落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (59)       第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑤ 

2016-04-27 09:32:53 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (59)
      第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ⑤ 




 川端康成の旅は、大正7年の10月30日からはじまる。
旧制第一高校の寄宿舎を出発した「私」は、旅の初日、修善寺温泉に泊まる。
旅の2日目。湯ヶ島温泉を目指して、街道を歩きはじめる。



 下田街道を歩いていく途中。
湯川橋を過ぎたあたりで、三人の娘旅芸人と行き会う。
そのうちのひとり、太鼓をさげていた踊子は、遠くからよく目立っていた。
これが「私」と、踊り子の最初の出会いになる。



 湯川橋は、狩野川へ流れこむ桂川に架かる橋で、修善寺橋のすぐ近くにある。
もうすこし綺麗な橋かと思っていたら、意外なほど古い。
ひょっとして『私』が旅した大正7年から、替わっていないのかもしれない。
橋のたもとに、「伊豆の踊子」の紹介看板が立っている。
小さいながら駐車場も近くにある。



 「伊豆の踊子は『私』が、湯ヶ島、天城峠を越えて下田に向かう旅芸人一座と
 道連れになり、踊子の少女に恋心に似た旅情と、哀歓を抱く物語。
 最初の出会いが、この湯川橋。
 でも、どうってことのない、古いだけの小さな橋ですねぇ。
 なぁ~んだ。わたしは、もっとロマンチックな橋を想像していたのに・・・
 現実的すぎて、いきなりの幻滅です」



 湯川橋の上から、狩野川と桂川の合流付近を見下ろして、
美穂が、思わず落胆の声をあげる。
無理もない。田舎ならどこでも有るような、ただのありふれた川の
景観が目の前にひろがっている。



 「ふふふ。旅のはじめから幻滅していたら、先が危ぶまれます。
 ここで出会った踊り子は、『私』には、特別な存在に見えたようです。
 17歳くらいに見える、旅芸人一座の一員。
 古風に結った髪に卵形の凛々しい小さい顔の、初々しい乙女。
 若桐のように良く伸びた足。
 それが主人公が見た、踊り子の第一印象です。
 踊り子はやがて、湯ヶ島温泉の共同浴場から白い裸身のまま、
 『私』に向かって無邪気に、手などをふります」



 「え・・・踊り子が、全裸のまま、共同浴場から男性へ手を振るのですか!。
 破廉恥なのですねぇ、大正時代の14歳は・・・」



 「あなたと違い、天真爛漫に育ったのよ、踊り子は。
 最初の出会いの場を確認しましたので、そろそろ踊り子の足跡を追いましょう。
 てくてく歩くと2日から3日かかる山道ですが、車ならほんの数時間。
 便利になったものですねぇ。あれから98年も経つと、」



 「98年!。川端康成が伊豆を旅してから、今年で1世紀近くになるのですか!」



 「伊豆の踊子が発表されたのは、大正15年。
 名作は6回も映画化されて、たくさんの美人俳優が踊り子を演じました。
 天城隧道へつづく山道で、『私』は旅芸人の一行に追いつきます。
 そろそろ私たちも、天城隧道への山道をたどりましょう」



 「え・・・車で行けるの!。踊り子と『私』が歩いた、天城隧道まで!」



 「いいえ。それどころか、いまでも通り抜けることが出来ます。
 100年以上も前に作られたトンネルが、昔の姿のまま現存しています。
 踊り子が歩いた隧道を、自分の足で歩くのも一興です。
 歩くのが嫌なら、車に乗ったまま、通過することも可能です。
 どちらでも、あなたのお好みでどうぞ」



 「100年も前の隧道の中を、いまでも歩くことができるの!。
 それなら、だんぜん、歩いて行くわ。
 ねぇ、パパ!。
 隧道で14歳の踊子と、42歳の見返り美人の2ショットが、見られます。
 絶好の、願ってもないシャッタチャンスです。
 急いでカメラの準備をして下さいね!」




(60)へつづく

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
天城隧道 (屋根裏人のワイコマです)
2016-04-27 17:36:36
私は 天城隧道を見ていませんし
通ったこともなく・・・川端文学
は好きですが、今回はこの小説と
一緒に少し勉強できれば・・
期待しています。
GWもお店は営業ですか? この時期は
ゴルフ場も特別料金・・連休が終わって
からお楽しみください。
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ワイコマさん。こんにちは (落合順平)
2016-04-28 09:34:43
群馬は雨です。
ほぼ一日、降り続けるようです。
ここから一番近いゴルフ場まで、車で10分。
午後からハーフに行きましょうと誘われたのが昨日。
この雨は、午後、小降りになるのでしょうか・・・
悶々としながら、暗い雨雲を見上げております。
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