落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(90) 裏路地の道産娘④ 

2020-04-06 17:54:35 | 現代小説
北へふたり旅(90) 

 
 「おかしくないか?」


 時計の針が6時を過ぎた頃から、客の数が増えてきた。
毎日通い詰める客も多いという。この店がいかに愛されているか分かる。
空席が見当たらないほど混んで来た。


 向かい席へ、外国からの観光カップルが座った。
50歳前後の夫婦に見える。
どちらも見るからに体格が良い。(肉ばかり食っているとこうなるのかな?)
わたしのささやきに妻が(じろじろ見ると失礼にあたります)
とたしなめる。


 「おかしいよな」ぼそっとつぶやく。


 「何が?」


 「鬼殺しと生ビールの2杯目は来たが、刺身とホッケが出てこない。
 どうなってるんだ。
 忘れたかな、釧路生まれのどさん娘ちゃんが」


 当のどさん娘ちゃんはあちこちから呼ばれ、店の中を走り回っている。
「お姉ちゃん」と呼びとめてみた。
しかし、「はぁ~い」と明るく答えて無視された。


 「忙しそうですね・・・」


 「混んで来たからね。バイト1人では無理がある」


 「6時30分さなると、もう1人来るの。
 ふだんはこったらさ混まないのに、なんで今日さ限って満席なんっしょ」
 
 もうすこし経ったら来ますからと、どさん娘が駆け抜けていく。
6時30分をすぎたころ、もうひとりのアルバイトが姿を見せた。
こちらは細身の金髪だ。


 「ごめんなさい。お待ちどうさま。何っしょ?」


 どさん娘が戻ってきた。
冷房がきいているのに前髪の下のひたいが、汗でひかっている。


 「何か忘れていないか、君」


 「あっ・・・」どさん娘の反応は速かった。


 「わたしったら・・・」すごい勢いで厨房へ飛んでいく。


 どうやら思い当たるようだ。
待つこと3分。てんこ盛りのマグロが目の前にあらわれた。


 「ごめんなさい!。生のマグロは切るだけで間に合ったけど、
 さすがにホッケは焼くまで時間がかかるっしょ。
 もうちょっとお待ちください。
 ほんとさほんと、ごめんなさい!」


 どさん娘がまるでバッタのように頭を下げる。


 「いいよ、いいよ。忙しかったんだ。無理もない」


 「頼まれたのは忙しくなる前だべさ。
 遅くなったのは、厨房へメモを出すのをわすれたわたしのせいです。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 超特急で焼いてくださいと、厨房へ懇願してきました」


 「君、呑める?」


 「は・・・?」


 「お酒は飲める、と聞いてるの」


 「呑めますが・・・」
 
 「じゃ、一杯呑んで。はい」


 なみなみと注いだ酒を、どさん娘の前へ突き出す。


 「本来は禁止されているだけんど、非常事態でしょ、したっけいただきます」


 覚悟を決めたどさん娘が、ぐっとひといきでグラスを呑み干す。
「お見事」思わず妻が手を叩く。
「おう!ブラボ~!」
様子を注視していた外国人カップルが、大きな手で拍手をおくる。


 
(91)へつづく