上場セレモニーで鐘を鳴らす早坂伸夫社長(18日、東証)
半導体メモリー大手のキオクシアホールディングス(旧東芝メモリ)が18日、東証プライム市場に上場した。
初日の終値は1601円と公募価格を10%上回った。企業として資金調達の手段を多様化できる株式上場は悲願だった。
18日午前11時に開かれた東証での上場セレモニー。キオクシアHDの早坂伸夫社長は緊張した面持ちで息を吐き出し、上場を知らせる鐘を打ち鳴らした。
キオクシアHDを上場させたことで、早坂社長は亡き友との約束を果たした。その相手は同社初代社長の成毛康雄氏。社長在任中に病に倒れ、2020年7月に志半ばで世を去った。
早坂氏と成毛氏。ともに1955年生まれで大学院博士課程を経て84年に東芝に入社した同期の仲だ。半導体部門で30年超をともに歩んできた2人は、東芝から分離してキオクシアを設立する際に「上場までは一緒にやろう」と約束し合った。
2人の約束の裏には、東芝時代の苦労を後進たちには経験させたくないとの思いもあった。
成毛康雄氏㊨は半導体部門の独立を願っていた(17年10月、三重県四日市市)
今から10年余り前、東京都港区の東芝本社39階の役員会議フロアで、メモリー事業部長だった成毛氏は東芝首脳から叱責されていた。
「これが500億円の投資稟議(りんぎ)の厚みなのか」。この首脳は机の上の数十ページの稟議書を手でたたき、読みもせずに突き返した。首脳の怒りには、500億円規模の投資を認めてほしければもっと分厚い稟議書を持ってこいという意図がにじんでいた。
当時はメモリー市況の停滞期で半導体部門の収支は赤字。それでも次の好期を見据えて設備投資を急がなければ、競合の韓国サムスン電子が装置を買い占める。
重電部門出身者の多い経営陣を納得させるのは「半導体の技術革新よりはるかに難しい」とされた。
30年間に及ぶ計画を着実にこなす原発や火力発電などの重電事業、2〜3年先を見据えて開発する家電事業などと比べて、3カ月先も読めない半導体事業への理解は得られにくい。
さらに新興の半導体部門から役員への昇格も少なく、「経営陣が半導体投資を認めてくれない」との嘆きは半導体部門の日常だった。
投資を渋る経営陣に成毛氏は「自分たちで資金を調達できなければ、技術的に優れていても勝てない」と吐露したことがある。
2016年12月に発覚した原発事業での巨額損失によって東芝は資金確保のために半導体メモリーを売却する決断を下した。これを機に成毛氏ら半導体部門の幹部が上場を目指すのは自然な流れだった。
18日の上場で東芝の出資比率は30.51%に低下した。その一方で、米投資ファンドのベインキャピタルは実質51.13%を保有したまま。
投資収益を重視するファンド傘下では、長期の研究開発投資に制約が課されることもあり、株主の意向を推し量る構図は続く。
早坂社長は18日の記者会見で「当社の競争力には自信を持っている。強いところをより強くして、必ず企業価値の向上につなげる」と抱負を語った。
ファンドは十分なリターンを得られるならば株式を売却して去っていくもの。上場目論見書に示した成長戦略を着実に実行して株価を引き上げることが、成毛氏とともに願った真の独立企業へと向かう道となる。
(細川幸太郎)
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