落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(102)北の赤ひげ⑤

2020-05-13 14:38:06 | 現代小説
北へふたり旅(102)

 
 「驚いた。薬は出さない。
 心配だったらユンケル皇帝液を呑めば大丈夫、なんて言いだした。
 大丈夫か、あの医者は・・・」
 
 「うふ。いつもそうなんだべさ。あの先生」


 診察が終ったあと。
あるいて5分ほどの、学生たちが集まる喫茶店へ移動した。


 「よかったじゃないの。たいしたことなくて」


 妻は紅茶をかきまぜながらほほ笑んでいる。


 「他人事だと思って冷静だね。君は」


 「だってぇ。
 大病院へ行っていたら診察待ちで、まだ時間を浪費している頃です。
 ユキちゃんの機転のおかげで短時間で済んだのよ。
 感謝しなさい。ユキちゃんと赤ひげ先生に」


 「赤ひげ先生?。
 さっき診察してくれたのは藪医者じゃなくて、赤ひげだというのか?」


 「正真正銘の赤ひげ先生、だそうです。
 ねぇユキちゃん」


 「はい。赤ひげ大賞というのを知っていますか?。おじさま」


 「赤ひげ大賞?。なんだそれ」


 「信じられないっしょけどあの先生。
 北海道のかかりつけ医を代表して、第一回の赤ひげ大賞を受賞しているっしょ」
 


 赤ひげ大賞は地域のかかりつけ医たちの奮闘を表彰するものとしてはじまった。
主催は日本医師会と産経新聞。


 「旭川より北に医師は来ませんから」。
その旭川以北の勤務地へ挑んだのは、いまから30年前のこと。
出身は東京。すんなり医者にはなれなかった。
2年間の浪人ののち、さいしょに受かったのは山形大学の医学部。
スキーが大好き。そのため勤務地はもっと北がいいと思っていた。


 さいしょに赴任したのは風連。一年の半分が冬といわれる北海道で
内陸地の風連は、厳寒の地として知られている。
旭川から宗谷本線で北へ向かう。
1両編成のディーゼルカーに2時間揺られ、風連駅へ着く。


 駅からひろがる風景はいちめん真っ白。
除雪で出来た2メートルの雪壁が、ずっとどこまでもつづいている。


 「今日はあたたかくてよかったです。20℃ありますから。
 昨日は25℃でした」


 むろん氷点下の話だ。


 着任以来、一人体制でひたすら頑張った。
外来診療、在宅医療、ケアハウスや老人介護施設の入所者への訪問。
さらに特別養護老人ホームの嘱託医や、学校保健医としても活動。
出勤する人のため毎月1回、朝7時からの早朝診療も実施した。


 内陸部のへき地診療を25年間つづけた。
さいきん北大の医学部から呼ばれ、札幌の地域医療をになう病院へやってきた。


 「騙されたと思って呑んでください。はい」


 妻が1000円で買って来たユンケル皇帝液の箱を差し出す。
(箱はおおきい)開けてみる。予想外の30mlの小さな瓶があらわれた。


 (小さいぞ。ほんとに効くのか、こんな小瓶が・・・)


 ひとくちぐっと流し込む。液体がのどをくだっていく。
ほのかに漢方の味がした。


 (これで効いたら安いものだ)


(103)へつづく