ケンブリッジ植物園を出て、大学を見に行くことにしました。
どんな街かと、好奇心で視覚や聴覚がピチピチと音を立てるような気分です。
道路の混雑はかなりのものでした。
市街の片側一車線の道は渋滞で車が動きません。
路肩にパーキングスペースさえ見当たりません。
諦めて並んでいると、車列の先頭はパーキングセンターに繋がっていました。
そう言うことだったの! と、地下の駐車場に車を停めて、エレベーターで地上へ上がって行くと「グランドアーケード」という、ショッピングセンターになっていました。
これで安心して、市内観光を楽しめます。
ガイドブックで確認すると、ケンブリッジ大学は幾つかのカレッジがケム川に沿って並んでいるようです。
ケム川のほとりに立つと、パントという小舟が川に並んでいました。
このパントに乗ってケンブリッジの街を、水上から観光することもできるそうです。
パントは多くの客で賑わっていました。
下の写真のケム川に掛かっている木造の橋が有名な数学橋です。
パント乗り場はクイーンズ・カレッジの横に位置していました。
このカレッジは、ウエールズのペンブルク城でヘンリー七世を育てたマーガレット・ポーフォートが創設しました。
雨の中のペンブルク城を思い出していました。
何か遠い昔を想い出すような、感慨深いものが私の胸に去来していました。
そして、その隣りにキングス・カレッジがあります。
キングス・カレッジは1441年にヘンリー6世によって創設されたケンブリッジ最大のカレッジで、その創設時の頃に日本では、室町幕府が執政を行っていました。
ところで、この頃のカレッジのカリキュラムは、一体どんな内容だったのでしょう。
私はそれに関する知識を持ち合わせていませんが、「知識」という概念が既に存在し、それに対する一定の価値観が確立されていたことだけは、確かなようです。
大学という組織に「知識」を集約し、議論を尽くし、更に新しい「知識」を構築していく。
そんな、作業の繰り返しをここで行なっていたのでしょうか。
特に人文科学系での方法として、最近では合理的に物事を考えること自体に疑問を投げる意見を目にします。
しかし、日本ではオウム事件など、知識エリートが何故こんなことをしたのかと驚くような事件が起きるたびに、「知識」を構築する方法として、確からしく思える事象を仮説として、繰り返し「疑って、疑って」根気良く真理を導き出すという、西洋で確立された、オーソドックスな手法が今でも一番確からしいと、私には思えるのです。
「疑って、疑って」の方法論は最終的には「真理を信じて、神のご加護を授かる」とは相容れないものと考えています。
しかし、そんな孤独な作業に耐えうる人々はそう多くはないでしょう。
孤独な作業に疲れ果てた時に、人々は庭に花を育て、心休めることに勤しむのかもしれません。
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