赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (42)
こだわりのラーメン
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/70/5da1228473d74405d05fcd1099325bb2.jpg)
清子とたまが、ラーメン店の2階に落ち着いたのは、午後の1時過ぎ。
ひっきりなしだった客の動きに、ようやく陰りが見えてきた。
「もういいよ。ありがとう。疲れただろう」
そう言われたとき。すでに2階のテーブルに、あふれるほどの料理が並んでいた。
「カツ丼でしょ。カレーでしょ。八宝菜でしょ。
ラーメンも有るけど、餃子に野菜炒めまで並んでいます。
すごい量ですねぇ。
いったい誰が食べるのかしら、こんなたくさん」
「あんたが、身体で稼いだ戦利品だ。
遠慮しないで、みんな片っ端から食べて、片付けちまおうぜ」
「それにしても限度があります。
女子プロレスラーじゃあるまいし、あたし、こう見えても少食なんです」
口とは裏腹に清子が、目をキラキラさせて喜んでいる。
うれしそうに、テーブル上の料理を眺め回している。
『そうは見えないな。今の清子は、全身が食欲の固まりのように見えます』
ふふふと恭子が、ラーメンの丼を引き寄せる。
「喜多方のラーメンの食べかたには、流儀があるの。
最初の一口はレンゲを持たず、丼をそのまま口に運ぶの。
体裁を気にせず、音をたてて、ズズズ~ッと思い切りすすってしまう。
そうすると、美味しいスープが口の中いっぱいにひろがる。
感動で、脳みそが歓喜の喜びに震えるわ。
遠慮しないで、清子もやってごらんよ」
恭子が見本をみせてくれる。清子も丼を口に運ぶ。
ずずっと音を立てて、思い切りスープをすすっていく。
恭子が言っていた通り、口の中いっぱいに、油と醤油の香りが広がっていく。
それがまた、なんともいえず心地よい。
ラーメンスープに含まれている幸福な味わいが、清子の脳みそを一気に駆けめぐる。
『うわ~、本当だァ・・・・最高です!』
清子が満面に笑顔を浮かべる。
ラーメンスープをすすった瞬間。
喉を通り、口の中にひろがっていく脂の風味の善し悪しで、脳がおいしさを判断する。
ラーメンは、オリジナルの中太ちぢれ麺。
噛み締める食感を、なによりも大切にしている。
喜多方で定番の、細い縮れ面よりも、すこし厚めの麺になっている。
ダシは、伊達鶏と煮干。昆布と香味野菜を使用したシンプルなもの。
太く縮れているこの店の麺は、油によくからむ。
そのため。こだわりの香りと旨みを、存分に楽しむことができる。
油がたっぷり入っているのに、えぐみや臭みがまったく無い。
澄んだ味わいとともに、鼻に抜けてくる魚介の香りが、なんともまた心地よい。
食べ進めるうち、ドンブリの中で「うまさ」が循環していく。
スープはもちろん。麺とチャーシューから、たっぷり旨みが染み出してくる。
旨みが、ことごとく麺に絡まる。
食べすすめている間、味がどんどん変化を遂げていく。
最初と最後の一口では、まったく別物のように感じられる。
ペロリとラーメンを平らげた清子が、カツ丼とカレーの前で姿勢を正す。
『おっ、清子。気合が入ってきましたね。見るからにやる気満々です。』
恭子が目を細めて清子をみつめる。
「だってぇ。身体をたくさん動かしたんですもの、お腹はぺこぺこです。
明日からしっかりカロリー計算して、体重管理をいたします。
でも今日だけは見逃してください。うふふ・・・
あふれてくる食欲を、抑えることができません!」
「そうだよねぇ。あんたは、朝からずっとお店の中で頑張った。
たくさん食べて体力をつけなきゃ、身体が持たないよ。
追加の料理を持ってきたから、遠慮しないでドンドン食べておくれ。
お茶と甘酒も持ってきた。流し込むために使っておくれ。
うふふ。いいねぇあんた。
働きっぷりも見事だけど、旺盛な食欲ぶりも見ていて気持ちがいい。
遠慮しないで、たくさん食べておくれ」
追加の料理を運んできたおばちゃんが、清子の食欲に目を細める。
『はいっ!』と答えた清子が、甘酒へ手を伸ばす。
何のためらいもなく、一気に、甘酒をものの見事に飲み干してしまう。
清子の膝で居眠りしていたたまが、妙な予感を覚える。
『清子のやつ。調子に乗って甘酒の一気飲みしたけど、大丈夫か?。
なんだか、おいら胸騒ぎがしてきたぞ。嫌な予感がするなぁ・・・・』
たまがぼそりとつぶやいたつぎの瞬間、清子の身体がふらりと揺れだした。
清子の白い頬に、紅がさしてくる。
次の瞬間。顔全体が、ゆでダコのように変っていく。
湯気でもあがりそうなほど、真っ赤な顔に変わっていく。
『もうあかん。身体がいきなり燃えてきた。ダメや・・・』一声うめいたその直後。
そのまま後方へ、へなへなと、崩れるように倒れていく。
「清子!」
「どうした、あんた。大丈夫かい!」
しっかりせいと、恭子が清子を抱き起こす。
しかし。清子の表情はすでに、もうろうとしている。
手にしたままの甘酒のコップを、奪うように取り上げる。
『あれ?・・・・これって、もしかして?』
恭子が、コップに残っている甘酒と異なる液体の香りに、ようやく気がつく。
「おばちゃん。
これ、甘酒やないでぇ。ウチが持ってきた、お土産の濁り酒やないか!。
おばちゃんも悪いが、ろくに確認もせず、一気に飲みほしてしまう清子も悪い。
もう少し利口かと思っていたのに、意外と阿呆やな、この子ったら・・・・」
『まぁまぁ、よくあることですから、清子の場合・・・・』
たまが、慌てふためいている恭子とおばちゃんの2人を、涼しい顔で
見上げている。
(43)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
こだわりのラーメン
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清子とたまが、ラーメン店の2階に落ち着いたのは、午後の1時過ぎ。
ひっきりなしだった客の動きに、ようやく陰りが見えてきた。
「もういいよ。ありがとう。疲れただろう」
そう言われたとき。すでに2階のテーブルに、あふれるほどの料理が並んでいた。
「カツ丼でしょ。カレーでしょ。八宝菜でしょ。
ラーメンも有るけど、餃子に野菜炒めまで並んでいます。
すごい量ですねぇ。
いったい誰が食べるのかしら、こんなたくさん」
「あんたが、身体で稼いだ戦利品だ。
遠慮しないで、みんな片っ端から食べて、片付けちまおうぜ」
「それにしても限度があります。
女子プロレスラーじゃあるまいし、あたし、こう見えても少食なんです」
口とは裏腹に清子が、目をキラキラさせて喜んでいる。
うれしそうに、テーブル上の料理を眺め回している。
『そうは見えないな。今の清子は、全身が食欲の固まりのように見えます』
ふふふと恭子が、ラーメンの丼を引き寄せる。
「喜多方のラーメンの食べかたには、流儀があるの。
最初の一口はレンゲを持たず、丼をそのまま口に運ぶの。
体裁を気にせず、音をたてて、ズズズ~ッと思い切りすすってしまう。
そうすると、美味しいスープが口の中いっぱいにひろがる。
感動で、脳みそが歓喜の喜びに震えるわ。
遠慮しないで、清子もやってごらんよ」
恭子が見本をみせてくれる。清子も丼を口に運ぶ。
ずずっと音を立てて、思い切りスープをすすっていく。
恭子が言っていた通り、口の中いっぱいに、油と醤油の香りが広がっていく。
それがまた、なんともいえず心地よい。
ラーメンスープに含まれている幸福な味わいが、清子の脳みそを一気に駆けめぐる。
『うわ~、本当だァ・・・・最高です!』
清子が満面に笑顔を浮かべる。
ラーメンスープをすすった瞬間。
喉を通り、口の中にひろがっていく脂の風味の善し悪しで、脳がおいしさを判断する。
ラーメンは、オリジナルの中太ちぢれ麺。
噛み締める食感を、なによりも大切にしている。
喜多方で定番の、細い縮れ面よりも、すこし厚めの麺になっている。
ダシは、伊達鶏と煮干。昆布と香味野菜を使用したシンプルなもの。
太く縮れているこの店の麺は、油によくからむ。
そのため。こだわりの香りと旨みを、存分に楽しむことができる。
油がたっぷり入っているのに、えぐみや臭みがまったく無い。
澄んだ味わいとともに、鼻に抜けてくる魚介の香りが、なんともまた心地よい。
食べ進めるうち、ドンブリの中で「うまさ」が循環していく。
スープはもちろん。麺とチャーシューから、たっぷり旨みが染み出してくる。
旨みが、ことごとく麺に絡まる。
食べすすめている間、味がどんどん変化を遂げていく。
最初と最後の一口では、まったく別物のように感じられる。
ペロリとラーメンを平らげた清子が、カツ丼とカレーの前で姿勢を正す。
『おっ、清子。気合が入ってきましたね。見るからにやる気満々です。』
恭子が目を細めて清子をみつめる。
「だってぇ。身体をたくさん動かしたんですもの、お腹はぺこぺこです。
明日からしっかりカロリー計算して、体重管理をいたします。
でも今日だけは見逃してください。うふふ・・・
あふれてくる食欲を、抑えることができません!」
「そうだよねぇ。あんたは、朝からずっとお店の中で頑張った。
たくさん食べて体力をつけなきゃ、身体が持たないよ。
追加の料理を持ってきたから、遠慮しないでドンドン食べておくれ。
お茶と甘酒も持ってきた。流し込むために使っておくれ。
うふふ。いいねぇあんた。
働きっぷりも見事だけど、旺盛な食欲ぶりも見ていて気持ちがいい。
遠慮しないで、たくさん食べておくれ」
追加の料理を運んできたおばちゃんが、清子の食欲に目を細める。
『はいっ!』と答えた清子が、甘酒へ手を伸ばす。
何のためらいもなく、一気に、甘酒をものの見事に飲み干してしまう。
清子の膝で居眠りしていたたまが、妙な予感を覚える。
『清子のやつ。調子に乗って甘酒の一気飲みしたけど、大丈夫か?。
なんだか、おいら胸騒ぎがしてきたぞ。嫌な予感がするなぁ・・・・』
たまがぼそりとつぶやいたつぎの瞬間、清子の身体がふらりと揺れだした。
清子の白い頬に、紅がさしてくる。
次の瞬間。顔全体が、ゆでダコのように変っていく。
湯気でもあがりそうなほど、真っ赤な顔に変わっていく。
『もうあかん。身体がいきなり燃えてきた。ダメや・・・』一声うめいたその直後。
そのまま後方へ、へなへなと、崩れるように倒れていく。
「清子!」
「どうした、あんた。大丈夫かい!」
しっかりせいと、恭子が清子を抱き起こす。
しかし。清子の表情はすでに、もうろうとしている。
手にしたままの甘酒のコップを、奪うように取り上げる。
『あれ?・・・・これって、もしかして?』
恭子が、コップに残っている甘酒と異なる液体の香りに、ようやく気がつく。
「おばちゃん。
これ、甘酒やないでぇ。ウチが持ってきた、お土産の濁り酒やないか!。
おばちゃんも悪いが、ろくに確認もせず、一気に飲みほしてしまう清子も悪い。
もう少し利口かと思っていたのに、意外と阿呆やな、この子ったら・・・・」
『まぁまぁ、よくあることですから、清子の場合・・・・』
たまが、慌てふためいている恭子とおばちゃんの2人を、涼しい顔で
見上げている。
(43)へ、つづく
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