落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(107)メロン記念日②

2020-05-28 14:00:41 | 現代小説
北へふたり旅(107)


 「この味がいいね」と君が言ったから、8月27日はメロン記念日」


 「何。それ?」


 「俵万智。1987年に発売されたサラダ記念日。そこからの盗作」


 「あら。懐かしいです、俵万智。
 『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ。
 ハンバーガーショップの席を立ち上がるように 男を捨ててしまおう、
 という作品も好きでした」


 「そういえば、
 おしまいにするはずだった恋なのに しりきれとんぼにしっぽがはえる。
 なんて作品もあったね」




 「えっ。いったいなんのお話ですか?」


 ユキちゃんがキョトンと振りかえる。
無理もない。
40代から上の年齢層なら知っているが、平成生まれは俵万智を知らない。


 「サラダ記念日は、280万部のベストセラー。
 口語体で現代短歌を詠んだ人、それが俵万智というひと」


 「へぇぇ・・・」


 「ここだけの話、サラダ記念日に裏話が有る。
 ご本人がのちに、サラダではなく「鶏の唐揚げ」だったと種明かしした。
 いつもの鶏の唐揚げをカレー風味でアレンジしたら、当時つきあっていた彼が
 「おっ、この味いいね」と褒めてくれたそうだ。
 夏のきらめきのように、パッと華やぐ女性の笑顔が連想できる一句。
 みずみずしさが、なんとも素晴らしい。
 彼女はこの一句で時の人になった」
 
 「こちらにも、みずみずしいメロンがたくさん並んでいます」


 妻がウィンドウを指さす。
贈答用の秀品が、これでもかと棚一杯に並んでいる。


 「いいね。どれも美味しそうだ。ユキちゃん。どれがいい?」


 「わたしにですか。もったいないっしょ。高すぎます」


 「遠慮することはない。どれでもいいから選んでくれ。
 君にプレゼントする」


 棚にならんでいるメロンは、1玉4000円から5000円。
高値で取引される夕張メロンから比べれば、ほぼ半値に近い金額だ。


 「贈答用メロンの売り場ではなく、地下へいきましょ」


 「地下?。デパートの地下といえば食品売り場だ。
 そんな場所でメロンなんか売っているの?」


 「はい。わたしのためのメロンが、たぶんそこで売られているっしょ」


 ユキちゃんがデパ地下へむかうエレベーターを指さす。
なぜデパートの食品売り場が地下に作られるようになったのか。
最大のメリットは、食品売り場に欠かせない水道やガス、電気などの
配管や設備が上階よりずっと低コストで済むからだ。


 また地下鉄や地下の駐車場から人を集めるのも容易。
地下から人を吸い上げ、上の階へ人を導く策略を噴水効果と呼ぶ。


 「どうやらさいきんのメロン記念日は、地下にあるらしい」
 
 「そのようですね。サラダ記念日の発刊から33年。
 時代はずいぶん変わりましたから」




(108)へつづく