私は今まで余り劣等感を持ったことは無かったが、会社勤めをしたとき、一時期持ったことがある。
工業高校に行った頃は、学校の成績は中程度だったので、多少の劣等感はあった。
特に数学と英語が悪かった。
私の入社時は、現場研修で半年ほど製造の電気配線を経験してから、設計に上がった。
会社へ入って4―5年たつと、技術部の設計部門では大卒が中心となり、新卒の工業高校出身者のほとんどは、製造部や技術でも検査に廻された。
ただ、始めから設計で入社した者は、設計を中心に人事が組まれていたようだ。
技術においては、その人の実力は、その技術をよく理解し、その技術や原理を使いこなせるか、ということが全てで、学歴等は関係ない。
ただし、そのためには広い理科学上の知識・バックグラウンドが要求される。
しかし、現実問題工業高校レベルの知識と大学レベルの知識と大きな違いがある。
工業高校卒業後、当時中小企業だった理化学機器のメーカー田葉井製作所(今は社名変更し東証一部上場企業)に入社後、私は工業高校出身者なので、大卒との技術力に大き差があるのではないかと気にし、所詮、工業高校出身者は、大卒者の手伝いしか出来ないのではないのかといった思いを漠然と思っていた。
しかし入社してみると、そんなことは無く、上司から様々な設計上の指導を受けつつ設計をさせられた。
そのうち、設計にもなれ、ある程度の設計は出来るようになった。
ただ、それでも当時大学の実態は知らず、大卒者に対し大きな実力の差があると信じ込んでいた。
入社数年後、夏休み中のインターンの大学生の指導を受け持つことになった。
そこで、初めて同年輩に近い現役の大学生と向き合うことになった。
インターン生といろいろ話をするうちに、科学に対する基礎知識が不足していることが分った。
彼の場合は、大学での勉強不足は明らかであった。
理工科系の大学の場合多分必死で勉強しないと、まともな技術や理化学の基礎は身につかないであろうことを実感した。
それ以後、大学に対しての過大な思い込みは少なくなった。(その後別の会社でも、部下(全員大学工学部出身)を指導したが、基礎知識の無さ低さに驚いた。)
また、直属の上司(設計チーム主任)が大卒の人になったが、余り大きな違いを感じなかった。
同じ頃、電気設計チームを中心に、その他のチームの電気工学系学部出身者を含め、電気設計の設計基準を社内で制定することになり、当時あった「電気設備の技術基準」をベースに、議論と基準の決定作業が始まった。
そのときも、大卒も高卒もそれほど大きな大差はないと感じた。
私は、工業高校で当時最先端の電子通信関連技術や自動制御の技術を学んでいた。
しかし、当時の最先端の技術はそれ以上に急速に進歩し、トランジスタが最先端で電界効果型半導体やSCRといった電力制御素子も最先端技術として注目されていて、ICが実用化され始めるころだった。
電子計算機はリレー式からトランジスタに移行し(学校ではリレー式計算機が機械語の教材となっていた。)、メモリに磁性体(パラメトロン等)を使うことが最先端技術として注目されていた。
しかし最先端の工業高校(当時短大以上の内容を教えていたと思われる。)を卒業して5年で、ICは普及し、メモリは電子化IC化し、オペアンプも市場に出始め高度なアナログ制御(PID制御等)が可能になり始めた。
こうしたことは、当時私が教えられた技術の先を行き、私にとって理解不能の技術になりつつあった。
会社では、最新技術を取り入れ、計測器メーカーと共同で、温度制御用のPIDコントローラーを開発し始めた。(両社役員や開発・研究技術者が参加の開発プロジェクトの定例合同技術会議の末端に、私も検査担当<当時設計から検査に左遷されたと思い、逆に気楽な仕事を楽しんでいた。>として呼ばれ定席メンバーとなり、予想外のことに驚いた。)
その後、ある宇宙開発関連(ソビエトの宇宙飛行士の生体機能試験装置輸出)の大規模プロジェクトチームに所属したとき、同僚の大卒社員は、電子通信関係で、私が知らなかった高度な通信技術の知識を持っていて、バリバリ設計や打ち合わせもしていた。
そのころ、TVや計測データの送受信といった通信技術は、情報量が一挙に増加し、5年の間に私には全く未知の世界になった。
同僚でありながら、電子通信の分野では、彼の代役は出来なかった。
その実態を横で見て、実力のある理工科系大卒者の力を認識し、再び劣等感を持った。
例えば、今から思えば簡単な話だが、当時は情報とノイズの関係が大きな問題で、いかにノイズを抑制するのかというのも重要課題で、当時最先端技術だったノイズサプレッサも検討し実用化していたようだ。
(SCRを使うと強力なノイズが発生するが、この問題は今もPC関連の問題やFMのノイズ対策で課題である。特にLED調光等で電力制御を行うと激しいノイズや電磁パルスが発生し、誤動作や誤った計測値を出す。)
しばらくして、私は夜間大学の短期大学部の電気工学科に通うようになり、始めて大学教育の一端に触れた。
そのとき、ある程度基礎が出来ていれば、専門書を読みこなすことで、理工科や文科系にかかわらず、どんな部門でも、自分で勉強し大学レベルの知識を得ることが出来ることに気付いた。
電子通信の分野は、私が最新の基礎的なことを勉強していなかったので、全く理解できない状態であることを悟った。
その後、改めて、実務を通じて自分で勉強することで学歴の差は乗り越えられることを実感することが多くなった。
例えば、当時電子制御の問題で、製品のPID制御オーブンで0.5℃単位の制御のハンチングが出る問題で、社内や計測器メーカーの関係者全員が問題解明に取り組んだが誰一人解明できなかった問題を、最後に私に任されて、結果を出したときに、科学技術の世界では、自分で勉強し実力を付ければ学歴は全く問題ないことを再確認できた。
それは、実験の結果熱電対が極めて微小なノイズを拾ったことが原因であることを明らかにし、その問題の対策をたて不良問題を完全に解決したときのことであった。
研究員や上司が居並ぶ席で、技術部長に報告書を提出し説明した時のことは、今でも誇らしく鮮明に覚えている。
ただその時、部長(元大学工学部教授)が問題の推定原因として私はその原因の構造を見つけ出し、過渡現象を含む方程式(行列式)上で、ヒーターに流れる電流の高調波成分がノイズとして働くことを明らかにし、フィルターを形成してノイズの影響をなくしたのだが、部長がその方程式を完全に解くように言ったが、解けなかった。(高等数学上の問題)
後日、その時そこに居た技術のトップレベルの研究員や上司と、頭の良さそうな同僚に具体的に数学的解法を聴いても、誰一人解けなかった。
その時、実質工業高校卒の私が、大学工学部で頑張ってきた人たちと同じ土俵で真剣に競い合って、全く遜色ないことを実感し、学歴劣等感は全くなくなった。
その当時、既に仕事上の関係で、一般の電気工学に関しては専門書も購入して読んでいたし、分からないときに参照したのは分厚い、電気工学ハンドブック(電気学会)で最先端の技術や考え方が解説されていた。
確かに、工業高校レベルと大学レベルは違う。
教科書を見れば明らかだ。
しかしその差の多くは、仕事をしていて知らない間に、自分で本を読み勉強して乗り越えられるレベルということも気付いた。
そのことは、自分の専門外のことについても当てはまることを知ることも度々あった。
例えば、別の会社(食品関連機械の会社・30代の時に10年間開発設計と技術部門の管理を行った。)で、発生しクレームに対処する為、機械工学出身の同僚(部下)が、原因を解明できなかったので、私は金属工学の専門書を読み、同僚の機械工学出身者が分らなかったタンクの亀裂の原因を解明したことがあった。
(その原因は、当時(30年以上前)最新の学術上<金属工学>の知見であった。後日確認の為、公的機関に問題の製品を持ち込み、私の推定原因<ステンレス溶接での粒界腐食+電界腐食・コーヒーと接触することによりコーヒーが電解液となり部分電極を形成するという理論的推定。>が正しい事が判明し、テフロンコーティングをするといった対策を決定し、全製品回収の指示を出した。その後頻発したクレームは完全に収束した。)
このような経験を経て、大卒者や専門家に持っていた劣等感はほとんど無くなったし、分らない分野は、先ずその分野の基礎をしっかり固めてから、より高度な専門分野に一歩ずつ入ればよいことも分った。
そうした経験は、趣味の考古学や、美術に向き合う時にも生かされている。
(20170901 20170906 一部追記)
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