赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (66)
雷鳴の中で

雷鳴は、空中で放電現象が発生したときに生じる音のことで、
地面に落下したときの衝撃音ではない。
放電の際に放たれる膨大な熱量が、周辺の空気を急速に膨張させる。
勢いが音速を超えた時、衝撃波が発生して、雷鳴になる。
稲妻は光速で伝わる。ほぼ瞬時に到達する。
これに対し雷鳴は音速で伝わっていくため、稲妻よりかなり遅れて到達する。
発生した場所が遠いほど、雷鳴までの時間が長くなる。
そのため到達までの時間を計れば、おおよの距離を把握することができる。
「間違いねぇな。雷は確実にここへ、近づいてきているようだ・・・」
2人の作業員が逃げ込んだ三国の避難小屋へ、下山中の登山客が
数名、雷鳴に追われるように駆け込んできた。
「上の尾根で、横に走り抜けていく稲妻を見た。
あんな凄い稲妻は、生まれて初めてだ。
ガスの切れ間にここの避難小屋が見えた時、まさに地獄に仏の心境でした。
無事にたどり着くことができて、ようやく、ひと安心です」
ほっとした表情を見せた登山客が、ようやく安堵の胸をなでおろす。
「麓の気象台から、なにか言って来たか?」
作業員のひとりが、電話を終えたひげの管理人へ声をかける。
『芳(かんば)しくない。悪天候が長引きそうだということだ』
ヒゲの管理人が難しい顔で、ぐるりと一同を見回す。
「気象がめまぐるしく、変っているそうだ。
やっかいなことに、日本海上にまた新しい低気圧が発生した。
こいつが、今の低気圧に続いてこっちへ移動してくる。
となると天候の回復は、当初の予定以上に長引くことになりそうだ」
「天候は悪くなる一方か。そうなると長い籠城戦になる。
食糧はどうだ。充分にあるか。長期戦に耐えられそうか?」
「数日前に荷物を担ぎ上げたばかりだ。
この人数になっても、一週間くらいなら、底をつくことはないだろう。
ただ、少しばかり気になることがある・・・・」
「気になること・・・?。何だ、気になることと言うのは。。
1時間ほど前に下っていった、例の、あの女の子達のことが気になるのか?」
「うん。無事に下まで降りきってくれていると、いいんだがなぁ。
どうも微妙なような気がしてならない。
立ち往生したとしても、どこかで無事に避難してくれているといいんだがな」
雷鳴がとどろく窓の外を見つめながら、ヒゲの管理人がため息を漏らす。
ヒゲの管理人が窓の外へ視線を走らせていた、ちょうどその頃。
寝袋の中に潜り込み、青いビニールシートで雨よけを作った恭子と清子が
徐々に近づいてくる雷鳴に、不安を覚えていた。
これ以上密着出来ないほど、寝袋の中で、お互いの身体を寄せ合っていた。
ガスが薄れていく気配は無い。
冷え込んできた空気が2人の顔に、冷たい水滴を落としていく。
昼の12時を過ぎたばかりだというのに、まるで夜が迫って来たような暗さが、
2人の頭上に降りてきた。
「お姉ちゃん。まるで、日暮れのような暗さになってきました。
いったい、どうしたというのでしょう?」
「発達した雷雲がやってきたのか、それとも低気圧の雲が、
私たちの頭上にやってきたか、そのどちらかだろう。
残念ながら事態はどうやら、楽観を許さなくなってきたようだね、清子」
「楽観を許さない事態・・・・?」
寝袋の中で、清子が身体を固くする。
清子の顔に、あきらかな不安と恐怖の色が浮かんできた。
ハンカチを取り出した恭子が、そっと清子の濡れた顔へあてる。
「怖くないよ、清子。
ほら。綺麗なお前の顔が、霧雨に濡れてしまって台無しだ。
女はどんな時でも、身だしなみを忘れちゃいけない。
正直に言うけどね。わたしたちのピンチは、まだ、始まったばかりだ。
この先がどうなるのか、わたしにはわからない。
何ができるのかもわからない。
でもね。どうしたら助かるのか、そのことをいま一生懸命、考えている」
「助かるよね、わたしたち・・・」
「きっと助かる。
でもね今は、とにかく落ち着いて、じっくり耐えて、この場で踏ん張ろう。
きっとどこかに、助かる道は有る。
いまの私たちには、まだ、助かる道が見えていないだけのことです。
それを信じて迂闊に動かず、じっと耐えて行動しょうね。清子」
不安そうな恭子の瞳が、暗さが増していく頭上を見上げる。
ガスが漂よう空は、時間とともに明るさが消えていく。
秋の落日のような速さで、2人のまわりが暗くなっていく。
遠くに聞こえていた雷鳴が、至近距離で大きく響くようになってきた。
(ホントに助かるんだろうか、わたしたち・・・)
恭子の両手が、小刻みに震えている清子の身体をしっかり抱きしめる。
(67)へ、つづく
落合順平 作品館はこちら
雷鳴の中で

雷鳴は、空中で放電現象が発生したときに生じる音のことで、
地面に落下したときの衝撃音ではない。
放電の際に放たれる膨大な熱量が、周辺の空気を急速に膨張させる。
勢いが音速を超えた時、衝撃波が発生して、雷鳴になる。
稲妻は光速で伝わる。ほぼ瞬時に到達する。
これに対し雷鳴は音速で伝わっていくため、稲妻よりかなり遅れて到達する。
発生した場所が遠いほど、雷鳴までの時間が長くなる。
そのため到達までの時間を計れば、おおよの距離を把握することができる。
「間違いねぇな。雷は確実にここへ、近づいてきているようだ・・・」
2人の作業員が逃げ込んだ三国の避難小屋へ、下山中の登山客が
数名、雷鳴に追われるように駆け込んできた。
「上の尾根で、横に走り抜けていく稲妻を見た。
あんな凄い稲妻は、生まれて初めてだ。
ガスの切れ間にここの避難小屋が見えた時、まさに地獄に仏の心境でした。
無事にたどり着くことができて、ようやく、ひと安心です」
ほっとした表情を見せた登山客が、ようやく安堵の胸をなでおろす。
「麓の気象台から、なにか言って来たか?」
作業員のひとりが、電話を終えたひげの管理人へ声をかける。
『芳(かんば)しくない。悪天候が長引きそうだということだ』
ヒゲの管理人が難しい顔で、ぐるりと一同を見回す。
「気象がめまぐるしく、変っているそうだ。
やっかいなことに、日本海上にまた新しい低気圧が発生した。
こいつが、今の低気圧に続いてこっちへ移動してくる。
となると天候の回復は、当初の予定以上に長引くことになりそうだ」
「天候は悪くなる一方か。そうなると長い籠城戦になる。
食糧はどうだ。充分にあるか。長期戦に耐えられそうか?」
「数日前に荷物を担ぎ上げたばかりだ。
この人数になっても、一週間くらいなら、底をつくことはないだろう。
ただ、少しばかり気になることがある・・・・」
「気になること・・・?。何だ、気になることと言うのは。。
1時間ほど前に下っていった、例の、あの女の子達のことが気になるのか?」
「うん。無事に下まで降りきってくれていると、いいんだがなぁ。
どうも微妙なような気がしてならない。
立ち往生したとしても、どこかで無事に避難してくれているといいんだがな」
雷鳴がとどろく窓の外を見つめながら、ヒゲの管理人がため息を漏らす。
ヒゲの管理人が窓の外へ視線を走らせていた、ちょうどその頃。
寝袋の中に潜り込み、青いビニールシートで雨よけを作った恭子と清子が
徐々に近づいてくる雷鳴に、不安を覚えていた。
これ以上密着出来ないほど、寝袋の中で、お互いの身体を寄せ合っていた。
ガスが薄れていく気配は無い。
冷え込んできた空気が2人の顔に、冷たい水滴を落としていく。
昼の12時を過ぎたばかりだというのに、まるで夜が迫って来たような暗さが、
2人の頭上に降りてきた。
「お姉ちゃん。まるで、日暮れのような暗さになってきました。
いったい、どうしたというのでしょう?」
「発達した雷雲がやってきたのか、それとも低気圧の雲が、
私たちの頭上にやってきたか、そのどちらかだろう。
残念ながら事態はどうやら、楽観を許さなくなってきたようだね、清子」
「楽観を許さない事態・・・・?」
寝袋の中で、清子が身体を固くする。
清子の顔に、あきらかな不安と恐怖の色が浮かんできた。
ハンカチを取り出した恭子が、そっと清子の濡れた顔へあてる。
「怖くないよ、清子。
ほら。綺麗なお前の顔が、霧雨に濡れてしまって台無しだ。
女はどんな時でも、身だしなみを忘れちゃいけない。
正直に言うけどね。わたしたちのピンチは、まだ、始まったばかりだ。
この先がどうなるのか、わたしにはわからない。
何ができるのかもわからない。
でもね。どうしたら助かるのか、そのことをいま一生懸命、考えている」
「助かるよね、わたしたち・・・」
「きっと助かる。
でもね今は、とにかく落ち着いて、じっくり耐えて、この場で踏ん張ろう。
きっとどこかに、助かる道は有る。
いまの私たちには、まだ、助かる道が見えていないだけのことです。
それを信じて迂闊に動かず、じっと耐えて行動しょうね。清子」
不安そうな恭子の瞳が、暗さが増していく頭上を見上げる。
ガスが漂よう空は、時間とともに明るさが消えていく。
秋の落日のような速さで、2人のまわりが暗くなっていく。
遠くに聞こえていた雷鳴が、至近距離で大きく響くようになってきた。
(ホントに助かるんだろうか、わたしたち・・・)
恭子の両手が、小刻みに震えている清子の身体をしっかり抱きしめる。
(67)へ、つづく
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