オヤジ達の白球(24)千両役者

「詳しいねぇ。もと文学少女は。
江戸庶民の暮らしぶりが目に浮かぶようだぜ。実に博学だ」
「食品の値段も書いてあった。お豆腐は1丁12文で、390円。
お味噌は量によってさまざま。12文から~100文くらいまで差が有る。
いまよりもずいぶん高い。390円から~3250円もするんだから。
お蕎麦は1杯、16文で520円。
お酒はお銚子1本、12文。390円。
そんな中、鰻丼は、1杯が100文で、なんと3250円。
お寿司はひとつ60文。1950円もするから、庶民には手が届かなかった。
銭湯の入浴料は5~12文。160~390円。
床屋・髪結床は30文ぐらいで、1000円程度だった」
「江戸時代。たしか歌舞伎役者の中に、千両役者なんて呼ばれたやつらがいたなぁ。
ということは、そいつらはべらぼうに稼いでいたことになるのか?」
「江戸時代。歌舞伎を中心とする娯楽は盛んだった。良い席は大変に高価だ。
銀25~35匁というから、5万4000円~7万5000円。
庶民が座る「切り落とし」という狭い土間の席でも、1人あたり132文。4290円。
それでも千両役者と呼ばれる人気役者のお芝居は、いつも賑わった。
「千両役者」と呼ばれるスターたちは、文字通り年俸1000両を得ていた役者のことで、
現在のお金に換算すると1億3000万円くらいになる。
「1億円プレーヤー」と言われている、今の一流プロスポーツ選手と同じだね。
高収入の人たちが江戸時代にもいたことになる」
「ということは当時の1両は、13万円前後。
内済金の金額七両二分は、100万円の示談金ということになる。
なるほどねぇ。男と女の火遊びの精算は、今も昔もけっこう高くつくんだな」
「『剣客商売シリーズ』に、さまざまな江戸市民たちが登場する。
老中・田沼意次の絶頂期、武士たちが官僚化していく。
そんな中。あえて剣の世界を生きていく親子のこだわりを描いた作品、それが『剣客商売シリーズ』さ。
池上の三大作品のひとつとして、たかい評価を受けている」
「おう。それなら見た見た!。
藤田まことが演じた3代目『剣客商売』の秋山小兵衛は面白かったし、渋かった。
片田舎に住みながら、おはるという40歳も年下の女に手をつける。
この若い娘がのちに小兵衛の妻になる。なんともけっこうな果報者だ。
必殺シリーズとはまた一味違う役柄だったなぁ、あのときの藤田まことの演技は。
ひょうひょうとした演技に、妙に迫力と説得力があった・・・」
「あら。話が噛み合ってきたわねぇ。
あんたは、ギャング映画か、スポーツ番組しか見ないと思い込んでいたけど」
うふふとカウンターで、陽子が笑う。
「失礼だな。お前さんと違って俺は本はあまり読まない。
しかし。たまには本格的な時代劇も、出てくる俳優しだいでしっかりと見る」
恐れ入ったかと祐介が、鼻を鳴らす。
せっかくだから一杯飲むかと祐介が、ビール瓶とグラスを片手に厨房から出てくる。
「悪くないね」陽子が、もういちど笑顔を返す。
じゃ乾杯しょうと祐介が、ドカリと陽子の隣に腰をおろす。
「あら。何の乾杯?。
いまのところ、お祝いされることなんか、全く思い当たらないけどなぁ・・・・」
「お前さんの、そのそそっかしさに乾杯しょう。
ガラクタだらけの路地道でドジを踏み、痛めちまったおまえさんの足に乾杯だ。
大丈夫か?。痛むようなら、帰り道は俺が背負ってやるぜ」
「湿布が効いてきたから、なんとか歩けると思う。
駄目ならそのときは言葉に甘えて、あんたの背中を借りる。
そのかわり、はっきり言うけど見返りはないよ。
身体で払えと言われたって、もう、とっくに賞味期限は切れてる。
昔はけっこう濡れたけど、今はまったく濡れないよ。
いまはオシッコするだけの道具だ。
あら・・・色気がないなぁ。
こんな夜更けに、初恋の男と二人きりだというのに・・・・」
「そんな風におまえさんは、燃え上がった火をサラリと消すのが上手だ。
おお昔から・・・・」
一杯いけと、祐介がビール瓶を持ち上げる。
「それよりさ。さっきの剣客商売シリーズの続きを教えろ。
なんだか面白そうだ。ひよっとしたら酒の肴になるかもしれん。興味が出てきた」
カチリとビールグラスを鳴らし、祐介が、陽子の顔をのぞきこむ。
(25)へつづく
落合順平 作品館はこちら

「詳しいねぇ。もと文学少女は。
江戸庶民の暮らしぶりが目に浮かぶようだぜ。実に博学だ」
「食品の値段も書いてあった。お豆腐は1丁12文で、390円。
お味噌は量によってさまざま。12文から~100文くらいまで差が有る。
いまよりもずいぶん高い。390円から~3250円もするんだから。
お蕎麦は1杯、16文で520円。
お酒はお銚子1本、12文。390円。
そんな中、鰻丼は、1杯が100文で、なんと3250円。
お寿司はひとつ60文。1950円もするから、庶民には手が届かなかった。
銭湯の入浴料は5~12文。160~390円。
床屋・髪結床は30文ぐらいで、1000円程度だった」
「江戸時代。たしか歌舞伎役者の中に、千両役者なんて呼ばれたやつらがいたなぁ。
ということは、そいつらはべらぼうに稼いでいたことになるのか?」
「江戸時代。歌舞伎を中心とする娯楽は盛んだった。良い席は大変に高価だ。
銀25~35匁というから、5万4000円~7万5000円。
庶民が座る「切り落とし」という狭い土間の席でも、1人あたり132文。4290円。
それでも千両役者と呼ばれる人気役者のお芝居は、いつも賑わった。
「千両役者」と呼ばれるスターたちは、文字通り年俸1000両を得ていた役者のことで、
現在のお金に換算すると1億3000万円くらいになる。
「1億円プレーヤー」と言われている、今の一流プロスポーツ選手と同じだね。
高収入の人たちが江戸時代にもいたことになる」
「ということは当時の1両は、13万円前後。
内済金の金額七両二分は、100万円の示談金ということになる。
なるほどねぇ。男と女の火遊びの精算は、今も昔もけっこう高くつくんだな」
「『剣客商売シリーズ』に、さまざまな江戸市民たちが登場する。
老中・田沼意次の絶頂期、武士たちが官僚化していく。
そんな中。あえて剣の世界を生きていく親子のこだわりを描いた作品、それが『剣客商売シリーズ』さ。
池上の三大作品のひとつとして、たかい評価を受けている」
「おう。それなら見た見た!。
藤田まことが演じた3代目『剣客商売』の秋山小兵衛は面白かったし、渋かった。
片田舎に住みながら、おはるという40歳も年下の女に手をつける。
この若い娘がのちに小兵衛の妻になる。なんともけっこうな果報者だ。
必殺シリーズとはまた一味違う役柄だったなぁ、あのときの藤田まことの演技は。
ひょうひょうとした演技に、妙に迫力と説得力があった・・・」
「あら。話が噛み合ってきたわねぇ。
あんたは、ギャング映画か、スポーツ番組しか見ないと思い込んでいたけど」
うふふとカウンターで、陽子が笑う。
「失礼だな。お前さんと違って俺は本はあまり読まない。
しかし。たまには本格的な時代劇も、出てくる俳優しだいでしっかりと見る」
恐れ入ったかと祐介が、鼻を鳴らす。
せっかくだから一杯飲むかと祐介が、ビール瓶とグラスを片手に厨房から出てくる。
「悪くないね」陽子が、もういちど笑顔を返す。
じゃ乾杯しょうと祐介が、ドカリと陽子の隣に腰をおろす。
「あら。何の乾杯?。
いまのところ、お祝いされることなんか、全く思い当たらないけどなぁ・・・・」
「お前さんの、そのそそっかしさに乾杯しょう。
ガラクタだらけの路地道でドジを踏み、痛めちまったおまえさんの足に乾杯だ。
大丈夫か?。痛むようなら、帰り道は俺が背負ってやるぜ」
「湿布が効いてきたから、なんとか歩けると思う。
駄目ならそのときは言葉に甘えて、あんたの背中を借りる。
そのかわり、はっきり言うけど見返りはないよ。
身体で払えと言われたって、もう、とっくに賞味期限は切れてる。
昔はけっこう濡れたけど、今はまったく濡れないよ。
いまはオシッコするだけの道具だ。
あら・・・色気がないなぁ。
こんな夜更けに、初恋の男と二人きりだというのに・・・・」
「そんな風におまえさんは、燃え上がった火をサラリと消すのが上手だ。
おお昔から・・・・」
一杯いけと、祐介がビール瓶を持ち上げる。
「それよりさ。さっきの剣客商売シリーズの続きを教えろ。
なんだか面白そうだ。ひよっとしたら酒の肴になるかもしれん。興味が出てきた」
カチリとビールグラスを鳴らし、祐介が、陽子の顔をのぞきこむ。
(25)へつづく
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