落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(104)北の赤ひげ⑦ 

2020-05-19 14:53:39 | 現代小説
北へふたり旅(104)


 タクシーが札幌駅の北口へ滑りこんだ。
繁華街に面している南口と様子が異なる。
こちらはすこし、閑静な雰囲気がただよっている。


 「駅中へ入るの?」


 「はい。ここがおすすめの場所です」


 札幌駅は駅としての機能だけでなく、おとずれる人が買い物をたのしめる。
商業施設としての役割もはたしている。
4つのショッピングセンターに、600以上の店舗がある。
そのどれかへ行くかと思ったら、西の改札を目指してあるきはじめた。


 東西をつなぐ通路にたくさんのコインロッカーが並んでいる。
コインロッカーの数を見るだけで、駅の観光度がわかる。
そういえば北陸新幹線が開通したばかりの金沢駅で、コインロッカー探しに
苦労したことがあった。
どこを見ても、すべてのコインロッカーが使用中。
一時預かりのフロントも、荷物を預けたい観光客でごった返していた。


 (まいったねぇ。荷物を預けたくても空きがないぞ)


 (新幹線のおかげで、東京から2時間30分で金沢。
 朝早く出れば街中をバスで観光して、夜には東京へ帰れます。
 泊まらなくても観光できるの。
 たぶんそんなひとたちが、きゅうに増えてきたのでしょう)


 (日帰りなら荷物はいらないさ。手ぶらで充分だろう)


 (女はそういうわけにはいきません。
 けっこうな荷物になるのよ。たとえ日帰りの旅行でも)


 (そんなもんか・・・)


 (そんなものです)


 結局、荷物をかかえたまま、近江町市場を歩いたことを思い出した。
先頭を歩いていたユキちゃんが、とつぜん振り返った。
 
 「そういえばおじさま。やっぱしユンケルが効いたのかしら。
 さきほどからずんぶ、元気さ歩いてるっしょねぇ」


 「おっ・・・言われてみればその通りだ。
 効くんだねぇ一本千円のユンケルは。名医だ。北の赤ひげ先生は」


 「さきほどまで藪医者だと言ってたくせに。
 勝手すぎますねぇ。あなたったら」


 「歩けるのはありがたい。
 明日は特急と新幹線を乗り継いで、いっきに群馬まで帰るようだからな。
 旅の4日目は、ほとんど電車の中、ということになる」


 「群馬までどのくらいかかるべか?」


 「10時30分発のスーパー北斗で、3時間30分。
 新函館北斗駅で北海道新幹線に乗り換えて、仙台まで約3時間。
 仙台から東北新幹線に乗り換えて、宇都宮まで1時間と少し。
 宇都宮から小山駅まで20分。
 さいごはローカル線の両毛線にゆられて、1時間。
 乗り継ぎの時間もいれておよそ10時間かかる」


 「なして途中で新幹線を乗り換えるのですか?」
 
 「北海道新幹線は宇都宮では停まらない。
 仙台を出た後、栃木県をスルーして埼玉県の大宮まで行く。
 ローカル線の両毛線に乗るために、いちど仙台でのりかえる必要がある。
 不便なんだよ。北関東のへき地に住んでいると」


 「それは大変っしょ。
 新千歳から羽田まで、飛行機なら1時間半。
 わざわざ汽車を何本も乗り継いで群馬へ帰るのは、何かわけでもあるっしょか?」


 ユキちゃんの疑問に、妻が横から口を出す。


 「実はね、わたし、高所恐怖症で飛行機が苦手なの。
 だから移動はつねに新幹線。
 そうよね。飛行機ならたったの1時間半。羽田から群馬まで電車で2時間。
 4時間もあれば帰れるのにわざわざ10時間かけて帰るのよ。
 急がない人生もあるの。
 大人のぜいたくと言うのかしら。こういう旅を。うふっ」
 
 「大人のぜいたくですか・・・なるほど。素敵っしょ」
 


(105)へつづく