落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (21)明日は、千の風で大騒ぎ?

2015-09-29 11:33:22 | 現代小説
農協おくりびと (21)明日は、千の風で大騒ぎ?




 「別嬪の一番下にランクインできる?、わたしが?・・・ふぅ~ん。
 で実際はどこの位置へランクインするの、別嬪さんという呼び方は?」


 「呑み込みの悪い女だな、お前も。
 美人ランクの格付けのどこにも入らないから、別格扱いなんだ。
 そんなことより、明日は注意したほうが良い。
 ちょっと荒れそうな情報を、事務室で聞きこんできた」



 「荒れそうな情報が有る?。なにそれ。聞き捨てなりませんねぇ。
 でも。引き継ぎのとき、所長は荒れそうな情報なんかいっさい口にしていません。
 これを覚えろと、ポンと葬儀査定を手渡してくれただけです。
 なにが有るの、荒れそうな原因というのは?」



 「最近は、どこの葬儀場でもBGMを流す。
 故人が好きだった曲とか、送る側が任意に選んだ曲を流す。
 明日は喪主役の奥さんのたっての希望で、千の風になってを使うそうだ。
 ♪~わたしのお墓の前で 泣かないでください ではじまる、例のあの曲だ。
 亡くなった故人もこの歌が好きだったが、奥さんはこの歌の熱狂的なファンだそうだ。
 いつだったかウチの本堂で、千の風を披露したことがある」


 「それなりの雰囲気も有るし、どこかの葬儀場でも聞いたことが有ります。
 いいんじゃないの千の風くらい、流してあげても?」


 
 「ウチのオヤジが担当するのなら、別に問題は無い。
 本堂で千の風を歌うことを、許可したくらいだからな。
 だがオヤジはいま、病気で病院のベッドの上だ。
 オヤジの代理で、真言宗の別の僧侶を呼んだ。だがこの僧侶に問題がある。
 千の風が大嫌いなんだ。
 亡くなった故人の魂は墓で眠っておらず、千の風になって大空を吹き渡っている。
 と歌うこの部分が、特に大嫌いだと言う。
 故人が眠る墓を軽んじるのもいい加減にしろと、僧侶はカンカンだ。
 ということで明日は、千の風の騒動が持ち上がる。
 本堂で千の風を歌った実績をもつ喪主の奥さんと、千の風が大嫌いな頑固僧侶が、
 まっこうから正面衝突をする。
 どうするお前。着任早々、明日は、とんでもない難題が待ち構えているぞ」


 
 (ええ・・・)ちひろの目が、丸くなる。
葬儀査定の暗記以外に、難題が待ち構えていることを初めて知ったからだ。
(どうなるの、いったい。明日のわたしのデビューは・・・)
ちひろの気持ちが、少しだけ落ち着きを取り戻してきた矢先だというのに、
途端に目の前が、真っ暗になって来た。



 「あんた。代理でやって来るその僧侶を説得して。
 わたしは、どうしても千の風を流したいという喪主の奥さんを説得してみるわ。
 2人同時に説得すれば、どちらかが折れてくれる可能性が生まれるもの。
 我ながらいい考えです。冴えているなぁ、あたしったら」


 「せっかくだが、お前さんのナイスな申し出には応えられない。
 あと3時間したら、俺はここから電車に乗る。
 東京駅から24時発の深夜の高速バスに乗り、明日の昼までに奈良へ戻る。
 悪いなぁ、手伝ってやりたいが俺にはもう、時間の余裕がない。
 他をあたってくれ」



 何かとついていないなお前さんもと、弘悦が鼻で笑う。
午後9時発の電車に乗れば、2時間30分後に東京駅へ着く。
たしかに深夜の高速バスに充分、間に合う。
(ということはわたしはここで単に弘悦の、時間つぶしの相手をしているわけか?)



 ちひろの目の前が、ふたたび真っ暗になってきた。
頼みの綱の光悦はあと3時間で、此処からまたいなくなる。
(せっかく再会したというのに、また私の前から消えてしまうのか、この男は。
ついていませんねぇ。切れてしまいそうな細い絆で結ばれているのかなぁ、
わたしたちは・・・)



(22)へつづく

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