オヤジ達の白球(27)12年ものの「山崎」

それから数日後の日曜日。
岡崎が渡良瀬川の河川敷へ、北海の熊を呼び出した。
時刻は午後の5時。
このあたりの川幅はひろい。しかし水の流れは細い。
上流にダムがつくられたためかつての流れが、半減している。
ひろい河川敷に、サッカー場と軟式野球のグランドがある。
隣接する駐車場の片隅に、薄汚れたテニスの壁打ちの壁が残っている。
待つこと10分。
サングラスをかけた熊が自転車にまたがり、駐車場が見渡せる堤防へやって来た。
「なんだよ。急に人を呼び出して。
俺に見せたいものが有るというのは、いったいなんだ?」
堤防に立っていた岡崎が、こっちへ来てくれと熊を手で招く。
「悪いな。実はな、おまえさんを見込んで是非とも、見てもらいたいものが有る」
「見ろと言われても、見えるものといえば、ガキどもがサッカーしてるだけだ・・・
他にはなにも見当たらねぇぞ。
こんな辺鄙な場所へ俺を呼び出して、いったい何を見せるというんだ?」
熊がサングラスを下へずらす。
レンズの下から、不機嫌そうな熊の両目が出てきた。
「ガキのサッカーなんかにゃ、まったく興味はねぇぞ。
あとは何もねぇただの河川敷だ。
何が有るっていうんだ。こんな場所によう・・・」
「そう言うな。まもなく時間だ。
そのうちに、面白いものが観られるから」
「そのうちに?。
なんだ。人を呼び出しておきながら、主役は俺の後から登場するのか?」
「毎日、午後の5時半になると、ある男がここへやって来る。
あらわれるのは、ここから見下ろすことができるテニスの壁打ちの前だ」
「壁打ち?。ああ、駐車場の隅にある、薄汚れたあのコンクリートの壁のことか。
たしかテニスコートは、新しく作られた運動公園へ移動したはずだ。
あんな薄汚れた廃墟、いまじゃ誰も使わねぇだろう。
そんな場所へ毎日、5時半になるとやって来るやつがいるってか?。
呆れたねぇ。なんとも物好きな人物がいるもんだな」
「そう言わずもう少し待ってくれ。面白いものが見られるから」
1杯やるかと岡崎がポケットから、ミニサイズのウィスキー瓶を取り出す。
取り出したのは、シングルモルト 山崎 12年もののミニチュアボトル。
50ミリリットル入り。
「おっ。気がきくねぇ。洒落たものを持っているじゃねぇか。
道理で自転車でやって来いと、何度もしつこく念を押したはずだ。
ごちそうになるぜ。
山崎の12年ものか。いいねぇ、貧乏人には垂涎モノのウィスキーだぜ」
どれ、と熊が土手にどかりと腰をおろす。
織物の町・桐生市は、関東平野の最北端に位置している。
北にそびえる赤城山は谷川連峰を経由して、やがて越後の山並みへつながる。
遠くに見える榛名山と妙義山は、そのまま信州の山並みへとつながっていく。
西に活火山が見える。いまも噴煙をあげている浅間山だ。
ここから見える山容は、まるで富士山とうり二つ。冬には真っ白に雪化粧する。
他県から来た人はこの山を見て、思わず「富士山が見える!」と驚嘆する。
ほんものの富士山が見えないわけでは無い。
前日に強風が吹き荒れ、空気が澄んだ翌日にかぎり、南へつらなる山脈のはずれに、
小さく富士山を見ることができる。
運が良ければ熊が腰を下ろした土手からも、遠くに富士山を臨むことができる。
「お・・・5時半になったぜ。
ほれ。噂の人物が時間通り、テニスの壁の前に現れたぜ」
岡崎が、熊に声をかける。
(28)へつづく
落合順平 作品館はこちら

それから数日後の日曜日。
岡崎が渡良瀬川の河川敷へ、北海の熊を呼び出した。
時刻は午後の5時。
このあたりの川幅はひろい。しかし水の流れは細い。
上流にダムがつくられたためかつての流れが、半減している。
ひろい河川敷に、サッカー場と軟式野球のグランドがある。
隣接する駐車場の片隅に、薄汚れたテニスの壁打ちの壁が残っている。
待つこと10分。
サングラスをかけた熊が自転車にまたがり、駐車場が見渡せる堤防へやって来た。
「なんだよ。急に人を呼び出して。
俺に見せたいものが有るというのは、いったいなんだ?」
堤防に立っていた岡崎が、こっちへ来てくれと熊を手で招く。
「悪いな。実はな、おまえさんを見込んで是非とも、見てもらいたいものが有る」
「見ろと言われても、見えるものといえば、ガキどもがサッカーしてるだけだ・・・
他にはなにも見当たらねぇぞ。
こんな辺鄙な場所へ俺を呼び出して、いったい何を見せるというんだ?」
熊がサングラスを下へずらす。
レンズの下から、不機嫌そうな熊の両目が出てきた。
「ガキのサッカーなんかにゃ、まったく興味はねぇぞ。
あとは何もねぇただの河川敷だ。
何が有るっていうんだ。こんな場所によう・・・」
「そう言うな。まもなく時間だ。
そのうちに、面白いものが観られるから」
「そのうちに?。
なんだ。人を呼び出しておきながら、主役は俺の後から登場するのか?」
「毎日、午後の5時半になると、ある男がここへやって来る。
あらわれるのは、ここから見下ろすことができるテニスの壁打ちの前だ」
「壁打ち?。ああ、駐車場の隅にある、薄汚れたあのコンクリートの壁のことか。
たしかテニスコートは、新しく作られた運動公園へ移動したはずだ。
あんな薄汚れた廃墟、いまじゃ誰も使わねぇだろう。
そんな場所へ毎日、5時半になるとやって来るやつがいるってか?。
呆れたねぇ。なんとも物好きな人物がいるもんだな」
「そう言わずもう少し待ってくれ。面白いものが見られるから」
1杯やるかと岡崎がポケットから、ミニサイズのウィスキー瓶を取り出す。
取り出したのは、シングルモルト 山崎 12年もののミニチュアボトル。
50ミリリットル入り。
「おっ。気がきくねぇ。洒落たものを持っているじゃねぇか。
道理で自転車でやって来いと、何度もしつこく念を押したはずだ。
ごちそうになるぜ。
山崎の12年ものか。いいねぇ、貧乏人には垂涎モノのウィスキーだぜ」
どれ、と熊が土手にどかりと腰をおろす。
織物の町・桐生市は、関東平野の最北端に位置している。
北にそびえる赤城山は谷川連峰を経由して、やがて越後の山並みへつながる。
遠くに見える榛名山と妙義山は、そのまま信州の山並みへとつながっていく。
西に活火山が見える。いまも噴煙をあげている浅間山だ。
ここから見える山容は、まるで富士山とうり二つ。冬には真っ白に雪化粧する。
他県から来た人はこの山を見て、思わず「富士山が見える!」と驚嘆する。
ほんものの富士山が見えないわけでは無い。
前日に強風が吹き荒れ、空気が澄んだ翌日にかぎり、南へつらなる山脈のはずれに、
小さく富士山を見ることができる。
運が良ければ熊が腰を下ろした土手からも、遠くに富士山を臨むことができる。
「お・・・5時半になったぜ。
ほれ。噂の人物が時間通り、テニスの壁の前に現れたぜ」
岡崎が、熊に声をかける。
(28)へつづく
落合順平 作品館はこちら