手前の可動堰と奥に建設中の新可動堰が見えます。

今回は、7月30日に多大な被害をもたらした新潟・福島豪雨を大河津分水の役割からたどってみたいと思います。
大河津分水の歴史 |
分水が切り開かれる以前の新潟平野
新信濃川が大河津分水から日本海へショートカットされる以前は、上流で増水したり、支流が氾濫する度に「横田切れ」に代表される堤防が決壊する事態となり、周辺地域の直接的被害ばかりではなく、利水が行き届かず、米の産地である新潟平野全体の米の収穫が減り、米の価格が上昇。日本全体の食糧事情と経済に多大な影響をもたらしてきました。

新潟平野各地で頻繁に川の氾濫による被害が起こっていました
江戸時代から、信濃川を分水し、日本海へ抜ける河川の要望が地元から出ていましたが、本格的に工事が進んだのは明治に入ってからです。

段階的に掘削を行いました
山を崩して河を通そうというのも大変です。

トロッコにて土砂を運搬

初期の可動堰は木杭を打って地盤を補強

実際の旧堤防から出土した木杭

杉の丸太が使われていました

工事中に殉職された方々の慰霊碑

先人の努力と数々の犠牲の上に、現在の安心な新潟平野が成り立っています

慰霊碑の脇に植えてあるイチョウの木の根っこに・・

ニコチャン・マークを発見!
大河津分水の機能 |
大河津分水の役割は2つあります。下流への夏場の利水(農業用水として)の確保と洪水時の排水による氾濫防止の機能です。
それには堤防に接した2つの可動堰の開閉によって調節されます。

日本海側への分水路へ放流を調節する可動堰

三条側への下流の水量を調節する洗堰(あらいぜき)

利水時(夏場の渇水期)の農業用水確保を行う場合
可動堰(上)を閉じ、洗堰(右)を開放します。

上流からの洪水時は可動堰を開放し、洗堰を閉めます。
これで、下流の河川の氾濫を防ぎます
新潟・福島豪雨時の水位(予想) |
7月30日の水位がどうなっていたかを、写真でシュミレートしてみました。

分水手前の上流部分の堤防の色が変わっています。ここまで水が上がっていたということです。
(意外と低い?)

日本海側へ抜ける可動堰のコンクリート桁の部分に、枝がひっかかっていますが、ここまで水位があったようです。向こう側の岸も色が変わっていたので、どうやらその高さまで水が上がっていたようです。

氾濫注意水位のようです。

以上の要素から、最大水位をシュミレートしました。

洗堰から下流側(三条方面)へは、写真のように河川敷へ降りる道路の途中にドロの跡があります。ここまで水が上がっていたようです。

下流方面の堤防は色が変わっていないのでわかりずらいのですが・・・

このように発泡スチロールが所々散らばっていたので、どうやらこの面まで水が上がっていたようです。

以上の要素で予測すると、このくらいまで水位があったようです。
セオリー通りだと、洗堰は閉じて、下流への水の流出を止めるはずですが・・

洗堰の当時の水位は・・

このくらいだったと予想しました。
水門がほぼ全開の状態です。

旧洗堰の部分は、せせらぎ体験ゾーンとなり、河川からの水は来ないのですが、7月31日には何人かの人が、ここに取り残された魚を採取しようと集まっていました。

50センチもあるコイが取り残されていました。
(かわいそうなので、川まで運んでやりました)

以上を整理すると、三条より下流の信濃川の増水原因の一つが、この大河津分水にもあったことが予想されます。この要因としては、
1.新可動堰の工事中だった
2.旧可動堰の老朽による損傷が激しいために
負担をかけないように分水路側の水位を低く抑えた
3.仮堤防の一部が破壊されていたので、負担をかけないようにした。
4.梅雨明けにより、夏季の渇水期に入り、利水体制にしていたところ、
急激な増水となり、已む無くそのままにした。
ということが考えられます。
2~3日の間、局地的な雨が続き、更に7月30日の未明は集中的に信濃川支流の上流にて急激な増水が起こったため、対処が難しかったのかも知れません。
渇水期の水は、農業用用水にも必要不可欠です。貯め池代わりに使用することも、河川の用途として必要です。せっかく貯めた水を放棄するのももったいない話です。
現在、工事中の新可動堰が稼動した場合は、こういった問題に対応できるのかどうか、温暖化が進み、予想し得ない集中豪雨による河川の急激な増水に対応ができるかどうかが、今後の治水の課題になってくると思います。
また、この近辺に流入する支流(猿橋川、刈谷田川、黒川、五十嵐川)の水位管理や、少し上流の市街地を通る河川(柿川、太田川、栖吉川、渋海川)の上流での降雨予測、増水予測、ポンプ排水能力、さらに上流からの信濃川増水を考慮してのトータル的な治水が必要になってきます。
一時的に、浸水する部分もやむをえないのでしょうが、それが何処なのか、そして何時起きるのかを予測し、市町村が避難等を迅速に行えるかどうかが、今後の水害に対処する上で重要なウェイトを閉めてくるのでしょう。その時に、縦割り行政の悪い面や国、県、市町村が如何に連携をしていくか、情報をスムーズに住民に伝えるシステムを構築できるかが、豪雨水害の対策の鍵になってくると思います。
・・でないと、我が社やウチの町内はこんな状況になるたびに床下、床上浸水に悩まされることになります。100年に一度などではなく、毎年のように「横田切れ」等の水害がどこかで起こる・・7年前の豪雨以来、記憶的な降水量を観測する事態となっています。
「想定外」は、通用しません。
白根郷の状況へ・・
長岡市街地の水害の様子(我が社の被害)
川口、堀之内の被害
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