落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (17)司会者のこころえ

2015-09-24 12:07:01 | 現代小説
農協おくりびと (17)司会者のこころえ



 「君の仕事は、これ」


 いきなり上司から、葬儀査定と呼ばれる書類が手渡された。
葬儀査定というのは葬儀の際、司会者が読み上げていく原稿のようなものだ。



 「右も左もわからない来たばかりのわたしが、いきなりの司会ですか・・・」



 「来たばかりかどうかは、問題じゃない。
 君は辞めてしまった司会の女の子の補充として、ここへ配属されてきた。
 詳しいことは、その書類の中に詳しく書いてある。
 よく読んで明日までにきっちりと覚えてくれたまえ。じゃ頼んだよ」



 着任の挨拶と業務の引継ぎが、たったこれだけで終了してしまう。
「明日までに」という上司の言葉が、少し気になった。
「所長。明日までにということですが、それはいったいどういう意味ですか?」
と所長の背中に向って声をかける。



 「明日。葬儀の予定が入っている。君の記念すべき初舞台が、そこだ」
ときわめて冷静な声の、返事が帰って来る。
「葬儀司会用の音声トレーニングCDも有る。
もしも不安が有るようならそいつを聞いて、明日の本番にそなえるといい。
じゃあ、頼んだよ、よろしく」と所長室へ消えていく。
(明日、いきなり、わたしが葬儀の司会の初舞台!)さすがに、開いた口が塞がらない。
落胆したちひろが、葬儀査定に眼を落す。



 ◎一同着席《 時間になりましたら、着席の案内をする 》


 「間もなくご葬儀の時刻となりますのでご着席願います。
  尚、携帯電話のスイッチはお切りくださるか、マナーモードに設定してくださいますよう
  ご協力をお願い致します。」
 「導師入堂でございます。皆様、合掌にてお迎えください」 
 「合掌おなおり下さい」
 

 ◎ 開式の言葉

 「本日はご多忙中のところを、ご臨席いただきましてありがとうございます。
 只今より、故◯◯◯◯様のご葬儀を執り行います。
 (故人の呼称は、社会的に高い地位にあったり知名度が高かったりする場合には
 肩書きをつけたり、「先生」などの敬称をつける場合もある)


 ◇ 葬送の辞 (導師より葬儀の辞がのべられる)

 ◇ 鼓鉢三通  (チーン ドン ジャラーン)
    「葬送の辞」が無い場合は、この時「皆様合掌、礼拝願います」
    終わってから、「合掌おなおりください」

 ◇ 授戒 (剃髪・懺悔・洒水・受戒)
    自宅での場合。授戒が終わったら
    「これよりしばらくは足を楽にしていただいて結構です」

 ◇ 読経がはじまる・・・





 まだまだ延々と葬儀の進行について、こと細かく書きこんである。
ちひろが、ああ・・・と、重い溜息を吐く。
着任した日が、ちょうど友引。
通夜の予定も入っていない。明日の葬儀まで、館内はしんと静まり返っている。
これならのんびりできそうだ、と油断したのも束の間。
途方もない大役が、いきなりちひろの身に降りかかってきた。
葬儀司会者の大役だ。


 困り果てたちひろが、膝を崩す。
ロービーの椅子に、力なくヘナヘナと座り込む。
(まいりましたねぇ・・・)ちひろが床へ視線を落としたまま、
自分の頭を抱え込む。


(18)へつづく



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