからラクしてるとか、そういうことじゃないのよね……少ないメンバーこそが、あのダンスフォーメーションをいちばん外側から支援してるんですね。も~ぐるぐる回りっぱなし、走りっぱなし!

 生田さんよ、その努力は必ずむくわれるぞ! その無私無言のまなざしが、歌やダンスと同じか、あるいはそれ以上に人を感動させるエネルギーをはなつのだ。

 しかし、こういう姿を見ているとホンットに痛感するんですが、特に生田さんなんか、アイドルやってなくて一般人だったら、別に何の苦労もせずに、ただそこにいるだけで男どもにちやほやされる資格を余裕で有している超美人ですよ。
 それがどうして、あんなに汗水流して努力をして、それなのに、そんなこと言われる筋合いもない赤の他人からファッキンどーでもいい誹謗中傷を浴びることもある職業に身を置いているのだろうか。そんな過酷な世界に自ら身を投じているのだろうか。

 おそらく、それが世界一のアイドルを目指す彼女が「彼女であること」そのものだし、「トップアイドル」という言葉が持っている魔力なんでしょうね。

 嗚呼、奇々怪々たる美少女の心理! 四の五の言わずに応援していくことにしましょう。


8、ハロプロは舞台裏も表舞台! 視界に入る限りファンへのサービスを忘れない態度にも感動しました。
 気がつけば、裏手に他のメンバーがまわってくるたびに、背筋をピンと伸ばしてしまう自分がいた

 これは、さっき書いたからいいや。
 ま、とにかく工藤さんのサービス精神がきわだって印象に残ったステージ下手側座席でした。こんなの、たぶんコンサート DVDにも記録されないようなひとこまじゃないですか。そこに全力そそぐからね! やっぱプロは違うわ。


9、ハロプロはスタッフ作業もおもしろい! 黒ジャンパーのみなさん、本当に御苦労様です
 脱いだ衣装をかたづける、暗闇でメンバーを誘導する、舞台裏に飲み物を運ぶ……休むいとまもないプログラムの中に現代の「忍び」を見た

 いや~、今回の私の座席のなにが良かったって、実はメンバーとの距離が近いってのと同じくらいに、これが見られたのが良かったんですよね。

 コンサートが始まった当初から、ステージの袖ちかくで頭だけがチラッチラ見切れる茶髪に黒服の若い女の方がいて(当然、客席正面からは見切れないギリギリの位置です)、最初はゲストなのかな?と思っていたのですが、それが出演者の出入りを介助するスタッフさんだとわかったのは中盤ごろ。
 彼女がスッとひっこんで、今度はステージセットの真裏をネコのような静けさで歩いていくと思ったら、その手には、何人か分の紙コップの載ったお盆を持ってるわけ! これがまぁ~、高級ホテルの給仕さんもかくやという、しなやかで無駄のない身のこなし。無論のこと、激しいダンス曲の応酬が終わったメンバーの何名かは、彼女のスタンバッている箇所に一瞬だけ引っ込んで、またあっという間にステージに戻っていくわけです。

 そうかと思ったら、彼女はまたステージ袖に待機して、次の曲にいくためにメンバーが羽織っていたジャケットとかの衣装を脱いで投げた瞬間にスッと出てきて、ライトの当たっていない暗闇の中を、海底のシャコもびっくりのスピードで衣装をもらさず回収しつつ、またさがっていくんですよ。

 ワーキャー言っている熱狂空間から、セットの書き割りという「板1枚」しかはさんでいない静寂の闇の中を、ひとり忍んでゆく孤高の女性。

 感動だ……プロのステージは、スタッフだってプロ! 当たり前のことですが、そこがいいんですよね。
 NHK の Eテレとかで早朝に5分番組とかでやってくんないかなぁ、『日本の匠・第3362回 ハロプロコンサートの黒ジャケットスタッフ』みたいな!


10、卒業もない、重大発表もない、初武道館でもない……だが、そこがいい!!
 純粋な歌とダンスとトークのみのエンタテインメント、あっという間の2時間半。モーニング娘。である以上に何がいる!?

 ほんとに、しみじみそう思います。

 重大発表なんかいらない! つんく♂さんも出てこなくていい!! あと、個人的にはソチ・オリンピック関連もいらない。
 モーニング娘。がそこにいて、唄って踊ってくれる。それだけでいいんですって。楽曲の売り上げとか報道のされ方だってどうだっていいんです。会場を埋めるお客さんの真剣な姿勢と熱狂があるんですから。

 たぶん、彼女たちがいちばんわかりやすく「がんばる糧」にできるもののひとつに、目の前に広がるサイリュウムの海という光景があるんだと思います。少なくとも私はそう願いたいです。少しでもお返ししたくなりますよね、あんなにがんばられちゃったら。


 そして、今回またしても、アイドルの目線に近い場所から「アイドルがコンサートで対峙する圧倒的な風景」を楽しむことができたこと。この上もない幸せでした。それでメンバーとも目があった気になれるんですからね。至れり尽くせりよ……

 『モーニング娘。コンサートツアー2013秋 CHANCE! 日本武道館ファイナル』、ごちそうさまでした~!!


 また DVD買おうっと。「メンバーごしの奥にオレ」という惨劇、ふたたびか!? これを「怖いもの見たさ」と言わずしてなんと言おうか。
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これから読もうと思ってんだけどさぁ7  ~前勉強をつらつら~

2013年12月07日 23時30分18秒 | すきな小説
『電詞都市DT』(2002年 メディアワークス電撃文庫)

 『電詞都市DT』(でんしとしデトロイト)は、川上稔の代表作「都市シリーズ」の第8作である。シリーズ第4作『ソウ楽都市 OSAKA 』以来、ふたたび時代設定を執筆当時の現代(2001~02年)に戻している。上下2巻組み大長編。2013年12月時点では、「都市シリーズ」の最終作となる。
 「都市シリーズ」の第6・7作にあたる『創雅都市 S.F 』(1999~2002年)と『矛盾都市 TOKYO 』(2001~05年)は、どちらも川上が所属しているゲーム制作会社「 TENKY 」ホームページ内の「テンキーストア」で単行本が販売されている。
 全ての物質が「電詞」情報として変換され、再構築された都市デトロイトが舞台となっている。文庫版イラストはさとやすが担当した。
 「神の符号(聖書神話)」や「 BABEL 」など、作者の次シリーズ『終わりのクロニクル』(2003~05年)を想起させるキーワードが多いが、作品同士に直接の関連はない。
 
あらすじ
 こことは異なる世界のアメリカ合衆国。
 過去に新型爆弾が暴発した影響で、全ての物質が電詞情報として変換され、再構築された、アメリカ中西部の大都市デトロイト。そこはかつて「大神(おおかみ)」の降誕に失敗し、一度記憶を封じられた経験のある都市でもある。
 日本政府の特殊部隊班長・青江は、重犯罪者アルゴを追い、自らも犯罪者という立場に偽装してデトロイトに潜入する。だがデトロイトは、日本のソウ楽都市・大阪から移送された、神の信託を降ろす預言塔「 BABEL 」の起動や、封じられた記憶の公開を間近に控えていた。青江は、デトロイトを治める「十三亜神」の一人であり、自分の後輩でもあった優緒と再会して捜査を進める。だが、アルゴは亜神の一人エダムザと共謀して王城を占拠。神の符号をもって、かつてデトロイトを壊滅の危機に陥れた大神の降臨を再び引き起こそうとしていた……デトロイトにふたたび、崩壊の危機がおとずれる。


作中での関連年表

1945年 アメリカ合衆国南西部ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所からデトロイトに輸送された、アメリカ軍の「言詞爆弾」の起爆遺伝詞封入中に暴発事故が発生し、デトロイト全域が広大な空白地帯に変質する。
1946年 イギリス・フランス両国の研究チームによる解析の結果、デトロイトの「電詞空間化」が確認される。
1951年 デトロイトの分解作業が開始され、作業をバックアップする永世中立国スイスがデトロイトの統治権を獲得する。
1952年 デトロイト内部の混沌化が確認され、都市機能が完全に放棄される。
1957年 「三賢者」によるデトロイト研究開発が本格的に開始され、「電詞都市」構想が表明される。
1958年 この年から1982年までの研究記録は全て非公開となり、情報の開示は「デトロイト歴5800年(西暦2040年)7月7日15時」まで禁止となる。
1963年 世界各国より、研究者がデトロイトに招集される。
1977年 「第一次神触実験」が失敗し、デトロイトが半壊する。その結果、実験に参加した「三賢者」は消失し、13名の研究関係者が「大神」の遺伝詞に神触してデトロイトの基盤OS に融合。不老不死の「九家十三亜神」となる。
    デトロイトの復興に際し、十三亜神のリーダーであるアカラベス=チューブズリーブを「女王」とした都市王朝が建国される。
1982年 「第二次神触実験」が失敗し、デトロイトが再び半壊する。十三亜神のメンバーであるアーコン=エダムザが重傷を負い、優緒=NATAS は死亡が確認された後に蘇生するが、2名とも記憶を喪失する。この実験が行われた7月7日から「デトロイト歴」が始まる。
1983年 女王アカラベスが2回の神触実験に関する情報の封印を宣言し、開示は「デトロイト歴2000年(西暦2002年)7月7日15時」まで禁止となる。
1985年 女王アカラベス、「大神降誕機構(クエストロン)」の研究記録を喪失技巧(デステクノ)化して封印する。
1999年 同年に「世界破滅に至る不幸」を封印して閉鎖された日本の首都「矛盾都市・東京」の救済策を得るために、ソウ楽都市・大阪からデトロイトに預言塔「 BABEL 」が輸入され、神の信託の抽出がはかられる。


主な登場キャラクター

青江 正造
 ASB 詞族(高速動作耐性)の近接格闘師(クリティカルフォーサー)。召喚紋章は「ブラックベルト」。1976年生まれ。
 「拳聖」小林吽暁(うんぎょう)を師に持つ、元・北関東圏総長で、現・日本国臨時内閣対特殊領域部隊「 GASAS 」第四班班長。同じく吽暁の門弟だったアルゴの弟弟子にあたるが、アルゴが吽暁を殺害して吽暁の養女オルタネートの意識遺伝詞を拉致していったため、アルゴを追跡する。拳位は「拳豪」。
 過去に自身も人を殺め、優緒との不本意な別れを経験したことをいまだに気にかけている。必殺の拳を持つ完全体育会系で、エロい。
 「都市シリーズ」第4作『ソウ楽都市 OSAKA 』に登場した東京圏総長連合第一特務隊長・池丸孝弘によく似た名前の「池丸孝一」という人物が上司である(両者の関係は不明)。
 得意とする技は「疾風雷花拳」。

優緒(ゆうお)=NATAS
 WAV 詞族(長寿族・音声系強化)の少女で、全方位理術師(プログラムマスター)。召喚紋章は「ウィッシュブリンガー」。
 1977年の「第一次神触実験」によって不老不死者となり、電詞都市デトロイトの「九家十三亜神」の第十三亜神となるが、1982年の「第二次神触実験」で、それ以前の過去の記憶を失っている。ややユルい。
 自分の失われた記憶を探るために日本に留学していた時期(1993~95年)に、青江が総長を務めていた北関東圏総長連合で広報長として活躍していたため、青江の後輩にあたる。今も昔も青江のエロの被害者だが、6年前に青江に何も告げずに日本を去ったことを後悔している。
 長寿族特有の歌唱能力の高さから、現在はデトロイトで、音声入力も駆使する理術師として活動する。デトロイド憲兵師団(ヤード)機軍少尉。
 第二次神触実験の直後に、女王アカラベスの養女となって後継者に指名された。
 亜神己動詞(プログラム)は「シャドウキープ(高度結改)」。

オウガ=テライ
 DLL 詞族。召喚紋章は「バランスオブパワー」(フーブリッキーとの合一)。黒人の太り気味な中年男性。
 電詞都市デトロイトの「九家十三亜神」の第五亜神で、デトロイドヤード団長。フーブリッキーの夫。
 亜神己動詞(プログラム)は「スペルブレイカー(高度均転)」(フーブリッキーとの合一)。

フーブリッキー=テライ
 SYS 詞族。召喚紋章は「バランスオブパワー」(オウガとの合一)。金髪碧眼の女性。
 電詞都市デトロイトの「九家十三亜神」の第六亜神で、デトロイドヤード副団長。オウガの妻。
 亜神己動詞(プログラム)は「スペルブレイカー(高度均転)」(オウガとの合一)。

アルゴ=エバークエスト
 ASB 詞族(高速動作耐性)の近接格闘師。召喚紋章は「サドンストライク」(オルタネートとの合一)。アメリカ合衆国出身。
 青江の兄弟子で、最強の拳を持つ男。師匠・小林吽暁の娘オルタネートが侵されている「言障(ワーズワーン)」と呼ばれる不治の病を治すためにデトロイトにやってきた。青江に追跡されている。
 「拳聖」である師匠の吽暁を殺害したため、不老不死の特性を継承している。

オルタネート=小林
 ASB 詞族(高速動作耐性)の一般市民。召喚紋章は「サドンストライク」(アルゴとの合一)。
 青江とアルゴの師匠である「拳聖」小林吽暁の姪にあたるが、1962年8月に遺伝詞研究者の父・小林阿昏(あこん)がデトロイトに旅立ったため、阿昏の弟である吽暁の養女として日本で育った。不治の病「言障」に侵されており、2001年の段階で翌年夏までの命と診断されていた。
 肉体は日本の病院施設で昏睡状態となっているが、アルゴが意識遺伝詞を拉致したため、意志はデトロイトでアルゴと行動を共にしている。デトロイトでのアバターである「旧型・贋作外殻(NPC ボディ)」の等級は「ミカエル(一天)級」で、基本的に3頭身の状態になっている。白いワンピース姿。ノン気系。
 父とともにデトロイトに旅立った双子の姉がいる。

エクセル
 アルゴに従う「四管理長」の一人。SYS 詞族。擬似召喚紋章は「ロータス」。
 長身痩躯の黒人男性で、ベストにシャツ、黒トルーザーという執事のような風貌をしており、戦闘時には両手に白手袋と右目にモノクル(片眼鏡)をかける。「旧型・贋作外殻(NPC ボディ)」の等級は「ラファエル(三天)級」。

ミスト
 アルゴに従う「四管理長」の一人。AVI 詞族。擬似召喚紋章は「プレミア」。長さ1.4メートルの巨大な白い電詞ペンを珠座神形具(マウスデヴァイス)として使用する。
 白いドレスを着た金髪で細身の若い女性。「旧型・贋作外殻」の等級は「ガブリエル(二天)級」。

大刀(ダイカタナ)
 アルゴに従う「四管理長」の一人。ASB 詞族。擬似召喚紋章は「メビウス」。
 長い鉄杖を持ち、帯に脇差をさした青と白の和装の男。「旧型・贋作外殻」の等級は「ウリエル(四天)級」。

メクトン
 アルゴに従う「四管理長」の一人。ASB 詞族。擬似召喚紋章は「トライブス」。
 ブラウンの短髪の巨躯の男で、肩から先を破いた紺色の軍服を着ている。「旧型・贋作外殻」の等級は「ウリエル級」。


電詞都市デトロイトとは……
 アメリカ合衆国中西部ミシガン州の大都市だったが、1945年に発生した「言詞爆弾」の暴発によって電詞的に閉鎖されてしまった。
 住民はデトロイトを放棄したが、研究者たちの努力によって電詞的加圧が100倍に制限され、「大神」を降誕させるための実験都市として再利用された。それ以来、旧来の奏荷(プラス)を象徴する工業都市の要素は撤廃され、外観は RPGゲームのような中世ヨーロッパ風のものへと組み替えられた。そのため、デトロイトは「偽物の都市」とも呼ばれている。
 電詞都市となるにあたり、「広域結改」で包まれた街の周囲は、無限ループする水域で取り囲まれるようになった。
 デトロイト内の時間は通常の100倍の速度で進行しているため、西暦1982年7月7日に開始された「デトロイト歴」は、20年経過した西暦2002年7月7日の時点で「デトロイト歴2000年」を迎えることとなる。
 西暦2002年時点での総人口は4096名で、デトロイトにもともと在住している住民数はそのうちの約2300名である。

九家十三亜神とは……
 1963年に世界各国からデトロイトに招集された遺伝詞研究者の中から選抜された12名のエリートと、1名の民間人が、1977年の「第一次神触実験」の失敗に巻き込まれ、「大神」の遺伝詞に神触してデトロイトの基盤OS に融合した結果、不老不死の「亜神」となったもの。
 電詞都市デトロイト自体が滅亡しない限り消滅しない彼ら彼女らは、デトロイトの実質的な統率者となっており、全員が自らの出自、本名、過去の経歴、デトロイトの成立過程を明らかにしていない。
 「チューブズリーブ家1名(デトロイト王朝王家)」、「テライ家2名(デトロイトヤード団長)」、「リーブ家2名(商業地区管理)」、「ナスラップ家1名(デトロイト大聖堂司祭)」、「ノーミャ家2名(外交担当)」、「ナパツ家1名(デトロイト自治体代表)」、「エダムザ家1名(医療・遊戯地区管理)」、「レイルブ家2名(デトロイト刑務所管理)」、「ナタス家1名(デトロイトヤード団員)」の9家13名で構成される。
 本編の時点では、リーブ家、ノーミャ家、ナパツ家、レイルブ家の7名が、デトロイト歴2000年(西暦2002年)7月7日15時にせまった情報公開に向けての外交交渉のために国外に出張しているため、デトロイト内に残っていた亜神は6名だった。


主な用語

召喚術(ロードエンブレム)
 全てが電詞で構成された「電詞都市」であるデトロイトでは、電詞化の際に強烈な速度加圧がかけられるため、人間が生身の遺伝詞のままで入ると、その急激な熱量消費に耐えられなくなってしまう。
 そのため、入市者は遺伝詞情報を基にして作成された、入市者との遺伝詞共鳴で操作できる「アバター(偽物の身体)」である「通常外殻(つうじょうがいかく)」を使用することになる。
 通常の生活のほとんどは、この通常外殻で活動できるが、あくまでもアバターであるため、本人ほどの能力も精密さもない(0% 召喚)。
 しかし、緊急の事態には本人の意思により、この通常外殻に一時的に入市者の遺伝詞(本人)を召喚することができる。これを「字呼召喚(ダウンロード)」と呼び、字呼召喚は入市者の遺伝詞の50% を召喚することができる。
 更に本人が意思を強く持つと、「大召喚(グランドロード)」と呼ばれる、遺伝詞の100% 召喚が可能になる(完全展開)。
 これらの召喚時に現れる紋章を「召喚紋章」と呼ぶ。

召喚紋章(エンブレムパターン)
 字呼召喚や大召喚の際に、自身の遺伝詞を召喚するための触媒として、デトロイトのOS から与えられた個別の紋章。

奏荷(プラス)
 現実の中で真実を見いだす力。「生」「現実」「奏」。

騒荷(マイナス)
 架空の中で真実を見いだす力。「殺」「架空」「騒」。

言定議状態(ボードモード)
 電詞都市デトロイトはネットワークゲームの世界に非常に似ており、「言定議状態」は、ネットワークゲームにおけるチャットに感覚が近い、会話と思考しか表示されない高速会議状態。
 チャットでは、文字のみで映像がないが、そのために消費する電詞熱量が少なく「軽い」。ただし、アバター(通常外殻)の行動はプログラムで自動化しているため、精密な動作はできない。また、この言定議状態では周囲の情報が映像として理解できないため、周囲の情報を文字情報として出力する必要があり、この作業を「言像更新(オーバーリロード)」と呼ぶ。

言解議状態(サイトモード)
 言解議状態は、ネットワークゲームにおいてゲーム本編をプレイしている状態に近い。
 本人がダイレクトにアバター(通常外殻)を操作することができ、情報も視覚から得るため、こちらの方が現実世界に近い状態だと言える。
 ただし、そのために消費電詞熱量が多く、使用し過ぎるとアバターが疲弊するため、「高機能化(SD)」によって、アバターを二~五頭身にディフォルメして消費電詞熱量を節約することもできる。

詞族
 デトロイトにおける詞族の設定は、もとは「拡張詞族」と呼ばれていた技術で、1960年代以降に本格化した「贋作外殻」の研究の過程で生まれた。これは、アバター(外殻)に特徴と安定性を付与するために拡張された情報で、「種族」のような概念になっている。
 詞族の種類は、「外殻の使用言語」「動作時の代行己動詞(サブプログラム)や保有情報の形式」「外殻と遺伝詞との伝達形式」といった情報をもとにデトロイト入市時に設定され、デトロイト内では本来の本名をもちいずに偽名や詞族名を使用することも許可されている。なお、この偽名・詞族名はデトロイト外の世界でも使用することができるが、その場合はデトロイトとは逆に、遺伝詞(本人)に詞族の特徴がフィードバックされる形になる。
 詞族の数は多量に存在するが、基本的には、文字情報を高速精密に見聞・作成できる「文字情報型」(TXT など)、精細な音声情報を高速で作成・取得できる「音声情報型」(WAV など)、画像把握能力や画像作成・展開能力に優れている「画像情報型」(AVI など)、己動詞(プログラム)の作成や把握・制御に優れている「システム型」( DLL、SYS など)、行動や情報整理・制御などの手法が各自個性的な「機動言語型」(ASB )の5種類に分類される。

言障(ワーズワーン)
 「都市シリーズ」の世界における、原因不明の不治の病。
 人間の遺伝詞を構成する因子を崩壊させ、人間を完全に分解・消滅させてしまう正体不明の病気である。しかし、分解された遺伝詞は地脈に合流し、新たに進化した遺伝詞に再構成されて再び誕生するという、「輪廻転生」と「業」のシステムを解明する手がかりなのではないかとも推測されているが、その真相を証明する手段はない。

ブラックベルト(黒帯槍)
 青江正造の召喚紋章。腕部を中心に遺伝詞召喚し、打撃力の上限設定を解除する。

ウィッシュブリンガー(歌昇師)
 優緒=NATAS の召喚紋章。発声器官を中心に遺伝詞召喚し、発声力の上限設定を解除する。

サドンストライク(突然撃)
 アルゴ=エバークエストとオルタネート=小林の合一召喚紋章。腕部と察知力を中心に遺伝詞召喚し、精密高速打撃の上限設定を解除する。

バランスオブパワー
 テライとフーブリッキーの合一召喚紋章。体力と意識力を中心に遺伝詞召喚し、精密判断動作の上限設定を解除する。

ロータス(蓮華陣)
 アルゴに従う「四管理長」の一人・エクセルの擬似召喚紋章。プログラム制御力を中心に召喚し、プログラム制御力の上限設定を解除する。

プレミア(描写師)
 アルゴに従う「四管理長」の一人・ミストの擬似召喚紋章。技術力を中心に召喚し、描写力の上限設定を解除する。

メビウス(無双輪)
 アルゴに従う「四管理長」の一人・大刀の擬似召喚紋章。重心関係を中心に遺伝詞召喚し、剣線統合力の上限設定を解除する。

トライブス(攻種族)
 アルゴに従う「四管理長」の一人・メクトンの擬似召喚紋章。反射関係を中心に召喚し、接続設定先の反射力の上限設定を解除する。

預言塔「 BABEL 」
 日本のソウ楽都市・大阪で1971年から企画・建造が開始され、1999年に完成した「全世界広告塔」。正式名称は「 BABEL71」。全高3.2キロメートル。
 建造とそのスポンサーは、全面的に日本の「幻実都市・出雲」を拠点とする、「出雲航空電詞研究所」や「 IAI(出雲航空技術研究所)」といった、複数の出雲系列企業が競合しながら請け負っている。
 「大天蓋」の存在によって世界規模での通信網の延伸が遮断されている現在において、ケーブル系が及ばない地域にまで情報を送り、全世界ネットワークの中心基地となると期待されていた。また、第二次世界大戦で使用されたとされる「言詞塔砲」を搭載して、大天蓋を直接粉砕する構想もあったという。
 禁忌である喪失技巧(デステクノ)の復活に利用されたために、完成間もない1999年3月に運用が停止され、廃棄も検討されていたが、同年8月に「世界破滅に至る不幸」を内包して閉鎖された日本の首都「矛盾都市・東京」の救済策を得るため、同年12月に「工期およそ4ヶ月」という異例の速さでデトロイトに移送された。その際に「半トリスタン式地脈接続型」に改造され、地脈から「大神」の遺伝詞にアクセスし、東京解放の預言を得ることを目的として稼動する。
 「都市シリーズ」第4作『ソウ楽都市 OSAKA 』の後日譚にあたるプレイステーション用ゲームソフト版に登場していた。

亜神己動詞(プログラム)
 九家十三亜神がデトロイトOS から与えられている、強力なマスタータイプの己動詞。十三亜神はこれを駆使してデトロイトの諸問題の解決に対処する。本人たち以外が使用する場合には許可設定(プロパティ)が必要となる上に、デトロイトOS からの加圧援助が入らず膨大な電詞熱量を消費するため、基本的に亜神己動詞の他者への貸与は行われない。
 十三亜神のそれぞれに、デトロイトに唯一しか存在しない個別の亜神己動詞が備わっており、全てがデトロイトOS と合致しているため、複製は不可能である。

デトロイト憲兵師団(ヤード)
 1982年に発生した第二次神触実験事故による混乱期に結成された自警組織で、正式名称は「スイス銀行騎師軍情報警備部独立師団デトロイト方面警察担当」。
 結成当初は、団長のオウガと副団長のフーブリッキーが中心となった、デトロイト住民の有志による自衛団だったが、翌83年に女王アカラベスの推挙により、デトロイトの独立電詞警備機構に発展した。
 ヤードは、デトロイト以外の通常世界の情報も電詞空間に変換できる独自の「結改展開システム」を保有しており、これによって世界各国にデトロイトの出張所を設置し、人間や物品のデトロイトや各出張所間での移動を可能にし、かつ、この保安を基本任務としている。
 同時に、まれに遺伝詞乱散を起こしたデータが実在遺伝詞に憑依して発生する「妖物」を鎮圧・封印する作業もおこなう。
 アメリカ合衆国内の各警察機構への技術提供のほか、実務アシストもおこなっており、特に外界のコンピュータから電詞世界にアクセスして行われるサイバー犯罪は、厳正な態度をもって取り締まる。

四管理長(カルテット)
 デトロイトでアルゴに従い行動する、エクセル・ミスト・大刀・メクトンの4人組。全員が騎師(ナイト)級である。
 1963年に、亜神になる以前のアーコン=エダムザが創造し、1982年の第二次神触実験の失敗まで南部地区の遊園地「白城(はくじょう)」を管理していた「旧型・贋作外殻(NPC ボディ)」。第二次神触実験以前の優緒の記憶を甦らせるためにアルゴの決起に加勢する。アルゴがオルタネートの意識遺伝詞を拉致して日本から帰国する以前から、各自「名無し1~4」と匿名設定で潜伏していた。
 四管理長が持つ「擬似召喚紋章」は、自身の遺伝詞ではなく「全高度代行己動詞(サブプログラム)」と呼ばれる超重代行己動詞を召喚する。これは1977年の第一次神触実験以前に開発された試作段階の召喚紋章であるために電詞熱量を激しく消費するが、現在使用されている召喚紋章よりも専門能力に特化している。
 全員、デトロイト内では他人に干渉できない強制縛鎖(セキュリティ)がかけられていたが、アルゴがセキュリティを解除したために活動可能となる。

旧型・贋作外殻(NPC ボディ)
 デトロイトが電詞都市化した1950年代後半に、管理を担当した「三賢者」が初めて開発した「通常外殻」の原型。西暦2000年代では一般には運用されていない。初期からデトロイトOS に連動しており、アーコン=エダムザが1960年代に量産化させてからは、OS の一部として機能するようになった。
 アーコンの開発した贋作外殻は、言障患者用の「一天級」、画像系詞族用の「二天級」、SYS 詞族用の「三天級」、ASB 詞族用の「四天級」の4種類だった。
 贋作外殻の欠点としては電詞熱量を激しく消費することがあげられ、現在の体制となったデトロイトでさらに多量に作成するには高性能すぎたために生産は終了し、それに代わった新型の通常外殻が量産されるようになった。
 現在の通常外殻は共通の記憶を持たずに画一的な個性しか有していないが、贋作外殻は言障患者のアバターになることも考慮されていたために、人間的な思考をする能力も持っている。

位階制度
 人間の、特定の分野に関する能力に位階を付けて管理し、その行動を全世界共通に監視、制御する制度。国際連合決議によって1999年9月に制定された。
 具体的には、「攻撃力」「開発力」「速度」といった実質的な能力の高い人間に正当な階級を付け、その階級ごとに活動範囲などに制限を与える制度である。作中に登場する、小林吽暁の「拳聖」位や、青江正造の「拳豪」位が、これにあたる。
 1999年8月に発生した「矛盾都市・東京」の閉鎖現象は、その利権をめぐって世界各国が、「援助」や「警備」を名目として自国の最強の軍事戦力である「英雄」たちを東京周辺に展開させる事態をまねき、東アジアの沿海地域は一触即発の危険な状態となった。そのため、日本政府の要請を受けた国際連合が、個人戦力の各国による都合の良い利用を避けるために緊急に制定したのが、この位階制度だった。
 ある一定以上の高い能力を持つ個人戦力は国際連合の管理下に入り、その国籍国の「保有兵器」と認定されない限りは、国籍国の権利の行使には利用できない。また、兵器認定されない位階保持者が他国の不利益になる行為をなした場合は、他の位階保持者か、もしくは国際連合軍の討伐の対象となる。
 位階は上位から、「天」1名、「神(竜)」4名、「仙(皇)」8名、「聖(帝)」16名、「豪」32名、「王」定員無制限となっており、全ての位階保持者は国際連合への登録が必須であるほか、「聖」位以上は国籍国の兵器認定の可否を決めなければならない。
 「天」位は特定の武器や武術、技術における各分野の象徴となるべき人物が当てられており、また、「神」「仙」「聖」位の保持者は不老不死の能力を得ていることが前提となる。この不老不死能力は、過酷な修行や戦闘によって遺伝詞が歪んでいくことによって生じるもので、その方法を会得した流派が位階を継承させていくことによって、位階保持者の人数は世界的に安定すると見られている。
 ちなみに、「竜」「皇」「帝」位は、それぞれ不老不死にならずに「神」「仙」「聖」位と同じ能力を有している者に与えられる位階で、人数が少ないために特殊記号とされている。

三賢者
 1977年の第一次神触実験以前にデトロイトの研究に着手していた、「科学」「化学」「旧言詞学」の各権威による三人組。デトロイトの電詞都市化をはじめ、デトロイトOS や贋作外殻の基礎を作成した。西洋人男性、アメリカ人女性、東洋人男性の3名だったということしか明らかになっておらず、三賢者に関する記録はスイス銀行の情報金庫に保管されて完全匿秘とされている。
 三賢者による研究開発は1957年から始まったが、1963年からは亜神になる以前のアーコン=エダムザによる贋作外殻の量産が中心となり、三賢者の役割は終了した。
 その後、第一次神触実験の爆発に巻き込まれて消失したとされているが、3名の遺体が確認されなかったため、自らもデトロイトOS の一部と同化したか、デトロイト外に逃れて無事だったのではないかという説がささやかれている。
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不思議の国はだれのもの? ~城山羊の会『ピカレスクロマン 身の引きしまる思い』~

2013年12月04日 09時44分12秒 | ふつうじゃない映画
 ぺいぺいど~もこんにちは、そうだいでございま~っす。みなさま、ご機嫌ようお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
 千葉はもう、最近ずっとお天気続きでねぇ。寒いながらも実に気持ちのいい晴天が続いております。なんか、12月らしくない陽気ではあるのですが、こういう空の下、いつもよりもだいぶ遅めに出勤させていただけるのもありがたいことで。今日もこれから、がんばるぞっと。

 さて、今回も前回に引き続きまして、12月のドあたまに観たお芝居2本立ての、後半戦の1本についてでございます。
 いや~、このお芝居は楽しみにしてたのよ、ほんと!


城山羊(しろやぎ)の会プロデュース第15回公演 『ピカレスクロマン 身の引きしまる思い』(作&演出・山内ケンジ 三鷹市芸術文化センター・星のホール 2013年11月29日~12月8日)


 私、城山羊の会さんの作品が好きなんですよねぇ、ほんと!
 と言いつつも、実は前回公演の、6月に池袋で上演された『効率の優先』を完全に見逃してしまったという痛恨の経緯もありまして、今回ばかりはなんとしてでも観なければ年を越せないという思いがあったわけなのでありました。
 そういえば、おととしの年末は城山羊の会主宰の山内ケンジさん監督の映画『ミツコ感覚』を観たし、去年の今ごろも第13回公演『あの山の稜線が崩れてゆく』(東京・こまばアゴラ劇場)を観ていましたっけ。もうわたくしにとりましては、山内ワールドの拝観は年末の風物詩よ、これ!

 前回の内容の続きになりますが、早くも暗くなった夕方に、調布市は京王線仙川駅近くのせんがわ劇場を出発した私は、だいたい北西に向かうような進路をたどり約6キロ、三鷹市の JR三鷹駅からは南に1キロくらいいったところにある三鷹市芸術文化センターに到着しました。私にしては非常に珍しいことに道に迷うこともなく、だいたい1時間半もしないうちにたどり着いちゃったから、駅前の吉野家とかマックで1時間ちかくヒマをつぶすことになっちった。これがさぁ、バカ正直に電車に乗っちゃうと、最短でも仙川から明治大学前駅まで戻ってから乗り換えなくちゃなんなくなるんでねぇ。ケチケチな私はもう、その日の2本立ての計画を考えた時点で「徒歩!」の一択だったわけでありまして。

 この劇場は、私はかつて4年前にも同じ城山羊の会さんの公演『新しい男』を観たことがあって、すごく印象の強い場所なんですが、すぐ近くに、かの太宰治の墓所のある禅林寺という大きなお寺さまがあるんですよね。実はわたくし、今回の観劇にあたって黒マントを着こんで外出していたのですが、ここ三鷹は、「マント姿の著名人といえば?」というクエスチョンで天本英世さんと並んで連想されるという太宰さんのお膝元ということで、すそをひらめかせる足どりにもついつい力が入ってしまいます。なんの脈絡もない発作的な再確認ですが、我が『長岡京エイリアン』は男性のマント着用の一般ファッション化を全面的に推進いたします。
 そういえば、今回歩いて三鷹に入って、三鷹通りという最後の道を北上していたところ、あきらかにそういう土地柄を意識したと思われる、本棚に囲まれたカフェのような一軒家があって、暖かそうな光のもれる窓ガラスからふと中をのぞいてみたところ、短髪でメガネをかけたセーター姿の若い女性がテーブルに座っており、そのかたわらには『女生徒』の単行本が置かれているという、アホみたいに完成された光景が展開されていたので……さっさと通りすぎました。なんだ、あの店……まぁ、『ドラクエ』のミミックみたいな罠のたぐいだろう。東京はおそろしかとこばい!

 夜7時になり、公演の開場時間になったので劇場に向かったところ、ホールはすでにやや男性多めぎみな人だかりでにぎわっており、私の見間違いでなければ、城山羊の会さんの公演に主演されたこともある俳優の原金太郎さんが芸術文化センターの入口に偶然立っていらっしゃったので、驚いて思わず会釈をしてしまいました。面識はないけど、なんか頭さげちゃったよ……いや、その眼力に思わず、あいさつしないと中に入れないような気がしてさぁ。

 星のホールに入ると、広い空間の中には、今回の公演のために設営されたと思われる、舞台とそれを半円で取り巻く6段ぶんくらいの客席がワンセットで独立してできあがっていました。キャパシティは100~120名ほど?
 私は先ほどにも申したとおりに、それとほぼ同じ客席配置になっていたと記憶する『新しい男』しか観劇していないので、「おぉ、城山羊の会さんの公演だぞ、これは!」くらいにしか感じていなかったのですが、たまたま私の座席の後列にいらっしゃった中年男性のお客さんは、開演前に隣のお連れさんに向かって、「これ、もともとあるホールの座席を全部とっぱらって客席組んでんだよ、この公演のために! こだわりだねぇ。採算は考えてないんだろうなぁ!」とつぶやいてしきりに感心しておられていました。この方、私の見間違いでなければ(2回目)、本広克行監督っぽかったんですが……見間違いでもなんでもいっか。ふくよかな中年男性なんて、東京にゃ星の数ほどいるし。

 さてその舞台なんですが、私がこれまでとびとびで観た城山羊の会さんの公演は、実に5作中4作が、登場人物のうちの誰かの「家の中」が舞台となった一場ものとなっており、なんと今回も、物語の渦中にたたきこまれることになる、つい最近に夫を亡くしたばかりの中年女性ミドリ(演・ご存じ石橋けい)と、その子であるミツヒコ(演・ふじきみつ彦)と妙子(演・岸井ゆきの)の兄妹が3人で暮らす家のキッチンルームになっていました。別に城山羊の会さんも家を舞台にした作品だけを上演しているわけじゃないはずなんですが……なんで私が観る作品は家が多いのだろうか? つけ加えれば、演出の山内ケンジさんが監督した映画『ミツコ感覚』(2011年)でも、ドラマティックな事件はことごとく家の中で発生してましたっけ。

 でも、私はこの偶然、とってもありがたく受けとめているところがあって、私が勝手にそう理解しているだけなんですが、城山羊の会さんの作品の持つ魔力の核心に必ずある、「予期しなかった異物の闖入(ちんにゅう)を、自分でも予期しなかったヘンな姿勢で受け入れてしまう人々のおもしろさと強さ」みたいな部分が、いちばんわかりやすくむき出しになる空間こそが、「家の中」だと思うんですね。家族の誰にとってもプライベートな空間なんだけど、他の家族やお客さんが来た瞬間に、なしくずしでパブリックな空間になっちゃうっていう、そのもろさと緊張感。
 物語が進んでいくと、今回の公演の舞台は中盤で、それ自体は転換することはないものの、別の登場人物たちの「家の中」、つまりはミドリの働くクラブバー(の皮をかぶった性風俗店)のママ(演・原田麻由)とその夫である店長(演・岩谷健司)、そしてその子のテルユキ(演・成瀬正太郎)の生活する、バーの奥にある自宅部分に変わるのですが、そこでも攻守ところをかえた「うち」と「そと」の闘いが展開されることになります。

 私が観た中でいう前回の公演『あの山の稜線が崩れてゆく』は、まぁ私個人の印象をざっくりまとめれば「お父さんは大変なんだゾ。」という涙なみだの闘争の物語であり、ある平凡な家庭に忽然として到来した「顛倒(てんとう)」の嵐、つまりはある人々の周囲を形づくっていたルールや価値観がことごとく180°転換してしまうという災厄の物語だったと思います。
 そして、今回の『身の引きしまる思い』は、その作品のかなりストレートな「続編」なのではなかろうか、と私は感じました。

 とは言いましても、これらの2作品は別に共通した登場人物が出てくるわけでもないし、今回の作品で『あの山の稜線が崩れてゆく』の内容についての言及がある、ということでもありません。

 しかし、『あの山の稜線が崩れてゆく』は、ある「お父さん」のバカバカしくも美しい「旅立ち」によって物語がしめくくられ、今回の『身の引きしまる思い』は、「お父さん」という存在がフッと消失してしまって間もない、残された家族に顛倒の矛先が向けられていく物語なのでした。これが続編でなくて、なにが続編なのかと! どちらの作品も母親を石橋さんが演じていて、娘を岸井さんが演じているという共通項は、今さら申すまでもありませんね(申してるけど)。

 お父さんがいなくなってしまった家、というコンセプトは舞台美術にも如実に反映されており、キッチンルームの奥にはかなり場違いな感じで、お父さんの実ににこやかな表情が写った遺影と位牌が置かれているのはもちろんのこと、おそらくは「おしゃれ」という理由で採用されていたと思われるコンクリートうちっぱなし風の灰色の壁が、いやおうもなく家庭内の「なにかの不在」を知らしめる冷たさをはなっています。
 生前、自分がこんなに早く死ぬとは思いもよらなかったお父さんは、ご自分のはなつ暖かみでいくらでもカバーできると思っていらっしゃったのでしょうが、そんなお父さんがいなくなってしまったコンクリートの壁は、ひたすら暗く3人の体温を吸いとるばかり。いかにも城山羊の会さんらしい顛倒ワールドを招いてしまう素地はすっかりできあがってしまいました。実に恐ろしい! ゾクゾクしますね~☆


 この『身の引きしまる思い』は、非常につまんなくまとめてしまえば、父親の不在によってバラバラになってしまった家族の崩壊、崩壊、ちょい再生してまた崩壊、の物語です。

 でも、そこを単なるサディスティックな不幸博覧会にしないのが城山羊の会さんの城山羊の会さんたるゆえんで、いつもあったはずの周囲の環境のひとつひとつが顛倒していけばいくほど、母と兄妹の3人はどんどんそれに対応して強く「変貌」をとげていき、まぁそれは過去にあった「あたたかい家庭」とはかけ離れた現状を呈してしまうわけなのですが、3人とも、新しい世界をそれぞれなりに生き抜いていくことになるのです。そこらへんの「絶望からの起死回生ジャンプ」の躍動感、そこが私はたまらないんですよね!

 その点、いやおうなく来襲する異常事態の数々に直面する石橋・ふじき・岸井トリオは、基本的にはテンションをガタ落ちにさせていきながらも、その眼光だけは鋭敏にさせていき、ついには世間体だ関係性だというところをガン無視した「じぶん!」をさらけ出していく城山羊の会おなじみのメタモルフォーゼを非常に細密に演じきっていたと思います。
 今回、おそらくは30歳前後と20歳前後の2人の子を持つ、外見の異常に若い母を演じた石橋さんは思ったよりも出ずっぱりではなかったのですが、その、キッチンの奥にあるなんだかよくわかんないスープをひたすらかきまわす後姿は、顔を見せずとも女優・石橋けいとしての充分すぎるほどのお仕事をされていたと感じ入りました。あの、方向性のさだまっていない世間全体へのルサンチマン! 「さわらぬ神にたたりなし」ということわざ、あれは絶対に男が考えついた言葉だわ……そういう意味のない確信をいだかせてくれる名演でした。


 そういった感じでまぁ、家族に黙っていた秘密がバレたり、嫌な感じの交友関係ができたり、恋人ができたり、家族のセックス的なものを見ちゃったり……怒涛のごとき事件の数々を経験していく主人公一家の一大航海記。そういう視点からだけでも、『身の引きしまる思い』は十二分におもしろい、演技合戦と緻密なセリフや空気感が楽しめるわけなのですが、そのいっぽうで、今回の公演は、そういった顛倒を家族におよぼしていくお邪魔虫的な存在の周囲の人々も、これまで以上に磨きのかかった異様さで、活き活きと跳梁跋扈していたと感じました。

 まずはなんといっても、城山羊の会の常連俳優である岡部たかしさん演じる、クラブバーのバーテン! バーテンであるために、出演中ずっとフォーマルな黒ズボンと黒ベスト、白ワイシャツを着ているわけなのですが、バーに勤務しているホステスのみすず(演・島田桃依)とのただれた肉体関係(夫婦だからいいですけど)といい、口をつくたびに宙を舞う「いやぁ~、そりゃ、まぁ……(首をカックンと動かして)ねぇ?」というような、責任放棄もはなはだしい配合意味成分0パーセントのセリフといい、しっかりした外見だからこそ際立つうさんくささが素晴らしいキャラクターになっていたと思いました。物語上はいろんな人たちにヘーコラしているものの、実はいちばん自由で、いちばん高い場所から自分以外の面々を眺めてうすら笑いを浮かべているという、ヨーロッパの歴史的建築物のガーゴイル(怪物像)みたいな存在ですね。体型もエヴァンゲリオン参号機みたいだし!


 さて、今回の『身の引きしまる思い』を観てみたときに、最も印象に残るキャラクターは誰だったのか? ということを考えてみると、それはもう、ある意味では主人公一家の崩壊の最大の元凶となった、よくわからない強大な威圧感と財力をもってすべての登場人物を戦慄させる悪魔のような存在である、クラブバーのお得意さまでパトロンでもある謎の男・赤井(演・KONTA)ということになるでしょう。

 これまでの城山羊の会さんの作品の中でも、生活感のない謎の塊のようなハプニング因子は必ず誰かが演じていたんじゃなかろうかと思えるのですが(『あの山の稜線が崩れてゆく』のうさんくさい弁護士夫妻とか)、今回の赤井ほどに、ミドリと妙子夫妻のどちらにも手を出そうとするわ、反抗するミツヒコには華麗な関節技をお見舞いして泣かせるわという傍若無人な振る舞いを展開する、正真正銘の「悪魔みたいな奴」はいなかったのではないのでしょうか。
 悪魔、つまり、「人らしくない全知全能」という点では、まったく逆の存在である「神」と言い換えても問題のない役柄だと思います。

 繰り返しになりますが、これまでの作品では、いくら顛倒の事象を引き起こしても、周囲の人間が主人公(たち)の、変貌した世界の中での生き方の「最終選択」にまで干渉するという事態はありませんでした。そこは現実世界のような残酷なリアリティで、「そう選択したのはあなた自身ですからね。私たちに責任はありませんからね。」という、いやらしく大人な防衛線を張りめぐらせて、最後の一瞬間はただただ無言で傍観するだけだったキャラクターたちに対して、今回の赤井はあまりにも自由奔放で、前にしゃしゃり出てきて、現実味のまったくない素早さで、あっという間に主人公たちの未来を独占してしまうのです。

 物語のクライマックスは、家族のすべてを手中におさめてしまった赤井が、「古いロシア民謡だ。」とうそぶくバラード『身の引きしまる思い』のフルコーラスをアカペラでやけに堂々と唄いきり、母親を寝取った恨みとばかりに襲いかかる妙子を軽くいなし、そして……という、家族側から見れば惨憺たるバッドエンドと解釈してもいいような終幕となっています。


 はて、どうしてこんな荒削りなキャラクターが城山羊の会さんの緻密な作品に乱入してしまったのでしょうか?


 ここで確認しておかなければならないのは、今回のお芝居のタイトルの『身の引きしまる思い』の「前」に、小さいながらも明確に『ピカレスクロマン』という言葉が挿入されているというところなのではないのでしょうか。

 「ピカレスクロマン」、それはつまり、訳すれば「悪漢小説」ということになり、既存の社会のルールを無視し、さらにそれを破壊する「悪魔のような人でなし」による自伝ふうフィクションということになるでしょう。そういえば、今なにかとホットなニュース満載の東京都知事が太宰治をモデルに書いた妄想本のタイトルも、たしか『ピカレスク』でしたよね。神聖なる城山羊の会さんの作品のお話に、くっだらねぇ三文小説の名前を出してしまい失礼いたしました。


 えっ、っていうことは、つまり……この作品の主人公はあの家族じゃなくて、そこからいちばんかけ離れた存在だった、赤井なの!?


 そうか、そういうことだったのか!
 自分なりに、「あの終わり方」の奇妙な味わいの原因はなんなのだろうか? と考えていて、帰り道に私はハタとひざを打ちました。三鷹駅から中央線経由の総武線で千葉に向かったものですから、だいたい東中野をすぎたあたりで打ちました。

 なんだかんだ「お父さんがいないところから始まる」とか言いましたけど、やっぱり「お父さん」の物語なんじゃないの、これ!!

 整理してみれば、今回の作品において、ミドリの夫であり、ミツヒコ・妙子兄妹の父親である人物を演じたのは、赤井とはまったく別の俳優さんです。いちいちお名前は挙げませんが……俳優でしょ、あんな立派な演技してたら!? 舞台を観ることができなかった第11回公演『探索』の上演台本、読んでてよかった♪

 そのお父さんは、死亡という理由により序盤で早々に退場してしまいます。しかし、そのお父さんの遺影は、常に舞台のど真ん中に確かに存在していました。その遺影自体は単なる写真であるわけなのですが、「それを見る人間(しかも家族)」がいる以上、それは「物とはいいがたいなにか」になって生きている、とは言えないでしょうか?
 そして物語の中盤、舞台が転換してクラブバーの家の中に切り替わると、他人の家になった都合でお父さんの遺影は裏返しになり、ピカソの名作『泣く女』のレプリカっぽい絵の入った額縁になるんですが……

 そのシーンから、例の、動くたんびに「きちきち、きちきち……」という気持ちの悪い音をたてる、ピッチピチのレザージャケットを着込んだ赤井がさっそうと出現するワケよ!!

 これは偶然じゃないだろう。「もしかしたら、ぜんぶお父さんの脳内?」という可能性さえにおわせる結末となった『あの山の稜線が崩れてゆく』とは、一見まったく正反対のシチュエーションのようでありながらも、実は今回の『身の引きしまる思い』もまた、女たちの華麗な競演にいろどられつつ、その中核には「どうしようもない男のつかのまの彷徨」という、はかないにもほどのあるロマンがあったのでした。

 なるほど、だから赤井を演じたのは KONTAさんだったのか。
 物語の後半、どこからともなく登場したお父さんの亡霊と赤井が対峙する象徴的なシーンが出てくるのですが、ここで注目しなければならないのは、「死んでいるお父さん」でもなければ「現実味のない赤井」でもなく、お父さんの横から不実な母親をにらみつける「生きている妙子」であり、そんな娘を赤井にオベロ~ンと寄り添いながら見くだす「生きているミドリ」なのです。
 やはり城山羊の会の世界に生き残るのは、「生きている人間」! そういう意味で、赤井を演じる人物は赤井にリアリティを持たせる俳優では絶対にいけなかったんですな!

 どこまでも、自分でもあきれるほどに作者さんそっちのけで勝手気ままに解釈しているわけなんですが、そういう空想の翼をどこまでも広げさせてくれるキャンバス。これこそが城山羊の会さんの「一見不可解な世界」、その奥の深さと豊潤さだと、私は思うんです。今回もほんとうにごちそうさまでした……


 公演を観るたびに、その作中での精神的な追い込まれ方のハンパなさに、女優であると知りながらも思わず心配してしまう石橋けいさんなのですが、今回は「エロスの本質はその行為の過激さではなく、その行為に対するういういしさである。」という格言(私がテキトーに考えました)を如実に証明する顛倒によって、一気にこの物語における「女王さま」におさまってしまいました。
 そういう意味では、今回の作品は今まで石橋さんが担っていたような「受難ポジション」を、後半からは娘役の岸井さんがかっさらっていくという流れになっており、「母を憎む子」という、コッテコテの神話か『ハムレット』のような相関関係になっていたのがまた興味深かったですね。「母を憎む」のは兄貴のミツヒコも同じなんですが、具体的に行動しようとするぶん、妙子のほうがよっぽど男らしいわけで。

 神話的ね。「夢」というかたちでのちのちに出会う人々や風景を予見してしまったり、父親の亡霊と会話したり、挙句の果てには母を奪った男を殺そうとしたり。ふつうの短大生であるはずの妙子はやたらと古くさい現象に見舞われてしまうのですが、それと同じくらいに古くさいのが、八方ふさがりになったときに死んだ父親に助けを求める「しおらしさ」だったりして……やっぱり、こういったレトロな造形も、しょせんは赤井を創造した「お父さん」だからこそ、なのでしょうか。哀しきロマンよのう!

 余談ですが、私は今回のクライマックスに歌唱されたバラード『身の引きしまる思い』の、身が引きしまらないにもほどのある哀切なサビ部分を聴いてまっさきに、「♪すばらし~い~ あ~のこ~ろ~」でつとに有名な、ペギー葉山さんのあの歌謡曲を連想してしまいました。なんという泣ける独唱か……

 つまるところ、今回のお芝居のタイトルが『身の引きしまる思い』になった、その理由とは、それ自体を舞台上で見せるというものではなく、そんな、かつて「あると信じていた」感覚をなつかしむ望郷じょんからだったのではなかろうか、と。まさしく「ロマン」ですよね。


 シンデレラのような転身をとげて悪漢の妻となる未亡人、それを恨みつつ自分も男を軽く手玉に取る才覚を発揮してしまう少女、すべてを諦めた視線を持ちつつも何かを考えている青年、悪漢にこびへつらう狡猾な女主人と、純粋であると同時に単純でもあるその夫、その下に従いつつも実は最も自由にほうぼうを飛び回っているハゲタカのような子分カップル。

 彼女ら、彼らが織りなす「不思議の国」の主は、いったいどんな感情をもって、その終幕をむかえたのでしょうか。
 そこに浮かぶのは、まるでドロシー一行にその正体を見られたときに「オズの大魔法使い」が見せたような、はにかみと哀愁がただよう表情だったのではなかろうか……と、私は想像します。よくわかんないけど。

 そして、少なくとも私は今回のお芝居の終演直後に感じた不思議な「さみしさ」は、その主の感情にたぶん近いものだったような……そんな気が私はしました。

 山内ケンジさん。ものすごい演出家です。ものすごい作家でもあるし、ものすごい演出家でもある。この事実にあらためて戦慄して千葉に帰った、2013年12月1日だったのでありました。


 こりゃあ、次回作も期待しないわけにはいきませぬ……と思いつつパンフレットの言葉を読んでたらば、え、来年は公演1本しかやんないんすか!? 丸1年後の11~12月にやるだけ?
 なんと残酷な!! 毎年1本くらいのペースでしか観ていなかったわたくしめが悪うございました!

 でも、そうおっしゃるのならばいたし方ありますまい。次回作、1年ぶん首をなが~くしてお待ちしております!
 生きていたらば必ず、またマントを着て観に行かせていただきますよぉ~いっと!!
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