つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(114)車の運転
翌朝6時。
昨夜遅く勇作のベッドへ潜り込んで来たすずが、夜明けとともに動きはじめる。
2段ベッドの下の段。小々狭いスペースに、すずと勇作が重なり合うようにして眠った。
カムロードには、収納式のベッドが上下2段の形で備え付けてある。
大型車なら1,850mm×1,400mmの大きなベッドを、後部に設置することができる。
車内の前半分を食事と団らんのための場として確保し、後ろ半分を
睡眠のための空間として分離して使える。
だが中サイズのトヨタのカムロードでは、こうした配置に無理がある。
車体の横幅を生かして、80センチの幅の2段ベッドを最後尾部分に組み込む。
こうすることでスペースの前部に、快適な空間が生まれる。
静かに回るFF式の暖房機は強力だ。車内の空気も、それなりに温まる。
しかしベッドの中の足元までは温まらない。
ベッドへ潜り込んだすずが、「冷たすぎます!私の足が」と悲鳴を上げる。
靴下を脱いだ途端、すずの指先は、氷のように冷えてくる。
枕を抱えたすずが、するりと勇作のベッドへ降りてきた。
「おいおい。俺はおまえの、湯たんぽか?」
「駄目なの。あたしって。足の指が冷えると、それだけで眠れなくなるの。
あなたの足は、ぽかぽかしていて温かいんだもの。
うふふ、やっぱり居心地がいいわぁ~。あなたの隣は」
日の出の時間は6時50分。表にはまだ、夜の帳(とばり)が降りたままだ。
上半身を起こしたすずが、あわてて靴下を、2枚かさねて履く。
1枚のままでは歩き始めた瞬間から、指先が冷えはじめるからだ。
「大変だね」と笑うと、「もう58年も、こんなわたしとお付き合いをしています。
面倒ですが、それなりに、すっかり慣れました」とすずが、小さくはにかむ。
夜明け前の駐車場は、まだ氷点下の世界だ。
アスファルトの表面には、霜が作り上げた真っ白い絨毯がひろがっている。
その上を歩いて行くと黒々とした足跡が、トイレの入り口まで点々と続く。
「あら。間抜けな泥棒が、足跡を残してしまったような、そんな状態ですね」と
歯ブラシを咥えたすずが、こちらを振り返って笑顔を見せる。
「すぐに消えるさ、たぶん。俺たちが立ち去る頃には」
車中泊に、長居は無用だ。
道の駅は、地元の人たちもひんぱんに使う。
トイレや24時間開放されている駐車場は、夜明けとともに賑やかになる。
田舎とは言え、夜明け前から動き出す人たちの数も多い。
通勤と思われる車が、制限速度をはるかに超えた早い速度で、道路を通過していく。
街灯の下には、夜明け前の散歩を楽しむ人の姿が、ちらりほらりと増えてくる。
朝の洗面を終えたすずが「さむ~い」と悲鳴をあげて、運転席へ飛び込んできた。
「運転してみるかい?」勇作がキーを差し出す。
「わたしが運転するの!。出来るかしら、こんな大きな車を・・・」
すずの目が丸くする。
「でもさ。キャンピングカーって、普通免許でも運転できるの?。
特別な免許は、いらないの?。
へぇぇわたし。いままで、特別な免許が必要だとばかり思っていました」
「普通免許でも大丈夫だ。この車は。
乗車定員が11人を越えると中型免許が必要になるけど、この車の定員は7名。
トヨタのカムロードは、トラックをベースにしているので誤解があるようだ。
大丈夫だよ、こいつは普通免許でも運転できる大きさだ」
「でも、認知症の人は、危険だから運転は避けたほうが良いという声もあります。
いいのかなぁ。あたしみたいなあぶない女が、ハンドルなんか握っても」
「病気が進めば、周りが止める。
でもいまならまだ、慎重に運転すれば、特に問題はないだろう。
道路交通法が改正されて、高齢者を対象に、認知機能検査が義務付けられた。
でもこれは、75歳以上の高齢者に限られている。
認知症がすすんで日常の生活にも支障が出てくるようになれば、
当然、運転は辞めるべきだろう。
でも君はまだ、そういう段階じゃないはずだ。と、俺は思っている。
どうする?、後は君自身の判断次第だ。
自信が有ればハンドルを任せるけど、不安なら、助手席へ座ってくれ」
(115)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(114)車の運転
翌朝6時。
昨夜遅く勇作のベッドへ潜り込んで来たすずが、夜明けとともに動きはじめる。
2段ベッドの下の段。小々狭いスペースに、すずと勇作が重なり合うようにして眠った。
カムロードには、収納式のベッドが上下2段の形で備え付けてある。
大型車なら1,850mm×1,400mmの大きなベッドを、後部に設置することができる。
車内の前半分を食事と団らんのための場として確保し、後ろ半分を
睡眠のための空間として分離して使える。
だが中サイズのトヨタのカムロードでは、こうした配置に無理がある。
車体の横幅を生かして、80センチの幅の2段ベッドを最後尾部分に組み込む。
こうすることでスペースの前部に、快適な空間が生まれる。
静かに回るFF式の暖房機は強力だ。車内の空気も、それなりに温まる。
しかしベッドの中の足元までは温まらない。
ベッドへ潜り込んだすずが、「冷たすぎます!私の足が」と悲鳴を上げる。
靴下を脱いだ途端、すずの指先は、氷のように冷えてくる。
枕を抱えたすずが、するりと勇作のベッドへ降りてきた。
「おいおい。俺はおまえの、湯たんぽか?」
「駄目なの。あたしって。足の指が冷えると、それだけで眠れなくなるの。
あなたの足は、ぽかぽかしていて温かいんだもの。
うふふ、やっぱり居心地がいいわぁ~。あなたの隣は」
日の出の時間は6時50分。表にはまだ、夜の帳(とばり)が降りたままだ。
上半身を起こしたすずが、あわてて靴下を、2枚かさねて履く。
1枚のままでは歩き始めた瞬間から、指先が冷えはじめるからだ。
「大変だね」と笑うと、「もう58年も、こんなわたしとお付き合いをしています。
面倒ですが、それなりに、すっかり慣れました」とすずが、小さくはにかむ。
夜明け前の駐車場は、まだ氷点下の世界だ。
アスファルトの表面には、霜が作り上げた真っ白い絨毯がひろがっている。
その上を歩いて行くと黒々とした足跡が、トイレの入り口まで点々と続く。
「あら。間抜けな泥棒が、足跡を残してしまったような、そんな状態ですね」と
歯ブラシを咥えたすずが、こちらを振り返って笑顔を見せる。
「すぐに消えるさ、たぶん。俺たちが立ち去る頃には」
車中泊に、長居は無用だ。
道の駅は、地元の人たちもひんぱんに使う。
トイレや24時間開放されている駐車場は、夜明けとともに賑やかになる。
田舎とは言え、夜明け前から動き出す人たちの数も多い。
通勤と思われる車が、制限速度をはるかに超えた早い速度で、道路を通過していく。
街灯の下には、夜明け前の散歩を楽しむ人の姿が、ちらりほらりと増えてくる。
朝の洗面を終えたすずが「さむ~い」と悲鳴をあげて、運転席へ飛び込んできた。
「運転してみるかい?」勇作がキーを差し出す。
「わたしが運転するの!。出来るかしら、こんな大きな車を・・・」
すずの目が丸くする。
「でもさ。キャンピングカーって、普通免許でも運転できるの?。
特別な免許は、いらないの?。
へぇぇわたし。いままで、特別な免許が必要だとばかり思っていました」
「普通免許でも大丈夫だ。この車は。
乗車定員が11人を越えると中型免許が必要になるけど、この車の定員は7名。
トヨタのカムロードは、トラックをベースにしているので誤解があるようだ。
大丈夫だよ、こいつは普通免許でも運転できる大きさだ」
「でも、認知症の人は、危険だから運転は避けたほうが良いという声もあります。
いいのかなぁ。あたしみたいなあぶない女が、ハンドルなんか握っても」
「病気が進めば、周りが止める。
でもいまならまだ、慎重に運転すれば、特に問題はないだろう。
道路交通法が改正されて、高齢者を対象に、認知機能検査が義務付けられた。
でもこれは、75歳以上の高齢者に限られている。
認知症がすすんで日常の生活にも支障が出てくるようになれば、
当然、運転は辞めるべきだろう。
でも君はまだ、そういう段階じゃないはずだ。と、俺は思っている。
どうする?、後は君自身の判断次第だ。
自信が有ればハンドルを任せるけど、不安なら、助手席へ座ってくれ」
(115)へつづく
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