[エホバの証人] ブログ村キーワード
前回エホバの証人の人の訪問について書いたのは、6月13日ですが、↓
http://pub.ne.jp/shinqroom/?entry_id=3716161
その後、二人のエホバの証人のご婦人達、また来ました。
一月ほど前だったか、患者さんが来ていて、治療中に来られ、相手も
「忙しいところ着てしまってすいませんでした」
と言って帰りました。
私も、
「患者さん来てない時でしたらお話出来ますので、またぜひどうぞ・・・・。」
と言っておきました。
ちょうどその時来ていた患者さんは、ホーリネス系のある教会に行っている姉妹で、治療しながらではありましたが、その後彼女とエホバの証人の話で盛り上がりました。(笑)
そして先週のこと、この前来たご婦人達、再び来ました。
「この前はお忙しい時に着てしまってすいません・・・・」
みたいなことを言ってました。
そして早速、彼女達お得意の終末論のことを、言い出しました。
「聖書には終わりの日が来ると書いていますよね。どう思いますか?」
と聞いてきましたので、
「マタイの24章の36節でしたか、
(その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。)
終わりの日が何時かは神しか知らないと書いてますよね。終わりの日が何時来てもいいように備えておくことは、まぁ大切かもしれないけど、今すぐ来るとかそう気にすることはないではないですか?僕はそう思いますけどね。」
と、私は言いました。
それから彼女は、天の王国だか、神の王国だか、なんとかとどのようなところかと言うので、
「すいません、うちの教会と用語というか、表現する言葉が違うのだと思いますが、どういうことですか?」
と聞き返しました。
「携挙と言って、クリスチャンは天に引き上げられるということですか?うちの教会はそれほど終末論を強調しませんけど・・・・・。まぁクリスチャンは天に引き上げられるというのだから、地上がどうなるとか気にしてもしかたがないと僕は思っているので、考えたこともないですね。」
と、さりげなく答えておきました。
さらに私は、
「今これだけ毎日生活していくにも、けして楽ではないですからね、終わりの日がどうなるとかと考えるよりも、皆さん今この日毎日をどう生きるかということしか考えないと思いますよ。
僕も仕事のことだけで、終わりの日のことまでは、考えが及ばないというのが正直なところですね。」
すると彼女は、
「バプテスト教会では共通した教えはどうなのですか?」
と、聞いてきましたので、
「いや、うちの教会では、たとえ聖書の解釈にしても、牧師がこう言ったからとかといっても、自分はそう思わないと言うこともけして珍しくないのですよ。だから、僕がこう言ったからって、うちの教会を代表する発言だと思わないで下さいね。」
と、付け加えておきました。
そんなやり取りを30分以上してしまいました。
いつもなら10分足らずで帰られるのですが、私もたまたま仕事が入っていなかったこともあり、楽しませていただけました。(笑)
今回思ったこととして、何時もながら彼女達お得意の終末論を言い出してきましたが、というか、私がどう考えているのか、彼女達にしてみれば、もしかしたら一般的にクリスチャンは終末論に弱いと思って聞いてきたのだと思わなくもありません。
私も、
「千年紀前携挙説・千年紀後携挙説・無千年紀携挙説などなど、それぞれ携挙には解釈がありますよね・・・」
と、話の中で彼女達に言いましたが、それはそれとしても、最近終末論を考えること自体、無駄だとさえ思うようになりました。
余裕があれば、一般的に終末論的な聖書解釈はどうなのか、あるいはエホバの証人ではどう考えているのか、知っておくこともけして無駄ではないとは思います。
しかし、予想もしなかったことが次々と起きる今この時代、終わりの日が何時来るのか、もしかしたら居間すぐ来るのか、そんなことを考えてびくびくおどおどしているよりも、私としてはクリスチャンとして今どう生きるのか、何が出来るのか、隣人とどう助け合っていくのか、それらを考える方が、よっぽど大事だと確信しています。
まぁ、エホバの証人の人達と議論しても無駄なのは最初から分かっていることだけに、彼女達の話もゆっくり聞みたいと思ってはいますし、実際今回彼女達は、これまでよりは自分達の話もするようになってはきました。
私に対して「脈あり」と感じて、期待しているのでしょうか?(笑)
今回も彼女達が帰られる時、
「おつかれさまです。この前みたく患者さんがいる時は無理ですが、そうでなければお話出来ますので、またぜひ寄って下さい。」
と、いつものように労っておきました。

Twitter@黒沼一也をフォロー

前回エホバの証人の人の訪問について書いたのは、6月13日ですが、↓
http://pub.ne.jp/shinqroom/?entry_id=3716161
その後、二人のエホバの証人のご婦人達、また来ました。
一月ほど前だったか、患者さんが来ていて、治療中に来られ、相手も
「忙しいところ着てしまってすいませんでした」
と言って帰りました。
私も、
「患者さん来てない時でしたらお話出来ますので、またぜひどうぞ・・・・。」
と言っておきました。
ちょうどその時来ていた患者さんは、ホーリネス系のある教会に行っている姉妹で、治療しながらではありましたが、その後彼女とエホバの証人の話で盛り上がりました。(笑)
そして先週のこと、この前来たご婦人達、再び来ました。
「この前はお忙しい時に着てしまってすいません・・・・」
みたいなことを言ってました。
そして早速、彼女達お得意の終末論のことを、言い出しました。
「聖書には終わりの日が来ると書いていますよね。どう思いますか?」
と聞いてきましたので、
「マタイの24章の36節でしたか、
(その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。)
終わりの日が何時かは神しか知らないと書いてますよね。終わりの日が何時来てもいいように備えておくことは、まぁ大切かもしれないけど、今すぐ来るとかそう気にすることはないではないですか?僕はそう思いますけどね。」
と、私は言いました。
それから彼女は、天の王国だか、神の王国だか、なんとかとどのようなところかと言うので、
「すいません、うちの教会と用語というか、表現する言葉が違うのだと思いますが、どういうことですか?」
と聞き返しました。
「携挙と言って、クリスチャンは天に引き上げられるということですか?うちの教会はそれほど終末論を強調しませんけど・・・・・。まぁクリスチャンは天に引き上げられるというのだから、地上がどうなるとか気にしてもしかたがないと僕は思っているので、考えたこともないですね。」
と、さりげなく答えておきました。
さらに私は、
「今これだけ毎日生活していくにも、けして楽ではないですからね、終わりの日がどうなるとかと考えるよりも、皆さん今この日毎日をどう生きるかということしか考えないと思いますよ。
僕も仕事のことだけで、終わりの日のことまでは、考えが及ばないというのが正直なところですね。」
すると彼女は、
「バプテスト教会では共通した教えはどうなのですか?」
と、聞いてきましたので、
「いや、うちの教会では、たとえ聖書の解釈にしても、牧師がこう言ったからとかといっても、自分はそう思わないと言うこともけして珍しくないのですよ。だから、僕がこう言ったからって、うちの教会を代表する発言だと思わないで下さいね。」
と、付け加えておきました。
そんなやり取りを30分以上してしまいました。
いつもなら10分足らずで帰られるのですが、私もたまたま仕事が入っていなかったこともあり、楽しませていただけました。(笑)
今回思ったこととして、何時もながら彼女達お得意の終末論を言い出してきましたが、というか、私がどう考えているのか、彼女達にしてみれば、もしかしたら一般的にクリスチャンは終末論に弱いと思って聞いてきたのだと思わなくもありません。
私も、
「千年紀前携挙説・千年紀後携挙説・無千年紀携挙説などなど、それぞれ携挙には解釈がありますよね・・・」
と、話の中で彼女達に言いましたが、それはそれとしても、最近終末論を考えること自体、無駄だとさえ思うようになりました。
余裕があれば、一般的に終末論的な聖書解釈はどうなのか、あるいはエホバの証人ではどう考えているのか、知っておくこともけして無駄ではないとは思います。
しかし、予想もしなかったことが次々と起きる今この時代、終わりの日が何時来るのか、もしかしたら居間すぐ来るのか、そんなことを考えてびくびくおどおどしているよりも、私としてはクリスチャンとして今どう生きるのか、何が出来るのか、隣人とどう助け合っていくのか、それらを考える方が、よっぽど大事だと確信しています。
まぁ、エホバの証人の人達と議論しても無駄なのは最初から分かっていることだけに、彼女達の話もゆっくり聞みたいと思ってはいますし、実際今回彼女達は、これまでよりは自分達の話もするようになってはきました。
私に対して「脈あり」と感じて、期待しているのでしょうか?(笑)
今回も彼女達が帰られる時、
「おつかれさまです。この前みたく患者さんがいる時は無理ですが、そうでなければお話出来ますので、またぜひ寄って下さい。」
と、いつものように労っておきました。

Twitter@黒沼一也をフォロー