落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(92) 裏路地の道産娘⑥ 

2020-04-12 18:24:23 | 現代小説
北へふたり旅(92)  

 
 パフェを食べるのは50年ぶり。
高校生の時。学校帰りに入った喫茶店で頼んだ、チョコレートパフェ以来。
あまりの甘さに後悔したが、かろうじて完食した。
しかし、その体験がトラウマになった。
以来、パフェと言えば必ず避ける甘味の筆頭になった。


 女子2人は一番人気の「プリンスピーチ」をオーダー。
わたしは「ひまわりの約束」と、スパークリングワインを注文した。
待つことしばし。目の前にいかにも北海道らしいパフェがやってきた。


 「プリンスピーチ」は、グラスにふたをするようにモモが敷き詰めてある。
上に乗せてあるお姫様は、クッキーで出来ている。
グラスの中央付近にあるハートの飴(あめ)は、フランボワーズマカロン。
グラスの底にシャンパンクリームが横たわっている。


 「なんとも壮観だね。桃のお姫様は」


 「ひまわりの約束」も良く出来ている、
ひまわりの花はメレンゲ。茎は飴。
グラスにふたのように乗っているのはシフォンケーキのラスク。
グラスの中に、セロリのジェラートが重なっている。
見事な出来栄えだが、どう食べていいかわからず手が出ない。


 「上から食べるのでなく、それ全部かき混ぜて。
 ぐちゃぐちゃにしてから食べて下さい」


 「えっ・・・これをぐちゃぐちゃにするのか?」 


 「そう。遠慮しないで、ぐちゃぐちゃさして。
 それはそういう食べ方です」


 そんなものなのかと、どさん娘を見つめる。
(そんなものです)とどさん娘がすずしい目で笑う。
すこしためらった後。
意を決して具材をすべて、グラスの中へえいとばかり押し込んだ。
メレンゲも飴もラスクもジェラートも、グラスの中でぐちゃぐちゃになる。
すっかり様変わりしたパフェが目の前にあらわれた・・・


 「食べてよ。うまいっしょ」


 こわごわ手を出す。
スプーンの上に、雪崩で崩壊した具材が山盛りになる。
目をつぶり、えいと口の中へ放り込む。
 
 「うまい! 」


 素材が互いを引き立てあっている。まるで冷製スープを食べているようだ。
甘みはある。しかし、それほど気にならない。
確かにこれなら酒の肴になる。
上から少しずつ食べれば、それぞれの味わいを楽しめるが、すべての素材を
混ぜ合わせたときの味や風味まで計算してあるから驚きだ。


 「なるほど。札幌の女子が深夜に締めパフェに熱中するのがよくわかる」


 「女子だけの文化じゃあらないべ。いまでは男子もわんさやってくる。
 ほれあちら。男性だけの団体さんも来てるっしょ」


 なるほど。スーツ姿の男性5人組がパフェをうまそうに食べている。


 「おばさま。明日のご予定は?」


 「札幌へ2泊しますが、明日の予定は未定です」


 「あら・・・行き当たりばったりのおとな旅ですか。
 それはそれでいいと思いますが、なんだか淋しすぎるっしょ。
 せっかく札幌まで来て、観光しないなんて」




 「わたし極度の方向音痴なの。
 旅先で何処へ行くかは、すべてだんなにまかせています。
 どこでもいいの。連れてってもらえれば。
 それだけで楽しいの。
 こうして元気に、2人でいられるだけで」


 「おじさま。明日のご予定は?」


 「急ぐことはない。明日、明るくなってから考える」


 「呆れました。
 おじさまったら、何しにはるばる札幌まで来たのですか!」


 どさん娘が口にスプーンをくわえたまま絶句する。


 
(93)へつづく


北へふたり旅(91) 裏路地の道産娘⑤

2020-04-09 17:51:27 | 現代小説
北へふたり旅(91) 


 9時をすぎて店の中に空席が目立ってきた。
気が付けば、3時間ちかくこの店で呑んでいたことになる。


 「君。しめのおすすめは?」


 通りかかったどさん娘を呼び止めた。


 「締めは、パフェがおすすめです」


 「パフェ・・・?。
 締めラーメンは聞いたことがあるが、締めパフェは初めてだ」


 「最近の女子は飲み会の後さ、パフェでシメるのが定番です。
 夜遅くまで営業しているおしゃれなカフェも、わんさ有るっしょ。
 よかったらご案内しましょうか?」


 「君。仕事は?」


 「お店はまだまだ営業してますが、わたしはお昼から働いていますので、
 9時30分に終わるっしょ」


 「パフェですか・・・うふっ、おいしそう!」


 妻が目を細める。
女2人がその気になっているのに、男があとに引くわけにいかない。
「いいだろう。行こうじゃないか、その締めパフェとやらへ」
と、啖呵を切ってしまう。


 9時40分。一日の仕事を終えたどさん娘が、表へ飛び出してきた。
「お待ちどうさま!」私服に着替えてきたどさん娘は、すこし雰囲気が違う。
どこが違うのだろう。思わず上から下まで凝視する。
あ・・・黒縁のメガネが、見当たらない。
メガネは変装の小道具だったのか。


 「メガネをはずすと可愛いね、君」本音が出てしまった。


 「失礼ですね。あなたったら。
 最初に会った時から可愛かったでしょ。ひどいです。いまさら」


 「いいんだべさ。
 仕事をしているときは別人だって、よく言われますから」


 「恋人はいるの?」


 「いないっしょ。仕事と勉強で忙し過ぎて、口説かれる暇がありません」


 「お店でチャコちゃんと呼ばれていたけど、本名なの?」


 「チャコはお店の名前で、ホントの名前はユキです」


 「ユキちゃんか。名前まで可愛いね」


 「おじさまったらお世辞の言いすぎだべさ」
 
 「そうか?。それは失礼した。酒がいわせた言葉だ。
 今夜はひさしぶりに、美味しい酒を飲むことが出来た。
 君のおかげだ。旅のいい想い出ができた」


 「おじさま。今夜はまだまだ終わらないべさ。
 マチのうまい締めパフェが、わたしたちを待ってるっしょ」
 
 「そうだ。締めのパフェを忘れていた。
 ユキちゃん。できたらお酒とパフェがいっしょに楽しめるお店がいいな。
 パフェも楽しみだが、もうすこし呑みたい。
 有るかな。そんな都合いいお店が」


 「まかせてほしいべさ。
 このあたりには、どちらも楽しめるお洒落なお店がいくつもあるっしょ。
 午後9時から開店するお店もありますから」
 
 「午後9時から開店する店がある!。
 すごいね。さすが北の都、サッポロだ。
 ということは一晩中、酒とパフェが楽しめるということになるな」
 
(92)へつづく


北へふたり旅(90) 裏路地の道産娘④ 

2020-04-06 17:54:35 | 現代小説
北へふたり旅(90) 

 
 「おかしくないか?」


 時計の針が6時を過ぎた頃から、客の数が増えてきた。
毎日通い詰める客も多いという。この店がいかに愛されているか分かる。
空席が見当たらないほど混んで来た。


 向かい席へ、外国からの観光カップルが座った。
50歳前後の夫婦に見える。
どちらも見るからに体格が良い。(肉ばかり食っているとこうなるのかな?)
わたしのささやきに妻が(じろじろ見ると失礼にあたります)
とたしなめる。


 「おかしいよな」ぼそっとつぶやく。


 「何が?」


 「鬼殺しと生ビールの2杯目は来たが、刺身とホッケが出てこない。
 どうなってるんだ。
 忘れたかな、釧路生まれのどさん娘ちゃんが」


 当のどさん娘ちゃんはあちこちから呼ばれ、店の中を走り回っている。
「お姉ちゃん」と呼びとめてみた。
しかし、「はぁ~い」と明るく答えて無視された。


 「忙しそうですね・・・」


 「混んで来たからね。バイト1人では無理がある」


 「6時30分さなると、もう1人来るの。
 ふだんはこったらさ混まないのに、なんで今日さ限って満席なんっしょ」
 
 もうすこし経ったら来ますからと、どさん娘が駆け抜けていく。
6時30分をすぎたころ、もうひとりのアルバイトが姿を見せた。
こちらは細身の金髪だ。


 「ごめんなさい。お待ちどうさま。何っしょ?」


 どさん娘が戻ってきた。
冷房がきいているのに前髪の下のひたいが、汗でひかっている。


 「何か忘れていないか、君」


 「あっ・・・」どさん娘の反応は速かった。


 「わたしったら・・・」すごい勢いで厨房へ飛んでいく。


 どうやら思い当たるようだ。
待つこと3分。てんこ盛りのマグロが目の前にあらわれた。


 「ごめんなさい!。生のマグロは切るだけで間に合ったけど、
 さすがにホッケは焼くまで時間がかかるっしょ。
 もうちょっとお待ちください。
 ほんとさほんと、ごめんなさい!」


 どさん娘がまるでバッタのように頭を下げる。


 「いいよ、いいよ。忙しかったんだ。無理もない」


 「頼まれたのは忙しくなる前だべさ。
 遅くなったのは、厨房へメモを出すのをわすれたわたしのせいです。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 超特急で焼いてくださいと、厨房へ懇願してきました」


 「君、呑める?」


 「は・・・?」


 「お酒は飲める、と聞いてるの」


 「呑めますが・・・」
 
 「じゃ、一杯呑んで。はい」


 なみなみと注いだ酒を、どさん娘の前へ突き出す。


 「本来は禁止されているだけんど、非常事態でしょ、したっけいただきます」


 覚悟を決めたどさん娘が、ぐっとひといきでグラスを呑み干す。
「お見事」思わず妻が手を叩く。
「おう!ブラボ~!」
様子を注視していた外国人カップルが、大きな手で拍手をおくる。


 
(91)へつづく


北へふたり旅(89) 裏路地の道産娘③ 

2020-04-03 18:40:19 | 現代小説
北へふたり旅(89) 
 
 「君の育った釧路って、どんなところ?」


 「人のすくない道東の町。
 夏は涼しい。暑くても20℃前後。半袖だと肌が寒い日もあるっしょ。
 冬。雪はあまり降らないべ。積もることはまれさ。
 私の家は釧路の町はずれ。ばん馬をそだてる牧場で育ちました」


 「ばん馬?」


 「ばんえい競馬のばん馬です」


 「どさんこじゃないの、北海道の固有種は?」


 「どさんこは北海道で生まれた品種と思われがちだけど、
 ルーツは内地です」


 「えっ・・・どさんこは内地馬なの!」


 「北海道が『蝦夷地』と呼ばれていた時代。
 夏、ニシン漁のためさ内地からおおくのひとがやってきました。
 そのとき東北地方から、南部馬を連れてきたのが始まりだ。
 寒さが厳しくなると人間は内地へ帰るけど、馬はそのまま残されました。
 春になるとまた捕えられて、使役馬として働いた。
 南部馬が北海道の気候さ適応していったのが、どさんこです」


 「なるほど。では、ばん馬はどこから来たの?」


 「ばん馬の祖先は、海外から輸入されたものです。
 北海道を開拓した主役は馬だべさ。
 切り株を引き抜いたり、山から木を運び出すのは馬の役目でした。
 田畑を耕したのも馬です。
 開拓がすすむと、より馬力の強さが求められるようさなった。
 その結果、小柄などさんこではなく、大型の重種馬が開拓の主役さなったしょ。
 おおきなものは体重が1トンをこえます」


 「1トン!。一般的な競走馬・サラブレッドのほぼ倍の体重だ。
 そんな大きな馬が北海道で活躍していたのか」


 「馬たちの能力を競い合った「お祭りばん馬」が、ばんえい競馬の原型。
 2頭の馬に丸太を結び付け、互いに引っ張り合った「ケツ引き」がはじまり、
 といわれてるっしょ」


 ばんえい競馬のコースは200mの直線。
途中に2つの障害(高さ1m、1.6mの坂)がある。
馬はこの障害を乗り越えてゴールを目指す。


 騎手は重りを載せた480㎏~1トン前後の鉄そりに乗り、手綱を操る。
ゴールは鼻先ではなく、そりの後端で決まる。
世界中を探してもこんなルールの競馬はない。


 1トン以上もある重種馬の迫力。
スピードをあらそうだけでなく、農耕馬だった時代と同じ“馬力”を
競うところに面白味が有る。


 「1トンの馬が力を競うあうレースか。見たいな。壮観だろうね」


 「開催地は十勝地方の帯広。帯広はマチ(札幌)から東へ150キロ。
 広々した牧場がわんさかあるっしょ。
 地図の上ではすぐお隣だけんど、途中に日高山脈がそびえていて、
 帯広までの道のりは山越えのルートです」


 「お~い。チャコちゃん。オーダーお願い!」


 奥から常連の声が飛んできた。
「はぁ~い」釧路生まれのどさん娘が、奥へ向かって手をあげる。


 「ごめんなさい。すっかり話し込んでしまいました。
 奥でお客さんが呼んでます。
 お仕事さもどるっしょ」


 どさん娘が軽快な足取りで、奥へ向かって飛んでいく。


(90)へつづく