サードパーティークッキーの廃止は、テック大手の広告事業に有利に働く可能性がある=ロイター
ウェブサイトをまたいで消費者の閲覧履歴を共有する「サードパーティークッキー」の廃止が迫ってきた。プライバシー保護規制の広がりに押され、米アップルに続いて米グーグルも2024年後半にも自社ブラウザーで機能を止める。ネット広告業界は対応に追われている。
各国・地域の規制強化が圧力
「あらゆる代替手段を試す動きが広がっている」。博報堂DYホールディングスの西村啓太氏はネット広告業界の混乱ぶりをこう説明する。ネット広告の基盤技術として普及したサードパーティークッキー廃止の影響はそれほど大きい。
例えばある通販サイトで閲覧した商品が、全く関係のないサイトのバナー広告に繰り返し表示されることがあるのはサードパーティークッキーによるものだ。
利用者が気づかないうちに個人データが利用されているとして、日米欧の各国・地域は利用者の事前同意を必須とするなど規制を強めていた。
クッキーはサイト側が訪問者のブラウザー上に記録を残すための「メモ欄」に例えられる。訪問先のサイトが書き込むものは「ファーストパーティークッキー」と呼ばれ、メモの中身はサイト運営者によって保持される。
過去に訪問したサイトにIDなどの情報を入力しなくてもログインできる機能などに役立てられている。
一方、サイトに埋め込まれたバナー広告を配信したネット広告企業など、訪問先のサイトとは異なる第三者がブラウザーに書き込むメモ欄がサードパーティークッキーだ。異なるサイトが書き込んだ情報がネット広告を仲介するブローカーによって収集・分析され、利用者の属性や興味に基づいて配信する行動ターゲティング広告などに活用されてきた。
ネット広告に収益を依存しないアップルは17年に自社のブラウザー「サファリ」でサードパーティークッキーを制限する取り組みを始め、20年には初期設定で全面禁止した。ブラウザー「ファイアフォックス」を手がける米モジラ財団も同様の制限を始めている。
国内のパソコン向けブラウザー市場で6割を超えるシェアを握るグーグルも20年、自社ブラウザー「クローム」でサードパーティークッキーを廃止する計画を打ち出した。24年1月にまず利用者の1%について機能を無効にし、影響を評価したうえで24年後半から段階的に全廃する。
代替技術は精度に限界
「これから何が起きるのか」――。日本インタラクティブ広告協会(JIAA)が23年10月に開いたオンラインセミナーでは、約300人の参加者がグーグルのクローム担当者に率直な疑問をぶつけた。基盤技術を失う広告主や媒体運営者の間では、同社の決定に困惑が広がっている。
24年後半には従来のようなブラウザー上の行動ターゲティング広告はほぼ不可能になる。ネット広告のブローカーだけでなく、広告枠を高く売りたいネットメディアやアプリ開発者などの間でも、代替技術を求める声が強まっている。
グーグルはこうした要望に応えるため、サードパーティークッキーに代わる「プライバシーサンドボックス」と呼ぶ仕組みを導入すると表明している。閲覧者の興味がある分野のデータをグループ化してブラウザー内に保存し、個人を特定できない形で関心に応じた広告を配信する仕組みだ。
ネット広告の仲介や分析を手がける企業の間では、利用者の同意を得た上で電子メールアドレスなどを暗号化した「共通ID(識別子)」を使う仕組みが検討されている。
ネットメディアが掲載している情報にあった広告を表示する「文脈マッチング」など個人を特定する情報に依存しない手法を探る動きもある。
いずれの手法も精度や広告効果には限りがあり、代替策としての決め手を欠く。場合によっては未成年者にアルコール飲料の広告を表示してしまう恐れもある。
ネット広告事業を手がけるfluct(フラクト、東京・渋谷)の佐藤裕之データ推進室本部長は「閲覧者に無関係の広告が増えるのは望ましくない」と警鐘を鳴らす。
グーグルの19年の調査では、サードパーティークッキーを用いない広告は、用いた場合と比較して広告効果が半減することが報告されている。個人データを駆使して高い広告効果を実現し、右肩上がりの成長を続けてきたネット広告産業は転換期を迎えている。
米英当局、テック大手の寡占に警戒
「サードパーティークッキー」の廃止によって多くのネットメディアが行動ターゲティング広告の基盤技術を失う一方、自社サイト上で利用者の行動履歴を収集・分析する検索サービスやSNS大手への影響は少ない。
プライバシーを保護する取り組みが、結果的にネット広告市場における寡占を強める懸念が浮上している。
米グーグルが代替策となる「プライバシーサンドボックス」の考え方を最初に表明したのは2019年。消費者のプライバシーを保護しながら行動ターゲティング広告の仕組みを維持する手法を整え、当初は22年までにサードパーティークッキーを全廃する計画を示していた。
こうした動きに待ったをかけたのが英国の競争・市場庁(CMA)だ。
「デジタル広告の競争を弱め、自社の市場支配力を強固にする恐れがある」と表明し、21年にグーグルが代替手段の中に自社に有利な仕組みを取り入れることがないか調査を始めた。
サードパーティークッキーの廃止によって行動ターゲティング広告の精度が下がれば、ネットメディアなどの広告枠の価値が落ちるのは避けられない。
一方、SNSや動画共有サイト上では今後も「ファーストパーティークッキー」を含む閲覧履歴の収集が続くことになる。
テクノロジー大手の多くは自社サイト上で広告仲介と媒体運営の両事業を一体的に提供しており、もともとサードパーティークッキーへの依存は少ない。CMAはネット広告市場におけるテクノロジー大手の優位性が高まる可能性に目を光らせる。
監視を強めるのは英国のCMAだけではない。米司法省は23年1月、グーグルがネット広告の配信事業で反競争的な行為を繰り返し、競合技術の台頭を阻止したなどとして、一部部門の分離を求める訴えを起こした。
データ分析支援の国内大手、インティメート・マージャーの簗島亮次社長は広告主の間では「自社データを使ってやれることはないかを検討する企業が増えている」と話す。
サードパーティークッキーの廃止は、テクノロジー大手への依存を抜け出そうとする動きにもつながっている。
(大豆生田崇志)