その街はクマに侵食されていました。
■第1回 熊本城マラソン
日時:2012年2月19日(日)9時00分ごろ~
場所:熊本城、他
もう先週になりますが熊本城マラソンに参加してきました。
タイムは自己ベスト。ひとまずの目標の4時間30分を大幅に切れた。
頑張った。はるばる熊本まで行って走って良かった。
マラソン大会に参加したのはこれで4回目。40キロ越えの自主マラソンも過去に4回くらい。
合わせて10回弱の長距離経験の中でも、一番まともに走れました。
膝関節や足指が痛くならず、純粋に疲労だけで済んだのは、結構な収穫かもしれない。
熊本はそこかしこにくまモンが溢れていました。
本当に、どこにもそこにもクマがいる。
くまBARやくま焼酎、飲食店のポスターにも暴力団追放キャンペーンにも。
しかも県民自らが、楽しんで受け入れてる感がバリバリに伝わってきます。
そこらの普通のお爺さんも、当たり前のようにくまモン手袋をし、シールやキーホルダーはあちこちで。
熊本城マラソンの参加者も、かなりの割合でくまモングッズを身につけてた。恐ろしい。
今回のマラソン、参加者の過半数がマラソン初参加。そして過半数が熊本県民。
おまけに第1回大会ということで、事務局側も不慣れなはず…と混乱を予想していたのですが、予想外に快適きわまりなかったです。
強いて言えば、スタート前の荷物預かりから実際のスタートまで、1時間以上の時間があったので、利用した人は苦労したみたい。(私はホテルに預けたので、影響なし)
あとは不運にも異常に寒かった。例年同時期と比べ、5度から10度も低いとか、嫌がらせですか。走ってる途中、雪もちらついたし。
沿道の応援はとても素晴らしかった。
コースも事前に思っていたよりも、ずっと変化に富んでて面白かった。
街、産業道路、学校地区、田畑、住宅街、町から街。
大会前、公式ページに公開されてたコース動画を見たときは、失礼ながら「人がいなくて寂しいのでは」と感じた場所もあったけど、いざ走ってみたら全く感じず。
住宅街では住人の方が外に出てきて応援してくれるし、色んな店舗や組合の方が大勢沿道に。
特に川尻に入った時の、「ようこそ川尻へ」の横断幕は熱かった。
25キロ~30キロ付近の郊外を抜け、街に戻ってきた時の声援の渦は感動しかけました。
マラソンの場合、応援してもらってもほんの数十秒でその前を通り過ぎてしまうのですけど、色々な出し物や音楽の応援の音が、一瞬で過ぎ去っていく感覚が、妙に気持ち良かった。
比較論で語るのも失礼ですが、正直、去年参加した東京マラソンよりも熱いものを感じました。
ゴール手前の熊本城に上る坂道も、当初の予定では諦めて全部歩くつもりだったのに。
応援が素晴らしくて結構頑張ってしまったくらい。
ていうか卑怯ですよ!何でお城の入口に神社があるんですか。そして神社の巫女さんが、そのまんまの格好で応援に出てきてるんですか。走るしかないじゃないか!
給水等々も、かなり頑張ってた。
おそろしく頻繁に給水があるのみならず、「500メートル先に給水」等の看板がばっちり出てる。
他にも「足元注意」や「この先急カーブ」などなど。
マラソンで一番きつい(と個人的に思う)のは、「何もない直線をひたすら走るだけ」のコースですが、看板が頻繁にあるおかげで、かなり助かりました。
給水の中身自体も充実してた。何より良いと思ったのが、紙コップがほとんど道路に落ちてない。
落ちるたびにスタッフさんが拾って回収していたから…というのもあるだろうけど、ゴミ箱の配置が良かった。
給水所の結構先までゴミ箱が置いてあったので、走りながら捨てられる。こういうちょっとした工夫は評価したい。
トイレの数は少なめだったけど、実際にはそれほど「待たされた」感はなかったかな。
(多分、休憩のタイミングを見計らって、台数の多いところを利用したからだと思う)
そういったわけで非常に良い大会でした。
時期的に東京マラソンと被るけど、来年も参加してみたいくらい。
くまモンに、感謝。
【蛇足】
熊本空港で見つけた観光PRパネル。
くまモンとセットのキャッチコピー『くまもとサプライズ』(「まず県民自らが、自分たちの身の回りのサプライズ=誇れる観光資源を再認識しよう」)が端的に分かる内容だったので、一部引用して紹介したい。
[引用]
空にカラスが飛んでいるように、
海にイルカがいるのは当たり前のこと
熊本天草の漁師は、つい十数年前までそう思っていたそうです。
(中略)
当たり前のことに感動できる。
当たり前のことをいつも新鮮に思える。そんなふうに自分の
日常を見つめられたら、どんなに幸せでしょう。
[引用終]
海にイルカがいるのは当たり前ではない…!
そう気づいたとき、道が開けるのです。そうだ、これは当たり前ではない。素敵なことなんだ。
とても良い発想だと思う。
今回のマラソンが盛り上がったのも、こういう発想の下地があったからじゃなかろうか。
■第1回 熊本城マラソン
日時:2012年2月19日(日)9時00分ごろ~
場所:熊本城、他
もう先週になりますが熊本城マラソンに参加してきました。
タイムは自己ベスト。ひとまずの目標の4時間30分を大幅に切れた。
頑張った。はるばる熊本まで行って走って良かった。
マラソン大会に参加したのはこれで4回目。40キロ越えの自主マラソンも過去に4回くらい。
合わせて10回弱の長距離経験の中でも、一番まともに走れました。
膝関節や足指が痛くならず、純粋に疲労だけで済んだのは、結構な収穫かもしれない。
熊本はそこかしこにくまモンが溢れていました。
本当に、どこにもそこにもクマがいる。
くまBARやくま焼酎、飲食店のポスターにも暴力団追放キャンペーンにも。
しかも県民自らが、楽しんで受け入れてる感がバリバリに伝わってきます。
そこらの普通のお爺さんも、当たり前のようにくまモン手袋をし、シールやキーホルダーはあちこちで。
熊本城マラソンの参加者も、かなりの割合でくまモングッズを身につけてた。恐ろしい。
今回のマラソン、参加者の過半数がマラソン初参加。そして過半数が熊本県民。
おまけに第1回大会ということで、事務局側も不慣れなはず…と混乱を予想していたのですが、予想外に快適きわまりなかったです。
強いて言えば、スタート前の荷物預かりから実際のスタートまで、1時間以上の時間があったので、利用した人は苦労したみたい。(私はホテルに預けたので、影響なし)
あとは不運にも異常に寒かった。例年同時期と比べ、5度から10度も低いとか、嫌がらせですか。走ってる途中、雪もちらついたし。
沿道の応援はとても素晴らしかった。
コースも事前に思っていたよりも、ずっと変化に富んでて面白かった。
街、産業道路、学校地区、田畑、住宅街、町から街。
大会前、公式ページに公開されてたコース動画を見たときは、失礼ながら「人がいなくて寂しいのでは」と感じた場所もあったけど、いざ走ってみたら全く感じず。
住宅街では住人の方が外に出てきて応援してくれるし、色んな店舗や組合の方が大勢沿道に。
特に川尻に入った時の、「ようこそ川尻へ」の横断幕は熱かった。
25キロ~30キロ付近の郊外を抜け、街に戻ってきた時の声援の渦は感動しかけました。
マラソンの場合、応援してもらってもほんの数十秒でその前を通り過ぎてしまうのですけど、色々な出し物や音楽の応援の音が、一瞬で過ぎ去っていく感覚が、妙に気持ち良かった。
比較論で語るのも失礼ですが、正直、去年参加した東京マラソンよりも熱いものを感じました。
ゴール手前の熊本城に上る坂道も、当初の予定では諦めて全部歩くつもりだったのに。
応援が素晴らしくて結構頑張ってしまったくらい。
ていうか卑怯ですよ!何でお城の入口に神社があるんですか。そして神社の巫女さんが、そのまんまの格好で応援に出てきてるんですか。走るしかないじゃないか!
給水等々も、かなり頑張ってた。
おそろしく頻繁に給水があるのみならず、「500メートル先に給水」等の看板がばっちり出てる。
他にも「足元注意」や「この先急カーブ」などなど。
マラソンで一番きつい(と個人的に思う)のは、「何もない直線をひたすら走るだけ」のコースですが、看板が頻繁にあるおかげで、かなり助かりました。
給水の中身自体も充実してた。何より良いと思ったのが、紙コップがほとんど道路に落ちてない。
落ちるたびにスタッフさんが拾って回収していたから…というのもあるだろうけど、ゴミ箱の配置が良かった。
給水所の結構先までゴミ箱が置いてあったので、走りながら捨てられる。こういうちょっとした工夫は評価したい。
トイレの数は少なめだったけど、実際にはそれほど「待たされた」感はなかったかな。
(多分、休憩のタイミングを見計らって、台数の多いところを利用したからだと思う)
そういったわけで非常に良い大会でした。
時期的に東京マラソンと被るけど、来年も参加してみたいくらい。
くまモンに、感謝。
【蛇足】
熊本空港で見つけた観光PRパネル。
くまモンとセットのキャッチコピー『くまもとサプライズ』(「まず県民自らが、自分たちの身の回りのサプライズ=誇れる観光資源を再認識しよう」)が端的に分かる内容だったので、一部引用して紹介したい。
[引用]
空にカラスが飛んでいるように、
海にイルカがいるのは当たり前のこと
熊本天草の漁師は、つい十数年前までそう思っていたそうです。
(中略)
当たり前のことに感動できる。
当たり前のことをいつも新鮮に思える。そんなふうに自分の
日常を見つめられたら、どんなに幸せでしょう。
[引用終]
海にイルカがいるのは当たり前ではない…!
そう気づいたとき、道が開けるのです。そうだ、これは当たり前ではない。素敵なことなんだ。
とても良い発想だと思う。
今回のマラソンが盛り上がったのも、こういう発想の下地があったからじゃなかろうか。