北へふたり旅(92)
パフェを食べるのは50年ぶり。
高校生の時。学校帰りに入った喫茶店で頼んだ、チョコレートパフェ以来。
あまりの甘さに後悔したが、かろうじて完食した。
しかし、その体験がトラウマになった。
以来、パフェと言えば必ず避ける甘味の筆頭になった。
女子2人は一番人気の「プリンスピーチ」をオーダー。
わたしは「ひまわりの約束」と、スパークリングワインを注文した。
待つことしばし。目の前にいかにも北海道らしいパフェがやってきた。
「プリンスピーチ」は、グラスにふたをするようにモモが敷き詰めてある。
上に乗せてあるお姫様は、クッキーで出来ている。
グラスの中央付近にあるハートの飴(あめ)は、フランボワーズマカロン。
グラスの底にシャンパンクリームが横たわっている。
「なんとも壮観だね。桃のお姫様は」
「ひまわりの約束」も良く出来ている、
ひまわりの花はメレンゲ。茎は飴。
グラスにふたのように乗っているのはシフォンケーキのラスク。
グラスの中に、セロリのジェラートが重なっている。
見事な出来栄えだが、どう食べていいかわからず手が出ない。
「上から食べるのでなく、それ全部かき混ぜて。
ぐちゃぐちゃにしてから食べて下さい」
「えっ・・・これをぐちゃぐちゃにするのか?」
「そう。遠慮しないで、ぐちゃぐちゃさして。
それはそういう食べ方です」
そんなものなのかと、どさん娘を見つめる。
(そんなものです)とどさん娘がすずしい目で笑う。
すこしためらった後。
意を決して具材をすべて、グラスの中へえいとばかり押し込んだ。
メレンゲも飴もラスクもジェラートも、グラスの中でぐちゃぐちゃになる。
すっかり様変わりしたパフェが目の前にあらわれた・・・
「食べてよ。うまいっしょ」
こわごわ手を出す。
スプーンの上に、雪崩で崩壊した具材が山盛りになる。
目をつぶり、えいと口の中へ放り込む。
「うまい! 」
素材が互いを引き立てあっている。まるで冷製スープを食べているようだ。
甘みはある。しかし、それほど気にならない。
確かにこれなら酒の肴になる。
上から少しずつ食べれば、それぞれの味わいを楽しめるが、すべての素材を
混ぜ合わせたときの味や風味まで計算してあるから驚きだ。
「なるほど。札幌の女子が深夜に締めパフェに熱中するのがよくわかる」
「女子だけの文化じゃあらないべ。いまでは男子もわんさやってくる。
ほれあちら。男性だけの団体さんも来てるっしょ」
なるほど。スーツ姿の男性5人組がパフェをうまそうに食べている。
「おばさま。明日のご予定は?」
「札幌へ2泊しますが、明日の予定は未定です」
「あら・・・行き当たりばったりのおとな旅ですか。
それはそれでいいと思いますが、なんだか淋しすぎるっしょ。
せっかく札幌まで来て、観光しないなんて」
「わたし極度の方向音痴なの。
旅先で何処へ行くかは、すべてだんなにまかせています。
どこでもいいの。連れてってもらえれば。
それだけで楽しいの。
こうして元気に、2人でいられるだけで」
「おじさま。明日のご予定は?」
「急ぐことはない。明日、明るくなってから考える」
「呆れました。
おじさまったら、何しにはるばる札幌まで来たのですか!」
どさん娘が口にスプーンをくわえたまま絶句する。
(93)へつづく