久しぶりに映画を観に行きました。降旗康男監督、高倉健主演の「あなたへ」。富山刑務所の刑務官である主人公(高倉健)が亡き妻(田中裕子)の、故郷の海に散骨してほしいという遺言を果たすために長崎県の平戸まで、自身の車で出かけ、途中でいろいろな人達に出会い、その人生に触れるというロードムービーでした。しっかりした脇役が固め、富山などの景色の描写も美しいものでした。平戸の海では老いた漁師の助けを借りて散骨を果たすのですが、この漁師の役をしているのが、つい先日87歳亡くなった名脇役の大滝秀治さんで、良い味の演技を見せていました。これが最後の出演作品でした。
名画とまでは思いませんでしたが、作品中のいろいろな人物には共感できました。高倉健は例によってほとんどニコリともしない演技でしたが、私の観方が浅いのか、妻を想う心情がもう一つよく分かりませんでした。
『東京』紙コラム「筆洗」から。
高倉健さんはその存在感だけで主演を張れる希有(けう)な役者である。六年ぶりに出演した映画「あなたへ」は、故郷で散骨してほしいという妻の遺言の真意を確かめるために旅に出る男の物語だ▼スクリーンに高倉さんに劣らない存在感を見せつけた俳優がいた。散骨に向かう高倉さんを乗せる漁師を演じた大滝秀治さんだ。出番は短かったが、魂のこもった演技は強い印象を残した。この共演が最後の映画になった▼名脇役が八十七歳で亡くなった。一九五〇年、劇団民芸の創立に参加。舞台だけでなく、テレビや映画にも数多く出演し、飄々(ひょうひょう)とした演技は多くのファンを魅了した▼敗戦の年の三月、十九歳だった大滝さんは繰り上げ召集され、通信兵として暗号文を送る訓練を受けた。奄美大島への配置が決まった後、敗戦を迎えた▼時代の空気に敏感だった。八年前、東京新聞の取材に語っている。「ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争…、戦争はずっと続いてます。犠牲になる人の身になって考えてみてください。今の日本人には、その危機感がありません。戦争の悲惨さを知らない日本人の安穏さは危険です。今は昭和初期と時代の雰囲気はかなり似てますよ」▼映画の最後のせりふは「久しぶりにきれいな海を見た」。高倉さんはこのせりふを聞いた時、思わず涙がこぼれたという。遅咲きの名優は静かに去った。