赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (51)
飯豊山登山口
小春が登山口のある川入まで、2人を送っていく。
川入から山頂の神社まで、往復で30キロあまり。
健脚なら早朝の2時頃から登り始めて、その日のうちに往復することも出来る。
しかし。初心者の清子に無理は禁物ということで、たっぷり余裕をみた。
その結果。2泊3日という山あるきの行程になった。
「くれぐれも無理しちゃダメよ。
なにか有ったら迷わず引き返すのよ。お願いよ、恭子ちゃん。
清子は、目を離すと何を仕出かすか分からない子なの。
しっかり見張っていてくださいね」
30分で到着した登山口の駐車場で、小春がいまさらながら、オロオロしている。
『あたしが準備してあげます』市奴が手がけてくれた清子の荷物は、
恭子のリュックサックの倍近い大きさに膨らんでいる。
「開けてみてのお楽しみが、ぎっしり詰まっているそうです」
うふふと笑った清子が、『よっこらしょ』とリュックサックを肩にかける。
「あら・・・」見かけに反し軽いことに、清子が驚ろきの表情を浮かべる。
「別に、筋肉トレーニングに行くわけじゃないんだ、清子。
最初から重いと感じるリュックでは、長時間、担げるはずがないだろう。
軽く感じるのは、中身がバランスよく詰められている証拠さ。
市さんは、登山経験が豊富な人だ。
そうか。市さんはこのあたりで産まれたんだ。
ということは子供の頃から、何度も、飯豊山に登山しているはずです。
そうなると、リュックの中に何を詰め込んだのか、なんだか、
楽しみになってきましたねぇ。ふふふ」
心配そうな顔で見送っている小春を駐車場へ置いて、恭子と清子が、
登山口へ向かう最初の林道を歩きはじめる。
登山口はここから10分ほどの距離にある。
そこから、本格的な階段状の急な上りがはじまる。
『じゃあね。行ってきます!』2人が同時に振り返ったとき。
小春が何かを思い出し、あわてて清子を呼び止める。
「あっ、いけない。忘れていました。
市奴姐さんから、清子へ渡してくれとメモを預かってきました。
もしものことばかり考えて、つい、うっかりしておりました。
はい。市さんからの伝言です。
あ~あ、よかった。ちゃんと手渡すことができて。
このまま帰ってしまったら、市奴姉さんに、目いっぱい叱られてしまいます。
じゃあね2人とも今度こそ、本当に気をつけていくんですよ」
名残惜しそうに小春が、駐車場から手を振る。
『大丈夫です。そんなに心配しないでくださいな』恭子が笑顔で手を振り返す。
林道を歩き始めた次の瞬間。『何が書いてあるんだい?』
くるりと小春に背中を向けた恭子が、いそいで清子の手元を覗き込む。
「わざわざメモを書いてくるなんて。いったい何なのでしょう・・・・
何が書いてあるのかしら?」
なになに・・・
『小春の姿が見えなくなったら、急いでリュックを開けよ』と書いてある。
リュックを開けろ?。一体どう意味かしらと清子が駐車場を振り返る。
豆粒ほどの大きさに変わった小春が、あいかわらず両手を振って見送っている。
「まだ、小春姉さんの姿が見えております」
「でもさ。歩き始めたら、いそいで開けろと書いているくらいだ。
きっと、緊急を要するものが入れてある。
なんだろうね。登山に必要なものは全部、はいっているはずだ。
いまリュックを開ける理由は、まったく無いと思うけどね。
あっ。ひとつだけ思い当たることが有る。
清子。いつも身近にウロウロいるはずの、あいつの姿が見当たらないよ!」
「そういえば、小春姐さんの車の中にも、姿がなかったですねぇ。
もともとお気楽屋のたまのことです。
どこかでのんびり、お昼寝などをしていると思います」
「それにしても変だ。
昨夜からまったくたまの姿を見ていないもの。
登山で3日もいなくなるというのに、それを知りながらあいつが
姿をみせないなんて、変だと思わないか。
清子。急いでリュックを開けて見な。
市さんのことだ。もしかして、もしかするかも知れないよ!」
『えっ!』清子が駐車場をふりかえる。
小春の姿を探すが、すでに車ごと駐車場から消えている。
『ほら。とにかく急いで下ろして』
背中へ回った恭子が、清子のリュックに手をかける。
「あっ。ほら・・・やっぱり居た!」
リュックサックの口から、たまの寝ぼけた顔がでてきた。
『一体全体、何事だぁ』たまが、ぼそりとつぶやく。
まだ睡魔から覚めきれていない。
眠り薬でも飲まされたような、そんな気配がぞんぶんに漂っている。
「うふふ。たまと清子はやっぱり一心同体だ。
市さんに眠り薬を飲まされましたね、お前さまは。
眠りこけているあいだに、リュックサックへ放り込まれたんだ。
これで今回の山行きは、かよわい女子2人に、小猫が1匹。
女人禁制は聞いた覚えがありますが、猫が入山禁止とは聞いていません。
よかったねぇ、たま。
お前も可憐に咲くヒメサユリや、たくさんの高山植物をその目で
たっぷり見ることができるよ。
市さんの粋な計らいに、心から感謝しなければなりません。
やっぱり清子とたまはワンセットだ。あっはっは」
(52)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
飯豊山登山口
小春が登山口のある川入まで、2人を送っていく。
川入から山頂の神社まで、往復で30キロあまり。
健脚なら早朝の2時頃から登り始めて、その日のうちに往復することも出来る。
しかし。初心者の清子に無理は禁物ということで、たっぷり余裕をみた。
その結果。2泊3日という山あるきの行程になった。
「くれぐれも無理しちゃダメよ。
なにか有ったら迷わず引き返すのよ。お願いよ、恭子ちゃん。
清子は、目を離すと何を仕出かすか分からない子なの。
しっかり見張っていてくださいね」
30分で到着した登山口の駐車場で、小春がいまさらながら、オロオロしている。
『あたしが準備してあげます』市奴が手がけてくれた清子の荷物は、
恭子のリュックサックの倍近い大きさに膨らんでいる。
「開けてみてのお楽しみが、ぎっしり詰まっているそうです」
うふふと笑った清子が、『よっこらしょ』とリュックサックを肩にかける。
「あら・・・」見かけに反し軽いことに、清子が驚ろきの表情を浮かべる。
「別に、筋肉トレーニングに行くわけじゃないんだ、清子。
最初から重いと感じるリュックでは、長時間、担げるはずがないだろう。
軽く感じるのは、中身がバランスよく詰められている証拠さ。
市さんは、登山経験が豊富な人だ。
そうか。市さんはこのあたりで産まれたんだ。
ということは子供の頃から、何度も、飯豊山に登山しているはずです。
そうなると、リュックの中に何を詰め込んだのか、なんだか、
楽しみになってきましたねぇ。ふふふ」
心配そうな顔で見送っている小春を駐車場へ置いて、恭子と清子が、
登山口へ向かう最初の林道を歩きはじめる。
登山口はここから10分ほどの距離にある。
そこから、本格的な階段状の急な上りがはじまる。
『じゃあね。行ってきます!』2人が同時に振り返ったとき。
小春が何かを思い出し、あわてて清子を呼び止める。
「あっ、いけない。忘れていました。
市奴姐さんから、清子へ渡してくれとメモを預かってきました。
もしものことばかり考えて、つい、うっかりしておりました。
はい。市さんからの伝言です。
あ~あ、よかった。ちゃんと手渡すことができて。
このまま帰ってしまったら、市奴姉さんに、目いっぱい叱られてしまいます。
じゃあね2人とも今度こそ、本当に気をつけていくんですよ」
名残惜しそうに小春が、駐車場から手を振る。
『大丈夫です。そんなに心配しないでくださいな』恭子が笑顔で手を振り返す。
林道を歩き始めた次の瞬間。『何が書いてあるんだい?』
くるりと小春に背中を向けた恭子が、いそいで清子の手元を覗き込む。
「わざわざメモを書いてくるなんて。いったい何なのでしょう・・・・
何が書いてあるのかしら?」
なになに・・・
『小春の姿が見えなくなったら、急いでリュックを開けよ』と書いてある。
リュックを開けろ?。一体どう意味かしらと清子が駐車場を振り返る。
豆粒ほどの大きさに変わった小春が、あいかわらず両手を振って見送っている。
「まだ、小春姉さんの姿が見えております」
「でもさ。歩き始めたら、いそいで開けろと書いているくらいだ。
きっと、緊急を要するものが入れてある。
なんだろうね。登山に必要なものは全部、はいっているはずだ。
いまリュックを開ける理由は、まったく無いと思うけどね。
あっ。ひとつだけ思い当たることが有る。
清子。いつも身近にウロウロいるはずの、あいつの姿が見当たらないよ!」
「そういえば、小春姐さんの車の中にも、姿がなかったですねぇ。
もともとお気楽屋のたまのことです。
どこかでのんびり、お昼寝などをしていると思います」
「それにしても変だ。
昨夜からまったくたまの姿を見ていないもの。
登山で3日もいなくなるというのに、それを知りながらあいつが
姿をみせないなんて、変だと思わないか。
清子。急いでリュックを開けて見な。
市さんのことだ。もしかして、もしかするかも知れないよ!」
『えっ!』清子が駐車場をふりかえる。
小春の姿を探すが、すでに車ごと駐車場から消えている。
『ほら。とにかく急いで下ろして』
背中へ回った恭子が、清子のリュックに手をかける。
「あっ。ほら・・・やっぱり居た!」
リュックサックの口から、たまの寝ぼけた顔がでてきた。
『一体全体、何事だぁ』たまが、ぼそりとつぶやく。
まだ睡魔から覚めきれていない。
眠り薬でも飲まされたような、そんな気配がぞんぶんに漂っている。
「うふふ。たまと清子はやっぱり一心同体だ。
市さんに眠り薬を飲まされましたね、お前さまは。
眠りこけているあいだに、リュックサックへ放り込まれたんだ。
これで今回の山行きは、かよわい女子2人に、小猫が1匹。
女人禁制は聞いた覚えがありますが、猫が入山禁止とは聞いていません。
よかったねぇ、たま。
お前も可憐に咲くヒメサユリや、たくさんの高山植物をその目で
たっぷり見ることができるよ。
市さんの粋な計らいに、心から感謝しなければなりません。
やっぱり清子とたまはワンセットだ。あっはっは」
(52)へ、つづく
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