落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (47)

2017-02-12 18:31:58 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (47)
 嘘のつけない女の子 




 芸事の稽古におわりはない。
芸妓でいる限り、生涯にわたり芸を磨く。
タイコや小鼓(こづつみ)、大鼓(おおつずみ)などの鳴物。
日本舞踊。常磐津や清元、長唄などの技術を身につけていく。


 稽古は各地の見番(組合)が主催する。
組合から稽古代の補助が出る。
そのため芸妓たちは1ヶ月、1万円程度の稽古代でこれらを習うことができる。
稽古は1分野あたり、1ヶ月に5日ほどひらかれる。


 大鼓(おおづつみ)は「おおかわ」と呼ばれる。
演奏前に、1~2時間ほど炭火で乾燥させた革を胴にかける。
調緒を力一杯締め上げる。
こうすることで、小鼓(こづつみ)の柔らかい音とは異なる、力強く甲高い
「カーン」という独特の音が響きわたる。




 「はい。もう結構。本日は、このあたりで止めにしましょう」


 心ここにあらずという雰囲気で、ポンポンと大鼓を叩いていた清子を
市が、簡単に見抜いてしまう。
稽古が始まり、まだ、15分も経っていない。




 「湿っぽい、うわの空の大鼓なんか、いくら響かせても時間の無駄。
 そんなもの。いくらお稽古しても埓(らち)があきません。
 あんた。嘘のつけない不器用な子だねぇ。
 おおかた喜多方の10代目と、密約などを決めてきたとみえる。
 なにやら悪だくみが進行している気配が、プンプン漂っております。
 表情が沈んでいるのは、行き詰まってる証拠でしょ。
 相談に乗るから、白状しなさい」
  

 「あら・・・ご指摘の通りです。
 でも何で市奴お姐さんに、簡単に見抜かれてしまったのでしょうか?。
 10代目とあたしだけの、秘密の約束ごとなのに」


 「お前さまの顔に、書いてあります」



 「そのようなことは、絶対にないと思います。
 今朝は時間をかけて、丁寧に洗顔をいたしました」
 


 「ということは、洗顔の手抜きをすることもあるのですね。あなたは」


 「はい。時には承知で手抜きをします!」


 「ははは。嘘のつけない子だね。お前って子は。
 言ってごらん。困っているのなら、あたしが力になってあげるから」


 「こちらでの滞在を、1ヶ月ほど延期したいのです」


 「滞在を一ヶ月伸ばす?。なんだい、何かやりたいことでも見つけたのかい?」

 「見つけたものの、対処の方法に苦慮しております。
 春奴お母さんや小春お姐さんに、どのように言い出せばよいのか苦心しております。
 10代目と約束したものの、良い考えが浮かばず、難渋しております」


 「10代目と、どんな約束をしたんだい?」


 「東山温泉の盆踊りに、小春姐さんと喜多方の小原庄助さんを引っ張り出します。
 お2人に、デートしてもらいたいのです。
 10代目は、そろそろ私に、新しいお母さんが出来ても良いと
 はっきり申しておりました」


 「なるほど。それは、聞き捨てならぬ事態です。
 10代目がそんなことを言いましたか。
 あの子もそれなりに、大人になったということでしょうか。
 よろしい。あたしが一肌脱ぎましょう。
 なぁに、造作もありません。
 清子は物覚えが悪すぎますから、あと1ヶ月、私に預けなさいと
 小春に言ってあげましょう。
 そう決まれば、小春のところにいる意味はありません。
 荷物をまとめて今日のうち、私のマンションへ引っ越しましょう。
 善は急げです。行きますよ、清子」



 「え。いくらなんでも、それはまた、あまりにも性急すぎるお話です」


 「馬鹿だねぇ、お前も。
 呑気な顔してここへ滞在していたら、お前のことだ。
 白状しちまうのは目に見えている。
 あたしの所なら、10代目と会っても、バレる心配はない。
 子供とばかり思っていたが案外やるもんだねぇ。お前たちも。
 面白いことになりそうだ。
 なんなら、半年でも1年でもいいから、結果が出るまであたしが
 お前の面倒を見てあげましょう。
 どうだい。ずっとあたしのところで、仲良く一緒に暮らそうか?」



 「いえ。一ヶ月だけで充分です。
 長居しょうとは、今のところは考えておりません。
 どうぞひと月だけ、置いてください。よろしくお願いいたします」


 「なんだ。まったく、欲のない子だねぇ・・・・
 なんなら、お前と結婚してあげたっていいんだよ。
 あたしゃ今でも、戸籍上は男だ。
 清子だって16歳になれば、結婚が許される歳になる。
 年齢差は、たったの44だ。たいした年齢差じゃないだろう。
 世間ではよくあることだ。あっはっは」


 (48)へ、つづく


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