落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (41)

2017-02-03 17:56:03 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (41)
 にわか看板娘 



 浴衣に赤いたすき、姉さんかぶり。さらに人気ラーメン店の前掛け姿。
いきいきと動き回る清子に、客席のあちこちから、立て続けに声がかかる。
評判を聞きつけ、遠くから朝ラーメンを食べに来たはずの人たちが、
笑顔がさわやかな看板娘の登場に、当初の目的をすっかり忘れている。
店の中が、ザワザワと色めきたってきた。


 「お嬢さん。記念写真をいっしょに撮ってください。お願いします」


 「君。可愛いねぇ、もしかして、ミス喜多方かい。
 手が空いたらこっちもぜひ、1枚、記念撮影をお願いします」


 朝ラーメンの繁盛店が、いつのまにか清子の撮影会に
様変わりしてきた。
ラーメンをつぎつぎテーブルへ運びながら、清子は相次ぐ記念撮影の注文に
こころよく応じていく。
嫌な顔ひとつ見せず、『はいっ』と笑顔で応えていく。


 「おい。どうなってんだ・・・
 いったい何が始まったんだよ、今日は・・・」



 ふらりと入って来た常連客のひとりが、店内の様子に驚く。
見たことのない女の子がひとり、水を得た魚のように店の中を飛び回っている。
常連客の入店に気がついた清子が、ひょこっと頭をさげる。
『いらっしゃいませ!』よく響く声が飛んでくる。
常連客が混み合う客席をかき分けて、厨房へすっ飛んでいく。


 「おい。いったいどこから見つけてきたんだ。あんな上等な隠し球を。
 可愛い可愛いで、店の中じゅうが大騒ぎになっちまっている。
 まるで、にわか看板娘の登場だ」


 「そいつがよ。俺にもよくわからねぇ。
 恭子が連れてきた清子っていう女の子だ。
 人手が足らなくて四苦八苦してると言ったら、自分から手伝いを買って出てくれた。
 客席にラーメンを配っているうち、可愛い、可愛いって客が騒ぎ始めた。
 いつのまにか、人気者になっちまったようだ」


 「浴衣が妙に似合っているし、物腰がやわらかくて見ていて気持ちがいい。
 動き回る姿に華もある。
 見た目といい、雰囲気といい、10代目の恭子とは月とすっぽんの違いだな。
 しかしどこの子だ。あまり見かけない顔だが?」



 「悪かったわねぇ。どうせ私は、月とすっぽんの10代目です。
 愛嬌はないし、動作もキビキビしていません」



 「おう。誰かと思えば10代目の恭子じゃねぇか。
 なんだよお前も居たのかよ。居るなら居るで、ちゃんとアピールしてくれ。
 つい心にも無い、余計なひとことを言っちまったじゃねぇかよ。
 悪かったよ、10代目。で、あのこはいったいどこの何者だ?」


 「清子は湯西川温泉で芸妓修行を始めたばかりの、15歳。
 朝ラーメンを食べに来ただけなのに、おばあちゃんが余計なことを言うんだもの。
 清子どころか、あたしまで手伝うハメになっちゃった。
 東山温泉の売れっ子芸妓、小春さんの妹芸妓に当たるそうです。
 会津の市さんと一緒に、ウチの酒蔵へ見学にきたのよ」



 「東山の小春に、会津の市さんといえば、トップクラスの芸後の2人じゃねぇか。
 驚いたねぇ。どうりでサラブレッドの雰囲気が漂っているはずだ」


 「すみませんね。どうせ私は、喜多方生まれの駄馬です。
 ふん。大嫌いです。15歳の小娘にクラクラしているおじさまなんて!」


 
 「本気で怒るなよ、10代目。
 お前さんも充分にカワイイ。しかしあの子は、別格だという意味だ。
 お前さんのところの酒蔵は、いい酒を作るための、いい水に恵まれている。
 あの子のところには、いい女を作るための環境が、すべて整っている。
 それだけの差だ。
 しかし、いい娘だねぇ。働いている姿に華が有る。
 接客業に向いている子だな。天性の、お座敷向きだな」



 おっ、なんだこいつは・・・常連客が、足元を見つめる。
『なれなれしい小猫だな。俺は猫が大嫌いだ』
足元にじゃれついてくる子猫を、足で払いのけようと常連客が身構える。
それを見た恭子が、慌ててたまを抱き上げる。



 「足で蹴るなんて、バチ当たりなことをしないで。おじさま。
 こう見えてもこの子は、れっきとした、三毛猫のオスなのよ。
 清子が看板娘なら、こっちの三毛は、商売繁盛の護り神なんだから!」



 「なっ、なんだって。野良猫じゃねぇのか。こいつは三毛猫のオスか!」
三毛猫のオスと聞いて、常連客の目が丸くなる。
『驚いたなぁ。いきなりダブルで、福の神の到来かよ。どうなってんだ。
今日はいったい・・・』常連客の驚きが頂点に達する。
そんな騒動をまったく知らず、清子は水を得た魚のように笑顔をふりまきながら、
ごったがえす店内と厨房を、忙しく往復している。


 (42)へ、つづく


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