落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(99)北の赤ひげ②

2020-05-04 17:31:18 | 現代小説
北へふたり旅(99)


 自分なりに元気に歩きはじめた・・・つもりだった。
しかし、疲れはすぐにやってきた。


 改札は無事に通過した。
だがさいしょの階段を中ほどまで降りたとき、重い疲労感がやってきた。
足が止まった。


 「まただ。いったいどうしたんだ・・・足が重い」


 「壁に寄りましょ」


 妻が声をかけた。階段を乗客たちがつぎつぎ降りてくる。
流れをよどませないよう、わたしを壁へと軽く押す。


 「だから言ったのに。無理は禁物ですって」


 「すまん。急に体が重くなってきた」


 「大丈夫ですか?」


 ユキちゃんが心配そうにのぞき込んで来た。


 「喫茶店へ行く前に行かなければならない処ができたようです。
 地下鉄のホームより、地上のほうが近いです」


 来た道を戻り、改札を左へ曲がると地上へ出る階段があります。
先に行きタクシーをつかまえますので、あとからご主人と来てください、
そう言い残し、ユキちゃんが駆けだしていく。


 「身体の不調を見抜いたみたいですね、あの娘」
 
 「身体の不調?・・・
 そんなことあるもんか。ただの旅の疲れだ」


 「戻りましょ。歩けます?。肩、貸しましょうか?」


 妻が踵をかえす。
流れを乱さないよう、壁にそって一歩一歩階段をもどっていく。
妻の携帯が鳴った。地上のユキちゃんからだ。
タクシーを確保したという。


 「急がなくても大丈夫です。
 事情は説明してありますから、ゆっくりあがってきてくださいな」


 「ありがとう。地上へ出る階段が見えてきました。
 でもね。このあたりですこし休ませないと、あがれそうもありません」


 「やっぱり。わたしも応援にもどります」


 ユキちゃんが、地上から戻ってきた。
歩きたいが足がいうことをきかない。
壁に背を付けたまま、5分ほどやすむことにした。
妻がユキちゃんへ語りかける。


 「やっぱりと言ってたけど、何か心当たりがあるのユキちゃんには?」


 「数年前。父も同じような症状になったことがあるの」


 「同じような症状?。どういうこと?」


 「父は仕事が趣味でとにかく丈夫で、病気を知らない人でした。
 わたしが高校2年生の時。とつぜん牛舎の中で調子悪くなったんです。
 そのときの様子とよく似ています」


 「なんの病気だったの?」


 「それはお医者様に診てもらってから。
 いまは何とも言えません。
 どうです、おじさま。歩くことはできそうですか?」


 ユキちゃんが私の顔をのぞきこむ。
回復してきたのですこしは歩けそうだ。
ガラスドアの向こう、地上へつづく階段が見える。
しかし20段余りの階段が、いまは途方もない高さに見える。


 どうしちまったんだ俺の身体は。いったいぜんたい・・・


(100)へつづく