落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (3)最長老のジジィ

2015-09-07 10:23:58 | 現代小説
農協おくりびと (3)最長老のジジィ




 ご存じだろうか。
日本の農業を担っている農家の中心世代が、65歳以上だという現実を。
70歳を過ぎた老夫婦が現役で頑張っている農家なんか、すこしもめずらしくない。
サラリーマンなら60歳で定年を迎える。現役の生活がここで終わりになる。
一部に年金支給の先送りのため、退職年齢を引き上げようという動きはあるが、
多くの場合が60歳を越えれば、現役から退いていく。



 しかし農業だけが、一般社会から大きく異なる事情を持っている。
平成22年度の統計で、農業人口は261万人。
10年前と比べ、60万人が減少し、率にして33%ちかくも減っている。
平均年齢は、65.8歳。
そのうち、65歳以上が占める割合が60%。75歳以上も30%を占めている。
これだけでも農業が、きわだって高齢化している現実がよく分かる。


 
 農家は生産規模に関係なく、それぞれが独立している自営業者だ。
従業員は、ほとんどいない。夫婦2人で汗を流している農家がほとんどだ。
そのため業務体系は実に単純だ。
オヤジは社長。カミさんが専務か常務ということになる。
むかしなら2世代、3世代の働き手が居たが、いまは後継者すらいない現状が有る。
小規模経営の個人事業主は大半が、超ワンマンか、頑固者だ。
他社(他の生産者)がどうであれ、自分が作るものが一番だという信念を持っているから
どうにも始末に悪い。



 頑固者のオヤジを相手に、いまさらセクハラを説明しても埒があかない。
セクハラを理解する頭を、最初から持っていないからだ。
だが、いつにも増して今日の呑み会は最悪だ。
まず農協の焼き肉店で、いつものように定例の会食がはじまる。
焼き肉店は農協が全額出資したもので、専門スタッフではなく職員が店員として働いている。



 2時間あまりの会食が終ると、カラオケへ繰り出していく。
だがここは、北関東のもっとも北端にある、さびれた田舎の町だ。
2次会用のスナックはおろか、女の子たちが居るキャバレーなど有るはずがない。
有るものと言えば、古ぼけたカラオケを持つ居酒屋だけだ。



 軽トラックと乗用車に分乗して、オヤジどもがカラオケ居酒屋へ移動していく。
2次会のメンバーは農業ひとすじに半世紀以上も生きてきた、つわものたちばかりだ。
「長くなりそうだなぁ・・・今夜も」
覚悟を決めたちひろが手招きされるまま、最長老のジジィの隣へすべり込む。


 最長老も、農業一筋に生きてきた頑固者だ。
天皇陛下とおなじ昭和8年の生まれだから、今年で満82歳をむかえる。
現役農家として妻と2人で夏はトマト、冬はホウレンソウの生産に汗を流す。



 12歳になった終戦の年。
隣町の軍事工場が、B29の爆撃を受けて赤々と燃えたのをいまでも覚えているという。
娯楽の少なかった終戦直後の復興期、地域青年団の集まりには、区域内の
ほぼすべての男女が顔をそろえた。



 そんな中。生活改善運動として、素人による農村演劇の上演が大流行した。
青年団のリーダーだった長老は、国定忠治の主役から、流麗な女形の役まで
なんでも演じたと、当時を思い出して楽しそうに笑う。



 「ところでお前さんの歳はいくつだ。見るからに若そうに見えるが?」


 「おじいちゃん。失礼を言うにもほどが有ります。
 わたしは今年、高校を卒業したばかりの18歳。
 ほら。肌だってこの通り、ピチピチのほやほやです。触ってみる?おじいちゃん」



 「ピチピチのほやほやか。なかなか面白いことを言う子じゃのう。
 じゃワシは、見るからに、クタクタのヨレヨレじゃ。
 先の短い老人の介護を、これからもよろしく頼むぞ、若い衆。ほっほっほ」


(4)へつづく



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