農協おくりびと (15)有るには有りますが・・・
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「そう言われても人事課長に話を聞いてみないと、私には何とも言えません」
青くなった共済部長が、あわてて人事へ電話を入れる。
「俺だ。緊急事態が発生した。
ライフアドバイザーに予定していた子が、共済へ行くくらいなら辞めると言い出した。
電話じゃとにかく話にならん。
大至急。資料をそろえて、本部長の部屋まで飛んで来てくれ」
3分と経たないうちに、人事課長が資料を抱えて部屋へ飛び込んできた。
「いまさらなんとかしろと言われても、今年の移動はすべてが決着していますので・・・」
人事課長が部外秘の分厚い書類を、本部長の前に広げる。
予定していた今年の職員の移動は、全部で33名。
100人足らずの職員のうち、4月の声をきくたびに、3分の1が機械的に移動していく。
せっかく居着いた職場も、3年後には移動で別の職場へ移ることになる。
つまり。3年後には100人のほぼ全員が、すべて別の場所で仕事をしていることになる。
人事を記録する部外秘の書類が、移動を繰り返すたびに分厚くなっていく。
すべての足跡を管理しておかないと、そのうちに移動パターンがめちゃくちゃになるからだ。
書類を覗き込んだ本部長が、人事課長に助けを求める。
「駄目か。空きはないのか。空きは・・・」
「はい。残念ながら今回は有りません」
「空きがないのか、今年は・・・そんなにうまくいったのか、
今年の人事異動は」
「はい。例年になく、うまく進みました。
実に完璧だと昨夜、本部長も一緒に祝杯をあげたばかりではないですか」
「そうだよな。油断したなぁ、祝杯をあげるのが少し早すぎたようだ。
見落としはないか。どこでもいい、何でもいいから、空きが有ったら教えてくれ」
「有るには、有るのですが・・・」と、人事課長が口ごもる。
「なに有る!。有るなら有るで、早くそう言え。
で、いったいどこなんだ、空いているというその部署は?」
「それがその・・・欠員はひとり有るのですが、なにせ場所が場所なものですから・・・」
「いいか、ここだけの内緒の話だ。この子に退職されたら、ワシが即座に困る。
下手すればワシばかりか、人事責任者のお前さんの首だって危うくなる。
どこでもいいから、この子を引き取ってくれる場所があるなら、そこに決めろ。
どこなんだ、とっとと言え!」
「さ・・・さくら会館です・・・欠員が生じているのは・・・」
「さ、さくら会館?。例のあの斎場か。
たしか、去年合併したばかりの隣町にある、あの葬儀場のことか・・・
そんなものしか残っていないのか、今年の欠員は」
「はい。例年になく今年はうまくいったと、報告したばかりです。
そんな訳ですので残念ながら今年の欠員は、もう、そこしか有りません」
「参ったなぁ。そんなにうまく行き過ぎたのか今年の人事異動は。
どうする?。そんなわけだ。
すぐに呼び戻すから、とりあえずさくら会館へ行ってみるか、君?」
「働く場所があれば、わたしはどこでも構いません。
ただし。望んで行くわけではありませんので、わたしにも条件が有ります」
「なんだ。何でも言ってみろ。
行ってくれるというのなら、よろこんで、なんでも聞いてやる」
「さくら会館に居る限り、推進から外してください。
共済推進のノルマはゼロ。年末年始の、商品販売の強制押しつけも無し。
それを呑んでくださればよろこんでわたしは、明日からさくら会館へまいります」
「呑む、呑む。その程度の条件でいいのなら、お安い御用だ。
人事課長。そういうことだから、以後の手配を迅速に、よろしく頼む。
やれやれ、これで今年の移動も、すべてが無事に満足する形で決着をしたわい。
目出度し、めでたしじゃ、よかったのう君も、
ワシも。共済部長も、人事課長も。あっはっは。やれやれ・・・」
(16)へつづく
新田さらだ館は、こちら
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「そう言われても人事課長に話を聞いてみないと、私には何とも言えません」
青くなった共済部長が、あわてて人事へ電話を入れる。
「俺だ。緊急事態が発生した。
ライフアドバイザーに予定していた子が、共済へ行くくらいなら辞めると言い出した。
電話じゃとにかく話にならん。
大至急。資料をそろえて、本部長の部屋まで飛んで来てくれ」
3分と経たないうちに、人事課長が資料を抱えて部屋へ飛び込んできた。
「いまさらなんとかしろと言われても、今年の移動はすべてが決着していますので・・・」
人事課長が部外秘の分厚い書類を、本部長の前に広げる。
予定していた今年の職員の移動は、全部で33名。
100人足らずの職員のうち、4月の声をきくたびに、3分の1が機械的に移動していく。
せっかく居着いた職場も、3年後には移動で別の職場へ移ることになる。
つまり。3年後には100人のほぼ全員が、すべて別の場所で仕事をしていることになる。
人事を記録する部外秘の書類が、移動を繰り返すたびに分厚くなっていく。
すべての足跡を管理しておかないと、そのうちに移動パターンがめちゃくちゃになるからだ。
書類を覗き込んだ本部長が、人事課長に助けを求める。
「駄目か。空きはないのか。空きは・・・」
「はい。残念ながら今回は有りません」
「空きがないのか、今年は・・・そんなにうまくいったのか、
今年の人事異動は」
「はい。例年になく、うまく進みました。
実に完璧だと昨夜、本部長も一緒に祝杯をあげたばかりではないですか」
「そうだよな。油断したなぁ、祝杯をあげるのが少し早すぎたようだ。
見落としはないか。どこでもいい、何でもいいから、空きが有ったら教えてくれ」
「有るには、有るのですが・・・」と、人事課長が口ごもる。
「なに有る!。有るなら有るで、早くそう言え。
で、いったいどこなんだ、空いているというその部署は?」
「それがその・・・欠員はひとり有るのですが、なにせ場所が場所なものですから・・・」
「いいか、ここだけの内緒の話だ。この子に退職されたら、ワシが即座に困る。
下手すればワシばかりか、人事責任者のお前さんの首だって危うくなる。
どこでもいいから、この子を引き取ってくれる場所があるなら、そこに決めろ。
どこなんだ、とっとと言え!」
「さ・・・さくら会館です・・・欠員が生じているのは・・・」
「さ、さくら会館?。例のあの斎場か。
たしか、去年合併したばかりの隣町にある、あの葬儀場のことか・・・
そんなものしか残っていないのか、今年の欠員は」
「はい。例年になく今年はうまくいったと、報告したばかりです。
そんな訳ですので残念ながら今年の欠員は、もう、そこしか有りません」
「参ったなぁ。そんなにうまく行き過ぎたのか今年の人事異動は。
どうする?。そんなわけだ。
すぐに呼び戻すから、とりあえずさくら会館へ行ってみるか、君?」
「働く場所があれば、わたしはどこでも構いません。
ただし。望んで行くわけではありませんので、わたしにも条件が有ります」
「なんだ。何でも言ってみろ。
行ってくれるというのなら、よろこんで、なんでも聞いてやる」
「さくら会館に居る限り、推進から外してください。
共済推進のノルマはゼロ。年末年始の、商品販売の強制押しつけも無し。
それを呑んでくださればよろこんでわたしは、明日からさくら会館へまいります」
「呑む、呑む。その程度の条件でいいのなら、お安い御用だ。
人事課長。そういうことだから、以後の手配を迅速に、よろしく頼む。
やれやれ、これで今年の移動も、すべてが無事に満足する形で決着をしたわい。
目出度し、めでたしじゃ、よかったのう君も、
ワシも。共済部長も、人事課長も。あっはっは。やれやれ・・・」
(16)へつづく
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