獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

村木厚子『私は負けない』第一部第1章 その4

2023-04-10 01:21:44 | 冤罪

このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』(中央公論新社、2013.10)を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。

(目次)
□はじめに
第一部
■第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
□第2章 164日間の勾留
□第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
□終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
  ◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
  ◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
  ◎周防正行監督インタビュー
・おわりに


筋書きを語る検事

この後、取調官は國井検事に変わりました。その取り調べ初日、彼は私から話を聞くより先に、まずは検察のストーリーを一方的に語りました。「この事件は、こうなんです」と言って、一人でずっと喋っていくのです。その分量は、取り調べが終わってから思い出してノートに書き留めたら、大学ノート2ページ半くらいになりました。それによると、検察の筋書きは、次のようなものでした。

凜の会の倉沢は石井一議員の元秘書で、石井から塩田部長に依頼をしてあるからと、書類 の一枚も持たずに、役所の村木を訪ねた。村木は、職員を呼び、倉沢を紹介。上村の前任者は、倉沢の話を聞いて、嫌な感じを受けた。前任者は自分で証明書を発行したくないが、議員案件という上からの指示なので断ることができず、NPO法人の障害者団体定期刊行物協会(障定協)に行くように勧めた。障定協の関係者も、胡散臭いと感じたが、名簿や規約などが一応揃っていたので、「営利目的ではありません」との念書を提出させたうえで、証明書交付願を出した。前任者は人事異動で転出し後任の上村が仕事を引き継いだ。上村は、予算などの仕事で忙しく慣れない環境で証明書については後回しにしていたが、凜の会から何度も督促され、仕方なく、誰にも相談せずに、すでに決裁に回っていることを示す稟議書(決裁書類)を偽造し、凜の会に送った。
手続きが進まないことで焦っていた凜の会側は、倉沢が村木を訪ねて、郵政公社幹部に電 話をしてくれるように依頼。倉沢の目の前で、村木は郵政公社東京支社長に電話をした。 6月8日に凜の会が郵政公社で手続きをしようとしたが、証明書がないことに気づき、またも倉沢が村木を訪ねて、急いで証明書を発行するように依頼した。この際、凜の会の都合で5月中に手続きを終えることとしていたいきさつもあり、証明書も5月の日付にバックデートしたものが欲しいと要求した。村木がその旨を上村に指示。上村が偽造した証明書を村木に渡し、村木が自席で倉沢に渡した。

誰がどのような供述をしているのか、ということも含めて、検察のストーリーの全容がこれで分かりました。
こうした筋書きを滔々と語ったうえで、國井検事はこう言いました。
「今回のことが起こったのは何か原因があるはず。ノンキャリアの人たちは汚い仕事ばかりやらされている。上の言うことは絶対だと言っていますよ。トカゲのしっぽ切りにはしたくない。責任を感じてほしい」
「上村さんは、自分のような人が二度と出ないように、という思いで何もかも話してくれている。村木さんが逮捕されたと聞いた時には泣いていました。そういう人が、嘘を言うと思いますか」
そう聞かれれば、「嘘つきではないと思います」と言うしかありません。
「あなたが認めないということは、ほかのすべての人が嘘をついていると訴えることになる。そういうことをやるつもりか」とも言われました。
次の日、國井検事は他の厚労省職員数人の調書を取調室に持ち込んで来て、いわゆる「入 口」の部分について、「この人はこんなことを言ってるよ」と供述調書を指で追いながら読み上げました。確かにそこには、私から指示されたという趣旨のことが書いてあります。 このあたりに何とも言えない不快な塊が入ってくるような気分になりました。
さらに國井検事は、こんな聞き方をしてきました。
「村木さんの記憶にはないことかもしれないけれど、上司から『(証明書の作成を)やってね」って言われたとしたら、上村さんはどうしただろう」
そんな仮定の質問には答えられません。すると、國井検事はさらにこう聞いてきました。 「じゃあ、上村さんが金が欲しくて、あるいは何か悪意があって、こういうことをやった、ということは考えられますか?」
私が「ありえないと思います」と答えると、さらに、こんな仮定の質問をするのです。
「もし、上村さんが上司から指示されて追いつめられたとしたら、かわいそうですよね」
私が「そうですね」と返すと、國井検事はやおら、調書の口述を始めました。遠藤検事とは違い、國井検事は口頭で調書の文章を述べて、それを事務官がパソコンで打ち込むやり方で調書を作るようでした。
聞いていてびっくりしました。こんな内容になっていました。
「上村さんに対し、大変申し訳なく思っています。私の指示が発端となってこのようなことになりました。上村氏はまじめで、自分のためにこういうことをやる人ではありません。私としては、彼がこういうことをやったことに、責任を感じています」
仮定の質問をいくつかして、私の答えの都合のいいところだけを取りあげて、それを検察のストーリーの中に入れ込んで調書を作ってしまうのです。しかも、「指示」や「責任」という書き方が曖昧で、いろんな取り方ができる巧妙な文章でした。すぐに「村木局長『私の指示が発端』」「責任を感じている」といった新聞の見出しが頭をよぎりました。
國井検事は、一通り口述を終えると、その調書を印刷せずに、「サインしますか」と聞いてきました。「サインできません」と即座に断りました。拒否されるのを分かっていて、印刷しなかったんでしょう。こういうひどい調書を作った、という証拠を残さない。本当に狡猾なやり方です。
私は、「仮にそういうことがあったとして、上村さんが追いつめられた気持ちになっていたのであれば、それをかわいそうに思いますが、それでも『やっていいことと悪いことがある』と叱りつけたい気持ちも、同じくらいあります」と言いました。そして、この人のもとでは絶対に調書は作るまい、と心に決めました。
遠藤検事は、取り調べが終わると、事務官に「(被疑者を房に)下げて」と、私をまるで食べ終わったお膳を下げるように言うのが常でしたが、その飾らない態度は、きらいではありませんでした。一方、國井検事は、物言いは穏やかだし、親切そうなことも言うし、取り調べを始める時と終わる時にはいつも深々とお辞儀をするなど、礼儀正しい人ではありました。調べの始めと終わりに礼をするのは、きちんと対等な信頼関係の下に取り調べをするべきだと考えているからだと言っていました。しかし、被疑者が礼をするのは、検事との間に信頼関係があるからではなく、検事が絶対的に優位な立場にいるからだというこんな簡単なことが理解できないで、形だけ整えてみても何の意味があるのでしょうか。彼への信頼が失われるにつれて、この「礼」は私にとって苦痛以外の何物でもない儀式になりました。
國井検事は、これまで担当した事件のことも話していました。被疑者が否認をしている事件で、決定的な証拠を本人にはずっと教えず、裁判で出してやったら、有罪になってしかも否認をしていたから罪が重くなった、などという話を、あまり表情も変えずに、淡々と喋るのです。和歌山のカレー事件で死刑判決を受けた林真須美(はやしますみ)さんが、同じ拘置所にいることも、國井検事から聞きました。そして、こんなことを言いました。
「あの事件だって、本当に彼女がやったのか、実際のところは分からないですよね」
すでに死刑が決まっている人について、無実かもしれないと平気で言う神経が私には理解できませんでした。彼が言うには、真実は誰にも分からない。だから、いろいろな人たちの話を重ねていって、一番色が濃く重なり合うところを真実だとするしかない、と言うわけです。それが本当の真実かどうかは、自分たちにとって大事ではないと告白しているようなもので、こういう感覚で人を罪に問う仕事をするのは、とても危険ではないか、と感じました。しかも、とても思い込みが強いのです。政治家は平気で悪いことをする連中であり、そういう政治家が紹介してくるのはろくな団体じゃない、という発想で凝り固まっているようでした。そして、役所の人間は政治家から言われれば違法なことでも何でもやると信じ込んでいるのです。私が、「こういう証明書の類は、民間の人が窓口を訪ねてこようと、議員さん経由で話が来ようと、やることは同じなんです」と説明しても「そんなはずはない」の一点張りでした。
思い込みの中でも、厚労省内でのキャリアとノンキャリアの違いについて独自の構図を描いてくるのには、辟易しました。彼の頭の中では、ノンキャリアは常にキャリアから無理な仕事、汚い仕事を押しつけられ、ひどい目に遭っているらしいのです。何が根拠か分かりませんが、そういうイメージが強固なのです。國井検事は、キャリアは悪官僚であり、 「ノンキャリアはいつも汚い仕事をさせられている。本件でも、同じように、キャリアは手を汚さずに、ノンキャリに違法行為をさせた。ノンキャリアの上村は、キャリアの村木に指示されたので仕方なくやった」という筋書きにしたかったようです。
この点は、後に裁判の時に裁判官も不思議に思ったようで、検察側証人として出てきた國井検事に「どうしてキャリアとノンキャリアの関係が、上村被告が証明書を偽造する動機になるのか」などと聞いていました。國井検事は、「事件の背景として、ノンキャリアが嫌な仕事をさせられてきた」と説明しましたが、「具体的には?」と重ねて聞かれて、何も答えられませんでした。

 


解説
仮定の質問をいくつかして、私の答えの都合のいいところだけを取りあげて、それを検察のストーリーの中に入れ込んで調書を作ってしまうのです。しかも、「指示」や「責任」という書き方が曖昧で、いろんな取り方ができる巧妙な文章でした。すぐに「村木局長『私の指示が発端』」「責任を感じている」といった新聞の見出しが頭をよぎりました。


このように検察側のストーリーに合った調書が作られて行くのですね。

検察、おそるべし。

獅子風蓮