落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(19)背番号

2017-08-04 04:54:57 | 現代小説
オヤジ達の白球(19)背番号




 背後が急に静かになった。
さきほどまでの喧騒が、嘘のように静かになった。
入部希望の男たちが岡崎がひろげた紙を、食い入るように見つめている。


 「あら。急に静かになりましたねぇ。
 どうしたんでしょう。今度はいったい、何が始まったんでしょう・・・」

 女が不思議そうに振り返る。
真剣な顔をした男たちが、指名の順番を食い入るように待っている。

 「いいか。公平に行くからな。
 じゃまず、くじを引く順番を決める抽選からだ」

 男たちの真ん中に座った岡崎が、順番を書いた紙を裏返しにテーブルへ置いていく。
男たちの目が岡崎の指先を真剣に追う。
どうやら全員が、1番の紙を狙っているようだ。


 「「どうかしたのですか、皆さん?急に静まり返って・・・」


 女の問いかけに、奥のブロック塀で投球練習をしていたはずの坂上が、
緊張した顔で振り返る。


 「しい~っ。静かにしてくれ。悪いがいま、きわめて取り込み中だ。
 希望の守備位置と背番号を決めているところなんだ。
 だがよ。みんな同じ背番号をほしがって、収集がつかなくなっているんだ」

 「あらら。それは大変な事態ですねぇ。
 みなさん、いったいどんな背番号に集中しているのですか?」

 「一番人気は、なんといっても巨人軍の長嶋茂雄がつけていた背番号3。
 おまけに守備まで、サードに集中している」

 「全員が背番号3で、サードの守備ですか。
 同じ背番号で、たくさんの人がサードに集まっていたら、ゲームになりませんねぇ。
 他には、どんな背番号が人気をあつめているのですか?」

 「松井秀喜の51。イチローの51番も人気だ。
 24番もけっこう人気がある。誰だよいったい、24番をつけていた選手は?」


 「古いところでは、『神様 仏様 稲尾様』の元西鉄ライオンズの稲尾和久さん。
 現役時代のことはよく知りませんが、1シーズンに42勝もあげたそうです。
 中畑清さんが巨人軍時代につけていた背番号も、24です。
 ただしそちらはぜんぶ、野球界での話です」


 「ということは何かい、ソフトには背番号の決まりがあるのかい?」



 「ソフトボールの場合、専用背番号の指定があります※。
 チームの監督さんは、30番。
 主将は10番。コーチは31番と32番。スコアラーは33番と規定されています。
 野球とは違い、背番号0も、00も登録することはできません。
 背番号の上限は、スコアラーがつける33番までです。
 ですから選手は、1番から29番までの範囲で背番号をつけることになります」
 

 「おい。聞いたか、今の話し。
 誰だ。松井の55番が欲しいとか、イチローの51番がいいとほざいているのは。
 無理、無理。ルールで背番号は29番までと決まっているそうだ。
 その数字の範囲内でもう一度、背番号を決めようぜ。
 よかったなぁ。
 おねえちゃんのナイスなアドバイスのおかげで、大恥をかかずに済んだ。
 危機一髪で助かったなぁ、俺たち!」



 もういちど、いちからやり直しだとふたたびテーブルの周りが賑やかになる。

 「うふっ。無邪気なんですねぇ、男の人たちって。
 背番号ひとつでと、そこまでムキになって競い合うなんて。
 うふふ。でも、そんなところもまた、見ていて素敵です」


 美女が祐介の目の前で、目を細めて嬉しそうに笑う。


(笑うとチャーミングだ。この人は!)
その瞬間。なんともいえない美しさを発見した衝撃が、祐介の脳裏を突き抜けていく。


 (いかん。いつもの悪い癖がでてきた。女難の相の前触れだ。
女の仕草に見とれてしまうのは、俺が、惚れこむときの前兆だ。まずいぞ)


 要注意だ。いかんいかん、気をつけなければと祐介が厨房の中で
自分自身に言い聞かせている。



 ※近年のルールの改正により、現在では、2ケタの上限、99まで
  背番号としてつけることができる。
  ただし。0や00はいまでも使用できない。


(20)へつづく

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