晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

町田康 『告白』

2009-07-22 | 日本人作家 ま
この作品は、明治時代に起きた事件「河内十人斬り」を題材にした
小説で、大阪の河内赤坂村水分(すいぶん)という寒村の熊太郎
という男が舎弟の弥五郎とともに村の有力者一家ならびに自分の
妻まで計十人を殺害、その後ふたりは山奥に逃げ込み自害、とい
う当時は大ニュースになったそうでして、河内音頭の演目にもなり
ました。

「人はなぜ人を殺すのか」という帯に書かれた一文。じっさい読み
終えても、正直にいうと答えは見出せませんでした。
この答えが仮に見つかったとしても、世の中から殺人が消えること
はないでしょう。しかしこの永遠のテーマに取り組むにしては、主
人公で加害者の熊太郎青年を取り巻く環境や人間性は単純という
か、前者の「人」と後者の「人」の関係性がさほど目新しいものでは
ない、という印象を持ってしまいました。

熊太郎という人間を紐解くキーワードの中でも重要なのが「思弁的」
な性格。自分が心の中で思っていることでも、言葉でうまく伝えられ
ず、少年時代からたえずもどかしい状態が続くのです。
これにより、熊太郎少年は疎外感、被害妄想、自己嫌悪に苦しみま
す。
そして、彼を悩まし続けることになる出来事が起こります。それは、
座布団のような四角で大きい顔の葛木ドールと、森の子鬼と名乗る
葛木モヘアの兄弟にまつわる話で、熊太郎は森の子鬼と相撲を取
って、子鬼の腕を折ってしまいます。子鬼は山に帰りますが、その後
熊太郎とその仲間は村の水車が壊れた現場にたまたま居合わせて
しまい、犯人と思われてしまいます。しかし、熊太郎らは子鬼が犯人
だと考え、鬼の行方を探します。
ある山中で、恐ろしく顔の大きい葛木ドールに遭遇、弟の腕を折った
お前らを殺すと脅されますが、その時同行していた仲間は否定し、熊
太郎ひとりに罪をかぶせます。結果、熊太郎は葛木ドールを殴り殺し
てしまい、洞穴に死体を埋めて逃げます。
この一件が、熊太郎のその後の人格形成に大きく影響を及ぼすこと
になります。じぶんは殺人を犯したことと、仲間の裏切り。

しかしその後、洞穴にはドールの死体はなく、さらに当時の仲間は熊
太郎との記憶の食い違いが甚だしいのです。
幻想のような話です。思弁癖に悩む熊太郎の抽象的概念あるいは空
論なのか。

話の流れは全体的にこの事件が起きた明治はじめですが、ところどこ
ろ著者の現代的解釈の説明が差し挿まれます。時間を旅するイリュー
ジョン効果と、虚構と現実の間を漂う浮遊感のような気持ちに誘って
くれます。

カミュの「異邦人」では、殺人の理由について「太陽のせい」にしていま
す。意味不明と切り捨ててしまえばそれまでですが、結局そういうこと
なのかもしれません。心理学やら元捜査一課やらがどんなに唾吐き吐き
解説したところで、殺した人がそう言うならそれが答えだ、と。
コメント
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