落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(26)不謹慎発言

2017-08-15 17:44:25 | 現代小説
オヤジ達の白球(26)不謹慎発言



 「好きだねぇ、江戸時代の庶民も池上正太郎も。男女の不義密通が!」


 「あんたほどスケベじゃないと思うよ。小説の中の話だもの」


 「どう言う意味だ。聞き捨てならねえなぁ、陽子!」


 「あら、気に障ったかしら。でも、感じたことを素直に口に出しただけのことよ。
 ホントはスケベなんでしょう、あんたって?」



 「まぁな。大好きとは言わないが嫌いとも言えねな。
 第一よ。この世に生まれた男と女は、みんなスケベに出来ているから子供が出来るんだぜ。
 生命の再生産は、人類が成し遂げなきゃいけねぇ大切な使命だ」


 「よく言うわよ。子供をひとりも作らなったくせに。
 そういうあたしも同罪だ。あたしも子どもを産まなかったもの。
 でもさ。極道の愛人が子供を産んだら、この子がこのさきどんな人生を送るのか、
 産まれる前から、だいたいわかっているからね」

 
 「淋しかねぇのか。これから先、たったひとりで生きていくのは?」



 「そういうあんたはどうなのさ?」

 「俺は淋しかねぇ。俺にゃこの店が有る。
 日暮れになると酒が飲みたくて集まって来る、常連のよっぱらいどもが居る」

 「いつまで商売をつづけるつもりなの?」

 「生きている限りは現役だ。のんべぇも、酒が呑めなくなったらそこでお終いだ。
 この世にのんべぇがいるかぎり俺の仕事も、死ぬまで生涯、現役だ」


 「ふぅ~ん。じゃ、あたしが手伝ってあげようか。
 そこへ置いてある忘れ形見の割烹着を着て、カウンターの中から、
 のんべぇたちに愛嬌をふりまいてあげる」


 陽子の目が、厨房の隅に置いてある割烹着へ飛ぶ。
女房が愛用していた白の割烹着だ。
すでに役目は終わっている。だが捨てることも出来ず、いつも女房が置いていた位置へ
いまでもそのままそっと置いてある


 「駄目だ。女房が愛用していた割烹着だ。他人に貸すつもりはねぇ」

 「今は他人でも、結婚すれば女房だ。
 そうなれば、そこへ置いてある割烹着をあたしが着ても、別に何の問題もないだろう?」

 「正気か?。本気でそんなことを言ってんのか、おめぇは?」

 「本気と言ったら、あんたはいったいどうするの?」


 「いそいで市役所へ行く。婚姻届けの用紙をもらってくる。
 ついでに、散婚届けもいっしょにもらってくる」



 「それはいい考えだ。結婚しなきゃ離婚することもできない。
 でもさ。わたしと長くつづかないって、どうしてあんたはそう思うのさ?」


 「俺の性格と、お前の気性だ。
 どこからをどう考えても、絶対に長くつづくはずがねぇ」

 「わかっているじゃないの。
 それでもさ。本当はわたしと一度くらい、結婚してもいいと考えているんだろ?」

 「考えていないと言えば嘘になる。だがその気が有ると言えば、それもウソになる。
 一緒に暮らしてみなければわかんねぇだろう。男と女の相性なんか。
 でもよ。それを考えると、女を口説くのが重くなる」


 「あたし、床は上手だよ。それにさ、見かけによらずしつこいよ」


 「おいおい。なんとも不謹慎すぎる発言だな。
 誰も居ないからいいようなものを、よく恥ずかしくもなく、そういうことを
 男に向かって平然と言えるよな・・・信じられないぜ、まったく」

 「あら・・・調子に乗り過ぎて、ついホントのことを言っちゃった・・・」

 (これだもんな。おれたちは絶対に、一緒になんかなれないはずだ)
ビールを飲んでいた祐介が、苦笑を洩らす。

 「だってしょうがないでしょ。ぜんぶ、ホントのことだもの」
 
 ヒョイと伸びてきた陽子の指が、祐介の手からビールの瓶を奪い取る。


(27)へつづく

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