獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

村木厚子『私は負けない』第一部第2章 その1

2023-04-26 01:53:48 | 冤罪

このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』(中央公論新社、2013.10)を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。

(目次)
□はじめに
第一部
□第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
■第2章 164日間の勾留
□第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
□終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
  ◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
  ◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
  ◎周防正行監督インタビュー
・おわりに

 


■第2章 164日間の勾留

 

拘置所での暮らし

取り調べ、逮捕、勾留を通じて一番ショックを受けたのは、逮捕翌日に勾留の手続きで裁判所に行く際に手錠をかけられ腰縄をされた時です。逃亡を防止するためのようですが、私は犯罪者として扱われているのだと実感しました。この姿は、家族に見せたくない、と思いました。この時、右手の手錠が手首の骨に当たって少し痛みました。初日から文句を言ってにらまれたらどうしようと迷いましたが、拘置所というのはどういう所か分からなかったし、自分の人権がどの程度守られるものか知りたい、ということもあって、意を決して言ってみました。
「すみません、右手がちょっと痛いんですけど……」
すると、女性の職員がすぐに鍵を外してはめ直してくれて、安心しました。
大阪拘置所の職員の方々には大変親切にしていただきました。当初、私は自殺をするのではないかと心配されていたようです。入れられたのは、看守の人の真正面の部屋で、監視カメラもついていました。この日、責任者らしき女性職員から、「気持ちをしっかり持ちなさい。泣いている暇はありませんよ、検察と闘うんでしょう?」と声をかけられました。法務省の職員から「検察と闘う」という言葉が出たことに驚くと同時に、強く励まされました。逮捕された時は泣かなかった私も、思わず泣いてしまいました。ノートに「やさしくされると涙が出る」と書きました。
拘置所での暮らしは、起床7時半、就寝9時。美味しいとまでは言わないものの、栄養バランスの整った麦飯中心の食事が三食きちんと用意され、一日2回の体操の時間があるといった具合に、規則正しい静かで簡素な暮らしです。衣服の洗濯も、枚数に制限はありますがやってもらえます。お布団も時々干してくれます。
一方で、厳しいルールがたくさんあります。決められた時間以外は、座っていることが求められ、勝手に寝転んだりはできません。布団をたたんでおく場所や、机を置く方向なども決められています。入浴は週2回(夏場は3回)、服を脱ぎ始めてから入浴して服を着終わるまでの時間はきっちり15分以内と決まっています。一度、食事をしながら本を読んでいて職員さんに叱られました。職員さんが部屋に入って持ち物検査をすることもあります。
もちろん、特殊な場所ですから、そこが自由や権利を普通に主張できる場所ではないということは分かっていました。なぜこんな不自由なことを、と思うこともありましたが、ここのルールはルールと割り切って受け入れ、トラブルを起こさず、職員さんを困らせず、私自身も不愉快な思いをしないよう、できるだけ気持ちよく暮らそう、と決めました。

 

私を支えてくれたもの

逮捕されたからといって、私がそれほど激しく落ち込まずに済んだのは、生来ののんきな性格に加え、多くの人に応援していただいたこと、そして、夫と娘たちの存在が大きかったと思います。
もともと楽観的な方ですし、ずっと共働きで二人の子どもを育ててきましたので、何をするにも常に「時間がない」という状態でした。なので、今できないことは悩んでいても仕方がない、とりあえず横においておこう、というのがほとんど習慣のようになっていました。逮捕されて拘置所にいるときも、「なんで逮捕されちゃったんだろう」と今更考えてみても、逮捕されたこと自体はいくら私が努力しても変えられない。それだったら今何ができるか考えようと思いました。もちろん、起訴はしないでほしいけど、起訴はされるだろう、起訴されることを前提に対応しなければ、と思っていました。無駄なことを考えず、現実的に何ができるかを考えることが習い性になっていたので、起訴された時も、特にがっかりすることもなく、平静な気持ちで受け止められたように思います。
取り調べの期間は、接見禁止処分が付されたので、弁護士さん以外には会えませんし、手紙のやりとりもできません。家族は、私のことを200パーセント信じてくれていると分かっていましたが、仕事などでお付き合いのある人たちがたくさん応援してくれたのは、本当にありがたかったです。逮捕されて最初に、弁護士さんが接見に来られた時、「私たちも心を痛めています」「がんばってください」「私はあなたの味方です」という応援のメッセージと名前をたくさん書いた紙をアクリル板越しに見せてくれました。みんな信じてくれているんだ、と励みになりました。
いろいろな報道があり、逮捕もされた。私は変わってしまったのだろうか、私はいろいろなものを失ってしまったのだろうかと自問しました。「私は報道されているようなことは何もやっていない。報道が事実と違うことを流しているだけで、私が変わってしまったわけではない。これだけの報道があり、逮捕もされて失ったものはあるかもしれない。それでもこんなに信じてくれる人がいる。私はこんな財産を持っていたんだ」と気持ちを整理することができました。そのことで、それほど落ち込まずに済んだと思います。
特に娘の存在は、心のつっかえ棒になりました。人生は常に順風満帆でいられるわけではなく、何らかの災難に見舞われる時期があります。私のように逮捕されるのはまれとしても、自分には何も責任がないのに病気になったり、事故にあったり、何かの困難に遭遇することはある。将来、娘たちがそういう状況に陥った時、今の私のことを思い出して、『お母さんもがんばれなかったもの、やっぱり無理なんだよなあ』とは思ってもらいたくない。『あの時、お母さんもがんばった。大丈夫、私もがんばれる』と思ってもらわなくては。将来の娘たちのために、ここで私ががんばらないといけないと思った時、私はがんばれると確信が持てました。
20日間の取り調べ期間中は、私はほとんど泣いていないと思います。検事から「執行猶予なら大したことない」と言われてあまりに腹が立って泣いたことはありますが、拘置所の房に一人でいる時には、ほとんど泣きませんでした。泣くのが怖かったのです。泣くことで感情が乱れて、闘う気持ちが崩れてしまうのが、とても怖かった。
取り調べが終わって、安心して泣けるようになったような気がします。接見禁止が解けて、いろいろな方が面会に来てくださったり手紙を送ってくれました。手紙を読んで気持ちのこもった言葉がうれしくて泣くことが何度もありました。Jリーグのチームの応援歌「You'll never walk alone (君はひとりじゃない)」(FC東京・サポーターズソング)の歌詞を書いて送ってくださった方もいました。私にはサポーターがいると実感しました。
上村さんや倉沢さんたちは、起訴と同時に保釈になりましたが、私は起訴後も勾留が続きました。証明書を巡る事件で、起訴後も勾留されたのは、私一人です。弁護士からは、逮捕された人は自白をしないとなかなか身柄を解放してもらえない、否認をしていると検察が保釈に反対し、裁判所も検察に引きずられてなかなか認めない、と聞いていました。「人質司法」と呼ばれているそうです。私が保釈されないのも、否認しているためなのだろうと思いました。無実の人間が「無実です」と主張すると自由を奪われるというのは、とても変な感じがしました。
自分が努力してもどうなるものでもないので、体に気をつけて、とにかく落ち込まないようにしていました。そのためには好きなことをするのが一番です。私は本を読むのが好きなのですが、日ごろは忙しくて思うように読めません。この際、思い切り本を読むことにしました。それを聞いた多くの方から本の差し入れをいただきました。普段、自分では選ばないような本もあって、面白く読みました。勾留が長くなるだろうと覚悟が決まってからは、大長編(『ローマ人の物語』塩野七生著、新潮文庫 全43巻)にも挑戦しました。起訴される直前に読んだ本に当時の私の気持ちにぴったりな文章があったので、ノートに書き写しました。
「あなたが何をしてたって、あるいはあなたになんの罪もなくたって、生きてれば多くのことが降りかかってくるわ(中略)だけど、それらの出来事をどういう形で人生の一部に加えるかは、あなたが自分で決めること」(『サマータイム・ブルース』サラ・パレツキー、山本やよい訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)
愛する兄に死なれ、冷たい家族関係の中でひたむきに生きる少女に主人公がかけた言葉です。
逮捕されたり、起訴されることは私の力で変えられなくても、それをどのような形で私の人生に加えるのかは、私自身が決めることなんだな、と改めて思いました。
最初は、裁判というものに実感が湧きませんでしたが、起訴された以上、社会的に無実を証明してもらうのは裁判しかありません。自分のためにも、自分を信じてくれている人のためにも裁判をちゃんと闘わないといけない。そのために、できるだけのことをやろう、と決めました。

 

 


解説
逮捕されたからといって、私がそれほど激しく落ち込まずに済んだのは、生来ののんきな性格に加え、多くの人に応援していただいたこと、そして、夫と娘たちの存在が大きかったと思います。
(中略)いろいろな報道があり、逮捕もされた。私は変わってしまったのだろうか、私はいろいろなものを失ってしまったのだろうかと自問しました。
「私は報道されているようなことは何もやっていない。報道が事実と違うことを流しているだけで、私が変わってしまったわけではない。これだけの報道があり、逮捕もされて失ったものはあるかもしれない。それでもこんなに信じてくれる人がいる。私はこんな財産を持っていたんだ」
と気持ちを整理することができました。そのことで、それほど落ち込まずに済んだと思います。

普段から誠実に生きている人は、いざというときに心が乱れず、落ち込まないですむのですね。

獅子風蓮