落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (119) もうひとつ、聞いてもいい?

2015-09-02 11:32:40 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(119) もうひとつ、聞いてもいい?



 「もうひとつ、聞いてもいいかしら?」
合掌を終えたすずが、しずかに勇作を振り返る。
義助の石塔が、よほど気にいったようだ。


 2人の故郷。福井の板井市には、新田義貞の菩提寺が有る。
称念寺(しょうねんじ)は鎌倉時代から続く由緒ある寺で、近くの田んぼで
敵に襲われ不慮の死を遂げた新田義貞の遺骸が、手厚く葬られている。
だが大きくそびえる義貞の石碑に、すずはまったく興味をしめさなかった。



 幼いころ。2人は称念寺の境内でよく遊んだ。
最初に2人が出会った保育園も、称念寺から300mほど東へ行ったところに有る。
小学校も中学校も通学路は、称念寺の山門前を行き来した。



 新田義貞と言う鎌倉時代の武将は、福井県の出身。
すずも勇作も、幼いころからそう思いこんでいた。
遠い関東平野からやって来た田舎武将と知ったのは、成人してからだ。



 「なんだ、まだ聞きたいことがあるのか。
 ついでだ、何でもいい、どんどん質問してくれ。何でも答える」



 「うふふ、そんなにはありません。質問はひとつだけです。
 新田氏の足跡を追った今回の旅で、あなたが発見したたものはいったい何ですか?。
 わたしは義助の石塔から、ひと目でいいからもう一度、
 新田の荘の風景が見たかった、という声を聴いたような気がします」



 「そうだな。もののふとして生まれた男の哀しさ、というものを実感した。
 日本の各地で荘園が発達しはじめる。
 自分たちの土地を侵略する者から守るために、武装した集団があらわれる。
 土地を守るための自警団、それが武士の出発点だ。
 一所懸命にただ土地を守る。それが、武士として生まれた男の仕事だ。
 だがそんな彼らがやがて、自らの土地を守るために他所へおもむく時代がやって来る。
 新田義貞は、そんな武将たちの代表格だ。
 義貞は、理不尽な要求を突きつける北条氏と刺し違えるために、生品神社で兵を挙げる。
 だがこれは新田一族が、幕府に追い詰められたうえでの不本意な決起だ。
 たった170騎で挙兵している。そのうえ、勝算も作戦も無い。
 ただ横暴な北条氏と刺し違えて、鎌倉幕府の理不尽ぶりを世に知らしめる。
 それが義貞の本意だったと思う。
 彼は鎌倉幕府を攻め落としたものの、2度と新田の地へ戻ってこない。
 時の天皇や、同族の足利尊氏に利用され、権力争いのど真ん中へ引きずり込まれる。
 彼が守りたかった新田の荘は、南北朝の動乱を経て、新田氏本宗家が滅亡したあと、
 岩松氏に譲られることになる。
 新田の荘は残り、あらたに新田一族が再編されることになる」



 「無事に残ったの、新田義貞を育てた新田の荘は」



 「1590年におこなわれた太閤検地で、日本全国の荘園制が完全に崩壊するまで、
 米どころの新田の荘は、おおいに栄えたと記録に残っている。
 その後。江戸幕府をひらいた徳川家の発生の地として、新田の地が保護されていく。
 日光東照宮を建て替える時。新田の荘の中にある世良田という地に、
 解体された東照宮が、世良田東照宮として移築されている。
 きらびやかではないが、建物も彫刻も、建てた当時のものがそのまま使われている。
 『お江戸見たけりゃ世良田へござれ・・・』と俗謡を生むほど、栄えたそうだ。
 広大な敷地の中に、いまでも世良田東照宮や新田一族の墓、歴史記念館などが建っている」


 「わかりました。で、あなたの正直な感想はどうなの?」



 「帰って来なければ、悲しむ人がいる。
 たてまえを貫き、忠義心を貫いても、いくさの果てに死んでしまえば意味がない。
 天皇の名の元。すべての国民を、戦争にかりたてた軍国主義の時代が有る。
 天皇のために忠誠をつくし、死ぬことが、美徳とされた時代だ。
 それが、太平洋戦争の悲劇を生むことになる。
 230万人の軍人と、80万人の民間人が犠牲になった。
 武士道は、ときの権力によって悪用されることがある。
 死ぬことと見つけたりと武士道は説いているが、それは必死で生きることの裏返しだ。
 大切な土地と、大切な人たちを守るために、武士は命がけでたたかう。
 結果として死ぬことは有るだろうが、誰もが死ぬためにたたかっているわけではない。
 たたかいに勝利して、大事な人が待っている故郷へ、無事に帰り着く。
 誰もがそう願い、そう考えて、男たちはたたかっていたはずだ」


 (だから俺は途中で、会社に尽くしぬいて、骨を埋めるという生き方をあきらめた。
 愚図愚図していれば、いつまで経っても俺は福井へ帰れない。
 待っていてくれる人が居るうちに、俺が元気でいるうちに、福井へ帰ろう。
 随分長く待たせたが、残った人生を福井で、すずと暮らしたい・・・
 そんな想いで俺は、ようやくお前と美穂が待っている、福井へ帰ってきた)



 勇作は、すずに向かって胸のすべてを語りたかった。
だが何故か声にならず、呼吸と一緒に、すべての想いを腹の中へ呑み込んだ。


 最終話へつづく



『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら