オヤジ達の白球(26)不謹慎発言

「好きだねぇ、江戸時代の庶民も池上正太郎も。男女の不義密通が!」
「あんたほどスケベじゃないと思うよ。小説の中の話だもの」
「どう言う意味だ。聞き捨てならねえなぁ、陽子!」
「あら、気に障ったかしら。でも、感じたことを素直に口に出しただけのことよ。
ホントはスケベなんでしょう、あんたって?」
「まぁな。大好きとは言わないが嫌いとも言えねな。
第一よ。この世に生まれた男と女は、みんなスケベに出来ているから子供が出来るんだぜ。
生命の再生産は、人類が成し遂げなきゃいけねぇ大切な使命だ」
「よく言うわよ。子供をひとりも作らなったくせに。
そういうあたしも同罪だ。あたしも子どもを産まなかったもの。
でもさ。極道の愛人が子供を産んだら、この子がこのさきどんな人生を送るのか、
産まれる前から、だいたいわかっているからね」
「淋しかねぇのか。これから先、たったひとりで生きていくのは?」
「そういうあんたはどうなのさ?」
「俺は淋しかねぇ。俺にゃこの店が有る。
日暮れになると酒が飲みたくて集まって来る、常連のよっぱらいどもが居る」
「いつまで商売をつづけるつもりなの?」
「生きている限りは現役だ。のんべぇも、酒が呑めなくなったらそこでお終いだ。
この世にのんべぇがいるかぎり俺の仕事も、死ぬまで生涯、現役だ」
「ふぅ~ん。じゃ、あたしが手伝ってあげようか。
そこへ置いてある忘れ形見の割烹着を着て、カウンターの中から、
のんべぇたちに愛嬌をふりまいてあげる」
陽子の目が、厨房の隅に置いてある割烹着へ飛ぶ。
女房が愛用していた白の割烹着だ。
すでに役目は終わっている。だが捨てることも出来ず、いつも女房が置いていた位置へ
いまでもそのままそっと置いてある
「駄目だ。女房が愛用していた割烹着だ。他人に貸すつもりはねぇ」
「今は他人でも、結婚すれば女房だ。
そうなれば、そこへ置いてある割烹着をあたしが着ても、別に何の問題もないだろう?」
「正気か?。本気でそんなことを言ってんのか、おめぇは?」
「本気と言ったら、あんたはいったいどうするの?」
「いそいで市役所へ行く。婚姻届けの用紙をもらってくる。
ついでに、散婚届けもいっしょにもらってくる」
「それはいい考えだ。結婚しなきゃ離婚することもできない。
でもさ。わたしと長くつづかないって、どうしてあんたはそう思うのさ?」
「俺の性格と、お前の気性だ。
どこからをどう考えても、絶対に長くつづくはずがねぇ」
「わかっているじゃないの。
それでもさ。本当はわたしと一度くらい、結婚してもいいと考えているんだろ?」
「考えていないと言えば嘘になる。だがその気が有ると言えば、それもウソになる。
一緒に暮らしてみなければわかんねぇだろう。男と女の相性なんか。
でもよ。それを考えると、女を口説くのが重くなる」
「あたし、床は上手だよ。それにさ、見かけによらずしつこいよ」
「おいおい。なんとも不謹慎すぎる発言だな。
誰も居ないからいいようなものを、よく恥ずかしくもなく、そういうことを
男に向かって平然と言えるよな・・・信じられないぜ、まったく」
「あら・・・調子に乗り過ぎて、ついホントのことを言っちゃった・・・」
(これだもんな。おれたちは絶対に、一緒になんかなれないはずだ)
ビールを飲んでいた祐介が、苦笑を洩らす。
「だってしょうがないでしょ。ぜんぶ、ホントのことだもの」
ヒョイと伸びてきた陽子の指が、祐介の手からビールの瓶を奪い取る。
(27)へつづく
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「好きだねぇ、江戸時代の庶民も池上正太郎も。男女の不義密通が!」
「あんたほどスケベじゃないと思うよ。小説の中の話だもの」
「どう言う意味だ。聞き捨てならねえなぁ、陽子!」
「あら、気に障ったかしら。でも、感じたことを素直に口に出しただけのことよ。
ホントはスケベなんでしょう、あんたって?」
「まぁな。大好きとは言わないが嫌いとも言えねな。
第一よ。この世に生まれた男と女は、みんなスケベに出来ているから子供が出来るんだぜ。
生命の再生産は、人類が成し遂げなきゃいけねぇ大切な使命だ」
「よく言うわよ。子供をひとりも作らなったくせに。
そういうあたしも同罪だ。あたしも子どもを産まなかったもの。
でもさ。極道の愛人が子供を産んだら、この子がこのさきどんな人生を送るのか、
産まれる前から、だいたいわかっているからね」
「淋しかねぇのか。これから先、たったひとりで生きていくのは?」
「そういうあんたはどうなのさ?」
「俺は淋しかねぇ。俺にゃこの店が有る。
日暮れになると酒が飲みたくて集まって来る、常連のよっぱらいどもが居る」
「いつまで商売をつづけるつもりなの?」
「生きている限りは現役だ。のんべぇも、酒が呑めなくなったらそこでお終いだ。
この世にのんべぇがいるかぎり俺の仕事も、死ぬまで生涯、現役だ」
「ふぅ~ん。じゃ、あたしが手伝ってあげようか。
そこへ置いてある忘れ形見の割烹着を着て、カウンターの中から、
のんべぇたちに愛嬌をふりまいてあげる」
陽子の目が、厨房の隅に置いてある割烹着へ飛ぶ。
女房が愛用していた白の割烹着だ。
すでに役目は終わっている。だが捨てることも出来ず、いつも女房が置いていた位置へ
いまでもそのままそっと置いてある
「駄目だ。女房が愛用していた割烹着だ。他人に貸すつもりはねぇ」
「今は他人でも、結婚すれば女房だ。
そうなれば、そこへ置いてある割烹着をあたしが着ても、別に何の問題もないだろう?」
「正気か?。本気でそんなことを言ってんのか、おめぇは?」
「本気と言ったら、あんたはいったいどうするの?」
「いそいで市役所へ行く。婚姻届けの用紙をもらってくる。
ついでに、散婚届けもいっしょにもらってくる」
「それはいい考えだ。結婚しなきゃ離婚することもできない。
でもさ。わたしと長くつづかないって、どうしてあんたはそう思うのさ?」
「俺の性格と、お前の気性だ。
どこからをどう考えても、絶対に長くつづくはずがねぇ」
「わかっているじゃないの。
それでもさ。本当はわたしと一度くらい、結婚してもいいと考えているんだろ?」
「考えていないと言えば嘘になる。だがその気が有ると言えば、それもウソになる。
一緒に暮らしてみなければわかんねぇだろう。男と女の相性なんか。
でもよ。それを考えると、女を口説くのが重くなる」
「あたし、床は上手だよ。それにさ、見かけによらずしつこいよ」
「おいおい。なんとも不謹慎すぎる発言だな。
誰も居ないからいいようなものを、よく恥ずかしくもなく、そういうことを
男に向かって平然と言えるよな・・・信じられないぜ、まったく」
「あら・・・調子に乗り過ぎて、ついホントのことを言っちゃった・・・」
(これだもんな。おれたちは絶対に、一緒になんかなれないはずだ)
ビールを飲んでいた祐介が、苦笑を洩らす。
「だってしょうがないでしょ。ぜんぶ、ホントのことだもの」
ヒョイと伸びてきた陽子の指が、祐介の手からビールの瓶を奪い取る。
(27)へつづく
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