赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (55)
三国の山小屋
「おっ、珍しいねぇ。美人が2人も登場するとは、今日はいい日だ。
三国の山は初めてかい。2人のお譲ちゃんたち」
山荘の前でひげの管理人が早くから2人の到着を待ち構えていた。
薪割の手はさっきから、ずっと止まったままだ。
そのためせっかくかいた汗も乾きはじめ、寒ささえ感じている。
久しぶりに聞く山での人の声に、たまも清子の胸ポケットから眠たそうな顔を出す。
「こいつは驚いたねぇ。
美人2人だけかと思いきゃ、なんと子猫のおまけまでついているとは。
へぇぇ、なんとよく、見れば三毛猫じゃないか。こいつはさらに珍しい。
で、どうするんだ、あんたたち。
テントを設営するのなら、もう一つ先の山小屋まで足を伸ばすようだ。
だが泊まるだけなら、ここも上も同じことだ。
今日の宿泊予定は、あんたたちを入れても7人。
ここには40~50人が泊まれるから、今日だけはのんびり眠れるぞ。
んん・・・・どうした、姉ちゃん。
そんな顔して。何か気になるものでも見つけたか?」
不思議そうな顏で建物を見上げている清子に、管理人が気づく。
東北では無人の山小舎が多い。
登山客が多くなる夏場に限り、管理人が雇われる。
ほとんどが役所からの委託を受けたものだ。
だから山小舎のオーナはいない。ほとんどが役所からの委託を受けた管理人たちだ。
これらの山小舎は、冬場になっても閉鎖されることはない。
避難小屋としていつでも利用することができる。しかし管理人は不在になる。
屈指の豪雪地帯に変わるこのあたりでは、積雪が3mから5mに達する。
2階建ての三国小屋ですら屋根まですっぽり、雪に覆われることがあるという。
清子が見つめているのは、入口のドア付近に取り付けられている
太い角材でつくられた、屋根まで届く巨大な梯子。
2階と思われる部分に、1階と同じ大きさのドアがある。
『ということは、はしごを上がれば、2階から山荘へ入ることができるのかしら・・・』
清子がポツリとつぶやく。
「その通りだよ。お姉ちゃん。
このあたりは、東北でも指折りの豪雪地帯だ。
山が好きな連中は真冬であろうがおかまいなしに、このあたりまで登って来る。
もちろん。素人じゃない。
アルプスやエベレストの、遠征前のトレーニングにやってくるんだ。
夏は高山植物や、天空の花園を楽しみに来る一般人たちの憩いの空間になる。
しかし冬になるとここは、一転して気象の荒い地に変わる。
ときには吹雪が吹き荒れる。
そういうときための設備が、あの頑丈な梯子だ。
2mも積もれば、1階のドアは雪にふさがれてしまう。
そういう場合。梯子を登り2階のあのドアから山荘の内部へはいるのさ。
それだけじゃないぜ。
普段は使わないが、万一の時にそなえて、2階の屋根からの入口もある。
だが、コイツの使い道はそれだけじゃない。
理由が知りたかったらまずはこの梯子を、自分の足で登ってみることだな」
促された清子が、梯子を天空に向かって登りはじめる。
黙って見つめていた恭子も、リュックサックを地面に放り出す。
風雪にささくれた木材の感触をしっかり確かめながら、2人がゆっくり
2階の屋根までたどり着く。
最初に頂点へ着いた清子が、ひらりと2階の屋根に降り立つ。
「ほう・・・見かけによらず、身の軽い子たちだ。
どれ。わしも、久々に登ってみるかな」
後から屋根まで登ってきたヒゲの管理人が、ヒョイと清子の細い腰を捕まえる。
『え?』驚ろいた顔を見せる清子を、そのまま肩まで担ぎ上げる。
管理人がスタスタと屋根の斜面を歩き、一番の高みまで登っていく。
「どうだ、お譲ちゃん。
あんたたちが、6~7時間かけて歩いてきた下界が、一望に見えるだろう。
俺より高い位置にいるお前さんは、オレも見たことのない絶景が見えるはずだ。
そこからの気分はどうだ。お嬢ちゃん」
「すごく素敵。もう最高です!。生まれて初めて見るすごい景色です。
清子はもう山登りが、病みつきになってしまいそうです!」
清子の声が、山小舎の空へ響いていく。
ガスが晴れてきた。山容をあらわにしてきた三国山の雪渓が残る山肌へ、
こだまを呼びながら、清子の歓声が響き渡っていく。
(56)へつづく
落合順平 作品館はこちら
三国の山小屋
「おっ、珍しいねぇ。美人が2人も登場するとは、今日はいい日だ。
三国の山は初めてかい。2人のお譲ちゃんたち」
山荘の前でひげの管理人が早くから2人の到着を待ち構えていた。
薪割の手はさっきから、ずっと止まったままだ。
そのためせっかくかいた汗も乾きはじめ、寒ささえ感じている。
久しぶりに聞く山での人の声に、たまも清子の胸ポケットから眠たそうな顔を出す。
「こいつは驚いたねぇ。
美人2人だけかと思いきゃ、なんと子猫のおまけまでついているとは。
へぇぇ、なんとよく、見れば三毛猫じゃないか。こいつはさらに珍しい。
で、どうするんだ、あんたたち。
テントを設営するのなら、もう一つ先の山小屋まで足を伸ばすようだ。
だが泊まるだけなら、ここも上も同じことだ。
今日の宿泊予定は、あんたたちを入れても7人。
ここには40~50人が泊まれるから、今日だけはのんびり眠れるぞ。
んん・・・・どうした、姉ちゃん。
そんな顔して。何か気になるものでも見つけたか?」
不思議そうな顏で建物を見上げている清子に、管理人が気づく。
東北では無人の山小舎が多い。
登山客が多くなる夏場に限り、管理人が雇われる。
ほとんどが役所からの委託を受けたものだ。
だから山小舎のオーナはいない。ほとんどが役所からの委託を受けた管理人たちだ。
これらの山小舎は、冬場になっても閉鎖されることはない。
避難小屋としていつでも利用することができる。しかし管理人は不在になる。
屈指の豪雪地帯に変わるこのあたりでは、積雪が3mから5mに達する。
2階建ての三国小屋ですら屋根まですっぽり、雪に覆われることがあるという。
清子が見つめているのは、入口のドア付近に取り付けられている
太い角材でつくられた、屋根まで届く巨大な梯子。
2階と思われる部分に、1階と同じ大きさのドアがある。
『ということは、はしごを上がれば、2階から山荘へ入ることができるのかしら・・・』
清子がポツリとつぶやく。
「その通りだよ。お姉ちゃん。
このあたりは、東北でも指折りの豪雪地帯だ。
山が好きな連中は真冬であろうがおかまいなしに、このあたりまで登って来る。
もちろん。素人じゃない。
アルプスやエベレストの、遠征前のトレーニングにやってくるんだ。
夏は高山植物や、天空の花園を楽しみに来る一般人たちの憩いの空間になる。
しかし冬になるとここは、一転して気象の荒い地に変わる。
ときには吹雪が吹き荒れる。
そういうときための設備が、あの頑丈な梯子だ。
2mも積もれば、1階のドアは雪にふさがれてしまう。
そういう場合。梯子を登り2階のあのドアから山荘の内部へはいるのさ。
それだけじゃないぜ。
普段は使わないが、万一の時にそなえて、2階の屋根からの入口もある。
だが、コイツの使い道はそれだけじゃない。
理由が知りたかったらまずはこの梯子を、自分の足で登ってみることだな」
促された清子が、梯子を天空に向かって登りはじめる。
黙って見つめていた恭子も、リュックサックを地面に放り出す。
風雪にささくれた木材の感触をしっかり確かめながら、2人がゆっくり
2階の屋根までたどり着く。
最初に頂点へ着いた清子が、ひらりと2階の屋根に降り立つ。
「ほう・・・見かけによらず、身の軽い子たちだ。
どれ。わしも、久々に登ってみるかな」
後から屋根まで登ってきたヒゲの管理人が、ヒョイと清子の細い腰を捕まえる。
『え?』驚ろいた顔を見せる清子を、そのまま肩まで担ぎ上げる。
管理人がスタスタと屋根の斜面を歩き、一番の高みまで登っていく。
「どうだ、お譲ちゃん。
あんたたちが、6~7時間かけて歩いてきた下界が、一望に見えるだろう。
俺より高い位置にいるお前さんは、オレも見たことのない絶景が見えるはずだ。
そこからの気分はどうだ。お嬢ちゃん」
「すごく素敵。もう最高です!。生まれて初めて見るすごい景色です。
清子はもう山登りが、病みつきになってしまいそうです!」
清子の声が、山小舎の空へ響いていく。
ガスが晴れてきた。山容をあらわにしてきた三国山の雪渓が残る山肌へ、
こだまを呼びながら、清子の歓声が響き渡っていく。
(56)へつづく
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