落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (15)有るには有りますが・・・

2015-09-22 05:47:09 | 現代小説
農協おくりびと (15)有るには有りますが・・・




 「そう言われても人事課長に話を聞いてみないと、私には何とも言えません」
青くなった共済部長が、あわてて人事へ電話を入れる。



 「俺だ。緊急事態が発生した。
 ライフアドバイザーに予定していた子が、共済へ行くくらいなら辞めると言い出した。
 電話じゃとにかく話にならん。
 大至急。資料をそろえて、本部長の部屋まで飛んで来てくれ」


 
 3分と経たないうちに、人事課長が資料を抱えて部屋へ飛び込んできた。



 「いまさらなんとかしろと言われても、今年の移動はすべてが決着していますので・・・」



 人事課長が部外秘の分厚い書類を、本部長の前に広げる。
予定していた今年の職員の移動は、全部で33名。
100人足らずの職員のうち、4月の声をきくたびに、3分の1が機械的に移動していく。
せっかく居着いた職場も、3年後には移動で別の職場へ移ることになる。
つまり。3年後には100人のほぼ全員が、すべて別の場所で仕事をしていることになる。



 人事を記録する部外秘の書類が、移動を繰り返すたびに分厚くなっていく。
すべての足跡を管理しておかないと、そのうちに移動パターンがめちゃくちゃになるからだ。
書類を覗き込んだ本部長が、人事課長に助けを求める。



 「駄目か。空きはないのか。空きは・・・」


 「はい。残念ながら今回は有りません」


 「空きがないのか、今年は・・・そんなにうまくいったのか、
 今年の人事異動は」


 「はい。例年になく、うまく進みました。
 実に完璧だと昨夜、本部長も一緒に祝杯をあげたばかりではないですか」



 「そうだよな。油断したなぁ、祝杯をあげるのが少し早すぎたようだ。
 見落としはないか。どこでもいい、何でもいいから、空きが有ったら教えてくれ」


 「有るには、有るのですが・・・」と、人事課長が口ごもる。



 「なに有る!。有るなら有るで、早くそう言え。
 で、いったいどこなんだ、空いているというその部署は?」



 「それがその・・・欠員はひとり有るのですが、なにせ場所が場所なものですから・・・」



 「いいか、ここだけの内緒の話だ。この子に退職されたら、ワシが即座に困る。
 下手すればワシばかりか、人事責任者のお前さんの首だって危うくなる。
 どこでもいいから、この子を引き取ってくれる場所があるなら、そこに決めろ。
 どこなんだ、とっとと言え!」


 「さ・・・さくら会館です・・・欠員が生じているのは・・・」



 「さ、さくら会館?。例のあの斎場か。
 たしか、去年合併したばかりの隣町にある、あの葬儀場のことか・・・
 そんなものしか残っていないのか、今年の欠員は」



 「はい。例年になく今年はうまくいったと、報告したばかりです。
 そんな訳ですので残念ながら今年の欠員は、もう、そこしか有りません」

 
 「参ったなぁ。そんなにうまく行き過ぎたのか今年の人事異動は。
 どうする?。そんなわけだ。
 すぐに呼び戻すから、とりあえずさくら会館へ行ってみるか、君?」



 「働く場所があれば、わたしはどこでも構いません。
 ただし。望んで行くわけではありませんので、わたしにも条件が有ります」



 「なんだ。何でも言ってみろ。
 行ってくれるというのなら、よろこんで、なんでも聞いてやる」



 「さくら会館に居る限り、推進から外してください。
 共済推進のノルマはゼロ。年末年始の、商品販売の強制押しつけも無し。
 それを呑んでくださればよろこんでわたしは、明日からさくら会館へまいります」


 「呑む、呑む。その程度の条件でいいのなら、お安い御用だ。
 人事課長。そういうことだから、以後の手配を迅速に、よろしく頼む。
 やれやれ、これで今年の移動も、すべてが無事に満足する形で決着をしたわい。
 目出度し、めでたしじゃ、よかったのう君も、
 ワシも。共済部長も、人事課長も。あっはっは。やれやれ・・・」


(16)へつづく

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