落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (63)

2017-03-27 17:47:59 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (63)
 嵐がやって来る?



 稜線の登山道で作業していた2人も、天候の異変に気がつく。
急激に温度が下がってきたからだ。
そう感じた次の瞬間。ガスの塊りが谷底から、一気に斜面を駆けあがってきた。


 濃密なガスが、またたくまに視界を奪う。
稜線上でガスと、西から吹き付けてきた風がぶつかりあう。
行き場を失ったガスがすさまじい勢いで、上空に向かって舞い上がっていく。


 日本海から吹き付ける湿った風。
谷間から吹き上げてきた冷たい風がよく、稜線の登山道の上でぶつかりあう。
このとき。予測不能の急変を生み出すことがある。
『急変の前兆だ。荒れた天気がやってくるぞ。突風が吹くと、稜線上は厄介だ。
作業を中断して、早めに山小屋へ退避しよう』


 
 相方を促した作業員が、ヘルメットを押さえながら稜線の道を進む。
『おい。遠くで雷が鳴り始めてきたぞ。こいつは、けっこうな嵐になるかもしれん。
毎度のことながら温度が急変する今頃が、一番厄介な気象を産み出す。
荒れた天気になければいいがなぁ・・・』
後からついていく同僚も突風に身を抗いながら、山小屋を目指して小走りになる。


 稜線上の登山道から避難小屋まで、わずか300m。
しかし。突風が吹きあれはじめた尾根の道は、常に極度の危険がつきまとう。
幅1mに満たない尾根の道は、ちょっとバランスを崩した途端、足を滑らせて、
斜面を滑落していく不安に襲われる。


 態勢を低くしながらようやくの思いで、作業員の2人が山荘へたどり着く。
ヒゲの管理人がすぐに、心配そうな顔をみせた。


 「おまえさんたち。途中で2人連れの女の子たちに合わなかったか?
 あんたたちより少し前に、ここから下って行った。
 無事に下の樹林帯まで降りていったかどうか、時間的に微妙だ」



 「おう。会ったぞ。
 30分くらい前のことだ。
 俺たちがまだ、ヒメサユリ街道の草刈りをしていた時だ。
 語らいの丘を経由して下ると言っていた。
 道草をしていなければ、そろそろ下の樹林帯へ着いてもいい頃だ。
 なんともいえないが、今日のガスはちょっと手ごわいぜ」


 「おまけに北から、雷が接近中だ。
 麓に問い合せたら発達した低気圧が進路を変えて、南へ進み始めたそうだ。
 このままだと、この小屋も低気圧の直撃を喰らうことになる。
 ちょうどよかった。
 顔なじみのお前さんたちも手伝ってくれ。
 窓やら、屋根の危なそうなところを、今のうちに補強しておきたい。
 猫の手も借りたいほど忙しい。
 よかった、助かったぜ。ちょうどお前さんたちが来てくれて」


 「やっぱり今日は荒れるのか。
 となると俺たちも、これ以上、身動きすることができねぇ。
 いいだろう、手伝うぜ。
 何でもいいから言ってくれ。とりあえず何から片付ける?」



 「雨が降りはじめる前に、外から先に片付けちまおう。
 強風に飛ばされるまえにできる限り、外のモノを中へ運び込んでくれ。
 長期戦に備えて、水場から水も確保しておきたい。
 本格的な嵐になったら数日間は、閉じ込められる可能性がある」



 「やっぱり擬似好天だったのかなぁ。
 悪天候が終わり回復したとばかり思っていたが、天気図を読み損なったようだ。
 本格的な夏登山が始まる前に、登山道を整備しておこうなんて、
 甘く考えたのが裏目に出た。
 擬似天候は、冬の日本海側に見られる現象だからと油断したせいだ。
 麓の気象台は、どんな見通しを連絡してきた?」


 擬似好天とは悪天候と悪天候の間に短時間だけ、良い天候になることを言う。
悪天候が終わり、すっかり好天になったかのように錯覚させる。
そのため。このような名前がつけられた。
冬の日本海側によく見られる気象現象だ。
大陸から流れてくる低気圧が、日本海上で気流の乱れを起こす。
2つ以上の低気圧が同時に発生して、上陸した時などによく発生する。


 擬似好天は魔の気象。
山のベテランでも騙されて、命を落としてしまうことがあると言う。
もっとも注意を要する気象のひとつ、と言われている。

(64)へつづく

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