落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(105)北の赤ひげ⑧ 

2020-05-22 18:14:44 | 現代小説
北へふたり旅(105)


 「こちらだべ」ユキちゃんがアンテナショップの前で立ち止まる。
北海道どさんこプラザと書いてある。
コンビニよりすこし大きな店構えだ。


 「こんなところにぜんぶ揃っているの?」


 「こんなところだから全部そろっているっしょ」


 定番みやげの菓子。毛ガニをはじめとする海産物と加工品。
チーズ、バター、地酒、ビール、ワイン・・・
なるほど。コンパクトな中に、北海道らしい品物がこれでもかとばかり並んでいる。
これならリクエストされた土産のほとんどが手に入りそうだ。


 「土産はぜんぶ揃いそうだ。
 ユキちゃん。もうひとつ教えてくれないか。
 少し疲れた。ひと休みしたい。ちかくにそんな場所があるかな?」
 
 「たっぷり歩いていますからねぇ。
 ユンケルを過信し過ぎて無理すると、あとで祟るっしょ。
 すぐそこの通路を右へすすむと、喫茶店があります」


 「じゃ、わたしはそこで待っている。
 わるいが買い物は、きみたちだけでかたずけてくれ」


 そうね。そのほうが賢明ですと妻がうなずく。
女2人を置いてユキちゃんに教えられた通路を、奥へすすむ。
店はすぐみつかった。それほど中は混んでいない。
席へ座るなり、すぐに店員がやって来た。
 
 「アイスコーヒーをひとつ」


 「はい」とこたえて店員が奥へ消えていく。


 こんな風にオーダーする店は久しぶりだ。
ゆっくり流れそうな時間ががここちよい。
ガラス越しの通路へ目をやる。
人が流れていく。
しかし、誰も店の中へ目を向けない。
目を前に向けたまま、目的地へ向かってすすんでいく。


 (リタイヤしている旅人に、誰も興味をもたないか・・・)


 自嘲気味につぶやいたとき、
「おまちどうさま」とアイスコーヒーがやってきた。
「ありがとう」と言えば、「ごゆっくり」と立ち去っていく。


 こんな状態になるとは、自分でも思っていなかった。
2日目の後半から身体の疲れを感じていた。
慣れない長旅のせいだろう。そんな風に思い込んでいた。
まさかこんなところで不整脈の診断を受けるとは、夢にも思っていなかった。


 (まいったな。不整脈だってさ・・・)


 どうする?、と自分に問いかける。


 3人兄弟の長男だった父は心臓の病気で、70代半ばで亡くなった。
次男も三男もおなじように、心臓の病で亡くなっている。


 (わが家は心臓病の家系だからな・・・)


 ひとくち呑んだコーヒーがみょうに苦い。


 (口までおかしくなったかな・・・いや。そんなバカな)


 あわてて否定した時。ガラスのむこうに妻とユキちゃんの姿が見えた。


 
(106)へつづく