落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(89) 裏路地の道産娘③ 

2020-04-03 18:40:19 | 現代小説
北へふたり旅(89) 
 
 「君の育った釧路って、どんなところ?」


 「人のすくない道東の町。
 夏は涼しい。暑くても20℃前後。半袖だと肌が寒い日もあるっしょ。
 冬。雪はあまり降らないべ。積もることはまれさ。
 私の家は釧路の町はずれ。ばん馬をそだてる牧場で育ちました」


 「ばん馬?」


 「ばんえい競馬のばん馬です」


 「どさんこじゃないの、北海道の固有種は?」


 「どさんこは北海道で生まれた品種と思われがちだけど、
 ルーツは内地です」


 「えっ・・・どさんこは内地馬なの!」


 「北海道が『蝦夷地』と呼ばれていた時代。
 夏、ニシン漁のためさ内地からおおくのひとがやってきました。
 そのとき東北地方から、南部馬を連れてきたのが始まりだ。
 寒さが厳しくなると人間は内地へ帰るけど、馬はそのまま残されました。
 春になるとまた捕えられて、使役馬として働いた。
 南部馬が北海道の気候さ適応していったのが、どさんこです」


 「なるほど。では、ばん馬はどこから来たの?」


 「ばん馬の祖先は、海外から輸入されたものです。
 北海道を開拓した主役は馬だべさ。
 切り株を引き抜いたり、山から木を運び出すのは馬の役目でした。
 田畑を耕したのも馬です。
 開拓がすすむと、より馬力の強さが求められるようさなった。
 その結果、小柄などさんこではなく、大型の重種馬が開拓の主役さなったしょ。
 おおきなものは体重が1トンをこえます」


 「1トン!。一般的な競走馬・サラブレッドのほぼ倍の体重だ。
 そんな大きな馬が北海道で活躍していたのか」


 「馬たちの能力を競い合った「お祭りばん馬」が、ばんえい競馬の原型。
 2頭の馬に丸太を結び付け、互いに引っ張り合った「ケツ引き」がはじまり、
 といわれてるっしょ」


 ばんえい競馬のコースは200mの直線。
途中に2つの障害(高さ1m、1.6mの坂)がある。
馬はこの障害を乗り越えてゴールを目指す。


 騎手は重りを載せた480㎏~1トン前後の鉄そりに乗り、手綱を操る。
ゴールは鼻先ではなく、そりの後端で決まる。
世界中を探してもこんなルールの競馬はない。


 1トン以上もある重種馬の迫力。
スピードをあらそうだけでなく、農耕馬だった時代と同じ“馬力”を
競うところに面白味が有る。


 「1トンの馬が力を競うあうレースか。見たいな。壮観だろうね」


 「開催地は十勝地方の帯広。帯広はマチ(札幌)から東へ150キロ。
 広々した牧場がわんさかあるっしょ。
 地図の上ではすぐお隣だけんど、途中に日高山脈がそびえていて、
 帯広までの道のりは山越えのルートです」


 「お~い。チャコちゃん。オーダーお願い!」


 奥から常連の声が飛んできた。
「はぁ~い」釧路生まれのどさん娘が、奥へ向かって手をあげる。


 「ごめんなさい。すっかり話し込んでしまいました。
 奥でお客さんが呼んでます。
 お仕事さもどるっしょ」


 どさん娘が軽快な足取りで、奥へ向かって飛んでいく。


(90)へつづく